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きゅっ

 体の熱が引いた敏腕副船長は葵を乗せた白い車の行き先を割り出していた。

 リーダが戻るまでにせめてその情報を得られたことにタールマギは安堵していた。他の団員もタールマギの熱が引いていることに安堵していた。

 一先ず葵の行方が分かれば、その近くにエルロイとマーロもいるだろうと期待したリーダは、すぐにその情報を下にいるリネに伝えた。地図を得たリネはマーク号を飛ばして夜闇を滑走し、ダンもそれに続いた。


「ナンバープレートを外して駐車している。車の傷やドアの汚れから見るに同一の車とみて間違いない」

「明らかな犯罪者だな。依頼主が居れば仕事になる相手なんだが」

「この建物、何なの?」


 ヤットラーの助カも得て、車が駐まった周辺の衝星写真が入手できた。

 白いバンの他にも小ぶりな乗用車もいくつか並んでおりどれも特別な特徴のないありふれた安っぽい中古車だ。ナンバープレートは外され、後部座席の窓は決まって黒塗りになっていて中は窺えない。


「なんか…、倉庫みたいね」

「昔の交易で使われていた倉庫だ。今は廃屋同然で、処分に困った車を乗り捨てていく奴もいるらしい。だが怪しいのが、今ほんの短い間、上から見ていただけでも、何人か人が出入りしているところ」


 団員たちが大勢覗き込むモニターには建物周辺の航空映像が映されていた。画質は荒くたまに砂風が走る上、この映像は三分ほど現実より遅れている。でもこの場の異様さを現すに充分だった。

 網に囲まれた広い土地に無機質な長方形の建物がいくつか整然と並ぶ。ボロボロな車が端に詰め奇せられ、遠く上空からでも目視できるだけのゴミ溜まりもある。


「こんなところに葵が居るの…?」


 かにゃんは下で聞いた"神隠し"の話を思い出して、不安げにリーダを見た。リーダも厳しい目でモニターを見ている。同じことを思っただろう。


「応援に行こう」

「俺も行く!」

「俺も俺も」


 悪者の気配を感じて沸き立った数名の団員が名乗り出たが、静謐した雰囲気が伝わるこの場に大勢で押しかけるのは逆に目立つだろう。内部の構造もまだ分からない。既に息の荒いリネが向かっていて、何事も暴力で解決できると思っている考えなしのダンが付属している。この火種が船に届かないとも限らない。

 リーダは再びかにゃんと二人で、二人だけで下に向かうと決めた。


「……………………………リーダ、」

「ええー! じゃあ俺とかにゃんで行くよ! リーダは司令塔! ここに居て!」

「確かに、確かに! 俺、潜入得意! 任せて!」

「俺も行きたーい! エルロイが気になるし、なんにもしないでいんの辛い!」


 タールマギの声を遮ってリーダに縋る団員を、リーダは一人ずつ宥めて、もう一度装備を携えて身なりを整えた。


「すまない。マーロも居ないんだ。仲間が居なくなって皆も何かせずには居られないのは分かっているんだが、今回ばかりは行かせてほしい」

 

 頭を下げるリーダに敵う者もなく、団員はハンカチを揺らして二人を見送った。


 ***


 まだ夜闇が街を包む少し前、葵はまだうさぎさんのお家にいた。

 左腕はずきずきと痛んだが、手当ては望めなかった。

 傷付けた張本人は泣いて葵の身を案じていたのに、救急箱を求めるとけろりとして「アリスはそんなもの持っていないわ」と言ったきりまたかわいそうなアリスと繰り返した。

 話にならないと思った葵は、桜が気にはなったが一先ずうさぎさんのお部屋を出て廊下にいるチェバと呼ばれる男たちに助けを求めたが、皆徴妙な顔をして遠ざかってしまった。

 波立つ心を抑えて、仕方なしに一階の風呂場に行って傷口を洗い、その辺にあったタオルで腕をきゅっと結んだ、急場凌ぎだが止血にはなるだろう。裂けた服はさすがに繕えず、血のシミも取れなさそうだったので、諦めた。新しい服をもらえるのであれば是非そうしたいが、あの男たちにそんなことを頼むのも不愉快だった。


