第六章
「ここは……?」
目が覚めると、どこかの部屋のソファに寝かされていた事に気付いた。
――ええと、確かシャロンの家に帰る途中、後ろから誰かに殴られて……。
「う~ん……」
すると、ベッドに寝かされていたシャロンが起きた。
「無事か、シャロン」
「う、うん。何とか……って、ここは……!」
シャロンは、何かに気付いたようだ。そして、驚くべき言葉を口にした。
「あたしが住んでいた、家……?」
「え……?」
「間違いないわ。確かに、あたし達家族が住んでいた家よ! 間取りも、家具も、昔のまま!!」
「なんだって……!?」
シャロンの元いた家は、ミルトン精肉の地上げに遭い、今はもうなくなっているはず。なのに、なんで存在している? そもそもここはどこだ? 誰が何の目的で、僕達をここに連れてきた?
そう考えていると、たった一つだけある扉がゆっくりと開いた。
「やあ、みなさん。よく眠れたかな?」
やってきたのは、数人の護衛らしき人間を連れた、金髪で丸々と太った男だった。しかもこいつ、何度か写真で見たことがある。
「ミルトン精肉社長、ブラッド・ミルトンか……」
「その通り。しかし、顔を見ただけで私の名前を言い当てるとは。さすがはフレデリック・アームストロング准教授だ」
こいつ、なんで僕の名を……。
「ま、あんたの事について色々と資料を見せられたんでね。そっちこそ、なんで僕の事を知っている?」
「ビジネスにとって情報は重要だよ? だからこのワシも、色々と情報収集をしていた。当然、口うるさい衛生省と結託している学者の事もリサーチ済みだ」
まさか、いつの間にか調べ上げられていたとは……不覚だ。
「本来であれば、ワシもここまでする気はなかった。しかし、君は少し首を突っ込みすぎたようだ。だから交渉人をよこしたのだが……ワシの厚意を君は無駄にしたようだね」
「もしかして、僕とシャロンを襲った二人組か!」
「それだよ。あの時、ちょうどモーガン・ブレイク氏と親しくなっていたのでね。君達の事を相談したら、気前よく部下二人を貸してくれたよ。でも、君達は彼らを返り討ちにした。挙句の果てに、ブレイク氏まで警察送りにしてくれて。いい人だったのに」
言い終わるとミルトンは、シャロンの方に目を向けた。
「シャロン・ウィシャートさん。噂は聞いているよ。最初のころは、ワシには関係ないだろうと目を付けていなかったが、ワシの事に関して首を突っ込むようになって、色々と調べる必要が出てきた。そしたらどうだい、昔ワシが土地を譲ってもらった家族の一人ではないか!」
「譲ってもらった!? よく言うわね。あんなの強盗じゃない! っていうか、あたしの事覚えてなかったワケ?」
「土地を譲るよう交渉した、多くの家族の中の一つだったからね、いちいち覚えているわけないさ」
「あんたねぇ……」
シャロンが早まった行動を起こしそうだったので、僕が遮るように割って入った。
「それより、ここはどこなんだ? なんでシャロンがいた家にそっくりなんだ?」
「おおっと、失礼。ワシとした事がつい言い忘れていた。遅ればせながら、ようこそ、我がミルトン精肉本社兼工場へ。そしてここは、シャロンさんのため、特別に造らせた部屋なのだよ」
「何!?」
「ちなみに、ワシは完璧主義者でな。この建物がある敷地はウィシャート家を始め、数多くの家族から土地を提供していただいて建てられたものだ。そこで、この部屋はウィシャート家があった場所の真上に造ったのだよ」
「あんた、それはどういう嫌がらせよ!」
「おやおや、レディがそんな言葉づかいをしてはいけないじゃないか。そんなことより、せっかくワシの工場に来たんだ。工場見学でもせんか?」
「結構なことだが、僕のステッキはどうした? あれがないと出かける気にならない」
「悪いが、君のステッキがとっても素晴らしかったものでね。悪いとは思ったが、無断で借りてしまった」
要するに、没収したんだな。
「さあ、すぐに出発するぞ」
僕達は部屋を出ると、護衛付き(というのは建前で、実際は見張り)でブラッドの案内の下、会社を見学した。
