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欲しいもの

 空に揺れる地盤はない。

 しかし本日の特対飛行船は揺れていた。

 特殊な技術でどれだけ船体が傾いても大部屋だけは水平を保つという造りをしているらしいが、残念なことに大部屋だけでは生活はままならない。トイレもないしお風呂もないし、水場はあるので水分補給は出来るが食事は冷蔵室へ取りに行かなければ用意できない。下の先が切り取られた空間のように90度に曲がっているのを見て、葵はぞっとした。五分ほど前にトイレに行ってくると足を震わせながらも廊下を歩いて行ったジャックは、今頃泣いているかもしれない。

 とある権力者のプライベートジェットを盗んで逃走した逃亡犯を追いかけているらしいが、何分空の上、地上班からの情報が錯綜していて飛行船は東に行ったり西に行ったり急降下したり上昇したり、操舵しているユノーは自分自身が走り回っているわけでもないのにぜいぜいしていた。

 一方、とにかく逃走機体が見つかるまでは出番のないアーヴィンは摂れなかった朝食の代わりにバナナを貪っていた。


「アーァヴィン、不審機体のシグナル探索くらいはあなただってお出来になるでしょう。ならないのでしたら今お出来になって。わたくし、目が疲れてしまいましたわ。わたくしの美しい目が年老いてしまいますわ」

「ハッキングする時は喜々として細かい英数字の羅列を読んでいるじゃないですか。あの時の気持ちを思い出すのです、マリアンヌ」

「あれは迷路の正規ルートを一発で見つけられちゃったような達成感がありますもの。この場所を掌握したという支配欲の充足と申しましょうか。つまりこの空はつまらないということです」


 しくしくと情けない泣き声が帰ってきた。スーツが替わっている。全員がその事に気付かないふりをしたか、気付かなかった。


「ユノー、新しい座標です」

「さっきと真逆じゃないか! また旋回か!」

「言っても始まりません。この仕事を断りますか」

「一度命じられた仕事は身体的に不可能になるまで遂行するべきだ」

「あなたの献身は素晴らしいものです。私には理解できません」


 上下も分からないほどの真っ青な空がぐるりと回転していった。廊下の角度はえげつないものになっていた。この後部屋に戻ったら枕やシーツや布団はどうなっていることだろう。部屋にはいくつもの棚が備えられていたが、マリアンヌは色々なものを出しっ放しにしていた。葵もこんなことがあろうとは想像も付かず、その事についてあまり注意するようなことはなかった。あの香水瓶…、あのネイル、あのファンデーション…。この船は急な機体の回転に備えて全ての引出や棚が平行ではないことを完治して自動で鍵がかかる仕様になっているのに、何一つ仕舞おうとしない。なんなら蓋も開けっ放しだ。せめて自分のベッドに被害が及んでいないことを祈りたい。


「すごく忙しそうだけど、暇だなあ」

「ユノーとマリアンヌには悪いけど、暇ね」

「姉さま、退屈されているのですか? 僕が何かお慰めできると良いのですが…」


 慌ただしい三人組から距離を取って、大部屋の端の方に机を寄せて、その他の人間はただ観察をしていた。

 たまーに飲み物など差し入れていたけれど、監督者が監督できない状況なので通常業務もままならない。トントはたまに用もなく廊下に出て上下を無くした空間をアトラクション感覚で楽しんでいる。とっても楽しそうにしているし、離れてくれるので葵にとっても良いことなのだが、三半規管が強いとは言えないらしく、吐くだけ吐いて戻ってくるのはやめてほしい。真っ青な顔に浮かぶ笑みもちょっと異様だ。ほとぼりが冷めるとまた同じことを繰り返して、子供のようだ。

 リネは葵の隣に椅子を持って来てそこから決して動かなかった。

 ちらちらと葵の顔を窺って、仕事に勤しむ人のために飲み物を入れようと立ち上がると後ろからぴったり付いてきて、座ろうとする葵の椅子を紳士的に引いたり定期的に褒めてきたり定期的に愛を伝えてくる。