 ―――この家は、あの船よりマシじゃない。


 葵は桜が気になって仕方なかった。

 こんなすぐにお部屋に戻ったら叱られるだろうか。桜を迎えに行ったところで、手を引いて連れ出すことは難しいんじゃないだろうか。第一、この家から飛び出したところで、どこへ行けば良いのだろうか。

 悶々と色々考えてみたが、どうにも何も浮かばず、無駄に脱衣所をぐるぐる回ってみただけに終わった。


(田中さんはいない。自分で考えなくちゃ)


 妙案は浮かばないものかと葵はストレッチを始めた。

 特別な意味はなかったが、体の節々が解れていって気持ちが良い。頭も柔らかくなれば良いのだが。

 こんな時に自分もマーク号を呼べたり、かにゃんみたいな身軽さがあれば良かった。ダンのような大きな体や、梁のような土を潜っていくスキルがあれば。決して彼らを羨んだり尊んだりしたわけではないと同時に、我が身を嘆いても仕方ないということも自分によく言い聞かせた。

 他に、何か出来ることがあるはずだ。

 葵が足を前後にめいっぱい開いて腰を左右にひねる運動をしていたその時、スーツの男ががらりと脱衣所に入ってきた。場所が場所だけに葵は悲鳴を上げそうになったが、それより早くオレンジサングラスの男が金切り声を上げ、「ごめんね!」と言って扉を閉めた。

 何も見られてマズいことはしていない。彼に気まずい思いをさせる必要もない。葵はゆっくりと扉を開けて、廊下でサングラスと目の間に手を差し込んで謝罪を繰り返す男に小さく謝った。


「ラプリがアリスが着ていた服が可愛いと言っていたので、ちょっと借りるね」


 ラプリとは、うさぎさんのことだ。

 ここに来るまでに男たちが彼女を呼ぶ時に使っているのを何度か聞いた。

 オレンジ色のサングラスの男は腰を屈めて申し訳なさそうに葵の服を一式持って部屋を出た。葵より随分背が高いのに、その姿はとても小さく見えた。服の行方が気になったので、葵はアリスらしい好奇心に任せて、彼の後を付いていった。


「ほら、見て! わたしの方が似合うわ!」

「はい! お似合いです」

「素晴らしいです、ラプリ! ブラボー!」


 うさぎさんは葵の服に着替えてショーを始めた。

 くるくると部屋の中央で回って、裾を持ち上げたりしゃがんでみたりしながら、男たちの賞賛を浴びていた。

 葵は足音を忍ばせなから桜に近付き、男たちの影に隠れて声をかけた。桜は泣き出しそうになりながら、葵のエプロンドレスの裾をきゅっと揺んだ。

 このままではいられない。

 葵は桜の涙目を見ながら思考を巡らせた。

 でも、一体どうしたら―――。


「アリス! ほら、あなたの服、わたしに似合うでしょう? もちろんくれるわよね」


 うさぎさんは男をかき分け葵に近付いてきた。そして、葵を見て、今まで光を浴びていたきらきら輝く笑顔をぎっと鋭く変えた。


「ちょっと! チェリー! 聞き分けのない子ね! お人形は勝手に動かないのよ! 元通り座って動くなって何度言ったらわかんの!」


 薄いネグリジェを掴み取り桜の頭を平手で打つうさぎさんを、葵は必死で止めた。

 ようやく乱暴な手から逃げ出して椅子の端っこに身を縮める姿はとても見ていられない。大きな椅子に小さな桜、葵が乗り込む余裕はあった。無理に桜とうさぎさんの間に滑り込み、桜を背に隠してうさざさんの手を跳ね除けた。


