第26話 モノクロ
「──!─!───!」
…ん?何だ?
「──!!!──────!」
うるさいなあ。もう少し寝かせてくれよ。
誰だろう…お姉さんかな。それとも、ひかりか?
ひかりだとしたら…どうしてやろうかな。俺の安眠を阻害した罪は重ーい!とでも言ってやろうか。まあ、なんにせよ、まだ眠い。まだ、起きたくない。
第26話 モノクロ
視点:佐野明
「暑い…」
私は今、驚きの感情を押し殺している。
どのような驚きか?
まず、外に出た驚き。大空市を出るどころか、今私は見知らぬ国にいる。
次に、ここ連日の驚き。三月たちが向かったサコルが、謎の爆発によって消えた。あれはおそらく、三月レベルの魔力がないと起こり得ないことだ。…現人神にもならない限りは。でも、あんな爆発があろうと、三月達ならば生きていると、そう思った。だから、今私は、三月達の思考を先読みして、飛行機に乗り、ブリティアに向かった…のだが、そしたらもう…ハイジャックにあってしまった。人生初だよ、こんなの。
ハイジャックは魔法を使っていたから、もうその瞬間に色々察した。これはつまり…三月の残した世界への呪いは、きっともう消え去ってしまったってことなのだろう。ならば、私は魔法を使って、飛行機を取り返すだけだ。
…まあそんなわけで、飛行機は不時着いたしました。どこにか?それは…イラナルに。
「なーんでよりによって紛争中の国に不時着するかなあ…。」
いや、別に戦えますけども…私は戦争も生き抜いてますし、一定の自信はありますけども…でも、ねえ…
「もっとこう、なんか…もう少し飛んでみたりとか…まあ、もう過ぎたことか…」
で、問題は…私の魔力が戦時中の場所を簡単に抜けられるほどではないってことか…
それに、この不時着は、ハイジャックが通信系統をすべてぶっこわしたから起こったもの…つまりは、入国許可なんかは全く取っていない…考えられる限りは最悪の不時着ってやつだね。
あー、もうなんか絶望的すぎて逆に力抜けるわ…まじでどうしよう…
とりあえず、動きますか…
不時着した場所は森だ。私が援護したのもあってか、なんとか全員生き残れたらしい。…だがまあ、こっからは私の責任ではないので、放置してそそくさと森を出る。
森を出ると、倒壊したビルだったり、ボロボロのコンクリートの塊が見える。
…はあ…
銃声が聞こえないのはまあ、ありがたいところだろうか。いや、それでも人がいる可能性はある…あれ、やるか。
私は、きわめて薄く魔力を張り、全方位に広げた。…なるほど、物しか無い…人は、いなさそうだ。あ、そもそも、もし人がいた時のことを考えていなかった。魔法がこの世に復活したのならば、いまので気付かれてもおかしくはなかった。魔力を使った探知はこれだから廃れたんだよな…敵の位置はわかるけど自分の位置もバレる。今後は使わないべきか…いっそ人と会うことを期待してどんどん使っていくべきか。銃打たれたらたまったものではないけど、私ならなんとかできるしな。使っていいか。
しかし…しばらく歩いてみても本当に物しかないな。コンクリートから鉄骨が見え隠れするなんていう、いかにも廃屋って感じの場所から、自然たっぷりの森…。火とかは着いてないから、ここでの戦いはとっくに終わったんだろうけど…前線への移動の補給用の経由地として土地を取ったりはしなかったんだろうか?そこまでの価値もないほどの土地には見えないんだけどなぁ…
さて、太陽が高いから…多分あっちが南かな。ここって北半球だろうし。じゃああっちに行けばいいのか。…ってのはわかってもどうやって行こうかなってなるよね…ああもう!本当になんでハイジャックなんかにあっちゃうかな…
魔法使うーって言ったって移動用の魔法なんて使ったことないしな…結界に乗る…は無理だな。日暮くらいならできるかもしんないけど私の得意な魔法って氷と風と雷だし…ああ、車でも作ればいいのか。電気自動車なら動かせるし…
………
ダメだな、気が動転してる。さすがに車の作り方は知らない。雑学はいっぱい知ってるけどそれを使ってみた結果ひかりを死なせてしまったわけだし…知識があっても実用性がないことはそれで証明されちゃったからなぁ…
んー…あ
氷柱でも吹っ飛ばしてそれにしがみつけば…体がボロボロになるな。
ちょっとだけ身体強化ってのもありではあるけど…絶対に筋肉痛になる割にはタイパが悪いんだよなぁ…
そんなことを考えていると、元いた、つまりは飛行機の方向から爆発音が聞こえてきた。
「うるっさ…え?何?」
振り向いてみると、案の定煙が上がっている。
