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}融和する世界たち{  作者: LostAngel
第一章:人魔闘争世界『マナレガリア』

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第十六話

 }第十六話{


 『マナレガリア』の王城から撤退した俺、相田桃理と妹の美紀、アレク、サーニャの四人は、魔王の元四天王である黒龍ドラゴートの背に乗り、岩倉高校へと到着した。


 その翌日。俺は、白いシーツと掛け布団に挟まれた状態で目を開けた。


 天井が白い。俺は、どこで寝たんだっけ?


「おはよう」


 低い女性の声で挨拶が飛んできた。


 そうだ、俺は保健室で……。


「……おはよう、ございます」


 状況を認識し、返す。


 顔を斜めに向けると、柔和な女性が腰かけていた。バインダーを片手に、小さな丸椅子に座っている。


「ぐっすりですね。十八時間も」


 ボールペンでさらさらと紙に書き込み、女性は優しく微笑んだ。


「すごいです。全身の傷は完治、左腕は手首まで再生してます」


 融和前の地球の高校で保健室の先生をしていた女性、唐間えな(からまえな)教諭は俺の体のあちこちに視線をやりながら言う。


 俺は気恥ずかしさを覚えて、ゆっくりと起き上がった。右腕だけでこなすのも慣れてきた。


「美紀は?美紀はどうしました?」


「まだ起きない。意識と呼吸は安定してるけど……」


 唐間先生の笑顔が曇る。


 その視線は、俺の後ろ側に注がれていた。俺も追従する。


「美紀っ!」


「あ、相田くん駄目っ!」


 静止を振り切り、俺は隣のベッドに駆け寄った。


「美紀、大丈夫か?」


「当分は起きないですよ」


 美紀の回復を妨げることはできない。兄の俺が駆け寄ってみても無駄だったようだ。


 唐間先生が俺の肩に手を置く。


「美紀ちゃんはお腹の穴が塞がるまで絶対安静。相田くんは左手が戻るまで」


「……分かりました」


 一瞬逡巡したが、俺は落ち着いて同意した。


 焦っても意味はない。俺には肉体に刻まれた『回復の魔法印』があるが、美紀にはない。勇者ではあるが、体の強度、回復力は地球の女子高生並みしかないのだろう。


 理解はしている。ラノベだとかアニメだとかは俺の得意分野だ。


 だが、気がはやる。美紀のためになにかしてやれることはないか。左手の再生中なのに、そんなことを考えてしまう。


「点滴があればよかったんだけどね。気を失っていても、最低限の栄養を補給できる。でも、流石に学校の保健室にはないから……」


「病院から持ってくれば……」


「え?」


「病院から持って帰ってくれば、美紀の治療に使えますか?」


「それはもちろん、あると助かるけど……」


 点滴だけではない。手術に使う器具、器械や治療に用いられる薬剤、輸血剤などが揃えば、地球のやり方で高水準の医療が行える。唐間先生は分かりやすいように、俺に教えてくれた。


「『マナレガリア』の人の回復魔法は便利だけど、万能ではない、という印象です。物理的な治療が必要な場合もある」


「近くの病院、特に駅前の総合病院から必要なものを持ち帰ることができれば、傷ついた人たちが助かる。そういうことですね?」


「ええ、そうですけど……」


 美紀が助かる。その言葉は俺にとって、なによりの悲願だった。


 俺はすっくと立ちあがった。


「病院まで行ってきます。皆のために、美紀のために、物資を取ってきます」


「気持ちは嬉しいですが、駄目です」


 唐間先生も立ち上がり、俺と目線を合わせて言った。


「せめて今日は休んでください。体力を回復させるんです。左腕も」


「でも早い方が……」「大丈夫です」


 俺の幼稚な言い訳を遮ると、唐間先生は扉の方に向かった。


「私がいる限り、医療崩壊は起こさせませんよ」


「……そうですか?大変じゃないですか?」


「向井さんたちが上手くやってくれていますから。魔物が出るようになったこの世界で、『マナレガリア』の人たちと協力して学校を今日まで防衛できている。けが人はゼロではありませんが、私と生徒さんのお手伝いや、魔法で間に合っています。急ぐ必要はありませんよ」