「この建物は五階建てで、地下室はない。ただし工場の設備があるから、普通の五階建ての建物よりも高く造られている。五階と四階は事務用のオフィスに充てられている」
「僕達がいたのは五階だな?」
「そうだ。ちなみに同じ事務オフィスでも、役割が違う。五階はワシが使う社長室を含めた役員級のオフィス。四階は一般社員用だな」
僕達がいた部屋は、役員級が集まるフロア。ということは、知られちゃまずい重大な秘密が集中している可能性が高い。そんなところに僕達をとどめておくということは、こいつ、僕らの事を……。
「ま、事務所を見てもつまらんだろう。だから三階から見学しようではないか」
――数分後――
「暗いわね」
シャロンの指摘通り、三階は暗くて広かった。木箱が山のように積まれ、一角には保管棚が三つある。
するとブラッドが説明を始めた。
「お嬢さんの指摘は仕方のない事なんだよ。このフロアは倉庫なんでね。光は大敵なのだよ。光は食品を悪くする場合があるからね」
「お前の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった」
「食品脚色術にも限界があるんでね」
ここでシャロンが、気になる発言をした。
「そういえば、薬品類が見当たらないわね」
言われてみれば、確かにそうだ。僕とシャロンで突き止めた、大量の塩酸や苛性ソーダがないのだ。
そう考えていると、ブラッドがペラペラしゃべりだした。
「ワシがそう簡単に見つかる場所に置くと思うかね? 絶対に見つからない場所に保管していると自負しているがね」
やはり、怪しまれないよう複数の会社から薬品を少しずつ買っていたような男だ。簡単に見つかる場所に置くはずないか。
――さらに数分後――
「さて、二階に着いたぞ」
二階は、蒸し暑い。木のにおいが漂うし、煙が漂っていて多少見えづらい。あと何部屋かに分かれている。
「ここは、我がミルトン精肉の主力商品である、ハムを製造している。作業は部屋ごとに行っている。出荷がしやすいように、一番奥、最後の工程を行っている部屋は、直接外に出られるようになっている」
「一つ質問していい?」
「なんだ?」
「この煙とにおい、一体何? さっきから見えづらいんだけど」
「ああ、それは燻製の煙だな。大量に木のチップを燃やして大量に煙を出すから、どうしても漏れてしまうんだ。勘弁してくれ」
――また数分後――
「一階はすごいぞ。少し前に新商品を開発しようと思ってね。役員達と相談して承認されたんだ。それで新しい機械を入れた。まだ稼働はしていない、正真正銘の新品だぞ。これだ」
ブラッドが指差したのは、ピカピカした真新しい鉄で出来た、ベルトコンベア付きの巨大な箱っぽいものだった。
「これが最新式のミンチ製造機だ。肉を所定の投入口に入れるだけでベルトコンベアが鋼鉄の箱まで運んでくれる。そして、箱の中身はミンチ機だ。つまり、人の手がかかるのは肉の投入のみ。後は自動的に肉を挽いてくれる優れモノだ」
「ところで、さっきまだ稼働はしていないと言ったな? 試運転はいつするんだ?」
するとブラッドはフフフと不気味な笑いをすると、こう言った。
「実は、試運転にふさわしい肉がなかなか手に入らなくて困っていたんだ。この機会の売り文句は『どんな大きさでも素早く挽ける』だったから、それを確かめたいのだ。だが、そんなに大きい肉塊など、なかなか手に入るもんじゃない。だが今日、ようやく試運転にぴったりな素材を手に入れられたよ」
一同、ごくりと唾を飲み込む。
「そう、君達二人だよ!」
やはり、そうか……。こいつは、最初から僕らを消すつもりだったんだ。
「はぁ? 何言ってんのよ! 第一、あたし達を殺してもすでに証拠はそろってんのよ。立ち入り捜査は行われるわ」
シャロンの言う通り、僕達を殺したところで、捜査を中止できる可能性は皆無だ。すでに証拠は警察と衛生局に渡っている。
「では逆に聞くが、その証拠はお前達民間人が手に入れたものだろう? そこをワシが異議申し立てすれば、どうなる?」
「もしそうなった場合、情報の出所を追及される。その追求に、正確に答えられるのは僕達だけ……なるほど、だから僕達を消すのか」