「ああ、悪い子。悪い子は嫌い。せっかくわたしが手を尽くしてあげたのに恩知らず」


 葵は言葉を探していた。どう反応したら桜への暴力が治まるのか、ここから抜け出せるのか分からない。

 自分に出来ることがあまりにも少なくて、自己嫌悪がちくちくと胸を刺した。


「アリス? どうしたの、その袖…」


 ふと、うさぎさんは釣り上げていた目を真ん丸に戻して葵の腕を見た。

 先ほど当のうさぎさんに切りつけられた場所だ。ざっくり袖口は切れてしまっている。


「切れたのよ」

「知ってるわ。どうして直らないの?」

「直していないから、だけど·…」

「直さなくたって、直るでしょ」

「いや、直さないと、直らないでしょう」

「そんなはずないわ。わたしのお部屋もたまーにちょっぴり汚れるけれど、すぐにきれいになるわよ。ねえ?」


 うさぎさんは周りのチェバたちをぐるりと見回して同意を求めた。

 中には気まずそうに目を逸らす者も居たが、前列にいた数名の男たちは「ラプリの周りはいつも清潔です」と声を揃えた。


「うさぎさん、傷付けたら、直さないといけないのよ。汚れたものは、彼らが綺麗にしていたのよ」

「そんなはずないわ」


 傾けた首を戻して視線を合わせたうさぎさんの顔は、反動を付けて反対側にぎゅんっと傾いた後、何度か左右に揺れた。

 今にも細い首から頭がごろっと落ちて転々と床を転がっていきそうだ。そんな想像に葵は思わず下唇を噛んだ。


「わたしの周りはいつもきれいなのよ」


 うさぎさんの手が葵の肩をがっと掴んで横にずらした。

 こんな細腕から起こされるとはとても想像できない強い力だ。

 後ろから小さく息を呑む悲鳴が聞こえた。


「だから、こんなきったない泣き顔のお人形はいらない。売ってやる」


 後ろからつつつ、と近付いてきた男に手渡されて、うさぎさんはロープをびんっと左右に引っ張った。

 とっても今更ながら、葵はこれはうさぎさんではない、と確信した。

 理不尽で徹慢で頭のおかしい………、ハートの女王様だ。


「きゅっ」


 お人形をぐるぐるに縄で巻いて、最後にきつく結んだ。その手つきはいやに慣れていた。

 女王様はおもちゃのように縄の先の人形を引き摺るので、葵は慌てて抱き上げた。


「なあに? アリス」


 弧を描く完壁に可愛い笑顔が、今は輝いてはいないように見える。

 窓の外はもうすっかり太陽が身を潜めて、ようやくこの国にも影を運んできたところだ。葵と桜のことも、深い影の中に誘おうとしている。


「どこへ行くのか、好奇心が、湧いてきて…。私が、持って行ってあげる」


 葵の耳元で、桜の歯がかみ合わずにカチカチと鳴っていた。

 自分の膝もきっと震えているだろう。

 でも、ついていかないという選択肢はなかった。葵はどこか安心していたのだ。船の―――誰かが、必ず助けに来てくれると。その時に桜と離れ離れでいるわけにはいかない。一緒にいるべきだ。自分に出来ることは、桜とー緒に()()ことだ。

