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雪色エトランゼ  作者:
第1部
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38/115

Act:38

 薄暗い場内に揃った無数の視線が、中央の演台に立つ俺とシリスに突き刺さる。冷ややかな視線は、文字通り冷ややか空気となって、この王国議事堂の大議場を満たしていた。

 微かに漂う古い本の匂い。豪華な内装は比べるべくもないが、どこか学校の図書館を思わせる紙とインクの匂いを感じる。

 静まり返る中、もしかしたら、緊張に高鳴る俺の鼓動が響いてしまっているのではと錯覚してしまう。

 シャンデリアは演台のそんな俺たちだけを照らし出していた。

 さすが王弟ともなればこんな場にも慣れているのか、一連の魔獣を巡る事件を説明し始めたシリスの声に揺るぎはない。議場に反響する声で、朗々と語る。

 王都到着三日目に始まったこの大審院は、国王陛下を最上席に、王都に常駐する4大公爵家当主の常任議員と、貴族の中から選抜される8人の非常任議員が居並ぶ。他に実務を取り仕切る高級文官、王直騎士団の幹部などの面々が臨席していた。人員構成的にはインベルストの朝議会と変わらないが、その規模は段違いに大きい。

 俺は演台の下で汗ばむ手を握り締めた。

 単純に早く終わって欲しいという気持ちも少しあった。しかし、俺はそれを必死にふり払う。この場で積極的に訴えなければ、せっかく王都まで来た意味がない。

「一連のインベルストの騒乱から、何者かが魔獣を使役しリムウェア侯爵領を攻撃している、と考えられます」

 シリスの言葉に、にわかに議場がざわつき始めた。

 当然だろう。魔獣を人が手懐けるなど、この世界の住人にとっては、間違ってもすんなり受け入れられる事実ではない。

 でも、その可能性を伝えなければならないのだ。

 あのような被害をもう出さないためにも。

 俺は意を決して前に進み出た。

「議長、発言をお許しいただけますか?」

 議長役の西公が鷹揚に頷く。

 王国最大貴族である4公爵は、それぞれ王都からその領地の方角で呼ばれていた。

「名乗りなさい」

「皆さま、失礼致します。レグルス・リムウェア侯爵の娘、カナデと申します」

 議場のざわめきがゆっくりと収まり、その視線が俺に向き始める。無数の視線には物理的な圧力が在るかのような圧迫感を覚える。

 緊張で正視できないが、多くの議員が好奇の視線で俺を見ているだろう。

「よい。話せ」

「ありがとうございます」

 俺はさらに一歩進み出た。

「シリスティエールさまのお話の通り、インベルストは魔獣の襲撃を受けました。私はその場で魔獣の恐ろしさを目の当たり致しました。ですから、皆様のお力添えをいただき、このような悲劇が二度と起こらないように力を尽くしたいと思います」

 俺はゆっくりと眼前の議員たちを見回した。

「インベルストが魔獣に襲われたあの時、押し寄せる魔獣の中に黒い鎧の騎士がおりました。かの騎士がラブレ男爵とおりました所を、私は目撃しております」

 懐疑的な囁きが広がる。俺はそれに気を取られないように、強く前を見た。

「その黒い鎧の騎士は、リムウェア侯領北部において、魔獣を使役し、村々を襲わせていたと思われる武装集団と共に目撃もされております」

 俺は一度言葉を切って息をついた。緊張すると口調が早くなる。だから、落ち着いて。ゆっくりすぎると思えるスピードで話す。

「この黒騎士と魔獣の間には何らかの関係があると思います。さらに黒騎士の主と思われるラブレ男爵は、そのなんらかをご存知の可能性があります。

 私は、魔獣を使役する方法の真偽を確かめるためにもインベルスト襲撃の真相を確かめるためにも、この場にてラブレ男爵の審問をお願いしたいと思います」

 俺は話終えると一礼して後ろに下がった。議場は再びざわめき始める。魔獣使役という漠然とした話から、ラブレ男爵という具体的な人物が導き出されたからだと思う。

「皆さん、静粛に」

 西公が厳かに告げるが、場の空気はどこか浮ついたままだった。

「ラブレ男爵とはどのような人物なんですか」

「それより魔獣の使役方法だよ」

「魔獣を操れれば年々増える被害を減らす事もできますな」

「いや、やはり軍備だろう」

「騎士団なぞいらんようになるな」

「やはり、そのラブレ男爵という者の言を聞いた方がよいか」

 不穏な発言も聞こえるが、魔獣の強大な力を利用したいと思うのは当然だ。だからこそ、公の場で議論することに意味がある。

 ラブレ男爵に対して王統府が動いてくれれば…。

「落ち着かれよ」

 低く響き渡る声を発したのは、陛下以下の上席に座る1人だった。

 がっしりとした体格に後ろに撫でつけた赤髪。赤髪と同じような燃えるような顎鬚を綺麗に切りそろえてある。太い眉に鋭い眼光が威圧的に光る老貴族だった。腕を組みその厳しい表情が俺を見据える。それだけで、言べき事が言えて少し治まりかけた鼓動が、再び高鳴った気がした。

