9 惹き付けすぎる彼女(ロイ視点)
アリアとの街へのお出かけはとても楽しかった。警戒させないようにジャックたちも誘ったけど、私への警戒は結局解けてないし、それなら2人でも良かったとあとから思った。
アリアの私服はとても可愛かった。真っ白のブラウスにグレーのロングスカートを履いていて、シンプルだからこそアリアの美しさを際立たせた。
その綺麗な黒髪もいつもは束ねているのに、今日はおろしている。髪がなびくたびに綺麗だと再認識する。
あまりのアリアの綺麗さに、街の人たちの目も奪ってることに気付いた。その中でも男の目がとても多く、辺りを牽制しながら歩いた。
私達が自分用の武器を持ってないことを憂いたジャックたちが、私たちを騎士団用の道具屋に案内してくれた。
私もアリアも専用の武器など要らない。何でも使えるし何を使っても全力が出せるからだ。
だけどアリアは折角だから選ぶらしく、武器を眺めては首を傾げている。
その時、銀色の鞘の剣が目に入って、ついそれを勧めてしまった。アリアは不思議そうな顔をしていたけど、何でも良かったからか、それを受け取ってくれた。
今は隠してる私の髪の色。それをアリアの傍において貰えると思うと、とても心が満たされる。
だから私も、アリアを彷彿とさせるような真っ黒の鞘の剣を選んだ。
大道芸人を見るために席に着いたあと、アリアがみんな分のジュースを買うと席を立って行ってしまったのを、慌てて追いかけた。
あれだけ美しい人が一人で歩いて絡まれないわけがない!彼女は自分の容姿に鈍感なのか?
彼女を見つけると案の定、二人の男に行く手を阻まれていた。
そのうち片方の男がアリアに手を伸ばしたのが見えて、急いでその手を掴み、少しの殺気を出した。
ふざけるな。彼女に触れていいのは私だけだ。
私でさえ触れたことは無いのに、なぜそう思ったのか、自分でも分からない。
そして自分でも驚くくらいの低い声が出た。
男を追い払って、少しの苛立ちを彼女にぶつけてしまった。殺気を出して追い払えと。あそこまで見知らぬ男を近付けるなんて、と思った。
だけど彼女は、殺気を出せないと言った。殺そうとしたことがないらしい。
あんなに強いのに?あれだけ強くて殺す気がない?
確かに手合わせの時も彼女から重い空気や殺気は感じなかった。だけど、本当に?
少し衝撃を覚えつつ、さっきの男への鬱憤を晴らすように彼女と間接キスをした。
本物の彼女の唇に口付けたいという衝動に駆られた。
「ジャック、口付けたいと思ったんだけど、それはもう恋かな?」
「お、おおお!間違いないだろ!完全に恋だ!」
「そっか……」
基地でアリア達と別れたあと、ジャックに聞いてみたところ、彼は興奮したように答えた。
以前もキスしたいか聞かれたけどあの時は想像だった。実際にアリアを見てその口に口付けたいと思ったのは初めてだ。
やっぱりこれは恋なのか。
誰がなんと言おうと、恋なんだな、これは。
「いやー、頑張れよロイ!協力するからさ!」
「ありがとうジャック」
喜ぶジャックには悪いが、これはそんなにいい物じゃないだろう。
私の抱えてる感情は重くて仄暗いし、なにより彼女は得体の知れない人物。私の敵かもしれない。
手放しで喜べないのが現状だ。
でも逃がす気は無い。敵ならば本拠地に戻れないように閉じ込める。彼女の忠誠心が高いことが懸念されるが、ずっと気高いままでもいい。それを崩していくのも楽しそうだ。
それを考えただけでも自然と口角が上がる自分がいた。
野外訓練が始まった。野営も慣れてるし、訓練自体に不安はない。
ただ、残してきたアリアが心配だ。とても心配だ。
ジャックに頼んではおいたけど、きっと捌ききれないだろう。ユーリアに近付きたい人もいるし、きっとアリアは男に囲まれるし、アリアは私の言うことなんて聞いてくれないから、きっと男達と話もするし剣も交えるんだろう。
それを想像しただけで、腸が煮えくり返る思いだ。
その苛立ちが現れてたのか、一緒に訓練した新人騎士のメンバーは私に少し萎縮してたし、先輩騎士も私に少しよそよそしかった。
少し殺気も漏れてたっぽい。まぁ抑えてこれなんだ、仕方ないだろう。
野外訓練自体は何事もなく終わり、帰路を急いだ。そうして訓練場に顔を出すと、案の定、アリアが男と手合わせをしていた。
抑えきれない殺気が漏れて、顔も声も取り繕えなくなった。
私がアリアに責めるようなことを口にすると、アリアは私を睨みつけた。
「なんでロイの言う事聞かないといけないの?」
そう聞かれたけど答えず、頼んでいたジャックに目を向けると、彼は少しビクッと体を震わせて首を振る。
「…ジャック」
「俺が止めてもアリアが止まらないんだよ…」
分かっていた。分かっていたけど、実際目にするとこんなにも腹立つものなのか。
私が怒ってるのは、アリアに対してなのか、アリアと相対してる男に対してなのか。それすら分からない。
アリアに近付くと、アリアは警戒心を露わにする。
「ロイ、どんな理由があるか知らないけど、私を縛り付けるようなこと言わないで。彼らが本気で強くなりたいと思ってるんだよ。手を貸してあげなくてどうするの」