 葵の物言いは女王様の考える"アリスらしさ"に沿っていたようで、彼女の機嫌は好転した。アリスの付き添いを許可し、共に車に乗り込んで、終始笑顔を絶やさなかった。

 左右前後をカーテンで仕切られた車の中で、葵はひたすら桜と自分に、大丈夫、大丈夫と繰り返し暗示をかけた。


 ***


 その頃エルロイは人を殺していた。

 目の前の出来事に驚愕したマーロは、色々なものが乱雑に積み上げられた寒く無機質な屋内を、小さなエルロイを抱きかかえて長い足で精一杯走り出した。

 しかしその足は天井をぶち破って落ちてきた男によって止められた。

 大きなダンは落ちた先にいたマーロとエルロイに軽く挨拶をして、葵を探していることを伝えた。

 マーロが口をぱくぱくさせて上を見たりダンを見たりしている内にダンの頭上に破壊されたマーク号が振ってきて、続けてリネが落ちてきた。


「姉さまあ! 姉さま! どこですか!」

「おい、あんまり騒ぐとやべえんじゃねえか」


 頭頂部に強い衝撃を受けたはずのダンだったが、軽く屑を払っただけですっきりと立ち上がった。

 胸の下で切り替える白と黒のシンプルなワンピース、黒いフレアスカートには赤いベルト付き。ぼわん袖の先はレースが付いている。

 明らかな女性の服装をしたリネに、エルロイは冷めた目をおくっていた。


「リネは恥を知らない」

「あっ、それ、葵とお揃いの服だね! うわあ、いいなあ。いいなあ、おそろい!」

「ところで何でマーロはパンツー丁なんだ?」


 ダンはマーロの姿を上から下まで見て疑問を口にした。つるんとした胸は驚わになって辛うじて腰にトランクスを一枚羽織っている。

 船を出た時の服装とはまるで違う。いつもリーダから譲ってもらった薄いシャツ(袖が短い)にリーダから譲ってもらった細身のパンツ(丈が足りない)を着ていたのだが、それがまるっきりなくなってしまっている。おそらくこの白地に青いラインの入ったトランクスもリーダからもらったものだろう。


「車に押し込められてね、降りたら脱がされちゃった。僕は故郷では裸で過ごしていたから良かったんだけど」

「エルロイの服を脱がそうとしたから足の爪先で対抗したら目に刺さってしまった。エルロイは悪くない」


 エルロイの靴はブーツのようで足先に進むにつれ徐々に細くなり、その先の一点だけで立っている不思議な構造だ。中で爪先立ちでもしているのだろうか。この尖った先で突き刺されたらひとたまりもないだろう。


「そうだね、エルロイは悪くないよ。いきなり人の服を脱がすなんて、とんでもない悪い人だよ」


 マーロもエルロイを擁護したが、任務外での犯罪は御法度だ。

 しかしそれを咎める人はこの場に一人も居なかった。

 ダンも同調したし、リネは姉のことで頭がいっぱいで積み上げられた荷物に駆け上って高い位置から屋内を見渡していた。「ネエサマ」が泣き声の動物の如き有り様に、エルロイは首輪を付けてやろうかと考えていた。


「葵を追ってここまで来たの?」

「葵を乗せたバンがここに駐車しているらしい」

「そう。エルロイたちは見かけなかった。もし葵がここに居るならまずいかも」


 未だマーロの脇に抱えられたままのエルロイに、ダンが腰を屈めて顔を寄せた。

 普段直立しているエルロイの高さと顔の位置はさほど変わらない。


「人身売買の取引所。早くしないと葵が売られる」


 その発言に、マーロは細くか弱い悲鳴を上げた。高台にいたはずのリネが飛び降りてきて、獣のような雄叫びを上げてナイフを取り出した。


「全員殺します!」

「お! いいなあ! やろう」


 リネの覇気にダンは手を叩いて喜んだ。

 二人の腕に付いた連絡機から二人を静止する声が聞こえたが、リネはそれを叩き割って踏み付けた。

 ダンの威勢は増した。


 ノイズを返す連絡機に、まだ空の上にいるリーダは頭を抱えた。


「ダンを付いていかせるんじゃなかったわね」

「止める人間が誰も居ない…。なんてひどい…」


 リーダは涙声だった。かにゃんは心底同情した。自分と同じ服装をした男がスカートをはためかせて惨殺行為を働く景色を想像して、かにゃんは暗い空の向こうへ目をやった。現実逃避は叶わなかった。

 唯一残ったダンの連絡機越しに、喧騒が聞こえて、彼らが仲間以外の者と接触したのが伝わってくる。

 かにゃんはリーダを急かし、とにかく彼らと合流することを第一の目的としてマーク号を走らせた。




「ようやく見つけたぞ、凸凹野郎ども」

「ん? なんか増えていないか?」

「お! 女がいる。金になるぞ」

「あれ、女か?」


 炎を吐き散らかしそうなほどいきり立つリネの声に誘われて、奥の方から男たちが現れた。この国の人間らしい薄手のティーシャツを着てジョガーパンツを履いた男たち。マーロとエルロイを追いかけてきたのだ。