「なるほど」


 専門家が言っているのだ。信用しない方が失礼だ。


 俺は頭を占める余分な熱を散らすように、頭を振った。


「頭が痛いですか?」


「いえ、変なことを考えるのをやめました」


 なんのことか分からない唐間さんに、俺は言った。


「先生を、ここの皆さんを信じます。焦って自分だけでなんとかしようとせず、頼ることもしていこうと思います。目が覚めました、ありがとうございます」


「強いんですね、相田くんは」


「強いですか。俺は全然」


「心が強いという意味ですよ」


 先生は笑みを深くし、扉を開けた。


「それではお願いします。明日から、物資を手に入れてきてください」


 『明日から』を強調し、唐間先生は廊下に出た。


「はい!」


 俺は力強く返事した。先生の許可が出て嬉しいのと同時に、信頼を託されたときの弱い緊張感もやってくる。


 大丈夫だ、俺はやれる。血を浴びせるというリスキーな戦い方だが、一人で魔物を倒せるのだ。俺は外に出て戦える。


 そんなことを考えていると、先生が振り返って扉を閉める。俺と目が合う。


「死なないでね?」


「もちろんです」


「お大事に」


 唐間先生はゆっくりと戸をスライドさせて、扉を完全に閉めた。


「もういいぞ、アレク」


「な、なんだあの人は……」


 俺の隣のベッド(美紀と反対側のベッド)で寝たふりをしていたアレクに一声かけると、掠れた弱々しい声が返ってきた。


 俺は自分のベッドに寝そべり、掛け布団を肩までかける。


「かわいらしくもあり、美しくもある。まるで天使じゃないか。マナレガリアにあんな女性はいないぞ」


 アレクはうっとりと言葉にする。


 昨日唐間先生と初めて顔を合わせたアレクは、明らかにのぼせていた。一目惚れしたであろうことは誰の目からも明らかだったが、まさか会話に参加するのもできないほどとは。


「神官の人たちはどうなんだ?優しい人もいるだろう」


「いるにはいるが、皆粗野で乱暴だ。フォリアのようにな」


「ああ……」


 数日前に亡くなった、命の恩人のことを思い、俺は理解した。


 彼女のように、マナレガリアの人は強いんだ。絶対に相手を倒す、絶対に仲間を助ける、絶対に陣地を守る、というように、自分の中に一本の太い芯が通っている。弱肉強食の世界で生きてきたからだろう。自分でなんとかするという気性の人が多いのは頷ける。


 しかし、地球人は違う。とりわけ日本人は、人と人との関係性を大事にする。『和』だとか『コミュニケーション能力』だとかに言い換えられるものだ。相互に協力し合って文明を築き、科学技術を発展させてきた地球人たちは、自分の中に太い芯があるというよりかは、どんな変化にも対応できる柔らかい軸のようなものがあると言った方が適当だろう。


 長くなったな。つまりアレクは、マナレガリア人にない柔らかい軸を持つ地球人に惹かれていて、その中でも特に、無償の愛と治療を施してくれる唐間先生に熱を上げているというわけだ。


