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雪色エトランゼ  作者:
第1部
37/115

Act:37

 俺たちが案内されたのは、南向きの丘陵地に庭付きの大きな屋敷が建ち並ぶ一画だった。正面に王城の偉容を望む高級住宅街だ。その中では比較的小さな三階建ての屋敷に俺達侯爵家一行は入った。小さいと言っても他の建物に比してというだけで、こぢんまりとしていても十分に立派な屋敷だった。

 ここが王都滞在中に俺達の家となる屋敷だ。

 地方貴族の中には、王都に館を持っている家もあるが、リムウェア侯爵家にはなかった。王都が遠方であまり訪れる機会もなく、維持費がかかるという理由からお父さまの代で手放してしまったそうだ。

 屋敷の中も外観同様手入れは行き届いており、今すぐ生活するには何の支障もなさそうだった。

 そこで、王直騎士団の面々に礼をいい、シリスとも一旦別れる。

「では後で迎えに来る。準備していろ」

 シリスの言葉に、俺は緊張の面持ちで頷いた。

 リリアンナさん指揮のもと、騎士団や兵たちも手伝って、荷物の搬入、片付けがテキパキと進めれる。

 それが終わると今度は俺の身支度だ。髪を梳かしてもらい、丁寧に結い上げられる。薄く化粧をされて、ネイビーのフォーマルなドレスを着せられる。肌寒いのでその上からショールを羽織った。そして手袋をして胸元に緑の護石のペンダントを付けると、何度見ても恥ずかしいが、よそ行きモードが完成だ。

 鏡で自分の姿を見る。…慣れるものではない。

 その頃にはすっかり日も落ちていて、窓の外には王都の夜の煌びやかな夜景が広がっていた。

 シリスが迎えに来るまでの間、俺はヒールを響かせて部屋の中をうろうろする。

 謁見のマナーは教えてもらっていたが、もちろん自信はない。あれがこうで、これがああでと、何度も頭の中でシミレートしながら、うろうろする。

 ああ、緊張する!

 最後にはその場でくるくる回り始めた。スカートの裾が円を描いてふわふわ広がる。何よりもこの待ち時間が嫌だ。耐えられない。

 そこに、控えめなノックが響いた。

 思わず心臓が飛び出るかと思った。

「シリスさまがお見えです」

 直ぐ行くと伝えながら、俺は腹をくくって気合いを入れる。

 よし…!

 姿見の中の少女が拳を握りしめている。

 いや、違うな。これではまるで戦闘に行くみたいだ。

 俺はリリアンナさん直伝の柔らかな微笑みを浮かべる。

 …よし!

 メイドさんを引き連れて玄関ホールに行くと、騎士の礼装姿のシリスが待っていた。

「よし、綺麗だな」

 無邪気に微笑むシリスに、俺は背筋がぞわぞわした。

 お前に綺麗だとか言われたくはない。ぞっとする。

 その悪寒に耐えながら、嫌々シリスの手を取り一緒に馬車に乗り込んだ。

 馬車が動き始めると、いよいよ隣のシリスや王都の夜景など全く目に入らなくなる。

 俺はぶつぶつと暗記した口上をお経のように唱えていた。

 憎らしいほど泰然と構えているシリスが楽しそうに笑う。

「そう気負うな。陛下は細かい事を気にされる方ではない。むしろおどおどした態度こそ好まれないぞ」

 冗談めかした忠告に、俺は恨めしくシリスを睨む。

 国王と言えば国で一番偉い人なんだ。そんな人と面と向かって挨拶しろと言われれば、緊張しない方がおかしいだろう。

「胸を張れ。いつものお前でいいんだよ」

 シリスはサイドテーブルに頬杖して俺を見た。その余裕っぷりが少し羨ましい。



 のっぺりした相当に広い廊下を、俺はシリスの後について歩く。俺達の足音が、ランプに照らし出された廊下に甲高く響く。

 ランプの数と同じ数の兵士が等間隔で並び、見るものに威圧感を与えていた。時折すれ違う文官達がシリスに丁寧に頭を下げ、俺を訝しむ視線を投げてくる。その度に、俺は鳩尾のあたりがムズムズするような居心地の悪さを覚えていた。

 極めつけは貴婦人の集団と出くわした時だ。煌びやか、というか奇抜に着飾ったご婦人方が、シリスに親しげに挨拶をした後に俺を見た視線は、まるで市場の野菜を値踏みするような目だった。

「まぁ、シリスティエールさま。その地味な娘さんはどなたかしら?」

 俺はガツンとショックを受けた。恥ずかしさと大切なものを投げ打って身を包んだドレスが地味!