 椅子が足りなくて部屋の角で床に座り込んで膝を抱えていたジャックが「マリアンヌのために録画しておこう」と言ったのを聞いて、葵はもう堪らなくなってリネに何処かに行ってくれるよう頼んだ。何か理由を付けねばなるまいと思い、女性部屋にマリアンヌが一等大事にしている口紅があるからそれを引出に仕舞うよう依頼も付けた。マリアンヌには申し訳ないが、女性部屋の鍵を一度リネに預けて追い出した。リネはなぜか執拗なほどそのことに対して気を遣い始めて、「僕が変なことをしない証明に人を連れて行きます!」と言い出して嫌がるジャックを無理矢理一緒に連れて行った。


「なんだあれ…」

「ネエサマちゃんがリィネくんの愛情を感じられなくなって不安そうだってアドバイスしておいたよ」

「喉を、喉を取り出してやる」


 自分が脱出騒ぎを起こした時のリネに戻ったかのような行動の数々に、葵は思わず呟いた。

 それに対してトントが功労者はボクだと言わんばかりのドヤ顔で昨夜の出来事を自供した。

 葵はトントの襟首を掴み上げた。


「ベルトは? ベルトはいらないの? 使わないの??」

「もう、もう私はどうしたらこの怒りを昇華できるのか分からない」

「ボクのベルトを使うといいよ! この間みたいに首を絞めたらどうだろう? 鞭みたいに打つのもそう悪くないよ! ボクは痛みによる涙はあまり好物ではないんだけど、キミが気に入ることを祈ってあげるよ」

「暴力はいけない、いけないわ、葵。犯罪者に囲まれても染まってしまっては駄目」


 トントの襟首を掴む自分の手にカを込めながらも、葵は自分によくよく言い聞かせた。

 細い腰からベルトをするりと抜き取って、トントは葵の目の前に差し出した。満面の笑みだ。見開かれた目に小さな金色の瞳がぎらぎらと輝いている。その顔は期待に満ちて華やいでいる。

 葵はベルトを受け取って床に叩き付けた。

 そして机に突っ伏して泣いた。

 こんな境遇、我が身に降りかかると想像したこともないほど哀れだ。

 任務を終えて廊下から戻ってきたリネは姉の姿に驚いて駆け寄ってきた。


「どうしたんですか、姉さま!」

「リィネくんがいなくなっちゃって寂しいって泣いてたよ」

「なんということでしょう! すみませんでした、姉さま。すみませんでした。もう一生離れません! 一生涯お側にいます」」


 葵は椅子から立ち上がり、リネから離れるやいなや壁に背を預けて縮まるジャックの隣に腰掛けた。

 もうあいつらに挟まれる場所に座りたくない。たとえ冷たい床でもあの椅子ほど刺々しくはあるまい。

 しかしリネはジャックと葵の間に体をねじ込ませてすぐ隣に座ってきた。リネに多少の恐怖を覚えているジャックは体を離していってしまったので、実質無駄に姉弟が床に座っているだけになってしまった。それでもあの詐欺師を編る奇怪生命体がいないだけマシに思えた。


「リネ、私、欲しいものがあるの」

「はい! 何ですか、姉さま。何でも持って来ます」

「トントの喉」

「のど?」


 壊れかけの心が葵に滅茶苦茶なことを言わせたが、葵はすぐに後悔した。

 本当に持ってきそうだ。

 腕や顔の皮を持ってくる人間になんてことを言ってしまったんだ。伏せていた顔を上げて葵は冗談だとリネに言おうとして―――


「……………………………姉さまはそれほどトントのことが好きなのですか?」


 真っ黒な顔と目が合った。

 大きな窓に昇る太陽が逆光を作っているのかもしれない。


「……ちょっと意味が分からない」

「トントのことが好きなんだ。そうなんですね」


 今の流れでどうしてそういう結論にジャンプしたのか理解できず、葵は論理的な説明を要求した。

 幻聴でも聞こえたのだろか。リネなら有り得る。


「トントの首も絞めたし、痕まで残したし、その上、体の一部まで、それも、喉だなんて、ね、ね、姉さまがそんなはしたないことを、しかも、しかも俺に頼むなんて、し、信じられない。信じられない。姉さまは清純な方なんです!」