「唐間先生は人気だぞ?生徒も先生もあわよくばと思ってるだろうし」


「それは、その、トーリもか?」


「俺?俺は違うよ。恋愛に興味はない」


 互いにギリギリ聞こえるくらいの声量で、俺とアレクは話し続ける。修学旅行の夜みたいだ。


「なんにせよ、アプローチは早くした方がいい。吊り橋効果で、他の人とくっつく可能性もなきにしもあらずだからな」


「吊り橋効果、とはなんだ?」


「ああすまん、分からないよな」


 恐怖や緊張状態にある男女が、それらの感情をお互いに対する恋愛感情だと錯覚してしまう心理効果のことだ。俺はそう説明した。


「融和した世界は常に死の危険がある。先生の精神的なプレッシャーは相当なものだろう。常に吊り橋効果が発生していると言える」


「なるほど……」


 アレクに分かってもらえたようだ。


「ところで、腹の怪我は大丈夫か?」


「ああ、あばらが数本折れた程度だ。あと腸が一部破裂したくらいか。金属の鎧様々だな」


 それは、『その程度』で済ませていいのだろうか?甚だ疑問だ。


「回復魔法をかけてもらったし、エナセンセイ、にも診てもらった。傷は塞がっているそうだ。俺も今日は休めと言われたよ」


「じゃあ、俺ら暇だな」


「まあ、な……」


 アレクは言葉を詰まらせ、


「……よければ、意中の人を射止める方法を、教えてくれないか?」


「お安い御用だ」


 彼女がいたことはないが、ラノベの知識は豊富だ。


 それから俺は大船に乗ったつもりで(自分で言うものではないが)、一日かけてアレクに恋愛のいろはを叩き込んだのだった。



 ※※※



 保健室で休んでいる間、何度か外が騒がしくなったことがあったが、俺とアレクは仲間を信頼し、動かないことにした。


 大丈夫だ。向井さんたちに任せておけば、魔物などへっちゃらだ。過大評価ではなく、純粋にそう思っている。


 夜に一度、サーニャが見舞いに来た。俺とアレクが順調に回復しているのを見て、こう言った。


「明日、チキュウのエキマエというところに行く旅団を編成しようと思う。二人とも来るかい?」


「もちろん」


 俺とアレクは同時に返事した。


「医療設備もそうだが、食料も不安になってきている。今後避難してくる人のことも考慮し、余裕を持った食料の備蓄を調達したいというのが皆の総意だよ」


「駅前にはレストランもコンビニもあるしな。スーパーやドラッグストアなら薬や日用品なんかも手に入る」


「そのような珍妙な名前の建物があることを、ムカイも言っていた」


「レストラン?コンビニ?スーパー、ドラッグストア?なんだそれは?」


 サーニャは向井さんから教えてもらったようだ。ちんぷんかんぷんな様子のアレクに、俺は簡単に説明する。


「レストランは、食事処って言えば分かるか?」


「なんだそのことか。食事を食べる店だろ?」


「そうだ。地球のレストランは座れる席が多くて、色んな料理が食べられて、教室、この部屋くらいに広いところが多いな。マナレガリアの食事処はどんな感じなんだ?」


「狭いところが多いね。王国直営の店は大きくてメニューが豊富だけど、ほとんどの店はテーブルが三つ四つしかなくて狭い。引退した元冒険者が土地や建物を借りて経営してる店が多く、料理も二、三種類だ。卸してもらう食材の量と種類に限りがあるからだろう」