 手にはそこここで拾ったような鉄パイプや棒を持っていて、仲間を害したエルロイに対する暴力的な対抗の意思を感じる。


「おい、あれ、"ローベンハイツのお嬢さん"じゃねえか?」

「本当だ、"ローベンハイツのお嬢さん"だ」

「いや、男だろ」


 男たちはリネたちから距離を取りながら、特段攻撃してくる様子もなく、こちらをじろじろと見始めた。

 腰を曲げてみたり伸ばしてみたり、右から見てみたり左から見てみたり。その様子に、エルロイを抱えたままダンの後ろに隠れたマーロがどうしたんだろう? と不思議そうにダンとリネに声をかけた。


「なんとかかんとかのお嬢さんってなんだ?」

「分かりません。俺を見ている気がします」

「リネの服を見ている」

「そうみたい。僕にもそう見える」


 お互いじりじりと様子を伺い合う状況で、リネも相手の出方を見る程度の冷静さはあった。

 目は据わっているが、一先ず無節操に暴れる様子はなく、マーロはほっとしていた。細っこいマーロの腕がいよいよ震えてきたのを感じて、エルロイはダンの服を掴んでするする登り、ダンに肩車をされるような形に変更した。背の高いダンの上からだと景色がとても広がる。

 天井は高く少なくとも二階ほどの高さはあり、鉄骨はむき出しで温かみに欠けている。エルロイの背丈ほどもありそうな大きなコンテナが無計画に積み上げられ並べられていて見通しは悪いが、どうやら壁や仕切りなどのないぶち抜きの大きな倉庫のようた。タイヤが全てパンクしたトラックや開封されないまま埃の積もった段ボールの山を見るに、使われなくなって久しいように思える。一般の人間が出入りするところではない。犯罪を行うに適した場所だ。


「お嬢さん…、って、もしかして葵のことじゃないか?」

「はあっ! そうかも! おい! お前たち! 姉さまを知っているんだな! 俺と同じ格好をした可愛くて綺麗で麗しくて可隣な」

「お前たち! "ローベンハイツのお嬢さん"の知り合いなのか?!」


 リネの言葉が長くなると察した男たちは、リネを遮って言葉を投げかけてきた。

 彼らに対し、とっても素直に「それなあに?」と聞き返そうとしたダンとマーロの口を塞いで、エルロイが「そうだ」と返した。


「今日、同じ服装を目印に会う約束をしている」


 いつも静かでどこか落ち窪んでいるエルロイの声ははっきりと空気を裂いて前へ進み、大きいわけではないのにしっかりと相手の耳に届いた。


「そうだったのか」

「おい、待て。おかしいぞ。あの二人は俺たちが街中で拾ってきたんだ。それに上から降ってきた二人は空からやってきた不法侵入で、さっき打ち落としたんだぞ。そんな奴らが"ローベンハイツのお嬢さん"と待ち合わせるか?」

「そうだ、正面からやってくればいいものを」

「確かに。おかしいな」


 声を潜めてざわめいたのを拾って、エルロイも続けた。


「"ローベンハイツのお嬢さん"は変わった趣向がお好きと聞いて、空飛ぶ円盤なぞ見せてやろうと乗ってきた次第。車に詰め込まれた二人は確かに約束したわけではないが、別の筋で"ローベンハイツのお嬢さん"とは緑がある。こんな扱いをされて、黙ってはいられない。"ローベンハイツのお嬢さん"に会ってお前たちのことはしっかり報告させてもらう」


 エルロイは"ローベンハイツのお嬢さん"の情報は何一つ持っていなかったが、彼らにとっては味方側の人間で、少なくとも雑な扱いをしていないことは彼らの会話から汲み取っていた。