「何言ってんの?」

「今更誤魔化さないでください! トントの喉を日夜可愛がって愛でるつもりでしょう!」

「自分の言っていることを紙に書き起こして読んでみたら? 相当おかしいって気付けるわよ」


 沸騰した頭でも姉への忠誠が消えないリネは言われた通り自分の言動を紙に書いて読んだ。

 そして再び泣き喚いて怒り散らかした。

 おかしくないと判断したらしい。


「喉なら俺の喉をあげます! 俺のはいらないんですか?! 欲しいのはトントの喉であって、リネのじゃないって言うつもりですか?! そんなこと許しませんからね、俺は許さないから、なんとしても俺の喉を貰ってもらいますから!!」

「リネが黙るなら貰ってやってもいいけど、受け取った直後にゴミ箱に捨てるわよ」

「俺のはゴミ箱に捨ててトントのは谷間に仕舞うつもりですね??!!!」

「リネって実はすごく馬鹿なの?」


 すぐ横の壁に拳を叩き付けてリネは怒りを表現した。

 数ヶ月前の葵だったら怯えていそうな理不尽な恐ろしさを伴う行動だったが、もう何度か似たような経験を積んできているし、あまりに意味不明な言動の理解に努めるあまり葵の感情はさほど動かなかった。代わりに哀れなジャックがリネの背後で悲鳴を上げていた。


「いや…、逆に考えてみなさいよ。好きな人の喉が欲しくなる?」

「姉さまの喉ですか?! 欲しいです! 誰にも盗まれず誰にも見られない場所に保管して大事にします! ちなみに世界で一番安全な場所は体内です!」


 ここにきて理解してはならない思考だと気付いた葵はコレの攻撃の盾を探して手を伸ばし、恐怖に震えるジャックを引っ掴んで自分とリネの間に滑らせた。ジャックは泣いて手足を振り回したが、リネの手にナイフが見えたため両手を高く上げて無抵抗の意思を示した。


「ちょっと待って」


 そんな三人のところに、トントが割り込んできた。

 ジャックとリネの間に体を滑らせて、葵を見て「大事なことを聞かなきゃいけないよ」と言ってきた。いやに真面目な顔をしている。


「なによ、大事なことって。もうこれ以上意味不明なことを言われたら私の脳みそ爆発しちゃうんだけど」

「リィネくんは体内に保管するって言ったじゃない。気にならないの?」

「他にも気にすべきところがありすぎて」

「取り込む時は上から入れるの? それとも下から」

「私の脳みそが爆発しても構わなさそうね?」


 葵は平手打ちする勢いでトントの口をびたんと塞いだ。すかさず先の分かれた長く濡れそぼった舌がべろりとその掌を舐め上げて、葵はもう片方の手でジャックをトントに押し付けて距離をとると、ジャックのスーツの肩でその掌を拭った。目の前の男が泣き喚いていようがもうどうでもよかった。今、一番の被害者は自分だという自負があった。


「トントとキスをしました!!」

「してない」

「今したじゃないですか!!」

「今のがキスに見えるんだったら目んたまイカれてるわよ!」

「僕にもしてください!!」

「いいわよ、この変態!」


 迫り来るリネの顔に葵は真正面から平手をお見舞いした。口ではなく鼻の頭に当たって、小さな骨による衝撃が葵の掌にもやってきた。リネはその手をありがたく両手で掴んでそのまま鼻で深呼吸した。葵よりも何故かジャックが泣きそうな声を上げて「気持ち悪い」と連呼した。トントは顔を左右に世話しなくぶんぶん振りながら、リネとジャックと葵の表情を堪能しているようだった。口角の上がりきった唇の隙間から何もかも食い尽くしそうな真っ白な歯がこちらを見ている。


