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第27話 平和と戦場

視点:佐野明

二十年前の戦争を生き残る上で、大空市の人間は大抵人を殺している。私も例外ではない。

ただ、私はあの感覚を知ってから、ずっとそれをすることを抑えてきた。

なんとも言えない絶望感と、人を組み敷く高揚感。魔法という武器と、戦争という戦場。そして、市民であるという盾を以って、初めて人を殺した時、あんなにも私を痛めつけてきた人間という存在が、こんなにも脆いものかと、知ってしまったから。


第27話 平和と戦場


「代わりに殺すって、一体どういうことだよ」

極めて冷静に、山賊の1人が問う。

「あなたたちは、こんなすぐに騒ぎ立てる民衆を放置して、数人しか殺してない。なぜか?殺しに慣れていないから。」

山賊は顔を変えない。気さえ抜いてなければポーカーフェイスは上手そうだ。

「だから、それなら私が代わりに殺してあげるって話。あんまり人殺しはしたくないんでしょ?」

「…そう思う根拠は?」

「あなたたちが紛争から逃げたから。それに、身包みを剥がしたいだけなら、殺した後でもできること。」

「…確かにお前の言うことは確かだ。だが…だからと言って俺らが殺しをできないとするのはいささか早計なんじゃないか?」

「どういうこと?」

「早い話、俺らは死ぬのが嫌で逃げたんだ。殺すのが嫌だったわけじゃない。と言ったら?」

恐怖か、はたまた不満か。山賊の手は震えているように見える。

「はっ、くだらない。落ち着いてポーカーフェイスができるようになったからって、今更詭弁が通用するとでも思ってるの?あんたらが殺しに慣れてないのは、れっきとした事実じゃない。」

「だからと言って殺しを代わりにやる話にはならないだろう。お前の目的はなんだ?」

…!

「…私の目的は…車が欲しい。あなたたちの持ってる車のうち、一台だけでいい。」

「車、か。人殺しを背負うほどの理由か?なんなら、こいつらを殺さなくても俺らを殺してここから逃げればいいだけの話だ。」

ああ、

「もう一度聞く。」

まずいな…

「お前の目的は何だ?」

気付いてしまった。

「『代わりに』なんて、建前なんだろ?」

私は、こいつらを殺したいと思ってしまっていたんだ。

「山賊達の代わりに」、そう思っていたが、違ったんだ。本当に、心の底から思ってしまっていた。ただただ純粋に、怒りのままに。

「行動せずに誰かに委ねようとするやつが憎たらしい気持ちは、俺にもわかる。」

いや。そうだな、なんて逃げ腰だったんだろう。

「今の私は教師じゃないし、親でもなければ市民でもない、もんな。」

思えば、決断するのが遅かったのかもしれない。私が早く決断していれば、きっと、校長も…

いや、…人を殺す覚悟なんて20年前にした。だけど私は…私も…殺しなんて、したくなかっただけだ。自分の驕りを見るのが、気持ち悪かっただけだ。

「なあ」

山賊がこちらに声をかける。

「車なら一台やる。俺らは命が惜しい。流石に、お前を見て弱虫だと見くびれるほど俺たちは弱くない。」

「ああ、そう…それなら紛争から逃げる必要なんてなかったんじゃないの?」

「目の前で人が苦しんで死んだんだよ。…お前の言ってたことも、そんなに間違いじゃない。」

ああ、なるほど。やっとわかった。彼らが殺してなかった理由。

殺すためには、彼らが扱いの慣れていない魔法で殺す必要がある。だがそれなら実行可能だ。私はそれが不可解であった。

だが、先の会話を踏まえると、それで苦しめずに殺すことはそう簡単だろうか?という話になる。

大腿骨が折られた遺体はきっと、一発でうまく仕留められなかった遺体だったのだと、今なら推測できる。断末魔を聞きながらも、そうやって無理やり殺したんだろう。

きっと彼らには、そういった殺しの苦い記憶が残っている。それが、殺しの引き金を止めているんだ。

私の抱いた感情とは、まったく別の…

「…さよなら」

あたりが赤色に染まる。久しぶりのその感覚に、もはや興奮すら覚えてしまう。

私は、戦いに無理矢理慣れていたのだと、そういうつもりでいたけれど、どうやら違ったようだ。戦場こそ、私のいるべき場所だったのだろう。慣れとか、そう言ったものじゃ、なかったのだろう。

