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}融和する世界たち{  作者: LostAngel
第一章:人魔闘争世界『マナレガリア』

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第十七話

 }第十七話{


 俺、相田桃理は、アレクとサーニャ、菜乃とリックたちとともに、地球の世界にあった最寄り駅を目指していた。


「光栄だよ。先陣を任せてくれるなんて」


「魔王の四天王を倒したことと、トーリとナノの知識に期待しているんだろう。ギラさんは」


 俺とアレクは横に並び、リラックスしながら不安定な道の上を歩く。


 アルファ、ベータ、ガンマ、デルタの四つの班のうち、俺たちアルファ班は一番前を進んでいた。アレクの言う通り、戦闘がある程度できて、地球のあれこれに詳しいから、マナレガリアの人たちに頼りにされている実感はある。


 砕けたアスファルトを抜けると、茶色の土と緑の草が茂る獣道が現れる。マナレガリアの領域。


「魔物に注意だ」


「ああ」


 アレクの注意喚起に、俺は一応返事をする。


 まあ、ずっと警戒はしている。種類にもよるが、マナレガリア産の魔物は基本的に奔放に動き回る。融和したこの世界でも地球の領域を侵すことにためらいはなく、普通に地球の景色の中に潜んでいることも多い。


 王城を目指しているとき、俺はそのことを痛感させられた。何人もの地球人が無惨に殺されているのを、何度も目の当たりにしてきた。


 だから、リラックスしているが油断はしていなかった。アレクもそうだろう。地球もマナレガリアも視界が遮られる場所が多く、魔物の生態に考えが及んでいないとしても警戒するはずだからだ。


「ギィイヤアアアッッ!!」


 なんて思っていたら、来た。


 ガサガサガサッという草を擦り合わせる音とでかい鳴き声とともに、近くの茂みから一匹の魔物が飛び出してきた。


 他の魔物と同じく、でかい。高さと幅が三メートルくらいか。鳥から翼を取り上げて、両前足をくっつけたようなフォルムをしている。明るい茶色の羽毛と黒い嘴が特徴的だ。大きな金色の目がぎらついている。


「俺がやる」


「だが、トーリ……」


「アレクの剣は機械相手にも通用する。体力を温存しておいてくれ」


 俺は簡潔に、けれども確実に納得できるような言い分をアレクに投げた。すぐに数歩前へ歩き、体でもアピールする。


「……分かった」


 アレクが剣の柄から手を離し、数歩後ずさった音を後ろに聞きながら、俺は短剣を取り出した。


 きらりと光る刃を見て、その切っ先を右の手の平に置く。そのままスッと左手を引き、斜めに切り傷を作る。


 血というには黒すぎる、赤黒い血が滲んでくるのを確かめ、俺は右手を強く握った。


「ギイイヤアアッ!!」


 木を薙ぎ倒し、草を踏み潰しながら、鳥獣の魔物が迫ってくる。


「桃理くん……」


 アレクの更に後ろから、菜乃の心配する声が飛んできた。


 数時間前、俺の戦闘スタイルを見せると、彼女は混乱した様子で俺の傷を治療しようとしてくれた。


 やはり、頼れる先輩だ。菜乃先輩。


「大丈夫」


 右腕を振りかぶりがてら、俺は短剣を持った左手を菜乃の方に向けて言った。


「ギィヤアアアアアッッ!!」


 目前までやってきた魔物が頭を振り上げ、いかにも硬そうな嘴を振り下ろそうとしたその瞬間……。


 俺は一気に前進する。


「はああああっ!」


 そして、血に濡れた右拳を、膨らんだ腹部に叩き込んだ。


「ギイイイイッ!?」


 魔物が嘴を開き、叫ぶ。俺の上半身が魔物の身体に沈み込む。


 ち、浅いな。羽毛で衝撃も血も、本体に届いていない。


 俺は前傾姿勢で倒れ込みながら、右手を開き、指をまさぐって羽毛を搔き分ける。それほど苦労はしなかった。すぐに、ぽよんとした肉を手に感じる。


「ギィヤアアアアアアッ!!」


 鳥獣の魔物が一際大きく鳴く。皮膚に俺の血が触れ、染み込んでいったことで苦痛に感じている。


 四天王の一人を食らい、王城に行く過程で魔物の肉を暴食した俺は魔物の性質を獲得してしまった。食らった四天王のように、流れる血が猛毒になってしまったのだ。触れるだけで苦しみ、体内に取り込むと死に至る猛毒に。