ハイジャックの生き残りか…?いや、そんな奴がいるなら機内でわたしを後ろから撃ち抜いていたはず。それに、殺気なら、ある程度わかる自信がある。ってことは、ハイジャックの生き残りではない…いや、考えてもしょうがないな。
私は、もう一度魔力探知を放った。
…ビンゴ。
海外便だし、乗れる人数自体は結構なものだった。だから人を数えるのは正直面倒だったが…必要なかったな。
車が、来ている。
紛争地帯だしここが瓦礫の山であることから、まあ…山賊か、はたまた軍か。
どっちであれ、私がやることは一つ。
車を、奪う。
墜落からしばらくは歩いていたから、戻るまでに1時間ほどかかってしまった。戻った頃には、大半の人間は腕を縛られている。そして、抵抗したものは…無惨にも、殺されていた。
…まあ、当然かな。ペインでは、最近になって陸上自衛隊がまるごと潰れたのが報道されたらしい。それに合わせて国外逃亡する人間は増えた。平和ボケしたペインの奴らが乗っている飛行機だから…抵抗できるやつなんてほぼいなかったってことだろう。全員で抵抗していればまだどうにかなったかもしれないけどな…
敵はおそらく、山賊かな…。見た感じ普通のトラックだ。国境を出るまでは使えるかな。奪って損はない。
「…!貴様!何者だ!」
私に気づいた山賊が、そんなふうに叫ぶ。
…?もしかしてこいつら、アホ?こっちに気づいたなら隠れ撃ちでもすればよかったじゃない。
見た感じ、相手の腕前は結構なものだ。魔法がこの世に復活して一月ほどと記憶しているが、その一ヶ月という期間に似合わない強さを持っていそうに見える。根拠は、人が死んでいること。これが一番だろう。
人間の大腿骨なんてのはけっこう頑丈なはずなのに、それがわざわざへし折られてる死体があるあたりからも見て取れる話だ。まさか、わざわざ取っ組み合ってるなんてことはないだろう。…山賊、けっこうガリガリだし。
それをまあ…持ち腐れしてるのは、ありがたいというか、なんというか…複雑な気持ちだ。
「答えないのか!?逆らうなら殺すぞ!」
…ああ、分かった。なるほどね。
「あなた、人殺しに慣れていないでしょ。そんなやつの脅迫なんて、何も怖くないんだけど?」
私がそう言った瞬間、山賊の大半の表情が悪くなった。…図星か、くだらない。
「いいからお前の素性を言え!要求を飲まないと殺すと言っている!」
「だからあんたの脅迫は怖くないって言ってるでしょ!私に要求を飲ませたいならなにか一つ撃ってみたらどうなの!?」
また場に静寂が流れる。…意気地なし共が…
「す…すいません!」
下の方にいる縛られた人が、話しかけてきた。
…ははは、縛った人質がこんなに行動してるのに殺さないか。本当に殺しが嫌なんだろうか。
「もし、あなたが強いなら!助けてはくれませんか!?」
まあ、そうだよね。わざわざ私に話しかけてくるってことはそういうことだ。…でも…
「私はあなた達を助ける気はない。」
「え…」
たちまちその人の表情が絶望に変わる。
…逆になんで助けると思った?ここで助けたところで、お前たちはどうしようもなく無力だろう?エンジニアがいたところで機材がなければその力も使えない。
「あなた達は今、紛争地帯に密入国しているってことを自覚したほうがいい。」
「で、でも。国際組織が助けてくれるんじゃ…」
「何甘いこと言ってんの。あんたらの大半はどうせ国外逃亡でしょ?あんたらみたいに、魔法の復活で世界中は混乱してる。そんな中で、国際組織とやらが助けてくれると思ってんの?それに、わざわざ紛争地帯に飛び込んでまで助けるほど、あなた達に価値があるの?」
その人は黙り込んだが、しかし、もう少し遠くの人がまた声を上げた。
「助ける価値なら、あるはずだ!」
「へぇ…で、その価値は?」
「人の命は尊いものだ!そんなものを投げ捨てたりするべきじゃない!力があるものが、力がないものを助けるべきだ!」
…この期に及んで綺麗事か…道徳なら百点満点の回答だ。…だけど…
「今この場で、尊い命が何人失われたの?逆らおうとした人を助けようとは、自分たちで反抗しようとは思わなかったわけ?」
「そ…それは」
「あなたみたいな綺麗事を言うやつはこの世界には何人もいる。でも、特にあなたみたいなやつには虫酸が走る。」
顔を下げてしまったそれを放置して、私は周りの人を見渡す。
今更だが、拘束は炎で解けるはずだ。…誰一人として解こうとしないが。
「あなた達もそうだ!誰も魔法が使えないわけじゃないでしょ!それなら拘束くらい一人で解けるでしょ!?」
私は、そう叫んだが、誰も行動しない。…どうしてなんだ…?