 ダンとマーロもエルロイに何か策があると察して黙り込み、ダンは隣で余計なことを叫んで暴れそうなリネの口を大きな手で顔ごと掴んで止めた。呼吸を奪われたリネは手足をじたばたさせて対抗したが、タンの手はみしみしと音を立ててリネの頭を締め付け続けた。


「そういえば、あの凸凹野郎どもも、あの変な円盤に乗っていたような」

「今日の"ローベンハイツのお嬢さん"は確かにいつもと趣向の違う格好をしていて、変だと思ったんだ」

「ああ、フリルが少なかった」

「リボンも少なかった」

「色味も落ち着いていた」

「変だったよな」

「なんだかゾッとしたよ」


 自身の肩を抱いて寒そうに震える男たちを見て、エルロイはリネの髪をわし掴んだ。このまま事を運ぶべきだと確信し、その邪魔をしそうなこの男をどうにか黙らせなければならないと思ったのだ。


「リネ、彼らの言っているのは葵じゃないかも。でも、近付ける予感がする。それに、もしかしたら既にかにゃんが手を打っている可能性もある。黙ってついてきて。葵を助けたくないの」


 リネはダンの手の平の中でもごもごと叫んだ。たぶん否定しているのだろう。耳や首まで真っ赤なのを見て、マーロは手を離してやるようにダンに言った。ようやく外気を得たリネはしばらく苦しそうに深呼吸を繰り返し、目まで赤くしながら、エルロイを睨みつけた。いつも上から見下ろす小さなエルロイはダンの肩の上でこちらを見下ろしている。吊り上がった細い三白眼がぎょろりとこちらを向いていて、ローブの下は別人でもおかしくないと思わせる。しかしこの時のリネにはその程度に恐怖感感じる心の余裕なんてちっともなかった。


「本当に本当に、姉さまに近付くんでしょうね」

「じゃあここに残って人殺ししていれば? エルロイが葵を連れて帰ってきた時に、返り血まみれのリネを見て嫌いになったら、エルロイはとっても面白い」

「ねっ、ねっ、姉さまは俺を嫌いにならない!」

「そう。じゃあ楽しみに待っているんだね」

「一緒に行きます!」


 男たちは少し不審な目をリネたちに向けていた。

 一塊にならず囲うように散らばり、背後からも付いてくる男たちを見て、エルロイは統率が取れているとリーダにメッセージを送った。自分のは壊れていたので、マーロからダンに移る際にダンから盗んでおいたのだった。後方部隊とはいえ、これでもー応は窃盗集団の一味だ。気付かないダンが例外なのだ。

 一行は倉庫を出て別の倉庫に移動するようだ。昼間は暑かった外が、澄んだ空気が頬を撫でる肌寒さに変貌している。

 誰よりも高い位置で風を浴びながら、エルロイはコーラのことを思い出していた。

 彼女は任務には一度も参加せず、自由に過ごしていたが、誰よりも功績を挙げていた。リーダの先代の船長の信頼も厚かった。あらゆる団員の手柄を我が物にしている姿が、かにゃんは気にくわず、よくエルロイに文句を言いにきていたものだ。ある時蔵書室にやってきて、人懐っこい笑みで話しかけてきたので、いつも通りうるさいと一周したら、彼女の背中から縄が出てきた。

 エルロイは戦開要員ではない。

 華奢な女性相手だったのに、すんなりお縄に付いてしまった。

 まだ多くの団員の一人に過ぎなかったリーダがすぐに気付いて彼女から自分を奪い取ってくれたが、彼女は何度も蔵書室にやってきてはエルロイを縛り上げた。


「きゅっ」


 コーラは縄を仕上げに結ぶ時、ロを尖らせて一際高く媚びた声でそう言うのた。

 その声を聞くと、いつも金魚の糞みたいに彼女の後ろに付いているリネが、必ず声にならない悲鳴を上げて震えるのを、あの頃のエルロイは毎日のように見ていた。

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