第七章
「さてそろそろ、試運転といこうか」
次の日、僕とシャロンは一階にあるベルトコンベアまで連れ出された。
そこにはイスが背中合わせに二つ置かれていた。僕達はそこに座らされ、後ろ手で縛られた。
この体制、僕らにとっては好都合。第一段階はクリアされたと言ってもいい。
そうとは知らず、完全に優位に立っていると錯覚したままのブラッドは、高らかに言葉を発した。
「さあ、準備が整ったところで試運転開始だ。その前に、この記念すべき試運転のゲストをお呼びした。……おい!」
ブラッドの合図とともに、三人の手下が入場してきた。そいつらはマイラと、あるものを持っていた。
それは、僕のステッキだった。
「フフフ、昨日も言ったが、ワシは慈悲深いからな。身を張って実験台になってくれる者達に最大の配慮をしてやったぞ。愛すべき妹君と、長らく愛用していたステッキが最期の時を見守ってくれるだろう」
これは思いがけないことになった。まさかあのステッキまで用意してくれるとは、こちらにとってかなり都合がいい。
「さて、説明も済んだところで、そろそろ始めるか。……やれ」
ブラッドの号令と共に、ベルトコンベアが動き出した。徐々に徐々に、あの世への入り口となる大穴が見えてくる。
しかし、ここで焦ってはいけない。
下には手下がたくさんいる。ほぼ確実に、全員何かしらの武器を持っているとみて間違いない。
少なく見積もって、拳銃を持っているのはそのうちの半分程度としよう。それでも数が多いことに変わりはない。瞬く間にハチの巣になってしまうだろう。
だから、タイミングが重要なのだ。そしてタイミングを見極めるのための布石は、すでに打ってある。
その布石を打つことができたのは、ブラッドの言葉「ワシは慈悲深い」……。あいつの性格からして、実際は絶望を与えるための残酷なものだろう。しかし、言い方を変えることによって美談になる、いわゆる『聞こえはいいが』というヤツを狙ってくるのは明白だった。
だから、少なくともマイラを同席させるのは簡単に予測できた。それを利用してやれば、タイミングを見計らうことぐらい楽勝……。
そうこうしているうちに、とうとうミンチ機まで一メートルの距離に差し掛かった。左右は鉄の壁に囲まれ、下の様子が見えなくなった。
だが、しびれを切らして行動を起こしてはいけない。全てが水の泡になってしまう。
そういうことは頭ではわかっているが、ここまで来ると恐怖心が大きくなる。ミンチ機がすぐそこまで迫っているためだ。
シャロンもかなり怖くなっているらしい。背中で、シャロンが震えているのがよくわかる。
――まだか? まだなのか?――。
もう耐えきれなくなりそうになったその時、待ち望んでいたものがついにやってきた。
「お姉ちゃ――――――――――――ん!!」
それはマイラの、姉との別れを悲しむような叫び声……に偽装した合図。
実は昨日、マイラに僕とシャロンが見えなくなったら悲しむように叫ぶよう指示していたのだ。
この叫びのおかげで僕とシャロンは死角に入ったという確認が取れるし、マイラもすぐには危害を加えられずに済む。
そしてこの合図とともに、僕らはすぐに行動を開始する。
「シャロン」
「わかってるわ」
シャロンは隠し持っていたナイフを袖から出し、僕達を縛っていた縄を切った。そして、せり出した壁へ飛び乗った。
「き……貴様ら、どうやって……」
「その前に、返してもらう物があるわ」
するとシャロンは、ナイフからピアノ線を出し、それを伸ばした状態で投げた。投げられたナイフの向かう先は、僕のステッキ。そして三秒もしないうちにピアノ線はステッキに絡みついた。
ステッキに絡みつくとすぐ、シャロンの手元へと急行した。その直後、ステッキは宙を舞いながらピアノ線がほどけた。
その瞬間、僕は高くジャンプした。ジャンプの最高到達点に達すると同時にステッキをつかみ、ステッキを振りかぶりながらそのままマイラの元へと急降下。
「でえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
着地と同時に、振り下ろした。
『ぐわああああああぁぁぁぁぁぁ!!』
マイラを取り囲んでいた三人の男達が、一瞬でぶっ飛ばされた。
「無事か、マイラ」
「うん」
「よし。じゃあ僕の後ろにいろ。絶対に離れるな」