「うるさい」


 暴れ出した魔物を押さえつけるため、俺は手のひらの傷を強くあてがった。擦り付けた。右手で肉を摘まみ上げた。捻り上げた。


 『ギィイヤアアッ!』『ギイイイヤアアッッ!!』と喚きながら、魔物は前足と後ろ足を振り回す。俺はその全てを見切り、魔物に密着するように躱し続けた。数十秒間、その状態を繰り返す。


 なかなかしぶといな。あ、そうか。


 俺は左手の短剣を魔物の肉に突き刺した。すぐに引き抜き、刺し傷に右手を貼り付ける。


「ギィィイイイヤアアアアアッッ!!」


 魔物は四本の足を投げ出し、急に力を失った。静かになった。


「倒した?」


「気を失っているだけだな」


 菜乃が恐る恐る近づこうとしているが、魔物の閉じた目と膨らんだり縮んだりする胸部を確認しながら、返事で思い留まらせる。


 俺はさらに念入りに、毒に塗れた右手で魔物の傷口をいじる。血を擦り込み、塗り込んでいく。


「ギィイッ……」


「ひゃあっ!」


 気絶した魔物はぴくりと身動ぎし、また動かなくなった。


 呼吸も止まった。今度こそ死んだ。


「もう大丈夫だ」


「ほんとに?」


「ああ」


 俺は菜乃の方を向き、応える。すぐさま走り寄ってくる。


「はい、絆創膏!」


「必要ない。『再生の魔法印』で、これくらいの傷ならすぐに塞がる」


「でも……」


「安心してくれ。間違っても菜乃たちに血を触れさせるようなことはしない」


 これは当然のことだが、俺の血は人間にとっても有害だ。皆には絶対に直接触れないように言ってあるし、俺もなるべく触れさせないように気を遣っている。


「いや、そういうことじゃなくて、心配だよ」


「貧血も問題ない。たくさん血を流したが、立ち眩みや失神などは……」


「そうじゃないの!もっと自分を大切にして?」


 菜乃は瞳を潤ませながら、俺と目を合わせてくる。


 ああ、そういうことか。


「してる」


「もっとして!」


「善処する」


「出た!しない人の言い訳!」


「これでも加減してる方だ。俺なりに調整していてだな……」


 何度目かになるが、俺は菜乃とリックに、俺の体と戦い方について説明しようとする。


「ベータ班!死骸の解体を頼む!他の班は待機して周辺を警戒!物資の確保と生存者の捜索にあたってくれ!」


 十メートルほど後方にいるギラさんから号令が飛んだ。ちょうど時間ができたな。


「今度は俺に任せてくれ。トーマは養生に……」


「敵襲、敵襲ぅぅっ!!」


 アレクが剣を抜いたところで、またもギラさんの大声が響いた。


 俺は首を振って周囲の状況を探る。それと同時にカッカッカッという、硬いものどうしが当たる小さめの音がいくつも聞こえる。


 左からだ。コンクリートが剥き出しになっているビルの廃墟。地球の領域から聞こえる。


「機械か……」


 接近してくる相手を視認した俺は、溜め息を吐くように言った。


 やってきた敵は小型のラプトルの群れだった。ただし、全身が金属の板を継ぎ接ぎした機械製だ。メタリックな光沢が日光を反射している。


 高さは一メートルないくらいか。幅は五十センチもない。首も足も細い。前足は短いが、金属の爪が長く鋭く伸びている。障害物の多いこの辺の地形を歩くのにもってこいな体のつくりだ。