 博識なサーニャがすらすらと教えてくれた。


「日本の一部の店もそんな感じだな。ただ、今回狙うのは大規模なレストラン、ファミリーレストラン、略してファミレスだろう。駅前には数店舗ある」


「そのファミ、レスには食料がいっぱいあるのか?」


「ああ、多少腐ってるものもあるだろうが、数十人分の食料が、数日困らないくらいの量はあるはずだ」


 アレクの疑問に、俺はおおよその見込みで答えた。


 生存者や魔物が既に手をつけている可能性については、黙っておいた。


「コンビニはそうだな、補給所に近いか。備蓄庫と言ってもいいかもしれない。防衛能力は皆無だが」


「無防備な砦、ということか……」


「だいたいそうだな。あとコンビニは、結構目立つ外観をしている。駅前にはたくさんあるが、この辺にもいくつかある」


「倉庫なのに目立っているのか……」


「地球は平和だったからな。利便性を重視して目立たせているんだ」


「興味深いね。余裕があれば建築様式などを観察したいものだ」


 アレクはまだ受け止めきれていないが、サーニャは飲み込めているようだ。


「スーパーとドラッグストアはでかい倉庫だな。とにかく大量の物がある。駅前にどっちも、複数ある。そして、コンビニと同じくらい目立つ」


「倉庫が多いのだな、チキュウは」


「そうしたお店から適宜品物を入手して、地球人は生活してたからな」


「狩猟や探検で自給自足するマナレガリアとは対照的に、そういった店による物資の供給網が発達したわけか」


「その通りだ」


 サーニャが頷きながら噛み砕くのを、後押ししてやる。


「おっと、もうこんな時間か。……二人とも、今夜はちゃんと寝てくれよ?明日からまた忙しくなる」


「もちろん」


「皆のおかげで、安心して眠れるよ」


 俺とアレクは軽く応え、保健室を出るサーニャを見送った。


「美紀は……、まだ目を覚まさないか」


「急がなくてもいいだろう。ここなら安全だ」


「それもそうだな」


 美紀の安らかな寝顔を見つめるのはこれくらいにして、俺は保健室の明かりを落とす。


 アレクともどもそれぞれの床に着き、やがてすぐに眠りへと落ちた。



 ※※※



 翌日。 早めに起きた俺とアレクは、唐間先生が持ってきてくれた朝食を食べてから、身支度をして、未だ眠っている美紀に挨拶して一階に降りた。


 椅子も机も教卓もないがらんとした教室をいくつか通り過ぎてから、校庭に面する昇降口に向かう。


「おはよう、傷は癒えたね?」


「ああ」


「ばっちりだ!」


 俺は左手のサムズアップで、アレクは新しい鎧に包まれた腹部を叩いて応えた。


「じゃあ行こうか。そろそろ音頭の時間だよ」


 下駄箱で予備の靴を取り出し、俺、アレク、サーニャの三人は校庭に出た。


 ドラゴートの小山のような巨体が右に見える。正面にはバリケードで封鎖した校門(正門)が、左手にはがらんどうの体育館が位置している。


 手前には金属でできた銀色の昇降台が置いてある。朝礼や行事とかで全校生徒に向かって話す人が立つ、あれだ。


 昇降台の上には恰幅の良い男性が立っていた。見るからにマナレガリアの人だ。


 筋骨隆々な全身を使い古した革鎧で包んでいる。顔は、言っちゃあ悪いが山賊の頭みたいなワイルドな顔立ち。ほとんど黒に近い青紫の髪は襟足を残して刈り込まれている。さらに、広い背中を埋めるくらい大きな大斧を背負っていた。鈍器に近い刃が朝日に反射し、黒光りが眩しい。


 とても腕っぷしが強そうな大男だ。それこそ、規格外のサイズをした魔物と張り合えるくらいに。


 俺はそう思いながら、校庭の中央少し手前にできている人だかりの後ろ、要するに校庭の中央辺りに位置取った。アレクとサーニャも一緒だ。


「皆集まったようだな。それでは始める!」


 昇降台の脇に控えていた男性と目配せした後、お立ち台の大男は声を張り上げた。


 すごい声量だ。音響機器要らずで俺たちのところまで響かせている。


「本旅団の指揮を取らせていただく、ギラーノ・クラッカーだ!よろしく頼む!」


 校庭にいる集団のうち、地球人は拍手を、マナレガリア人は喝采を送った。『ギラさんカッコいいぜ!』などの声が上がる。


「元気でよろしい!……ガッコウを旅立つ前に、いくつか説明事項がある!聞き漏らさないでくれ!重要なことだ」


 校庭の集団、旅団の面々が真剣な表情になる。もちろん俺もだ。


 情報は力だ。いざというときに困ってしまわぬよう、一言一句聞き漏らさないようにしよう。


「まず、本旅団の目的から説明する!本旅団の目的は、約一キロメートル北にあるエキマエ周辺で、食料、日用品、医療器具、薬などの物資を調達し、ガッコウまで持って帰ってくることだ!それと並行して、生存者の救助も行う!……ここまででなにか質問はあるか!?」


 ちゃんと質問を募るのか。失礼だが、見かけによらずしっかりしている。


「はい!」


 と思っていたら、女性の声と手が上がった。ワイシャツの白い袖、地球人だ。人混みの一番前にいる。


「ナノ、なんだ?」


「物資を調達するとのことですが、カバンのような容れ物を持っていません!支給されるのでしょうか?」


「よく気づいた!」


 孫娘の賢さに感心するかのように、ギラーノさんは笑った。


「この後支給する手はずとなっている!リュックサックというものと手提げ鞄だ!戦闘には極力支障が出ないよう、持ち運びやすいものを厳選した!」


 ギラーノさんは左下に視線を落とす。


 すると先程の細い男性が、足元にあった大きなリュックサックと旅行鞄を持ち上げる。


 地球産の容れ物を採用したようだ。マナレガリアのものよりは頑丈ではないだろうが、確かに持ち運びはしやすいはず。


「これらを支給する!充分な容量だと思う!」


「ありがとうございます」


 ナノと呼ばれた女性はお礼を言い、手を下げた。


「他になにか質問はあるか!?」


「はい」


 今度は人混みの中央から男性の声。同時に細くも筋肉のついた右腕が生えた。革製の籠手をつけている、マナレガリア人か。


「リック、なんだ!?」


「ギラさんはさっき生存者の救助もするって言ってたけど、救助した後はどうするの?団の中から何人か抜けて、その人たちが護衛してガッコウに戻ってくる感じ?」


「概ねその通り!」


 質問を受け、ギラーノさんは何度か頷く。


「後で発表するが、旅団の人員を五人ずつの四グループに分ける!もし生存者がいた場合、四つのグループのうち一つが護衛役として、生存者を安全にガッコウまで送り届ける手はずだ!分かったか!?」