そうは言ったものの、いつの間にか取り囲まれていた。拳銃をこちらに向けている。
そして、隊長格らしき男が命令した。
「撃て――――――――!」
その号令と共に、僕を取り囲んでいた者全員、発砲した。
「この程度!」
僕はステッキを振り回して弾を落とした。その動きは、剣術と言うより棒術に近い。例の日本人からは剣術を中心に教えられていたが、一応、武術全般は習っていた。あの時はいやいややっていたが、今思えば習っていてよかったと思う。
しばらくすると、銃撃がやんだ。
「ウソだろ……?」
「あれだけの弾を落とすなんて……」
「怯むな! 第二射を急げ!」
僕の所業を目の当たりにして、敵の大半が化け物を見る目に変わった。それでも攻撃を続けようとする姿勢は賞賛に値する。
「頑張るなぁ……。でも、僕もやられっぱなしってわけにはいかないんだよね。マイラ、着いてこれる?」
「うん、多分……」
「なら上出来。行くぞ!」
すると、僕は一瞬で前方の敵と間合いを詰め、ステッキをふるった。そして、前方の敵は全滅した。
前方の敵を片づけた後、マイラの様子が心配だったので後ろを振り返った。
――よかった。ちゃんと着いてこれているようだ。……しかし、問題が一つある。マイラのさらに後ろだ。
後方の敵が拳銃の装填を完了し、こちらに銃を向けている。
そして隊長格の男が、号令をかけようとしていた。
「撃……ぐぅッ」
命令を発しようとした瞬間、何かが奴の首に巻き付いて引っ張られていき、泡を吹いて気絶した。
その先にいたのは、いつの間にか地上に降りていたシャロンだった。
「シャロン、いつ降りてきた?」
「ちょっと前からよ。フレディが派手に飛び降りたから、みんなそっちの方に集中しちゃったのね。マイラ、無事?」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんが助けてくれたんだから」
「ふーん。じゃ、あの鉄砲集団をやっつけようか」
幸い、隊長格を失った敵はパニック状態に陥っている。攻めの好機だ。
「ちょっと借りるわよ」
するとシャロンは、ナイフを敵の手元に投げた。そして拳銃を奪い、発砲した。
「おわああああぁぁ!」
敵はすぐに瓦解し、全滅してしまった。
しかし、シャロンの武器奪取術はいつ見ても見事だ。赤い蓮で初めて見た時、僕もまねしようと思った。でも、あそこまで綺麗にはなかなか出来ない。
「拳銃は効かぬか……。剣を取れ! 接近戦で押しつぶせ!」
ブラッドのやつ、短絡的だな。僕らが僕達の得物が近接戦用なのに、銃が通用しないからっていうだけで剣に切り替えた。そっちの方がよっぽど不利なのに。
「素人剣士の相手は僕が務める。シャロン、マイラを見ててくれ」
「やれるの?」
「ああいうのは、何度か経験があるからね」
僕はエセ剣士集団へ近づいていった。当然、すぐに囲まれた。
「死ねやあああぁぁぁぁ!」
前方の敵が襲いかかってきた。
だが、動きが単調すぎる。冷静に敵の剣をいなし、カウンターを入れる。
「まだまだぁ!」
間髪いれずに後方から襲われた。しかし、直接見ずとも気配で動きが分かる。ここも冷静にかわして突きを入れた。
「なら今度はこれだ!」
今度は右側から襲ってきた。この時、左側の敵が間合いを詰めていた。瞬間的に、この状況を利用しようと思った。
右の奴が剣で突く瞬間、僕はスライドして避けた。
「ぐふっ!」
避けた瞬間、右の敵の剣が左の敵に突き刺さった。そう、僕はこの同士討ちを狙っていたのだ。
「次はお前だ」
そのすぐ後、右側の敵の顔面を殴りつけてダウンさせた。
「ええい、全員でかかれ!」
数人でちまちま襲っても効果がないと悟ったのか、取り囲んだ全員で襲おうとした。
「甘いな!」
僕はスライディングで敵の足の間をくぐり抜けた。
『ぐわああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!』
結果、敵は派手な同士討ちを演じることになった。
「今だ!」
この好機を逃さず、散々に打ちのめし、全滅させた。
「……終わった?」
「一通りは。さて、残るはブラッド一人。こいつを捕まえれば万事解決だ」
「ふん、お前達にそれはできない」
ブラッドのこの自信……まだ秘策でもあるのか?