 メカラプトルたちは後ろ足をバネのようにして軽快に、コンクリートの硬い地面を走り回っている。


「私たちに任せて!桃理くんはじっとしてるんだよ?」


「一応、私たちも戦力なのだからね」


 菜乃とサーニャも自らの得物、魔法使いの杖を手に取って前に出る。メカラプトルたちに向けて構える。


 メカラプトルたちは危険を察知した。俺たちのいるマナレガリアの領域とコンクリートの地球の領域の境目辺りで足を止める。


『多数の生命反応を確認』


「先手必勝。『ロー・サンダー・ワイド』」


「『ロー・ボルト・ワイド』っ!」


 サーニャと菜乃が雷の魔法を発動する。


 『ロー』が低級、『サンダー』と『ボルト』が雷と電圧、『ワイド』が広い範囲を意味する呪文だ。魔法の強さ(級の高さ)、魔法の属性、魔法の範囲を指定することで魔法を繰り出すのがマナレガリアのやり方だ。


 バチバチバチッと音を立て、幾筋もの雷がラプトルたちに直撃する。眩しい。


 サーニャの雷は杖から複数本と飛び、同時に複数のラプトルを一頭ずつ感電させていく。


 対して、菜乃の雷はシャープなものが一本走っただけだったが、一頭を痺れさせるとそこから雷が走り、別の一頭を痺れさせてからまた雷が走り、という風に、連鎖して時間差で複数のラプトルを感電させていった。


「イメージの差か」


 雷は一瞬で駆け抜けた。焼け焦げて煙を上げるラプトルたち。


「いかにも」


 その目の赤い光が消えたのを確認して、サーニャは腰に手を当てて言う。


「私は、雷とは一撃必殺のものであると考えている。ある場所からある場所に向けて放たれる。それで終わり、という感じに。詳しく言うと、自然現象の雷しか知らない」


「というか、それ以外にあるのか?」


「ガッコウのリカのキョウカショというものには、もっと根源的なことが書いてあった」


 アレクの素朴な問いかけに、サーニャは言い慣れない地球由来の言葉を用いて応えた。


「電流と電圧だね。プラスとマイナスの電荷の概念も」


 菜乃が補足する。


「私は電流をイメージしてる。金属は電導体という知識を使うと、ラプトルに仮定できる電気抵抗は小さい。さらに直列回路におけるオームの法則により、異なる抵抗に流れる電流は一定だから、大きな電流を流すイメージで魔法を唱えたんだ。ボルトは電圧だけど、アンペアだと魔法の呪文として締まらないかなと思って」


 虚空を見て、ぺらぺらと早口で説明する菜乃。


 ちょ、ちょっと待ってくれ。直列回路?オームの法則?


「菜乃ってもしかして、理系?」


「まあそうだね。化学メインだったけど、物理も好きだよ」


「そうか。半分くらいしか分からなかったんだが……」


「つまり、銅線でつながっていないけど、私を電源、ラプトルたちを抵抗とした直列回路を置いて、私から大きな電流を流す操作をするイメージで魔法を使ったってこと」


「ええと、つまり?」


 ちっともつまっていない。どういうことだ?


 先ほどよりは短い一言だったが、やはり俺は理解できなかった。


「ちょっと桃理くん?二年生なら授業でやったでしょ?要するに、サーニャちゃんは雷というものを直接ぶつけるイメージ、私は相手に電流を流すイメージで魔法を使ったってこと」