 真の貴族令嬢への道は、果てしなく遠いということだろうか。

「この子は獅子候レグルス・リムウェア侯爵のご令嬢だ。失礼の無いように」

「カナデ・リムウェアと申します。よろしくお願い致します」

 俺はここぞとばかりに前に出てお辞儀する。何事も丁寧な挨拶が大事だと、祖父も言っていた。

「あら、田舎から出てらしたの」

「まぁ、こんな子がシリスティエールさまのエスコートを受けるなんて…」

「ほんとに…」

 頭を下げた俺の頭上からは、答礼ではなくそんな笑い声が降ってきた。彼女たちの話を聞く限り、王都防衛大隊副隊長職は相当上級職のようだ。副、という文字で少し軽く見ていた。

 …反省。

「カナデ。王がお待ちだ。いくぞ」

「あ、はい」

 俺はシリスの背について歩き出した。まだ貴婦人方の笑い声が響いていた。やはり本番の貴婦人の洗練は、色々勉強になる。

「…悪いな。気にするな」

 シリスがボソッと呟いた。

「何がです?」

「…いや」

 そんな事よりもさっさと国王陛下のところに行きたかった。ここまで来ればさっさと用件を済ませたい。それに早くしないとせっかく覚えた段取りを忘れそうだ。

 シリスがふっと笑った。

 やっとたどり着いたそこには、シュバルツがシュバルツを肩に乗せてもまだ余裕のありそうな扉があった。謁見の間、という場所だろうか。

 心臓がトクンとさらに高鳴った。

 衛兵がシリスに一礼して大扉を開く。その先には、目がくらむほど煌びやかな世界が広がっていた。

 赤い絨毯が歩くのが憚られるほど丁寧に整えられて、真っ直ぐ伸びていた。壁際には精緻な刺繍が施された旗が無数に並ぶ。壁の石は鏡面のように磨き上げられ、黄金に輝くシャンデリアはまるで宙に浮く城のようだった。

 その全て主である王は、床から数段高まった玉座にはいなかった。

 身構えていた分肩すかしを食らった気分だ。

「こっちだ」

 しかしシリスは勝手知ったると言った様子で、玉座の間の先にずんずん進んでいく。俺はその後を付いていくしかない。

 暫く廊下を進んだ先、今度は普通のドアの前でシリスがノックした。

 そこは、インベルストのお父さまの部屋が比べものにならないほど広く、豪奢な執務室だった。

 飴色の調度品とくるぶしまで沈む絨毯。絵画のように精緻なタペストリー。そして巨大な机の向こうに、真紅のマントに身を包んだ壮年の偉丈夫が頬杖をしてこちらを見ていた。

 漆黒の髪は短い。深い皺が刻まれた顔は仁王のように厳つく険しい。蓄えられた髭がさらにその容貌を凶悪にする。体つきもかなり大きかった。シュバルツに匹敵するぐらいに思える。

 シリスが臆した風もなくその現国王アクトゥルス陛下の前に進む。俺は慌てて付いていく。

 シリスが一礼した。俺も真似をする。

「本日帰城致しました、兄上」

「うむ、長らくの旅路、大義である。弟よ」

 地の底から響いてくるような低い声が俺を打ち据える。

 はっ…?

 しかし、それよりも、今何と…。

 …兄?弟?

 どこからどう見ても似つかない、この二人が…?

 俺は頭を下げたままシリスを窺う。

 弟? 王様の?

 だって副隊長って…。

 王様の弟なんて…どういうことだ?

 俺、大分ぞんざいに扱ってきたし…。

 えーと…えええっ?

「…カナデ」

 シリスが小さく俺に合図する。頭を上げると、国王が威圧感を覚える目線で俺を見据えていた。

 俺は慌てて姿勢を正す。

「お初にお目にかかります。レグルス・リムウェアの娘、カナデと申します。お忙しい中お目通りさせていただきまして、ありがとうございます」

 俺は何とか微笑んでもう一度お辞儀した。

 シリスの正体。その衝撃で、結局、必死に覚えた口上は全て吹き飛んでしまった。俺は国王陛下に全く普通の挨拶をしてしまった。



 アクトゥルス国王陛下に進められ、俺はシリスと並んでソファーに腰掛けていた。シリスが侯爵領での出来事のあらましを説明し、俺が節々でその補足をする。その間にも俺は、ちらちらとシリスを窺ってしまっていた。