「おっけー」


 男は軽く応えて手を下ろした。


「他にあるか!?……それでは次の説明に移る!」


 ギラーノさんは豪快に咳払いをし、胸を張る。


 がんばってほしい。喉が辛いだろうが。


「次に旅団の構成員と、四つのグループ分けを行う!名前を呼ばれたら返事をし、各グループのメンバーどうしで固まるようにしてくれ!」


 早速メンバー発表か。俺は誰と一緒なんだろうか。


「それではいくぞ!まずはアルファ班!アイダ・トーリ!」


 いきなりか。


「はいっ!」


 俺は大きく元気よく返事した。


「アレクサンダー・パウンド!サーニャ・シフォン!」


 次いで、アレクとサーニャの名も呼ばれた。


 どうやら、まるっきり初対面ではなく、相性を考えてメンバーの組み合わせを決めているようだ。


「スギハラ・ナノ!リック・ガナッシュ!以上アルファ班だ!」


 残りの二人は知らない名前だ。いや、知ってはいるか。直前に質問した二人だ。


 それぞれ返事をし、俺たちのいる後ろの方に駆けてくる。


「よろしくお願いします」


「よっす〜」


 二人なりの挨拶をしてくれた。


「よろしくお願いします」


「よろしくな」


「よろしく頼むよ」


 俺たち三人も挨拶を返す。


「杉原さんは高校生ですよね。何年ですか?」


「三年よ。相田くんももしかして?」


「はい、二年でした」


 俺は先輩に対する立ち居振る舞いモードを発動し、情報交換する。


 杉原さんは上は白いワイシャツ、下は膝丈の制服のスカートを身に着けている。足下は紺のハイソックスと黒いスニーカーだ。


「よろしくね。敬語はいいよ」


「そうですか?」


「敬語だよ?」


「……そ、そうか?」


「よし」


 結構グイグイくる。整ったかわいらしい顔立ちで詰めてくるのは、なんというかドキドキする。


 俺もアレクのことを馬鹿にできないな。流石に一目惚れはしていないが、女性の破壊力というものを痛感した。


「久しいね、リック」


「元気にしてたか?」


「いつも通りっすよ。二人も相変わらずで」


 マナレガリア人も旧交を温め合う。


 リックは盗賊とか斥候とかの肩書きが似合う、軽装の戦士らしい外見だ。ほっそりとした体に黒っぽい革の鎧を各所にあてがっている。腰の左右に一本ずつ細い鞘が差さっていることから、二刀流使いであることが窺える。


 年は、うーん。俺や杉原さんと同年代にも見えるし、もう少しいっているような気もする。


「そういえば、杉原さんの武器は?」


菜乃なの!」


「……菜乃の武器は?」


「ふふーん♪」


 俺の名前を呼ばせた杉原さん、いや菜乃は上機嫌になって、両手で左右からスカートをたくし上げる。


「ちょっ!?」


 俺は慌てて両手を顔の前に持っていき、目を瞑る。


 い、いき、いきっき、いきなりなにを!?


