32 牢屋の中の天使
結界石を壊したことによる魔物討伐はいつも通り終わった。私たち第2班と、ジャックたち第7班で事足りた。
勿論レグルスにはどこに行ってたのか聞かれた。ロイと一緒に居たと言うと、ずっと一緒に居たのかとも聞かれた。
恐らく後をつけてたから、私が気配を消したところも見てたはずだし、それを見て消えたと思ったんだろう。
当然のようにずっと一緒にいたと証言した。
レグルスはその場では私になにか言うことは無かった。疑う言葉も態度も示さなかった。ただいつものように接してくれた。班員も普段と変わらない態度だった。
でも、多分私は容疑者として確定したんだろうってことは分かった。
予定は変わらず次の日にドレンタを出発して、中央基地に向けて馬を走らせた。
基地に着いたら私を捕まえる算段なのだろうか。なら私は今のうちに逃げた方がいいのだろうか。
それとも堂々と行くべきなのだろうか。
とりあえず捕まっても何とかなるだろうと思い、私はのこのことついていった。
私が逃げなかったからか、ロイも逃げなかった。
そして中央基地に到着して基地の中に入った途端、第2部隊の隊長が目の前に立ち塞がった。
その後ろから、騎士に羽交い締めにされて首にナイフを当てられているユーリアの姿が。
……なるほど。
「アリア・ルーン。帝国の間者の疑いがかかっている。大人しく捕まってもらおうか」
確かにユーリアを人質にされたら私は動けないな。
ヨジムがいつの間にか後ろにいて、後ろから私の両腕をとってロープで結ぶ。抵抗はしなかった。
「ロイ、お前もだ」
「分かりました」
ロイも抵抗することなくレグルスに手を縛られて、私とロイはそのまま地下牢に連行された。
最後まで私のことをユーリアが心配そうに見ていた。
「さぁ、知ってることを吐いてもらおうか」
私の入ってる牢屋に、第2部隊隊長とレグルスがやってきた。
当然の事ながらロイと姿も見えず声も届かない別のエリアの牢屋に入れられている。
「知ってること?帝国のことは何も知りませんよ」
「この期に及んでまだはぐらかすのか」
「はぐらかすも何も、私は帝国の間者じゃ無いので」
彼らがじっと見てくるから、私も負けじと目を逸らさずに答える。もう何度もこの言い合いをしている。レグルスはそうでも無いが、隊長からは厳しい目を向けられていて、ロイ程じゃないものの圧も感じる。
「アリア、お前が結界石を壊したんだな?」
「そうだよ」
レグルスに聞かれたので素直に答えた。私が素直に認めると思わなかったのか、レグルスは少したじろいで、そして眉を寄せる。
「何でそんなことを…。人が傷つくのが嫌だと言ってたのは嘘なのか?あんなに一生懸命魔物を倒してたのに…!」
「おちつけレグルス。帝国の諜報員なんだからそれくらい演じれるに決まってるだろう」
レグルスは私がやったなんて思いたくないらしく、悲痛な顔をしている。でもこの心は少しも痛まない。
「人が傷つくのは嫌だよ。だから被害を抑えるために騎士団に入ったんだよ」
「自分で自分の尻拭いをしたっていうのか。さすが帝国サマだな」
「だから帝国の人間じゃないですって」
どれだけ否定しようと、隊長は私を帝国の人間だと決めつけているようで、私の言葉を頑なに無視する。自分に都合のいいことしか信じないのは人間の悪い癖だね。
「いいのか、ユーリアがどうなっても」
「私は目の前の助けられる人を助けるだけ。私の知らないところでどうなっても気にはしない」
そんな所まで気を配っていられない。私が助けられる範囲の人を助けるだけで、私の知らないところで友人がどうなっていようと気にしてられない。
「…そうか。じゃあ次はユーリアも連れてくるとしよう」
今日のところの尋問はこれで終わりみたいだ。
牢屋で1人の時間になり、ぼんやりと天井を見つめる。
なんだかんだ牢屋に入るのは初めてかもしれない。
出れる保証なんてどこにも無いけど、まぁどうにかなるだろう。
それにロイの計画が終われば、ロイは釈放されて多分私のことも出してくれると思う。割とすぐ終わりそうな感じだったし、ここにもそんなに長居はしないだろう。
今出たところですぐに結界石を壊しに行けるわけでもないし。結界石の残ってる街に行っても人が足りなくて大変なことになりそうだし。
こう言ってはあれだけど、帝国がこの国を支配してくれれば、この国にも帝国の騎士が流れてきて、私の目的も果たしやすいのになぁ。
そんなことを考えながらのんびり過ごして次の日。
今日は隊長がユーリアを連れてきた。
「アリア、嘘だよね?アリアが不可視の悪魔って、嘘だよね?」
ユーリアが悲しげな表情で私に訴えかけてくる。ユーリア自身はなんの思惑もないんだろうが、恐らく隊長は私が情に流されると思ってるのだろうか。
「そうだよ。私が不可視の悪魔だよ」
「…っ!な、何で、なんでそんなことするの!」
隊長の目論見は外れている。私が傷つけたくないのはあくまで人間の外側だ。その体に傷をつけたくないだけで、私には見えない彼らの心が傷つくのはあまり気にしない。
勿論友人として仲良くしてたユーリアに思うところがないわけではない。でも、罪悪感を感じるほどの何かはない。
「理由?それは教えられないよ」
「アリアっ!」
「こうすると言っても?」
そこで隊長がユーリアの首にナイフを向けた。ユーリアも分かっていたようで抵抗はしていない。
正直あまりして欲しくはない。でも、私がそれでなんでも言うことを聞くと思ったら大間違いだ。