 その時、急に床が斜めに傾いた。

 横にあったテーブルや椅子が勢いよく遠ざかっていく。水場や棚のほうからカチャリと鍵のかかる音が聞こえた。この部屋が平行ではないと判断した音だ。

 体を預けていたはずの床がみるみる内に頼りなくなって、葵は思わず目の前のスーツを強く握った。そしてジャックは目の前のカラフルな髪の毛をわし掴んだ。トントはリネの腰に。リネは何も動じた風はなく、一心不乱に姉の手を嗅いでいた。葵の脳みその爆発も近い。

 お尻はするすると床を滑り始める。トントが履いていたスリッパが宙を舞って反対側の壁に自らを投げ捨てていくのが見えた。


「掴まれ!」


 ユノーの叫びが聞こえたが、葵が掴めたのはジャックのスーツとリネの顔面だけだ。

 机や椅子が散乱する逆側の壁に叩き付けられる未来が予感されて、葵は頼りない悲鳴を上げた。

 しかしすぐに部屋は水平に戻った。ガンッと大きな音と共に、直角になろうかというところで勢いよく元通りの角度に直った。突然のことで葵は腰をしたたかに床に叩き付けられる結果になったが、落ちていく恐怖布がなくなって葵は荒い呼吸を整えながらも安堵した。

 ふと上を見上げてみると、トントがキャビネットの取っ手を掴んでリネとジャックを片手で持っている姿が見えた。自動ロックがかかったキャビネットだ。彼のおかげで逆側に滑っていくのを遅らせられたらしい。葵は自分もジャックから手を離して、固定されている棚に指を引っかけられる部分を探して頼りとした。右手の方から「もうお終いですか?」と聞こえたが、聞こえなかったことにした。


「皆、無事か? 怪我人はいないか?」

「今のは何です。この大部屋は旋回には耐えるはずですが」

「機体そのものに接触されたんだろう。下方から急上昇してきた未登録機体が攻撃してきた」

「そうですわね。操作ミスではなく、意図的な攻撃だとわたくしも思いますわ。あんまり急すぎる動きでしたもの」

「感知範囲内に突如として現れたことから見てもそうだろうな」

「それに加えて、未登録機体ではありませんわ。機種とシグナルを解析するに、追跡機体ですわ」

「追っているはずが、追われていましたか」


 大部屋の前方で作業していた三人は至って冷静だ。

 机に積んでいたものは無残に飛び散っていたが、彼らが使っていた椅子は彼らを見事その場に留めた。普段はキャスターで自在に動き回る椅子も、固定される仕組みになっているらしい。

 船体は無事に安定したようで、もう足元に不安定な揺れや不自然な角度は感じなくなった。


「座っていた方がいいぞ。検討机の方じゃなくて執務机の椅子に座れ。シートベルトも付いている」


 ユノーの助言に従い、葵はいつも使っているデスクの椅子に座った。リネは転がっていった椅子を持って来て、それを葵の横に置くと、まだ話は終わっていないと言いたげにこちらをじっと見つめてきた。無視しようと思ってひたすら机と睨めっこしていたら、その机にトントが乗り上げて横になった。


「また! トントを見ています!!」

「お前は今の状況を見ていなかったの? こいつが私の視界に無理矢理入ってきたのよ」

「ネエサマちゃんの熱視線で火傷しそう~~~」

「もう! もう! もう! トントから離れてください!! 僕を見ていれば見ずに済むじゃないですか!!」

「どっちも!! 見たくない!!」


 リネが両側から頭を掴んでこようとしたので、葵は必死に抵抗した。

 今にも泣きそうな顔をしているのに、リネの瞳からは少しも涙は浮かんでいなかった。でも顔を真っ赤にして騒ぐ姿は泣き顔にしか見えない。トントは机から二人を見上げて、いつまでもにやついていた。