「…一思いにやったな。」

山賊は、そこら中に飛び散った血肉を見下ろして、小さく呟いた。

「顔、上げなよ。あなたたちに配慮したつもりだった。これなら苦じゃなかったでしょう?」

「…そうだな。」


その後、一度山賊たちと共に彼らの拠点へと行くことになった。給油のためだそうだ。

「しかし…あなた達は断末魔を聞くのが嫌だから殺していなかったのでしょう?だとして、あの場で数人殺していたのは苦ではなかったの?」

「苦だったよ。でも、お前が殺した奴らとは違って、そいつらは本気だった。だから、仕方なかったんだよ…」

ハンドルを握る山賊の手が、かすかに震えた。

「…お前は、人を殺すことは苦じゃないのか?」

ふと山賊がそんなことを聞いてきた。

「苦、そう思っていたよ、私だって。」

窓の外を見る。もう山からはかなり離れて、荒廃した景色だけが続いている。

「私の故郷も、一回こんなことになった。よってたかってたった一つの都市を標的にして。みんな、それを守ることに必死だった。そんな場所で人を殺したって、誰も何も言わなかったし、それが正しいことだってみんな信じてた。」

「断末魔とかを聞いて苦しくはならなかったのか?」

「なってたら死んでた、奪われてた。」

そうなっていたら、彼も、その弟も、そして…

「あなたたちはまだ幸運だった。我が身可愛さに逃げ出せる余裕があった。」

「…そんなことはない。おいてきた奴らのこと、今でも夢に見るさ」

「…そう、それはごめんなさい。思慮が足りなかった。」

今はもうきっと面影もないであろう、昔の大空市を思い返す。

「今までのが、私の「殺す理由」。私の思っていた、ね。でも本当はそうじゃなかった。私はそもそも、人間が好きじゃなかったんだ。」

私を救ってくれた人間のような、優しくて誰かのために必死になれる人間というのはそう多くない。みんな、どこにおいても他人に流されて、一人としてレールからはみ出そうとしない。それが人間の悪いところであり、良いところでもあるのだろう。そしてそれは少なくとも…わたしの思う「嫌いな人間」の要件を満たしている。

「私は、弱い人間が嫌い。何かにつけて他人についていっては、平気で人を傷つける。自分に足りない力を追い求めて、それを手にするために他人を傷つける。自分の受けた痛みを他人に押し付ける。そんな人間が。それを殺すことに、少し高揚を覚えてしまう人間だったってだけ。」

静寂が流れる。…少なくともこいつらは、私の中では弱い人間ではない。嫌だという感情を先行させて、その場から逃げ出すことができた。

…まあ、そんな人間が増えたらきっと社会は立ち行かない。そう考えると、皮肉なことに、私はずっと、嫌いな人間を育て上げていたのだろう。それを受け入れて、生徒を愛した私は、もしかして弱い人間なのだろうか。…いや、そうか。瑞樹にすべてを任せて逃げた時点で、私は…


山賊たちのアジトについた後、私は彼らが給油している風景を、ただじっと眺めていた。アジトは紛争地帯のはずれにある廃村にあった。あまりにも静かで、ここでの生活の跡など、微塵も感じ取れなかった。…戦争とは、そういうものだ。

「いったいどこからそんなに物資を得たの?そんなに物があるなら強奪する必要もなかったんじゃないの?そんな血みどろなものばっかりで…」

「なに、洗えば使えるさ。それに、これから何年生きていくかもわからないっていうのに、これだけの物資で足りるはずがないだろう」

「そりゃそうか」

静寂が続く。

昔はこの静寂も好きなものだったのにな、今はどうにもこの静寂に慣れない。

「はぁ…」

車が欲しいとは言ったけど、車一台のガソリンではそう長くは走れないだろう。紛争地帯は越えれるとしてもそこからどう動くのが良いのだろうか。まさか飛行機が落ちるなんて思いもしなかったものな…

いや、紛争地帯を越えれたならそこからは車を乗り継いでいけばいい話だ。

まあそうだとしても、ブリティアに行くとなるとかなりかかる…海だって越えなくてはならない。どこかで飛行機に乗るのが良いだろうか?

そんなことを考えていると、だんだんと謎の足音のようなものが近づいてきた。だが、足音にしてはやけにでかい…何らかの兵器か…?

