甘い新婚生活のルーティン
*ミラ視点です
私たちの一日が始まるのは早い。
【起床】
「……もう少しミラを抱きしめていたい」
いつものように体に絡みつくリアムの腕をひっぺがして勢いよくベッドを出る。身支度を整えていると、哀愁に満ちた溜息が聞こえた。
「君は……朝から元気だな……」
「うん! 寝起きには自信あるんだ!」
ガッツポーズでハキハキと答えた。
「もう少し……こうまったりと……二人で仲良く……」
「ダメ! そうしたらリアム、いつまでも起きないでしょ! テオに注意されたんだから。ちゃんと旦那様に仕事をさせるのも妻の役割なんだよ!」
「……君は最高の奥さんだ」
悲しそうに言いながら、リアムも起き上がって渋々と身支度を始めた。
しょんぼりした背中を見て、ちょっと罪悪感を覚えた私は隙を見てリアムの背中に抱きついた。逞しい背中に頭をグリグリと押しつける。
「ミラ……?」
嬉しそうな声でリアムは私の手の上に自分の手を重ね、そのまま器用に振り返ると私を自分の腕の中に閉じ込めた。
背中に回る屈強な腕がギュッと私を抱きしめる。体にかかる圧力が心地よい。
「ミラ。君は俺がどれだけ君を愛しているか分かっていない。俺にとって恐怖とは君を失うことだけだ……」
リアムが私の顎に指をかける。麗しい顔貌が近づいてきて、唇に柔らかい感触を感じた。このまま放っておくと、キスが止まらなくなり、更にはベッドに引きずり込まれる危険性が高い。
『公爵になって益々仕事量が増えたんですよ』
ボヤくテオの顔を思い浮かべ、私は心を鬼にして延々と続くリアムの口づけを阻んだ。
「ダメ! テオだって、赤ちゃんがいるんだから早く家に帰りたいんだよ。残業させないように頑張って! リアムが大変なのは分かるけど、応援するから!」
一生懸命励ますと、リアムが深く溜息をついた。
「……分かった。頑張るよ。頑張るから、夜になったらちょっとは慰めてくれるかい?」
ああ、この人の色気は衰えることを知らない。
「も、もちろん! 私にできることなら何なりと!」
「なんなりと……?」
ニヤリとするリアムに、不謹慎な妄想が爆発しそうになった私は慌てて
「ま、マッサージとか……そういうことですよ! 決していかがわしい意味ではありません!」
何故か敬語に戻って必死に言いつのった。
朝から真っ赤になった私を見て、リアムが嬉しそうに笑う。
揶揄われているのは分かっているが、それが幸せだと感じるのだから世話はない。
**
一緒に朝食をとった後、リアムはテオと二人で執務室にこもり、私は城中をパトロールするのが日課だ。
何か問題があれば巡回中にいつでも声を掛けて欲しいと伝えているので、城に異常が無いか把握することもできる。
まず、厨房に立ち寄ると宿命のライバル、料理長のエリオットがウインクで出迎えてくれた。
「あら、ミラ。おはよう。相変わらず朝から元気そうね」
「エリオット。おはよう。何も異常はない? 今日の献立は予定通り?」
「そうね。予定通りよ。でも、最近他領の業者が材料を納入したいって、しつこいの。安く卸すからって言ってね。うちは地産地消を目指してるから他領の業者からは買わないって伝えてるんだけど……」
「うん。ありがとう。食品は特に質が重要だから、値段じゃなくて信用できるところから買った方がいいわ。それにやっぱり地元の産業を優先したいし……。もし、予算が足りなくなったらいつでも言って。なんとかするから。城で働く人たちの重要な食事だし、美味しいものを食べた方が仕事への意欲が湧くわよね」
エリオットが複雑な表情で私の全身を眺めた。
「あんたはいつもそう言って……。他の人間のことばかり考えてるけど、あんた自身のことにもちゃんとお金使いなさいよ。いつも同じワンピばっかり着て。新しいドレスでも作ったら? まだ若いんだからもっとお洒落に気をつかって……」
お説教を始めそうなエリオットに慌てて別れを告げると、次は騎士団の演習場へ向かう。
途中で侍女頭のハンナに会って城の模様替えの件を相談された。基本的に城の中のことは私に裁量を任されているのだが、模様替えはリアムの好みも聞きたい。
公爵になったので、品格を保つためにも城には補修や改築が必要になる。まず予算を確保してから具体的な話をした方が良いだろう。あまり華美にはしたくない。お金かかるし。
とりあえず信用できそうな業者の選定をお願いして、まだ交渉は始めないようにとハンナに伝えた。
「承知いたしました」
淑やかに頭を下げるハンナは、いつでも誠実にリアムと私を助けてくれる大切な存在だ。
「ハンナ。いつもありがとうね。ハンナのおかげでとても助かってるわ」
「とんでもありません! ミラ様こそいつも城のために忙しく立ち働いて下さって……。どうかご自身のために新しいドレスの一枚でも作って下さいね!」