「離れていきますわ」

「ぶつかってきたのは挑発かと思ったが、単純なミスだったんだろか」

「乗り込みましょう。ワイヤーを」

「分かった。俺が行く」

「リネ、あなたも行ってください。……………なに遊んでいるんですか?」

「遊んでない!! 助けてちょうだい!!」

「遊びじゃないです!! もう二度と姉さまとトントを二人きりにはしませんから! しませんからね!」


 リネは葵の頭を机よりも下に無理矢理押し下げて、トントから隠した。そしてトントに指先を向けて、罵倒を始めた。


「あなたは良き理解者だと信じていたのに、清純な姉さまを淫売に落としました!」

「誰が淫売だ!」


 葵は机の裏をごんごん手で叩いて不快感を示した。

 下から来る衝撃に喜ぶ奇声が上から聞こえて、葵の機嫌はますます悪化する一方だった。


「ボクは何もしてないよ。リィネくんがネエサマちゃんを構わないから、浮気心が出ちゃったんじゃないかなあ」

「う、浮気…? ということは、僕が本命…」

「そんなの当然だよ! 女性は寂しがりなんだから、もっと構ってあげなきゃいけなかったんだよ。ボクを欲しがるのは、彼女なりのアピールなんだよ。キミに嫉妬されて、ネエサマちゃん大喜びだよ」

「は…っ、そ、そんな、僕は、そんな、気付かずに…! 姉さまを傷付けてしまったのでは…!」

「傷付いてはいるけどそうじゃない。そうじゃないのよ。馬鹿なの?」


 ようやく頭を抑え付けてくるカがなくなって、葵は体を起こした。

 殺意というものを初めて覚えた。でもすぐに肩を掴まれくるりとリネの方を向かされて、散々謝罪された。

 確かにリネの激情は収まったようだが、葵の心は納得していなかった。

 叱責を望まれたので、喜んで挙を作り、リネの額を小指の側面で軽くこんこんと叩いた。鼻っ柱を折りたくて手を握ったものの、本当に折れてしまったらと想像すると怖くてこれが限界だった。


「リネ、ユノーと一緒にあのグライダーに移ってください」

「姉さまと一緒じゃないと嫌です」

「はあ…、我が儘はよしてください」

「姉さまがそう望まれています」

「葵、そういう我が儘を言うのは悪い行いですよ」


 即座に否定したかったが、アーヴィンが本気で言っているとしたらむしろ怒りよりも悲しみが湧いてくる。葵は何と言葉にしていいか迷いに迷って机をばんばん叩いてユノーを見た。彼は可哀相なものを見る目でこちらを見ていたが、特に助け船はなかった。


「二人の足を引っ張らないようにしてくださいね、葵」

「私も行くの?! 素人なのよ!」

「あなたくらい血気盛んなら大抵のことは乗り切初れます」

「ユノー! なんとか言ってください!」

「何故ユノーに助けを求めるんですか?! 次はユノーの喉が欲しいんですか? ! 僕が言って差し上げます! ええ、姉さまは足を引っ張ったりしません! 我々の士気を上げる欠かせない存在です! どうです、どうです! 僕の喉が欲しくなったでしょう?!」


 ギャーギャー喚き合う姉弟を指差して、アーヴィンは片耳を塞ぎながらユノーに目線を移した。

 現場を指揮する者の勤めは果たしたと主張している目だ。ユノーには分かる。こいつらの細かいいざこざはもはや自分が手を及ばす範疇ではないと考えているんだろう。

 何があったか知らないが、自分の喉仏を引きちぎろうとしているリネと罵倒しながらもそれを止める葵をどう処理するべきかなんて、想定外が過ぎる―――。トントは途方に暮れた。

 しかしアーヴィンに無言で出口を指差され、マリアンヌがワイヤーでグライダーまでの道を作ったところで、ユノーは二人の襟首を引っ掴んで猫の子のように移動するしか他に選択肢はなかった。一人で行った方が、よっぽどマシだったと、ユノーはこの後何度でも思い返すだろう。

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