「言っておくが、すでにお前は不当逮捕・監禁と暴力行為、そして殺人未遂の罪を犯した。もうお前はグレーじゃない。ブラックだ!」
「そうかもしれん。だが、ワシを逮捕するにも被害者や目撃者の証言……つまり、お前らの証言が必要だ。つまり、お前らを殺せば、闇に消えるのだよ」
「僕らを殺す? 寝言は寝て言え。もう部下達は僕達が全滅させたんだぞ」
「そうだろうか? 君達もよく調べたんだからわかるんじゃないかね? 最近雇った用心棒を」
そうだ。確かこいつは、モーガンから人を紹介してもらっていたはずだ。とてつもなく手ごわいガードマンを。
……って、ん? 気配が一瞬変わった……。まさか……。
「まずい、みんな、伏せろ!」
「うわっ!」
「きゃっ!?」
シャロンとマイラを同時に押し倒した矢先、僕の顔のすぐ横に銃弾が着弾した。その弾は、明らかにプロの軍人が使用するライフル弾だった。
僕はすぐに起き上がり、上にある足場を見た。そこには、一人の男が立っていた。
「セドリック・バレット……」
そこにいたのは、セドリック・バレット。『リアル・モラン』と呼ばれている、凶悪な男だ。
特に射撃の腕は超一流で、狙われたら最後、生きて帰れた者はいないらしい。
「ではセドリック、後は任せた」
「ああ。頼まれた件は、必ず遂行する」
ブラッドは逃げるようだ。しかし、逃がすわけにはいかない。
「待て!」
「そうはさせるか」
ブラッドを追おうとした途端、足元を銃撃されて阻止されてしまった。
「フレディ、どうやらあいつを倒さない限り、ブラッドは追えなさそうよ」
「そのようだな。じゃあ、やるか」
「そうね。あたしはマイラの護衛も兼ねて、後衛をやるわ」
「ということは、僕は前衛だな。では、行くぞ!」
「はっ!」
シャロンは上の足場にある手すりに向け、ナイフを投げた。するとナイフとそれに付随するピアノ線が手すり絡まり、地上から足場までつながる道ができた。
「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕はピアノ線を駆け足で上り、ステッキに仕込まれていた刀を抜いてセドリックに斬りかかった。
「ふん」
しかしセドリックは冷静に後退し、距離を取りながら攻撃をかわした。
「いい筋だが、俺には通用しない」
そう言うとセドリックは、三連続で銃撃した。
「ええい!」
それに対し僕は、全ての弾を切り落とした。
「ほう、俺の弾を避けるわけでもなく、斬るとは……。面白いな、お前」
「まだだ!」
そのまま僕は一気に間合いを詰め、斬ろうとした。
「でえい!」
「くっ」
しかし、ライフルで受け止められてしまった。それにしてもあのライフル、僕の剣を受けたのに傷一つ付かないとは……。さすがは元エリート軍人が使う代物、作りがしっかりしている。
「いい攻撃だ。だが、俺の武器はライフルだけではない。間合いを詰めたかといって、攻撃できないわけではないぞ!」
突然ピストルを懐から出し、至近距離で僕を撃ってきたのだ!
「くそっ!」
だが奴が引き金を引く前に鞘でピストルを叩き上げたため、命中せずに済んだ。さらにその隙を突き、間合いを取った。
しかし、遠距離も、近距離も武装しているとは……さすがは軍時代に大佐まで上り詰めただけの事はある。かなり厄介だ。
――なんとか反撃の一手を得られないものか……。
そういえば、二階はハム工場で、燻製に使う煙がフロア中に充満していたはず……。あそこなら、敵も狙いが定めにくいはずだ!