「理数系は得意じゃないんだ。確率と組み合わせなら総当たりでできる分、まだできるが」


「もう~」


 菜乃も腰に手を当てて、怒ってますよというアピールをする。すいません。


「カイロか。キョウカショに載っていた言葉だな。あとで教えてくれないか?」


「……さっぱりだ」


 突如始まった地球の物理の理論に、サーニャは意欲的で、アレクは端からお手上げのようだった。


「もちろんだよサーニャちゃん。三人とも、帰ったらお勉強ね。教科書は高校にたくさんあるから」


「よ、よろしくおねがいします?」


「ぜひ頼むよ」


「俺もか?」


「アレクもだよ?」


「あ、ああ、分かった……」


 菜乃のつぶらな瞳には、有無を言わさぬ力強さが秘められていた。その目で見つめられたアレクも俺と同様、首を縦に振らざるを得なかった。


「相変わらずすっね、菜乃は。おかげで俺はチキュウのカガクにそれなりに詳しくなれたっすけど……」


「『智は力なり』。知識があれば賢く立ち回れるんだから。魔法の補助にもなる」


「全くの同感だよ。ムカイさんもそうだが、チキュウの人は勤勉な人が多いんだね」


 サーニャも菜乃も魔法使いなだけではない。科学や魔法の学習に対する真摯な姿勢においても、二人に共鳴するところがあるみたいだ。


「引き続き、ベータ班は魔物の解体!ガンマ班は周囲を警戒しつつ機械の解体と回収を頼む!アルファ、デルタ班はそれぞれ前方と後方の警戒にあたってくれ!」


 そうこうしているうちに、ギラさんからの指示が飛んできた。


 俺、アレク、サーニャ、菜乃、リックの五人(アルファ班)は少し前進し、更なる敵がやってこないか注意を配る。


『攻撃を実行』


 すると物陰から突然、機械的な音声とともにラプトルの残党が飛びかかってくる。


 狙いは、一番前にいた俺だ。


 しまった。打ち漏らしていたのがいたのか!


「あっぶなっ!っいすねえ……」


 誰よりも素早く動いたのはリックだった。


 俺とラプトルの間に滑り込み、いつの間にか抜いていた短剣を機械の首に突っ込む。上から力を込めて刃を捻り、ラプトルの頭部を捩じ切った。


 ガキョッという音とともに、小さな頭が宙を舞う。その目の赤い光が消灯する。


「これが、『てこの原理』ってやつっすよね?」


「そう!やっぱり、『智は力なり』でしょ?」


 ハハハと笑いながら、菜乃とリックは頷き合うのだった。


 ガンッ、コロコロコロ、カツンとコンクリートにぶつかって止まった首を眺めて、俺は思う。


「勉強、するか……」



 ※※※



 約一時間後。道中の魔物や機械を倒しながら、そして生存者を救いながら、俺たち二十人の旅団は駅前に到着した。


「おかしい、気配がないな」


「機械が潜んでいるかもしれないよ。慎重に行こう」


「ああ」


 アルファ班は会話もそこそこに、先陣を切って辺りの状況を探っていた。


 駅前も道中同様に荒廃していたが、不気味なほど静かだった。地球の領域、マナレガリアの領域、それに機械の世界の領域があちこちに混在した有り様は、まさにカオスとしか言いようがない。


 遠くに駅が見える。駅舎は残っているようだ。駅に隣接する五階建てのビルもある。


 ただ、周りの建物はあったりなかったりだ。マナレガリアの森や、使い方の分からない機械が鎮座する金属の甲板に、空間ごと置き換えられている。


「魔物がいないということは、人か機械が狩り尽くしたということだな」


「っすね。物陰も多いし、死角に注意っす」


 俺とリックは短剣を肩の高さに構えながら、アレクは剣を腰の辺りに置きながら、ゆっくりとビル街を進んでいく。


 俺たちがいるここは地球の領域だ。といっても、街を構成するビルの大部分は倒壊しているが。


 建物の残骸と森の木々で視界が非常に狭い。よく分からない機械も大きかったり背が高かったりして、視認性を一層悪くしている。


「生存者がこの辺に住んでいて、駆逐しているのかもしれないな」


 どしんっ。


 アレクがそう言った途端、大きな震動が辺りを揺らした。パラパラ、コロリと、砂や小石が舞ったり転がったりする。


 どこからだ?なんの音だ?


 俺たちは視線で意思を共有し、揃って耳を澄ませる。


 どしんっ、どしんっ。震動の間隔が短くなり、大きくなってくる。


 ドシンッドシンッ、ドシンッドシンッ!


 少し前方の、左側から音と震えがしている。なにかが来る。


「来るぞ」


 俺は右手の平を切った。血を握り込む。


 ドシンッドシンッドシンッドシンッ!