私は外に出て周りを見渡す。すると、並外れた速さで近づいてくる謎の人影が、私の目の前を高速で落下していくのが見えた。

そして、衝突によって土埃が巻き上げられ、木々が倒れる音が、あたりに響いた。

「何の音だ!?」

すぐさま慌てた山賊が出てきて、外に確認しに行こうとした。

「待って、私に行かせて。」

…普通の人間がこんなところに高速で落下できるはずはない。飛行機から飛び降りたとかもあり得るが、それは油断につながるから考えないことにした。

「いまのはきっと、十中八九、魔法を使える人間…」

しかし、だとしてもこれをするためには身体強化が必要だ。身体強化は身体への負担が大きすぎる。ましてや、この速度を出せるのならばもっと。

ということは、まさか神の類だろうか。

とすると、今の私ではまず勝つ手段はない。私が見てきた神の類には、一度たりとて勝てる気がしたことがない。

逃げるか、いや逃げたって行く宛はない。むしろ、神の類と交渉をし、なんとか移動手段を得たほうが現実的だ。彼らならば、鳥や龍などに形を変えて私を乗せることぐらい容易いことだ。

「よし…」

私はひとつ深呼吸をして、瓦礫の山に近づいた。

「あのー、大丈夫ですか…」

動けないのか?まさか本当に普通の人間だった?

とりあえず顔を見てみないことには何もわからない。私はおそるおそる覆いかぶさっていた瓦礫を除けることにした。

瓦礫をある程度除けたところで、埋まった人物の横顔が見えた。…それは紛れもなく…

「…瑞樹…!?」

私はすぐさま瓦礫をすべて除け、瑞樹を抱き寄せた。

「息は…あるけど体の欠損と疲弊がひどい…どうしてこんなことに…!?」

確かにチナラやサコルが滅びたという噂は知っていた。十中八九、瑞樹たちが関わっているのだろうというのも察しはついていた。でも、きっとこの子なら無事だろうと、そう思っていた。

ちぎれた彼の腕を見る。…そうか、どうりで…

「あなた、現人神になったんだ…」

なら死ぬことはない。私はひとまず安心して、瑞樹をアジトに入れることにした。


「おお、早かったじゃないか。で、一体何の音だったんだ?」

「この子が魔法で身体強化したまま、2つとなりの家に突っ込んだ。」

「はぁ!?うわ、ひどいなこの怪我…」

そう、この子の怪我は凄惨なもので、山賊たちが目を背けるのも無理はなかった。左腕と右足がまるまる取れてしまっている。…一体なぜこのようなことになっている?

「でも、この子の体は自然治癒するから大丈夫。」

「自然治癒って…こんな腕も足も吹っ飛んでる怪我が治るわけないことくらいわかるだろ!?」

「それが治る。なにせ、魔法なんてものがこの世界にはあるわけだし、ね。そういう人間がいても、何ら不思議じゃないでしょ」

山賊たちは私の言い分に不服そうであった。そりゃそうだ。いくら、魔法があるのを知ったことが最近であって、それによってこの世界には不思議な概念があると知っていたとしても、それでも神という概念は受け入れ難い。ましてや、その神という概念も、彼らには説明していないのだから…

「まあとにかく、二、三日匿ってやって。それで彼の体は元に戻るはず…」

「ああ、それはいいんだが…こいつの飲食はどうするんだよ。ここに点滴なんてないぞ?」

「それも大丈夫。もうこの子は人ではないから…」

どこまで話していいかわからない。現人神という概念、魂という概念その他は、もともとアフには浸透していないものだから、魔法のように我々に大きく影響を与えるものではない。だからといって、むやみに言うべきでもないのだろうから…

「人ではないって…いや、もしかして、この子ってあんたの知り合いなのか?」

「そう…だね、知り合いというか…家族、だった人だよ。」


一応、瑞樹に包帯を巻き、ベッドの上に静置したあと、私はもう一度アジトの外に出た。…あの子が神になっていなかったら、私はもっと取り乱していただろう。信頼というのは、つくづく心配の邪魔をする。今は、ありがたいことだ。

さて、瑞樹がやってきたときのあの速度…方向からして、インデアから来たと取るのが無難だろう。そのまま紛争地帯すら突っ切って、気絶して…

つまりは、インデアから一睡もせず、休むこともなく、常にフルスロットルでここまで来たということが伺える。それなら気絶も何も不自然でない。

しかし、それならばなぜインデアから…

いや、もっと根本的な話がひとつあった。

なぜ、瑞樹…いや、三月は一人でいる?日暮は?太陽はどうしたんだ?

これに関しては本人に聞かなきゃわからないだろう。それに、大抵予想はつく。

それよりも大きな問題は、ここからどうやってブリティアに行くか…か。

…あの子は万能じゃない。たとえ戦いの枠に絞ったとしても。

…はあ、ほんと。

瑞樹と三月を重ねるのは、やめるつもりだったはずなのに、な。


第27話 終

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