問題は、二階へ上がる階段が向こう側……セドリックの後方にあることだ。奴を突破しなければ、階段にたどり着けない……。
突破するにしても、あいつの戦闘力は半端ではなく、強行突撃は不可能。ならば、迂回するしかない。そして、この狭い足場で迂回する方法は……。
「でえええええぇぇぇぇぇぇい!!」
僕は、セドリックへ向けて走り出した。
「とうとうヤケになって突撃か。もっとマシな奴だと思ったのに」
セドリックがライフルをこちらに向けた、その時だった。
「はぁっ!」
僕は壁に向かってジャンプした。そして壁に足が付いた瞬間、壁を蹴って再び階段方向へ飛んだ。
そう、僕が選択した方法は、壁ジャンプなのだ。
「悔しかったら、二階に来い」
「野郎……」
ついでに僕の挑発にも引っかかってくれた。これで戦場を二階へ移せる。
「あれっ? シャロンにマイラじゃないか」
「フレディ……あんた、あの足場で戦ってたんじゃないの?」
階段を上ろうとした瞬間、シャロンとマイラに鉢合わせした。都合のいいタイミングだな。
「ちょっとここじゃ不利だから、二階に移るんだ。さあ、二人とも早く上がれ! 敵が来るぞ!」
「んもう、わかったわよ!」
「あ、待ってよ、お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
二階に上がった僕達は、一目散に燻製室へ向かった。
「燻製室って、どこ?」
「あそこだ! 右側の奥から二番目! あそこから煙が噴き出している!!」
目標を定め、一直線に駆けだす三人。燻製室前に到着し、シャロン、マイラと部屋の中に入って行った。
「見つけたぞ、てめぇら!」
最後に僕が入ろうとした瞬間、セドリックが二階に到着した。それと同時に、ライフルをぶっ放した。
「クッ」
放たれた銃弾は、ほぼ正確に僕の心臓へと飛び込もうとしていた。だがすんでのところで弾を切り落とした。
このことでわかったのは、セドリックは多少かすむ程度の煙では照準がずれないということ。つまり僕達は、もっと煙を焚かなければいけないのだ。
その必要性を感じながら、僕は燻製室に入り、扉を閉めた。
「おい、みんな無事か?」
「まあね」
「うん。ところでさ、お兄ちゃん。これ、見つけたんだけど……」
マイラが持ってきたのは、木のチップだった。
「……これを、どこで?」
「あそこ」
マイラが指し示した場所には、木のチップが詰まった木箱が山の様に積み重なっていた。さらにその近くには、燻製用の炉が設置してある。
「でかしたぞ、マイラ。あれを使えば、形勢を逆転できる!」
「……煙を焚いて、さらに視界を遮るのね」
「その通りだ、シャロン。さあ急ごう。敵がそこまで迫っているし、この程度の煙では効果がない」
僕達は手当たり次第に木箱を投げ入れていった。さすがに入れる量が半端じゃなかったのか、半分ほど燃やしたところで一メートル先も見えなくなっていた。
「シャロン、敵が飛び込んできたら、僕が先陣を切る。その間、お前はマイラを連れて階段近くまでダッシュしろ。そこで援護を頼む」
「わかったわ。」
「それと、危なくなったらそのまま逃げろ」
「……フレディは?」
「隙を見て最終工程室にある外への連絡路から逃げ出す。ブラッドが昨日言ってただろ?」
「そういえばそうね。マイラ、絶対にあたしから離れないでよ」
「うん」
――さて、セドリックを迎え撃つ準備ができた。いつでも来やがれ!
しばらくすると、複数の銃声が聞こえた。どうやら扉越しにセドリックが銃撃しているらしい。
音がした時は多少びっくりしたが、これはチャンスだ。なんせこの部屋は外に比べて煙が充満しまくっている。そこに穴なんて開けたら……。
「ぐわぁっ! なんだ、これは!?」
そう、穴から大量の煙が噴き出すのだ。これによってセドリックは怯んでいる。チャンスだ!