 足音の他に、木の倒れる音、茂みが潰れる音、硬い物が破裂する音がいくつも重なって聞こえる。


 近づいてくる。もうすぐそこだ。


 ドゴーンッッ!!


 鉄筋コンクリートのビルの基盤を破壊し、トリケラトプスのような体つきをした巨大な金属の塊が、俺たちの前方に躍り出た。


 でかい。でかすぎる。


「退却ううっっ!!」


 俺は叫び、踵を返して走り出した。


 マナレガリア出身のアレクもリックも、剣技や科学の知識が通用する相手ではないとすぐに気づき、俺についてくる。


「下がって!『ハイ・ボルト・ナロウ』!」


「『ハイ・サンダー・ナロウ』っ!」


 杖を構えるサーニャと菜乃とすれ違うとすぐに、二人は魔法を発動した。


 轟音と閃光が轟くのを後ろで感じながら、俺はギラさんのいるベータ班のところまで駆け抜ける。アレクとリックはすぐに振り返り、それぞれサーニャと菜乃を抱えて再び走り出す。


「全員退却ううっ!!」


 俺たちを見て、いや俺たちの後ろで魔法が当たったであろうメカトリケラトプスを見て、ギラさんも退却の指示を出した。


 俺の隣でアレクがサーニャを下ろし、リックが菜乃を下ろす。四人はすぐに走り出す。


 ベータ、ガンマ、デルタ班もこぞって駆け出した。集団がわっと走り出し、来た道を引き返す。


『多数の生命反応を確認』


 機械の音声が冷酷に鳴り響く。赤い光が地面を照らす。機械だが、魔法使い二人の最大火力の雷を食らっても生きている、平気でいることは分かった。


 走らなければ殺される。轢かれる。踏み潰される。俺は足を動かすのに必死で、振り向くことができなかった。


 一目見て分かった。あれに刃は通らない。並みの魔法はものともしない。


 生き残りが潜んでいるんじゃない。あいつが全部轢いて、踏み潰しているんだろう。周辺の魔物や人を根絶やしにしたのは、間違いなくあいつだ。


「『ハイ・サンダー・ワイド』!」


「魔力の無駄だ、サーニャ!」


 ちらりと後ろに目をやると、一軒の家くらいの高さ、幅、大きさをしたトリケラトプスの顔面に、サーニャが渾身の雷を放つのが見えた。魔法の効いたか確かめる前に、アレクが彼女の手を引いて走り始める。


 結果は、焼け石に水だった。顔の装甲が分厚いのか、それともゴムかなにかの絶縁体で覆われているのか。電撃は当たってはいるが、トリケラトプスの突進は止まらなかった。


「魔法も効かない!走れっ!」


「でも駄目だ、追いつかれる!」


 前の方から困惑と焦りの声が漏れる。


 確かに、万事休すだった。


 メカトリケラトプスの歩幅はとてつもなく大きい。数十メートルの距離なんてあってないようなものだった。このまま、全員が走って逃げおおせるとは到底思えない。


 なら、散らばった方がいいか?メカトリケラトプスにとって障害などないに等しいが、あまりにも距離が近すぎるが、てんでばらばらに逃げれば全員が餌食になることはないだろう。


「皆、近くの脇道に……!」


「伏せてっ!」


 ……逃げ込め!俺が苦し紛れの次善策を叫ぼうとしたとき、聞き慣れない大声が響いた。


 拡声器で大きくしたような、これも機械っぽい感情のこもっていない声だった。今の俺から向かって右側の後ろの方から聞こえる。


「伏せろおおっ!!」


 声を信じていいのかと逡巡していたところに、背後のアレクが同じことを叫んだ。


 俺は迷わず、前に向かってヘッドスライデングをする。


 すぐに振り返ると、ジェットエンジンの燃焼する音とともに、人型のロボットのようなものが一体、最後尾のアレクたちの数メートル前方に降り立つのが見えた。


 サイボーグ?両足のジェットエンジンを逆噴射して着地した姿を見て最初に思ったのは、SF作品に出てくるような機械人間だった。体はメカメカしいが、フォルムは人間そのものだ。