「…本気?アリアは本気だと思ってるの?」
本気なわけがないだろう?アリアと近付く口実を作っていただけだ。
こいつらがどれだけアリアを狙っていたのか、何も気付いていないの?鈍いにも程がある。
「もちろん。ね?」
「ほ、本気で強くしてもらう為に指導してもらってます…!」
アリアが先程まで戦っていた男に目を向けると、彼は震えながら首をぶんぶん縦に振る。
そんなに私が怖いなら、私の言う通りにしてアリアに近づくのをやめればよかったのに。
「なら僕が相手でもいいね?」
「勿論です!」
とりあえず彼は私が代わった。だからアリアとは戦わない。
そう思ったら、アリアは何故か、ユーリアがいる方ではない方に向かおうとする。
「どこに行くの、アリア」
「他の人に指導しに行くの」
やっぱり他にもいるか…。
アリアに群がる虫を全て排除したくなる。
「僕が全部やるから、アリアはやらないで」
「やだよ」
私の頼みもアリアは容易く拒否して、私から離れていく。
急いで彼女を追わなければ、と思い、目の前に転がる男を立たせて、私と手合わせをさせた。
指導すると言った手前、ちゃんと殺気をしまって、彼の動きをちゃんと見た。手合わせ自体はすぐに終わらせたけど、彼に直すところと鍛えるところを簡潔に告げて、すぐにアリアの元に向かう。
アリアは二人の男の手合わせを眺めていた。そして隣に来た私に気づいて眉を寄せる。
「早くない?ちゃんと指導したの?」
「直すところは伝えたよ。…それで、次はこいつら?」
「そうだよ。こうすれば1度に2人見れるでしょ」
「……これならまだマシかな…」
アリアが直接戦わずに指導できるなら、まだマシかもしれない。本当はこれもして欲しくないけど、彼女は私の言うことなんて聞くつもりが無い。
私の殺気も威圧も効かないし、やりすぎて逃げられた方が困る。
だから私も、少しは譲歩しないといけない。
「アリア、君が彼らを強くしたいなら、協力する。だけど役割分担しよう?アリアは手合わせを見てアドバイスするだけにして。僕が一体一で戦いながら助言するから」
これならアリアは私以外とは戦わない。
だけどアリアは首を縦には振らない。
「理由がわからないと嫌。なんでそこまで私が戦うのを嫌がるの?」
じっと見つめられ、それが疑いの目であれ、私をその目に映してくれたことに、こんな状況でも喜んでる私がいた。
私がちゃんとした理由を言わない限り彼女は引かないだろう。
私が諜報員だからこそ、私のこの行動に何か企みがあるのかと疑っているのだろう。
企みならある。君を手に入れたい。
でもこれは、私個人の企みだ。
「…一体一で戦う時は、相手に集中して相手のことだけを見て、考えるでしょ。アリアが他の男で頭をいっぱいにするのが嫌なんだ。だからこれは、僕のわがままだ」
だから正直に伝えた。私の思いを。
でも彼女はこれすらも疑うだろう。私個人の願いだと分かっても、信じられないはずだ。
「だから、交換条件にしよう。アリアには出来るだけ訓練で男と戦って欲しくない。それが嫌なら、僕は毎回訓練でアリアに挑むよ」
「えっ……」
「どれだけ僕から逃げようとしても、僕が斬りかかったらアリアは応戦せざるを得ないでしょ?そうするしか僕にアリアを止める方法はない」
だから交換条件を持ち出した。これなら君は、頷く他ない。
私とだけ毎日戦うのも私は歓迎だけど、彼女は違うだろう。自分がもう少し強くなるよりも、周りを強くしたいと思っている。
恐らくアリアは、結界石は壊すけど、被害は最小限に抑えたがってる。だからこうして使える人を増やそうとしているんだろう。
騎士団に入ったのも、あわよくば結界石を壊した時の魔物討伐に加勢出来ればと考えたのかもしれない。
「彼らを強くしたいなら、僕の案をのんで。手合わせしてる所に助言をするだけにするって。」
君はのむだろう、私の提案を。
彼らを強くしたいと思うなら。
「…分かった。訓練で男の人とは戦わないようにする」
「…ありがとう、アリア」
彼女からハッキリした肯定の言葉を貰えて、ようやく安心して笑えた。
真面目なアリアのことだから、きっとその言葉通り、訓練で私以外は避けてくれるだろう。私とアリアより強い騎士もそんなにいないだろうし、ほとんどは避けれるはずだ。
それに嬉しいことも分かった。
彼女はこの国の崩壊は望んでない。結界石を壊すのは別の理由がある。
崩壊を望んでないのなら、本格的に彼女の共犯者になれる。まだどの組織にいるのかは分からないけど、私の組織と相反してなければ共同できる。
まぁもし相反してる組織なら、引き抜くまでだが。もしくはギリギリまで共にして、彼女が逃げる前に捕まえる。
うん、これがいい。そうしよう。
そのためには何としても彼女と同じ班にならなければ。共犯も出来ないし、別の班になれば滅多に会うこともないだろう。
それだけは避けないといけない。
生憎、騎士団に入り込んでる仲間は第1部隊だ。こちらの人事に口は出せない。
私の力で彼女と同じ班になるしかない。
なんでもやってやる。絶対に、同じ班になってやる。
強い意志を持って、私は拳を握りしめた。