 やっぱり似ていないよな…。

「カナデ。インベルストの災厄、難儀であった。聞けばそなたも剣を取って魔獣どもと戦ったとか」

 声を掛けられた俺は、はっと陛下を見る。

「は、はい!」

 王は地に響くような低い声でくくくっと笑った。

「いや、天晴れである。女だてらに剣を持つ。そのような可憐な姿で戦場に立つ。実に痛快よ。我が姫らにも見習わせたいものよ」

「いえ…そのような事は…」

「謙遜するな。我がリングドワイス王家では、貴人こそ率先して剣を取れという習わしがある」

 俺は力を振り絞って陛下の目を見る。

「お前はその習いを体現しておる。誇れよ」

「…ありがとうございます」

 豪快に笑う陛下に気圧されながら俺は小さく答えた。

「しかし魔獣の使役か。厄介であるな。」

「はい。兄上。実際インベルストのような事が王都でも起こらんとは限りません」

 俺はシリスの言葉にぞっとする。あの惨事がこんな大都会で起こるなど考えたくもない。

「うむ。その点も踏まえ、大審院で諮ろう」

 俺はシリスの事は取り敢えず頭の中で保留し、思い切って身を乗り出した。この国の最高位者に問えるようなチャンスなどそうそうない。今聞ける事を聞いて置かなくては。

 俺は剣を構えて打ち込む心持ちで声を発した。

「陛下にお願いがございます」

「うん?申してみよ」

「はい、ありがとうございます」

 俺は刺す様な陛下の視線を受け止め、そして全力で立ち向かった。

「インベルスト襲撃の件、ラブレ男爵配下の黒騎士が関わっている事は間違いありません。早急に事態を収める為にも、男爵に対する王統府の査察をお願い出来ないでしょうか」

 俺は必死に陛下を見据える。

「リムウェアのカナデ」

 陛下すっと目を細める。その鋭い眼光が俺を射抜いた。それだけで剣を喉元に突きつけられた様な敗北感を感じてしまう。

「今までの話は、どれもリムウェア側からの見解だ。一方的な訴えで王統府が動くとは考えるな。その上でどう我らを動かせるか。それがお前の仕事だ」

 俺はそっと唇を噛む。

「…はい、承知致しました。出過ぎた真似をお許しください」

 俺は肩を落とした。陛下の言葉は正に正論であったから、俺もそれ以上は言い重ねられない。

 しかし陛下は表情を一転させて、ふっと笑った。

「しかしいきなり余に進言とは、剛毅な娘よ。シリスティエール、良く面倒を見てやれ」

「ええ、もちろんです。兄上」

 シリスたち兄弟がにこやかに笑う。俺は、ただ恐縮して小さくなるしかなかった。

 多忙な国王陛下とのファーストコンタクトは、それで終わりだった。

 一礼して、二人で来た道を戻る。

 帰りの馬車の中で、俺はそっとシリスに話しかけた。

「王様の弟、だったんですね」

「ん、ああ。やはり分かってなかったのか。だから浅学だと言っただろう」

 あの舞踏会。初めてダンスした時の事だ。あの時もこいつに助けられたよな…。

「王都防衛第1大隊の隊長職は王が。副隊長職は王の近親が付くのが慣例だ。だから副隊長と名乗った時点で察したかと思ったが、お前にそんな雰囲気がなかったからな。面白そうなんで、周りにも言い含めてそのまま黙っていた」

 面白そうに笑うシリスを、俺はうーと睨む。勉強してなかった俺が悪いのだが…。

「俺が王弟と知って、お前も俺にかしずくか」

 口元は笑ったまま。しかし薄暗い馬車の中でシリスの真剣な目線が俺を射抜く。

 俺はふっと息をついた。

 どんなに身分が高くとも俺にはシリスは厚かましく横柄なやつ、という印象は拭えない。それに…。

「私は、あなたを剣を合わせた戦友だと思っていました。それも、何度も助けてもらった頼りになる、です。それが不遜だと言うのなら、改めます」

 ジェイクが錯乱した時も。魔獣の襲撃の時も。黒騎士の襲来も。シリスに助られたからこそ今俺はここに居る。

 そう、戦友だ。

 シリスはにやっと笑った。いつもの人の悪い笑顔ではない。時々覗かせる少年のような笑顔だった。

「戦友、な。くく、ああ、今のままがいいな」

 背もたれにもたれてニヤニヤ笑うシリスから目を外し、俺は車窓に走る煌びやかな王都の夜景に目を向けた。

 窓ガラスに映った俺も、つられてふふっと笑っていた。

 通しで読んでいただいている方にはバレバレな正体がわかるお話でした。

 本日は更新できてよかったです。


 ご一読ありがとうございました!

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