 サイボーグの左腕は大砲みたいになっていて、右手でそれを押さえて照準をメカトリケラトプスの足下に向けている。


 そこまで確認できたところで、これから起こることが分かった。俺は顔を伏せる。


「発射っ!!」


 鋭い声を上げて、サイボーグは左腕からミサイルかなにかを発射した。大きな衝撃と轟音が地面と空気から伝わり、俺の体を突き抜けて外に出ていく。


 砂煙が充満する中、一拍置いてドシンッという大きな音。メカトリケラトプスが地面を踏む音だ。


 どうなった?俺はゆっくりと顔を上げる。


『一部機能を破損。生体反応を確認』


 ミサイルで勢いを殺されたメカトリケラトプスは顔面の下部と両前足が破損し、その場でたたらを踏んでいた。サイボーグはその様子を眺めている。


「コネクト!ダイナマイ!」


「はい。……ジップライン設置」


「あいよっ!」


 手前のサイボーグがさらに叫ぶと、別の機械の声が二種類飛んでくる。


 と同時に左奥から黒いワイヤーのようなものが伸び、メカトリケラトプスの首の右側に固定される。ワイヤーがピンッと張られたかと思うと、それを伝って見た目の違う別のサイボーグが滑走してくる。


「おっしゃあっ!火力マックスでいくぜええっ!!」


 滑走してきたサイボーグは移動しながら自らの左腕を取り外し、メカトリケラトプスの脇に着地する。激しすぎるタップダンスに揺られながらも、左腕をメカトリケラトプスの前足の間に転がし、こちらに向かって走ってくる。


「伏せて」


 今度はよく通る低い声で、ミサイルを撃ったサイボーグが言った。


 俺は言われた通りにした。さらに耳を塞いでおく。


 次の瞬間、今まで聞いたことのない爆発音が耳をつんざき、俺は身を縮こまらせる。


 さっきの左腕が爆発した、ということか?俺は頭だけを動かして考える。


「あなたは……?」


 十秒は経ったか。アレクの戸惑った問いかけが聞こえたので、俺は顔を上げる。


 前方に三体のサイボーグがいた。ミサイルを撃ったのと爆発を起こしたのと、もう一体。


 その奥には、沈黙したメカトリケラトプスの残骸が山のように聳えていた。あれだけ堅牢そうな顔面の下半分と両前脚、胴体の前の部分が粉々に破壊されており、三日月状の顔の残骸についている目の光は消灯していた。


 メカトリケラトプスを、倒したのか。ミサイルと爆弾、たった二回の爆撃で。


「僕はサイ。こっちがダイナマイ。こっちがコネクト」


「ダイナマイだぜ!火薬ねえか?」


「コネクトです。私の充電容量はあと67%です」


「サイにダイナマイに、コネクトね」


「機械が喋っている……?人を模しているのか?」


 俺が恐る恐る歩み寄ると、菜乃は近くで三体の顔と姿を覚えていた。その傍らで、サーニャが頭を捻っている。


「地球では、SFの中に出てくる空想上の存在としてアンドロイドやサイボーグが広く知られている。だから、俺や菜乃はまだ彼らについて飲み込みやすい」


「エスエフ、とはなんだ。トーリ?」


「ああ、それはな……」


 俺はかいつまんで、地球のSFとはなにかをアレク、サーニャ、リックに説明した。


「……つまり、サイとダイナマイとコネクトは、人間のような機械というわけだ。あくまで地球人の認識では、だが。サイ、俺はトーリという者で、一応人間だ。サイたちは機械の世界からやってきた、という認識でいいのか?」


「トーリだね。記憶したよ」


 俺が話している間にも待ってくれていたサイは、至極ロボットらしい返事を寄越す。


「トーリの問いに答えると、そうだね。僕たちはトーリの言う機械の世界、『ボットシップ』からやってきた。いや、『ボットシップ』に乗ってこの世界にやってきたと言うべきかな」


 そして、明瞭な機械の音声で、意味深なことを言うのだった。

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