 俺は事前に確認した議場の席次を必死に思い出す。

 あの位置は北公ログノリア公爵。あの王直騎士団のレティシアのお父さんかと思い出すと、少しだけ親近感が湧いた。

「魔獣を使役する者がいるという話は、確かに興味深い。しかしこれはあくまでも状況からの推測に過ぎないではないか」

 俺はその言葉に含まれる微かな侮蔑にドキリとする。

「そのような荒唐無稽な話を論ずるより先に、わしはまずリムウェア侯爵家の責任を問いたい」

 再び議場のざわめきが高まる。

「市内に魔獣が誘導されたかどうか。それは別にしても、民草の集まる祭りの日に魔獣の侵入を許した事は、あきらかに侯爵家の警備がずさんであった証拠だ。騎士団の怠慢である」

 北公の目がぎらぎらした輝きで俺を値踏みするように見据える。仕留めた獲物を見る狩人の目だ。既に仕留めた、だ。

「さらに、聞けば襲撃があった時、会場に侯爵自身の姿はなかったというではないか。これが街の治安に責を置くもののすることだろうか」

 議場の中に、北公の指摘に対する驚きと同意の声がちらほら上がり始めた。

「自らの責を明らかにせぬうちに、ラブレ男爵の審問を求めるなど言語道断である。リムウェア侯爵家は恥を知るべきであろう」

「待って頂きたい、北公」

 正面から非難を向けられ、怯んで動けない俺より先に、シリスが前に出てくれた。

「今回方々に論じていただきたいのは、侯爵家の責任問題ではなく、魔獣使役という点について、その対処なのです。そこを間違えないでいただきたい」

「筋道の問題だと申し上げている。まずは責任の所在を明確にすべきだ」

「周辺警備は確認したが、特に侯爵家に瑕疵があるようには思えなかった。侯爵家は独自に魔獣を撃退したし、襲撃の規模からして犠牲者の数は少なかった。それはこのカナデが陣頭指揮を取り、自ら剣を取って戦い、素早く事態の収拾に当たったからだ。あの状況であの対応が誤りでなかった事は、この俺が保証しましょう」

 そう言い切ったシリスのその顔を、俺は思わず見上げていた。

 シリス…。

 会場には先ほどとは別種のざわめかが起こる。あの少女が戦ったのか、とか、勇敢な事だ、とか。国王陛下がお話されていた通り、概ね好意的に受け止めてくれている様だ。

「しかしシリスティエールさま。それは殿下ご自身の見解でしょう」

 北公がピシャリと言い放つと、俺に好意的だったざわめきが一刀のもとに途切れてしまう。その耳に痛い沈黙を裂いた北公の冷たく重い声がぐさりと俺に突き刺さって来る。

「私が求めているのは、侯爵家の弁明である。そもそも王がご臨席の大審院の場に、侯爵自身が出席せぬと言うのも納得ができない。いかがか、ご令嬢殿」

 話を向けられるが、俺は場の空気に呑まれてとっさに声が出ない。

「北公。カナデの大審院参加を依頼したのは俺だ」

 やはりシリスが前に出てくれる。俺は不覚にもシリスを頼もしく感じてしまう。一人でこの場に立っていれば、このまま場に呑まれていただけだろう。

 しかし、ここは俺が話さなければならない。

 おろおろするだけの自分への苛立ちを原動力に、俺は一歩進み出た。

「失礼致します、北公さま。まずこの場に父がいない事、お詫びを申し上げます。決して大審院を軽んじたわけではないのです」

 俺は自分を落ち着かせるよう一つ深呼吸した。

「父はかねてより体調が良くありませんでした。あの祭りの日、父が会場にいなかったのもそのためです。おかげさまで随分と良くなりましたが、そんな父に王都への長旅はさせられませんでした。また、皆様に魔獣襲撃をお伝えするに当たり、その場に居た私が適任と判断したのです。どうかご容赦願えませんでしょうか?」

 俺はぎゅと唇を噛み締めて、北公の反応を窺った。

「話にならぬな」

 北公は鼻で笑う様にそう呟いた。

 全否定されたショックで、頭がかあっと真っ白なる。胸がドキドキする。

 常に誰かに認められ続けることなんて有り得ない。俺に反対の人や納得できない人は必ずいるし、否定や悪意を向けられることだって必ずある。それはどうしようもないこだ。でも、だからと言ってそれにショックを感じなくなるわけではない。。