「そういうのじゃないって、ちゃんと見て」


「い、いいんですか?」


「いいから早く!」


 そう言われたら従うしかない。俺はゆっくりと両腕を下ろし、目を開けた。


 菜乃の白い太ももが見える。ああ……。


 じゃなくて、左右の太ももに一つずつ、黒いものが巻かれている。バンドかトレーニング用のサポーターに似ている。


「柄があるってことは、ナイフか?右のは木の棒?」


「半分あたり」


 菜乃は笑うと、


「私は後衛。基本魔法で戦って、やむを得ないときはナイフで迎撃する。魔物はまだ倒したことないけど」


「右のそれは魔法の杖か。にしては短くないか?」


「ここにしまえるように、魔法に詳しい人にカットしてもらったの。ホルスターにしまえれば両手が空くし、便利なんだよね」


「なるほど」


 素直に納得していいものなのだろうか。


「にしても、目に毒っすよ。毎回毎回」


「リック、慣れてよ」


「二人はガッコウを防衛してる、ある程度の戦闘経験者だ。とても心強いよ」


「照れるってば、サーニャちゃん」


「ちゃんづけはやめてくれ」


 菜乃は誰にでもこうみたいだ。だから、ニックたちマナレガリア出身の人間と仲が良いのだろう。さっきの硬い芯、柔らかい軸の理論でいくと、硬い芯の方だ。


「ま、俺としても三人と組めてラッキーすよ。魔王と四天王と戦った猛者たちなんすから」


「俺は相討ちだけどな」


「私は、むしろ新しい魔法を教わったぐらいだが」


「俺も食っただけだしな。美紀を連れ帰ったが」


 アレク、サーニャ、俺の順に応える。


 俺たちの活躍というか、融和後にやったことは学校中に広まっている。当然、リックの耳にも入っているわけだ。


「それがすごいんすよ。まずアレク。たとえ相討ちでも、魔王の四天王とタメ張れたのはすげえっすよ。もっと自慢して周った方がいいっす。武勇伝すよ」


「そうか?」


「そうっす。いつも奥手で評価される機会を逃してるの、もったいないっす」


 リックは自信満々で言いきる。アレクは満更でもなさそうだ。


「いい機会だ。誇りなよ、アレク」


「そういうサーニャもっすよ。四天王から魔法を教わるってなんなんすか。しかも、魔法印学発展の大躍進とも言える魔法印破壊の魔法なんて。学会が残ってたら表彰ものっすよ」


「相手が賢かったんだ。私が学問に腑抜けていたら、きっと勝てなかった」


 サーニャも微笑みながら謙遜した。


「そしてなんといっても……」


 リックが爽やかな顔を俺の方に向けた。


「……トーリっすよ。ガッコウを襲った四天王の一人を食って、毒の血を宿すなんて。能力吸収なんて、どこの物語の話っすか。しかも単独で魔物を倒しながら魔王の下までたどり着くなんて、間違いなく地球人最強っすよ」


「最強は勇者の美紀だろう。妹だ」


「回復したら、ぜひミキにも会いたいっす。聖剣見せてほしいっす」


 リックは読み取るのが難しい表情と立ち居振る舞いで、期待と嬉しさを表現した。


「リックはこの通り、好奇心旺盛なんだ。交友関係も広い」


「俺たちは毎回褒められるぞ。人の長所を見つけるのが上手い」


 言うなれば、人オタクか。俺は納得して首を縦に振る。


 リックは菜乃と対照的で、マナレガリアの住人でありながら柔軟な心意気をしているようだ。


「褒めちぎるのはこれくらいにして、よろしく頼むよ。リック、ナノ」


「よろしくっす」


「よろしくね、サーニャちゃん」


「だから、ちゃんはやめてくれ」


 やいのやいのやっているうちに、メンバーの読み上げが終了したようだ。


 ギラーノさんが再び咳払いしたのを聞いて、俺たち五人は昇降台に視線を戻す。


「以上二十名が、今回旅に出る旅団の構成員たちだ!くれぐれも、不和のないようにな!」


 皆が笑う。言うまでもなく、皆お互いを尊重し合い、仲が良いからだ。


「では最後に、少し難しい話をする!先日新しく融和した、チキュウでもなくマナレガリアでもない第三の世界についてだ!」


 瞬時に空気が張り詰める。


 第三の世界。魔王と戦ったときに天空に出現した、金属の船としか言い表せない世界。あの世界について、ギラーノさんはなにか知っているのか。


 リアクションからして、サーニャとナノとリックは把握しているようだ。俺とアレクはここで初めて聞かされる形だ。


「ずばり言うと、第三の世界は金属で構成されている!融和したエリアは鉄板を何枚も敷き詰めたような地面に、キカイという、金属を組み合わせて作る道具が散らばっている!」


 キカイ。機械のことか。おそらく融和前のマナレガリアになかったものだから、ギラーノさんの発音がたどたどしいのだろう。


「そして重要なことに、キカイでできた生命体が各所で目撃されている!チキュウ人によると、それらはチキュウに以前生息していたキョウリュウのような見た目にそっくりとのことだ!」


 機械でできた生命体?しかも恐竜の見た目をしているって?新しく融和した世界は、地球とリンクするところが多いみたいだ。


 まあ、融和前の地球では完全に自律した機械の生命体は実現できていないし、恐竜は太古の時代に滅びたが……。


 突然この世界の空に現れたことと、奇妙なリンクには関係があるのか?