「おらぁっ!」
「ぐはっ……」
僕は剣で扉ごと、セドリックを突き飛ばした。
「今だ、シャロン、マイラ!」
「ええ。マイラ、離れないでよ」
「うん、わかった」
シャロン達は、無事打ち合わせ通りに階段近くまで移動できたようだ。
「さて……そろそろお前を、この剣の錆にしてくれよう」
「ふん、お前こそ、ハチの巣にしてくれる」
そうして、戦闘が再開された。
「まず俺からだ。喰らえ!」
すると、セドリックはライフルを放った。
「弾は無駄遣いするもんじゃないよ」
僕は弾を避け、距離を取った。
「これは牽制だ。本命は……って、何!?」
敵が驚くのも無理はない。もうこのフロアは、燻製室から出た大量の煙で充満している。狙いを付けたくても付けられない。
対して僕は、視界が見えなくても気配でわかる。特にセドリックは殺気を異常なほど放出しているから、僕にとってはここにいますと自己主張しているに等しい。
「……そこか!」
居場所が分かった瞬間、僕は大きく踏み込み、奴のすぐ近くを突きぬけた。そして、すれ違いざまに斬ったのだ。
「う……っ」
手ごたえは、多少あった。どうやら奴は本能的に危機が迫っていると察知して避けたものの、避けきれずに軽傷を負ったようだ。
勝敗の決め手になるダメージは与えられなかったものの、『赤い蓮』で一度披露した、すれ違いざまに斬る剣術、『居合』の技法が有効だとわかった。
「くそっ、どこだ、どこにいる!」
しかもこの剣術、すれ違いざまに斬るという特性からか、攻撃した直後に間合いを取ることができる。つまり『ヒット&アウェイ』戦法に特化しているのだ。だからこのように相手をかく乱させることができる。
「まだだ!」
僕はさらに連続で居合切りを放った。
「ぐぅっ……」
敵は手も足も出せぬまま、やられる一方だ。
しかし、この戦法がいつまでも効くはずがなかった。
徐々に手ごたえが薄れていったのだ。明らかに防ぎ方がうまくなっている。
そして、ついに。
「ふんっ、喰らえ!」
「何っ!? ……うわぁっ」
ついにタイミングをつかまれ、僕の攻撃がねじ伏せられた。それと同時に、ライフルのグリップでアッパーを放たれてしまい、僕はほぼまともにダメージを受け、ふっ飛ばされてしまったのだ。
「こいつでとどめだ」
セドリックは拳銃を構えた。
防御態勢を取りたいところだが、このふっ飛ばされた体勢ではそれがままならない。体勢を立て直す前に撃たれてしまう。
――もう、覚悟を決めるしか――。
「やらせない!」
やられると思った瞬間、セドリックのピストルに何かが巻き付き、持っていかれたのだ。
こんな芸当ができるのは、あいつぐらいしかいない。
「シャロン……」
「フレディ、下がって!」
すると煙の向こうから、銃声と共に複数の銃弾が飛んできた。
「うっ……ちくしょう!」
なんと、放たれた銃弾は正確にセドリックへと飛んでいた。もちろん相手はプロなのでかわされはしたものの、一発だけ背中をかすめたようだ。
――ガシャン、ガシャン!