「ありがとう。でも、このワンピが一番動きやすいの。いつか機会があったらね」
これ以上ドレスを勧められないうちにハンナに別れを告げ、今度こそ騎士団の演習場に向かった。
ウィンザー公爵家の騎士団長は、壮年の穏やかな男性だ。
「アルベール! おはよう!」
私が声を掛けると、明るい空色の瞳が優しく弧を描いた。
穏やかなイケオジ紳士という雰囲気だが、本気モードになると恐ろしい強さを発揮するという噂だ。リアムの剣術の師匠だったというのだから当然かもしれない。
「ミラ様、おはようございます! ミラ様がいらっしゃると騎士たちの意気込みが盛んになりますな!」
「そうかしら? いつもと同じじゃない?」
演習場で剣の訓練を行っている騎士達の様子を伺うと、みんないつも通り気合の入った打ち込みを続けている。
「いや、遠くからミラ様の姿を見ただけでも、男どもの目の色が変わるんですよ」
騎士団長のアルベールがクスクスと笑う。
「ところで、新しい騎士の雇用についてですが……。どのように選考するか、ミラ様のお考えをお聞かせ願えますか?」
公爵になると騎士団の騎士の数も増やさないといけないらしい。高位貴族は大変だ。でも、騎士団が大きくなるのは治安維持や戦争の時にも助けになるだろう。
新しく雇用する騎士たちの選考についてアルベールから相談されていたんだ。
「うん。まずね、体力が一番大事だと思うの。それから剣術の腕前ね。だから、最初に体力テストで振るい落とそう。それを私がやるから、その後の剣術の選考をアルベールにお願いできる?」
「分かりました。ミラ様にお任せしますよ。最後の面接も参加して下さいますよね?」
「もちろん!沢山応募がありそう?」
「うちの騎士団の労働条件は抜群に良いんですよ。有難いことに、領主と奥方様が大変気前の良い方たちなのでね。報酬が他領より遥かに高いので、応募の人数は多いでしょうな」
「そうなの? でも、領地を守ってくれる重要な存在だからね。高いお給料を払っても良い人材に来てもらえたら嬉しいわ!」
「……ミラ様。ミラ様ご自身のためにもお金を使って下さいね。せめて新しいドレスの一着でもお作りになったら……」
……またドレスの話を持ち出された。
うん……せめて新しいワンピを買おう。
前世ではジャージの上下でほぼ24時間過ごしていたので、同じ服装で全く苦痛を感じない自分に問題があるのかもしれない。
**
その後、昼食をリアムと一緒にとり、午後は彼の仕事の手伝いをする。
リアムの執務室には私専用の机もあって、二人で黙々と仕事をしている静謐な時間が好きだ。
ふと目を上げるとリアムの端整な横顔が目に入る。真剣に書類を見るリアムの眼差しや、たまに頬杖をついて考え事をしている様子に見惚れてしまう。
うちのダンナは絶世の美人だ……。
バチっと目が合う時なんかもあって、リアムがとても幸せそうに笑うから私も胸がきゅっとなってしまう。
そんな時は大抵「そろそろ休憩にしようか」と二人でお茶を飲みながら雑談をする。
何を話してもリアムは面白そうに聞いてくれるし、私も彼の話を聞くのが好きだ。
「そういえば、今日も『新しいドレスを作ったら?』って色んな人から言われたわ。私、そんなに同じ服ばっかり着てる?」
「俺も君に新しいドレスをプレゼントしたいんだが、あまり興味ないんだろう?」
リアムは苦笑いだ。
「うーん。でも、これから公式行事が増えるよね。新公爵のお披露目の舞踏会もあるんでしょ? 新しいドレス、作った方がいいかな……?」
「それなら、今度の休みに一緒にリマの街に行こう。俺も新しい礼服が必要だと思っていたんだ。生前に母上が懇意にしていた服飾店もあるから、行ってみないか?」
「で、でーと、ですね?」
何故デートという言葉だけで、とてつもなく照れくさく感じるのだろう?
「そうだ。またお揃いのイヤリングで出かけよう。あの時のミラは信じられないくらい可愛かった」
ああ、頬が火照るのが止められない。リアムに愛おしくて堪らないという潤んだ瞳を向けられて平静でいられる人はいるのだろうか。
どうにかこうにか心臓を鎮めて、私はその日の分の仕事を終えた。
夕食後、二人きりになるとリアムの左足のマッサージを行い、その後は……えーと、その……ご想像にお任せいたします。
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*沢山ブクマと評価を頂いて、本当にありがとうございました<m(__)m>。心より感謝申し上げます!感想やレビューも頂いて、とても嬉しかったです!モチベも上がりました!一日二回更新を目指します。引き続き宜しくお願い申し上げます<m(__)m>