「しかし北公よ。もし魔獣を操る術があるならば、それはそれでゆゆしきことよな」

 今度は上席の別の席から声が上がった。南公だ。

「だが、地下道を通って街中に魔獣が出現したからと言って、直ちに人の意志が介在しているというのはどうだね」

「ふむ、そのあたりはいかがかな。カナデ嬢」

 議長の西公に指名される。

 俺は気を取り直して前を見た。

 この場でリムウェア侯爵家を代表するのは、シリスでも他の誰でもない。俺なのだ。少々否定されたからと言って、しょぼくれている訳にはいかない。俺の口から、侯爵家の立場を明確にしなければならない。それが俺を送り出してくれたお父さまの信に報いる事だから。

「はい!魔獣の侵入経路は、建設途上で放置された地下水廊からでした。ここは構造が複雑で…」

 俺はあの時優人たちパーティーがもたらした情報、事後調査でわかった情報を説明していく。

 質問が飛ぶ。

 俺はその質問者をじっと力を込めて見つめた。そうしないとついつい気後れしてしまいそうだったから。そして、出来る限り客観的に回答するように心掛ける。私観を交えては、また北公あたりに笑われそうだったから。

 気がつくと額にじっとりと汗をかいていた。背筋をつっと汗の玉が流れていく。

「決は出ませんが、時間ですな。陛下?」

 議長の西公が国王陛下を見やる。

「ふむ。焦って決をとる必要はないな。明後日、もう一度この問題について論じる。良いか」

 陛下の良く通る低い声が響くと、会場から了承の声が上がった。

 俺はそっと額の汗を拭った。

 このインターバルが議論にどういう効果をもたらすのか、議会経験の少ない俺にはまだ判断できない。ただ、今の議場の論調では、侯爵家の責任を問う北公派が半数ぐらいを占めていそうだ。結論をまとめるには時間がかかりそうなのは明白だった。

「ではシリスティエールさま、リムウェア嬢。ご退席を。次の議題に移ります」

 促されるまま俺は一礼し、シリスについて議場を後にする。背後ではみんな魔獣の話など忘れてしまったかのように、別の議論が始まっていた。



 カツカツとヒールを響かせ、議事堂の廊下を歩く。隣に難しい顔をしたシリス。そして廊下で控えていたリリアンナさんとシュバルツが俺の後から付いて来る。

 首尾はいかがでしたかと問うリリアンナさんに、俺は少し困った顔で微笑む事しかできなかった。

「悪かったな、カナデ。話が思わぬ方に転がってしまった」

 シリスが前を見たまま言う。

「いいえ」

 俺は静かに首を振った。前髪がはらはら揺れる。

「王直騎士団としては、魔獣使役を公的に調査出来ればそれでいい。だがリムウェア侯爵家に迷惑がかかるなら、侯爵家はこれ以上関わる事を拒否する事もできるぞ」

 シリスが横目で俺を一瞥した。

 魔獣云々は置いておいて、侯爵家と男爵家の領境問題はあくまでも家間の問題にしてしまうのか。

「でもそれじゃあ、家の間の私闘になるでしょう?」

「そうだが、侯爵家が不利益を受けてまで、魔獣使役の問題を荒立てる義理は無いはずだ」

 そうだ。

 侯爵家としては、魔獣使役がどうなろうと、領内の安全が守れればそれでいい。

 俺はやけにしおらしいシリスに、上目遣いに悪戯っぽく微笑んだ。

「無理矢理私を王都まで連れて来ておいて、いいんですか?」

 シリスはしかし俺の冗談を受け流すように、いつもの人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。

「なに、大審院に魔獣使役という一石は投じられた。後はやりようはあるさ」

 しかし、

「私は引きません」

 俺は真っ直ぐにシリスを見上げて答えた。

 責任問題の追求を逃れるために、魔獣の議論を止めるという事はできない。

 また魔獣を利用して街が襲われるかもしれない。侯爵領が無事ならばそれでいいなんて矮小な考え方はしたくなかった。

 あの襲撃を経験したからこそ、俺に出来る事があるのではないか。

 それを訴えていくのが、俺の、侯爵家の義務だと思えた。

「ふっ…そうだと思った」

 荒く息を吐いて決意を新たにする俺を、シリスが苦笑しながら見る。後ろでリリアンナさんがそっとため息を吐き、シュバルツが面白そうに笑いをかみ殺している。

 そして、シリスが俺の頭にぽんと手を置いた。

 その手を、少し恥ずかしかったので、ぞんざいに払いのける。幸いかな時間は少しある。俺はシリスと議会への対策を話ながら議事堂を出た。

 外は少し天気が悪かった。微かに漂う水気の気配に、雨にならなければいいな、と思った。

 久しぶりの更新です。しかし場面は面白くない議会…。

 懲りずにまた読んでいただけると幸いです。


 ご一読いただき、ありがとうございました。

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