「ん? なんだ、この音?」
何かが割れる音がした方向を見ると、窓ガラスが割れていた。これは非常にまずい。
「フフフ……せっかくの作戦が台無しになったようだな」
セドリックの言う通りだ。このフロアは煙が充満しており、ご自慢のライフルの能力を最大限に生かせないようにしていた。
だが、窓が割れてしまったせいで、煙が外へ逃げ出した。その結果、視界が大分開けてしまったのだ。
「この程度なら、俺のかわいいライフルも暴れられるな。まずは、忌々しい煙を逃がしてくれた姉ちゃんに、お礼を兼ねて一発くれてやろう」
セドリックがライフルの銃口をシャロンに向けようとした瞬間、
「やめろおおおぉぉ!!」
僕は敵へ斬りかかった。
「おおっと」
当然、奴はライフルで防ぐ。しかしその姿勢、腹がガラ空きなんだよなぁ。
「おらっ!」
「ぶっ」
ガラ空きになった腹に蹴りを入れた。そしてセドリックはふっ飛ばされた。
「逃げるぞ、シャロン! 煙がなくなってしまったら、僕らに勝ち目はない!」
「わかったわ。打ち合わせ通りに!」
シャロンは一階へ、僕は最終工程室へと向かおうとした、その時だった。突然マイラが叫んだのだ。
「ちょっと待ってよ!」
「何してるの、マイラ? 早く逃げないと!」
「約束と違うよ! 友達を助けるって言ったのに、なんで逃げるの?」
……そうだ、確かに約束した。ブラッド・ミルトンに捕まった友達を助けると。
今僕らが逃げれば、警察は確実にブラッドを捕まえにやってくる。だが、ブラッドは自分の秘密を守るため、子供達もろとも収容施設を破壊してしまうかもしれない。そうなれば、マイラとの約束も果たせない!
「シャロン、三階へ行くぞ」
「……本当にいいの?」
「ああ。あそこは倉庫だから、物がたくさんあり、物陰も多い。それに入り組んでもいるから、ライフルを最大限生かせないだろ」
「わかったわ。行こう、マイラ」
「……ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
こうして僕達は、三階へ移ることになった。
全員三階に上がったが、たどり着いた瞬間、
「そろそろ鬼ごっこはおしまいだぁ!」
セドリックに追いつかれ、銃撃された。
「ちぃっ」
僕は即座に弾を切り落とした。
「みんな、早く隠れろ!」
「了解。おいで、マイラ」
「うん」
二人が目の前にある木箱の山に隠れるのを確認すると、僕も後に続いた。
「鬼ごっこの次はかくれんぼか。だが、俺は気が短くてねぇ。さっさと殺せねェからムカつくんだよ!」
そう言うと、セドリックは過激にライフルを乱射しながら僕達に近付いてきた。
さすがにあの銃撃を続けられると、こちらから仕掛けられない。何とかならないものかと考えていると、セドリックの右側に、僕達が隠れているものよりも高く積み上げられた木箱の山が目に映った。
――これを利用しない手はないな。
「シャロン、奴の右側にある木箱、崩せるか?」
「どうだろ? でも、やってみるわ」
そう言うとシャロンは、その木箱の山の中腹辺りに向けナイフを投げ、ピアノ線を絡ませた。そして一気にピアノ線を引くと、ガラガラと音を立てて木箱が崩れ落ちた。
「のわああああぁぁぁぁぁぁ!!」
そしてセドリックは木箱の雪崩にのまれてしまった。
「……終わった?」
「そう願いたいが、あれでも元一流の軍人。この程度でくたばるはずがない。ちょっと長めの時間稼ぎができただけだな」
「じゃあ、どうするの?」
僕は対策を少し考えた。そして、このフロアにあるものを使えば、あのライフルを使い物にならなくする事が出来ると思った。
「よし、二人とも、僕の後に付いて来て」
「何か対抗策でもあるの?」
「ああ。とても科学者らしい作戦を思いついた」
やってきたのは、隠し扉がある棚。僕はそこの右から二番目の棚に隠されている扉を開けた。
「……一番右が牢屋なのはマイラから聞いたけど、まさか隣にも扉が……」
「シャロン、昨日マイラが話していただろ? 『壁の向こうからガラスがカチャカチャ言う音が聞こえてた』って」
「それに、人が出入りしている音が聞こえたとも言っていた……。まさか!」
「シャロンも勘づいたようだな。じゃ、答え合わせと行くか」
扉の中に入って行くと、僕の想像した通りの光景が広がっていた。
壁の両側に薬品棚が敷き詰められ、大量の塩酸と苛性ソーダのビンが並べられていたのだ!