「義務だなんだを人に押し付ける前に、自分で行動したらどうなんだ!」
もし、助けるにしても、流石に誰一人として動かずに、注目が私に向いている状態で動くのはきつい。私としては、この場はそのままにして車だけ盗って…ていうのが理想だ。別に殺しに対して嫌悪感があるわけではないが…この山賊も恵まれない子どもだったのだろうしな。年齢はそう高くは見えない。
あとそもそもこいつらを助けたくはない。強いやつに頼り切りになるようなやつは、私は嫌いだ。…昔の私がそうだったから。もし、少しでも動きを見せて、この山で生きていきます!なんて言うやつらが出てきたら…助けてやってもいいかもしれないが。
助けてやってもいいっていう私の良心の部分を動かすため、あとは人の目をひくために、だれか一人くらい、動いてくれやしないだろうか。
そう思っていると、背後から足音が聞こえた。
「だめだよ、忍び寄るなら足音は立てちゃだめだ。」
「!?」
後ろを振り返るのは嫌だな…銃持ちがいるわけじゃないが…輝子のような、銃弾レベルの速度の魔法を撃ってくるやつがいるかも知れない。なら後ろがいるのも危ないが…重要なのは確率の問題だ。
今更ながら戦況の整理をする。
敵は、五名ほどか。本当に、全員が行動すれば流石に勝てる人数ではある。配置は、前方に四人、後ろに一人、だ。強さは、見てないからわからない。…だからこそ、下手に戦いたくない気持ちはある。流石に負けるとは思っていないけど。
次に、人質…は数百名。一人でも動きを見せれば、きっと敵がそっちを注目する。そうなったら、助けてやってもいいかな、って気持ちがある。…依然として、今は誰も動かない。
最後に、最重要な、車。真正面にある。人が邪魔。以上。
別に、三月たちの行動の先読みって言ったって、あまり確実性があるものではないから、急ぎの用事ではない。だからこの膠着状態については何も感情を抱いていないのだが…
「ねえ、あなた達!」
流石にもう、面倒だ。
全員の注目が、私に集まる。表情は、全員暗い。アテが外れた、そんな投げやりな表情だった。
私は、こんな表情をする人間は見たことがなかった。戦争中でも、私の知り合いは全員勇敢に戦った。そりゃあ、魔法なんて久しぶりに思い出したから使えない、とか、平和ボケしたから人殺せない、はあるでしょう。でも、それでも…それならどうして一人に重荷を背負わせようとするの?
「あなた達…いま、何考えてるの?」
私には、わからなかった。
「もしかして、どうやったらここから抜け出せるか考えてるの?」
考える気にもならなかった。
「どうやったらこの場を切り抜けられるか考えてるの?」
こいつらは、きっと…
「もしかして、何も考えていないの?」
…全員が、目をそらした。
「さっきの綺麗事は、何だったの?」
最悪な気分だ。
「…これで分かった。あなた達を助ける価値はない。」
あんな表情は、私もしたことがない。自分には何もできない、そんなレッテルを自分自身に貼っておきながら、この最悪の状況を受け入れられずに、他責思考になっている。
なんなんだ、この人間のふりをした醜い肉は。
呆れた。
「お…お前も、そんなこと言っておきながらこいつらを倒せないんじゃないのか!?」
集団の中にいた一匹が、そんなことを言った。
「この期に及んで味方に挑発?冗談もいい加減にしてよ。…殺すぞ」
「ヒェッ…」
私が鋭く睨むと、それはそんなに情けない声を上げた。
私だって、正直今は怒り心頭なのだ。余裕のあるふりはできるが、余裕があるわけではない。弟の残した大空市を放って出ていってしまったという事実も自分の後ろにある。そんな中で、どうしてまた私はこんな目に合わなくちゃならないのか。
「ねえ、山賊さん。」
「…な、なんだ。」
別に、私はもともと正義の味方なわけじゃないんだ。
「死にたくなかったら、協力してくれない?」
今となっては、教師でもない。
「あなた達の代わりに、こいつらを殺してあげる」
だから、いいんだ。
第26話 終