「私の優先順位は1に主、2に主からの命令、3で人々です。主の命令より大切なものはここにはありません。……まぁ、隊長が本気でユーリアを傷つけるわけがないと思いますが」
私の優先順位はあくまで主が1番。当然だ。そして主の命令が2番だ。他の人たちなんてその次だ。
主の命令を教えろというのなら、可哀想だがユーリアには犠牲になってもらうしかない。
そこに躊躇いは、ない。
「やっぱりお前も手強いな」
ぼそっ、と隊長が言った。
恐らくロイの尋問も苦戦しているんだろう。彼はもっと手強そうだし。未だに無実を訴えていそう。
「あ、アリア……」
ユーリアから悲痛な目を向けられる。それを少しだけ見つめて、私は目を逸らした。
ユーリアに何を言われてもどんな顔を向けられても、私は変わらない。私に何か求めてるなら諦めて欲しい。
私は人を庇って怪我するほどだから優しいと思われてるのかもしれないがそんなことは無い。
私は主に命令されればユーリアだって殺せる。躊躇いもせずに。
ユーリアは最後まで私に縋るような目を向けていた。
私はそれになんの言葉も表情も返すことは無かった。
ユーリアの次はジャックが来て、その後はグレイスたちも来た。私と関わりのある色んな人が尋問しに来たが、そのどれもに感情が動かされることは無かった。
私は結界石を壊したことだけを認めて、それ以外のことは自分のこともロイのことも話すことは無かった。
牢屋に入って数日後。足音がしたから誰かが来るのかと思って待っていると、姿を見せたのは久しぶりに見る顔だった。
「お前、こんな所で何してんだぁ?」
「……フィルヴェント…」
同じ天使の彼が、なぜここに。
とりあえず鍵外すぞと言われて頷くと、フィルヴェントは細い針金をどこかから取り出して鍵穴に突っ込んだ。その技術はどこで覚えたんだ。
あっという間に鍵が開いて、私は数日ぶりに牢屋から出る。
「牢屋に入った天使とか聞いたことないんだが」
「出れる予定があったから入ってたの。フィルヴェントこそ、なんでここに?」
私だって聞いたことない。天使が捕まるなんて。
ロイの計画が終わってロイが釈放されれば、私も出れると思っていたから、呑気に牢屋の中にいただけなのに。
からかわれているようで腑に落ちない。
フィルヴェントと地下から出るための道を歩きながらそう思った。
「俺はあれだ。主から伝言を預かってんだ」
「主から?」
わざわざ天使を寄越すなんて、余程のことなのだろうか。だって主なら天使の頭に直接語りかけることが出来るはずだから。
私が聞く姿勢を見せると、フィルヴェントは真面目な顔つきになる。
「予想以上にここ数日の瘴気が溜まる速度がはやい。おそらくSランク以上の新種の魔物も出ると予想されている」
「…!新種の魔物……」
「人間への影響はあまり考えるな、一刻も早く結界石を壊せとのことだ。新種がでたら俺とお前で様子を見てこいと。そのために来た」
予想以上に瘴気が溜まるのが早いなんて…。しかもここ数日の話?それは帝国がこの国を領地にしようとしてることも関係しているのか?
多分私の予想は当たってる。帝国が迫ってきたことに焦りを感じたこの国の上層部の悪感情が急激に増えたのだろう。
ならば早く壊さないと。
主も人間への影響は考えるなと言った。もう被害がどうのこうのって言ってられない。
「じゃ、さっさとこの基地から脱出するか。どこから出れっかなー」
「あ、待って。ちょっと会っておきたい人がいる」
「はぁ?」
最短距離でこの基地から脱出しようと試みるフィルヴェントを引き止める。
「すぐ終わるから。少しだけ寄っていい?」
「……早くしろよー」
フィルヴェントは少しだけ嫌そうな顔をしながらも、私の意をくんでくれた。投げやりな口調だけど優しい天使だから。
地上に出るための階段を登りきったところで、帝国騎士の服を着た女性3人とばったり出会った。
「失礼、アリア・ルーンさんですか?」
「え?はい…」
「ロディスレイ殿下がホールでお待ちです。共に来ていただけますか?」
ロイがホールで?ロイはもう牢屋から出れてたの?
まぁよく分からないが、ロイに会いたいと思っていたところだ。こくんと頷くと、女性騎士は次にフィルヴェントに目を向けた。
「失礼ですが、こちらの方は?」
「私の仲間です。一緒にいいですか?」
「……かしこまりました」
少し納得がいかなそうではあったけど、許してくれるみたいだ。
彼女達が先導して歩いてくれてるので、私とフィルヴェントはその後をついていく。
「ロディスレイってあれか。この国の新しい指導者か」
「えっ、もう帝国の一部になったの、ここ?」
「今朝の話だけどな。そんでこのファンダート領を治めるのが、グラナートの第3王子って話だ」
ロイの計画が終わったのか。そしてロイがこの地を治める…。
まぁロイのことだ、上手くやるだろう。それにきっとこの領地は前より良くなる。
ホールの中央扉の前に着くと、女性騎士の1人が扉を小さく開けて中に入っていく。そして残りの女性騎士が、少しお待ちくださいと私たちに言った。
「あ?こっちはそんな暇じゃねぇんだ。さっさと通せ」
「ただいま殿下に確認しに参ってますので」
「あーそういうのいいから、よっ!!」
フィルヴェントはイラついた様子で声を張り上げると共に足を大きく扉にぶつける。重くて硬めの扉を支える金具が外れて、バターンと大きな音を立てて外れて倒れた。
……な、何をやってるのぉぉ!!
得意げな顔してるんじゃない!!