「こんなに薬品が……」
「そうだ。人の出入りする音と言うのは隠し扉を開閉し、この部屋にスタッフか誰かが出入りしていたんだ。ガラスがカチャカチャ鳴る音は、薬品ビンの音だな」
「私が聞いた音って、こういうことだったんだね」
すると、僕は隅の一角に目が止まった。そこには、薬品ビンではない物が二種類、大量に置かれていたのである。
「こいつは……」
「どうしたの、フレディ?」
「シャロン……どうやらブラッドのやつ、僕の想像よりも大々的に食品偽装してたらしい」
「っていうと?」
「一つは鉄の棒。骨付きハムの偽装に使われていた奴だ。そしてもう一つが……足踏みポンプだ」
「え……」
「ここに専用の針もある。ブラッドのやつ、注射器じゃなく足踏みポンプ使って、大量に、かつ効率的に塩酸を送り込めるようにしてたんだ!」
「ってことは、ブラッドは明らかに悪意を持って食品を偽装していたのね」
「そういうことだ。食品は生命を維持するための糧。金儲けのために毒を、しかも機械的に注入するなんて、命を愚弄するに等しいことだ!!」
シャロンもマイラも、この意見に賛同するようにうなずいてくれた。
「ところで、お兄ちゃん。さっき言ってた作戦って?」
「ああ、そうだ、忘れてた。シャロン、瓶投げは得意か?」
「ナイフほどじゃないけど、命中は出来ると思う」
「よし。じゃあ、作戦を伝えるぞ」
数分後、僕らは隠し薬品庫を出た。
「お前ら……よくも俺を下敷きにしてくれたな」
ちょうどその時、セドリックも木箱から這い出たようだった。
「いいタイミングで出てきたな。シャロン、よろしく!」
「OK。とりゃっ!」
シャロンが何かを投げた。
しかし、あっさりライフルで防がれ、投げた物は割れてしまった。
「ナイフならともかく、その辺に合ったもんを投げるとは……何考えてんだって、何だ、これは!? ごほっ、ごほっ」
なんと、奴のライフルから白い煙が発生しているではないか!
実は、シャロンが投げたのは塩酸が入ったビン。それをライフルで受け止めようものなら、ビンが割れ、飛びだした塩酸によってライフルが腐食され、使い物にならなくなってしまう。まさに、科学者らしい作戦だ。
「さあ、セドリック・バレット。お前のご自慢のライフルはぶっ壊れた。これで、とどめだああああぁぁぁぁぁぁ!!」
僕はセドリックに向かって突進した。そして、奴と肉薄したその時、
「まだだああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
驚くべきことに、セドリックはシャロンに奪われたはずの拳銃を懐から出した。いや、あいつは元々二丁持っていたんだろう。プロは予備を必ず携帯するというから。
そして、僕の剣とセドリックの銃が同時に打ち合った。
『…………』
しばらくの沈黙の後、ドサッという音がした。
倒れたのは、セドリック・バレット。発射された弾丸と拳銃もろとも斬られたのだ。
「……お兄ちゃん、すごい!」
「まったく、ヒヤヒヤしたわ。でも、よくやったわね」
「いや……僕もここまで出来るとは思わなかった……」
この言葉は、謙遜ではない。前にも言ったが、セドリックは元エリート軍人。だから使用している装備は全て一級品で、弾丸みたいに小さくない限り僕の剣では斬れないと思っていた。
でも実際は、斬れてしまった。おそらく、生か死かという極限状態において、いつも以上に力を発揮したのだろう。火事場のバカ力というやつか。
「さあ、邪魔者は消えた。子供たちを助けに行こう」
再び隠し扉のある棚の前に来た。今度は一番右の扉を開いた。
「……これは……」
思わず絶句してしまった。
この空間は、左右に二つずつ、計四つの牢屋があるのだが、とにかく牢屋がせまい。その上、一つの牢屋に十人以上が押し込められている。
そのせいか、子供達は体力を奪われ、生気がない。
「あのね、私、この狭い牢屋に閉じ込められてたの。しかも身動きが取れなかったから毎日何もやる気がしなかったの。でもお姉ちゃん達が助けに来てくれたから、もう大丈夫だよ」