「それら機械の生命体との交信は行われていないが、ソウガンキョウを使った観察により、魔物と戦闘を行っている様子が確認された!おそらく、やつらは敵性せいめ……」「敵襲っ!敵襲ううぅぅっ!!」


 ギラーノさんの話を遮って、上の奥の方から声が響き渡った。全員顔を上げる。


 きらりと光るレンズ。双眼鏡だ。学校の四階の窓から、俺たちの後ろを指差す人差し指が伸ばされた。


「こっちに来ますっ!!」


 校庭にいる二十人が一斉に振り返り、各々の得物を抜いた。


 ゴオオオオオオッ!ジェット機のようななにかが、轟音を上げて近づいてくる。


 あれは……。


『多数の生命反応を確認』


 機械じみた音声で確かにそう言い、空気をかき乱しながら、ジェット機……。


 いや、機械でできたプテラノドンは翼をはためかせ、空中で急停止する。校門のすぐ上だ。


 ゴオオオオオオッ!両翼のジェットエンジンが火を吹いている。校門がバリケードの土のうが、校門脇の並木が、強い風と熱に晒される。


「『ハイ・サンダー・ナロウ』」


「『ロー・ボルト・ナロウ』っ!!」


 機械プテラに一番近い魔法使いであるサーニャと菜乃の二人が同時に魔法を放った。


 サーニャの大きい杖からは、真夏のゲリラ豪雨がもたらすような太い雷が、菜乃の小さな杖からはレーザービームのような光線が、どちらも金色の輝きを放って機械プテラに注がれた。


 雷はずんぐりとした胴辺りに、光線は左翼のエンジン付近に命中した。ビリビリ、バリバリ!といった電流の流れる音が響く。


『一部機能破損、一部機能破損……』


 感電した翼竜は心のこもっていない音声を繰り返し、数メートルの巨体がこちらに傾ける。


「総員退避っ!!充分な距離を取れ!」


 ギラーノさんの指示が飛ぶ。すぐに俺たちは校舎側に移動した。


『一部機能破損。着陸体勢に移行』


 まず後ろ足を接地させ、それから翼を叩きつけてグラウンドに降り立った機械プテラ。


 茶色く乾いた土砂が跳ねて、散る。視界が一瞬不明瞭になる。


『前方に多数の生命反応を確認』


 機械プテラの全身が露わになった。赤い二つの目が光る。


 高さ五メートル、翼を含めた横幅が十五メートルはある機械の生命体が、煙と駆動音を上げながら身動ぐ。


 その皮膚と言っていいのか、体表は色の異なる金属の板を継ぎ接ぎしたかのように人工的だ。いかにも電気がよく通りそうだ。


 サーニャと菜乃はおそらく、目撃情報から雷が効きそうだと予想していたのだろう。だから素早く雷の魔法を放てた。


『対象を選択』


 機械プテラは嘴を閉じたまま話す。肉のある生き物のような発声方法ではないらしい。


 目の光が強まり、収束し、一番距離の近い対象、サーニャの全身を赤く照らす。


『対象を決定。スキャンします』


「嫌な予感しかしないねっ」


 言うのと同時に、サーニャは横に転がる。流石の身のこなしだ。


 機械プテラは横に長い光波を照射し、さっきまでサーニャのいたところを下から上に這わせた。コピー機が用紙をスキャンするような感じだ。


『スキャン失敗。敵対行動を感知』


 多分日本語でもなくマナレガリアの言語でもない言葉で、けれども融和の影響で日本語に聞こえる言葉で、機械プテラは告げた。


 敵対行動を感知。ということは、戦闘になる。


「『ロー・……』」「待って、ナノ」


 敵意を感じ取って追撃しようとした菜乃の前に手を挙げてみせ、制止するサーニャ。


 理由はすぐに分かった。濃い影が校庭を覆う。


「羽虫が……!」


 黒い山が、いや黒龍ドラゴートが飛翔したかと思えば、一気に急降下する。漆黒の両前脚を機械プテラに思い切り叩きつけた。


 見たことはないが、聞いたことはないが、廃車をプレスするのはこんな感じなのだろうか。


 グシャッ!鈍い音を上げ、機械プテラの胴体部分がぺしゃんこになった。先ほどよりも多くの土煙が舞う。鳥にも似た頭部が衝撃でもげ、俺たちの前に転がってくる。


 当然だが、その目の光は消えていた。というか、どちらの電球のごとき目も割れていた。


「……出発は予定通り行う!これは、防衛組で慎重に解体してくれ!」


 胴体を失った飛行機のウイングのような一対の廃材を眺め、ギラーノさんが号令を上げるのだった。

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