つまり、僕らを殺した後、異議申し立てをすれば、情報の出所を明確に提示できなくなる。その結果、立ち入り捜査は取り消しになってしまう。それがブラッドの狙いだった。
「さすがは准教授殿、察しが早くて助かる。だが、試運転は今日ではない。明日実施する。これでもワシは慈悲深いんでな。だから、最後の夜を共にするパートナーを用意させてもらった。おい、連れてこい!」
すると、数人の護衛に連れられ、小さな女の子が連れられてきた。その子は、シャロンをそのまま幼くしたかのような外見をしていた。ということは、その子の正体は……。
「マイラ!」
「お姉ちゃん!」
やはり、そうか……。その子は、シャロンの妹でミルトン精肉に人質に取られていた、マイラ・ウィシャート……。
「おやおや、美しい姉妹愛だねぇ。ずっと見ていたいのは山々だが、何せワシも多忙な身でな。続きは特別室でやってくれ」
そうして、僕達三人は元いた部屋へ連れ戻された。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃん!!」
「マイラ……マイラ……マイラ!!」
部屋に戻ってからというものの、二人は抱き合ったままあの調子だ。まあ長い間離れ離れで会えなかったんだから、無理もない話だ。
だが、時間は待ってくれない。こうしている間にも刻一刻と処刑の時間が迫っているのだ。何とかして脱出の方法を考えなければ。
しかしながら、この部屋の窓は当然のことながら鉄格子がかけられている。しかも結構太めで、部屋にあるものでは破壊できそうにない。第一、破壊できるとしても大きな音が出てしまい、すぐに気付かれてしまう。
となれば、処刑中に行動を起こすしかない。
ブラッドは、少なくともミンチ機の試運転という形で処刑を敢行するだろう。となれば、僕達はベルトコンベアに乗せられたままミンチ機に落とされるはずだ。
さらにミンチ機には、肉挽き部分に到達する地点から一メートル手前まで壁が高くせり上がっており、死角になっている。行動を起こすには、そこしかない。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
「え!? え!? 僕の事?」
深く考えてる最中、マイラに声をかけられて驚いた。しかも、お兄ちゃんって?
「うん、そうだよ。それともお兄ちゃんって呼ばれるの、嫌?」
「まぁ、悪い気はしないから別にいいけど……。で、何か僕に用?」
「あのね、お友達を、助けてほしいの……」
「お友達って言うと、人質の事?」
「うん、私と一緒に、牢屋に入れられてたの」
牢屋? さっき会社を見て回った時には、そんなもの見当たらなかったが……。いや、待てよ。確か一ヶ所だけ、怪しい場所があった。
「その牢屋って、もしかして三階にある?」
「そうだよ。一番右の棚の裏にあるの」
やっぱり。保管棚にしては小さめだし、業務用として使うにしては数が少なすぎると思ったんだ。おそらく、その棚は隠し扉で、中は人質の収容施設だったんだ!
だとすれば、他の二つも同じく……。
「なあ、マイラ。他に気付いたことは?」
「うーんとね、あ、そうだ。私は入って左側の牢屋に捕まってたんだけどね、何もないはずの壁の向こうから、人が出たり入ったりしてる音が聞こえたよ。それと、ガラスがカチャカチャ言う音も……」
なるほど、大体分かったぞ、ミルトン社の全容が!
後は、脱出方法だけか……。
「なあ、シャロン」
「何?」
「ナイフ、持ってるか?」
「ええ、奇跡的に」
シャロンは腕に隠し持っているナイフを取り出して見せた。
「へぇ、よく見つからなかったな」
「隠し武器として使用することを前提に設計したからね。バレないようにやってるつもりよ。それと、ミルトンの奴らがあたし達を見下して油断していたこともあったしね」
「ああ、それは社長の言動からなんとなく察しはついていた。まあとにかく、ナイフはこちらの手の内にあるんだ。シャロン、ちょっと耳を貸せ」
「何?」
「いいか、明日……」
「…………」
「……と、言うワケだ。了解?」
「了解。マイラ、あんたの友達も、助けてあげられそうよ」
「ほんと!?」
「本当だ。さあみんな、明日は少し忙しくなる。早めに寝よう」