「そうだったの。じゃ、この子たちも助けてあげよ。みんな、本当の意味で生き返るはずだから」
「入り口近くでカギが見つかった。これで解放できる」
こうして、僕達は捕まっていた全ての子供たちを救いだした。
牢屋から出た子たちは皆、笑顔が出てきた。
「よし、それじゃあ二階の最終工程室へ向かう。そこの連絡路から外に出るぞ」
「よし、全員出たな」
二階の連絡路にたどり着いた後、まず子供たちを先に脱出させた。現在残っているのは僕とシャロン、そしてマイラだけだ。
「じゃ、シャロン、マイラと一緒に降りろ」
「了解。行こう、マイラ」
「うん」
そうして、二人は外へと出て行った。その時だった。
『きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
「この悲鳴は……」
明らかに、シャロンとマイラのものだ。それに付随し、子供達の動揺した声が聞こえてくる。
僕は急いで連絡路から外へ出た。
「ふん、遅かったじゃないか。まあいい、そこから動いてくれなければな」
そこにいたのは、金髪で太った男、ブラッド・ミルトンだった。
そしてミルトンは、シャロンとマイラを抱え、頭にピストルを突き付けている。つまり、人質を取られたのだ。
明らかに、僕の失敗だ。僕がセドリックとの戦闘に夢中になりすぎたため、ブラッドの事をすっかり忘れていたのだ。
「ブラッド、お前……どこにいた?」
「そこの物陰に隠れていたんだよ。でだ、その辺で待っていると、ワシの捕まえたガキ共が下りてくるではないか。そこでワシは思いついた。人質を取って逃げようと」
「なら、なんでわざわざ義理堅く最後まで待っていた?」
「お前の大事な人間を人質に取った方が、効果があると思ってなぁ……」
あの野郎……どこまで性根が腐ってるんだ!
「さあ、そのステッキを投げ捨てろ。でないと、こいつらの命がどうなっても知らんぞ」
「言う通りにしちゃダメよ、フレディ!」
「そうだよ、お兄ちゃん! 私達の事はいいから!」
シャロンもマイラもあんなこと言ってるが、僕には見捨てることなんてできない。ここは、おとなしく……。
「そこまでです」
「な……」
「え……?」
僕、そしてブラッドまでもが驚いた。なんと、いつの間にかブラッドが大勢の警官に囲まれていたのだ!
そして、指揮を取っていたのは……。
「ゲイリー!」
そう、我らが友人で衛生局の職員、ゲイリー・レストンだった。
「遅れてすみません、フレディ、シャロン。ですが、もう安心してください。犯罪組織と関係を持った容疑でブラッド・ミルトンに対し逮捕状が出ました。……ま、この状況を見る限り、もっと容疑は増えそうですけど」
「それはいいが……お前、どうやってここを突きとめた?」
「ブラッド・ミルトンの容疑を裏付ける証拠を手に入れた時点で、この本社に張り込みを派遣しました。そしたら、眠らされたあなた達が運ばれたという情報が入ったものでしてね。ですからこうして突入隊を編成し、機会をうかがっていたのです」
「おい、ちょっと待て!!」
突然、ブラッドが吠えた。
「警官共が大勢来て、ご苦労なこった。だがな、これを見て分からねえのか? 今すぐ道を開けねえと、このガキどもをぶっ殺すぞ!」
「その場合、容赦なくあなたを射殺します。さて……引き金を引くのが早いのは、一体どちらでしょう?」
「う……」
ブラッドがたじろいだ。今だ!
「隙あり!」
「ぶっ!」
僕はステッキでブラッドを打ち飛ばした。
「シャロン! あいつを引き戻せ!」
「了解!」
シャロンの投げたピアノ線付きナイフは、ブラッドをがんじがらめにして拘束した。
「えいっ!」
そして一気にピアノ線を引き、ブラッドは高速で戻される。
僕は野球のバッターよろしくステッキを構えた。そしてタイミングを見計らい、豪快なスイング!
「この、金髪ブタ野郎おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
放ったスイングは、見事なホームランになった。