3
喉が渇いて夜中に目覚めた。
見上げた天井が見知らぬもので驚いた。
隣には良が寝ていたので更に驚いた。
あれからずっと良は抱きしめてくれたのだと思うと複雑だ。
ベッド脇の水を飲むとそっと足を下ろし、バルコニーへと向かった。
夜風が心地好いと思いながら遠くを眺める。
見たこともない景色に自分の国は滅んだと実感した。
手摺りを掴む手に力が入る。
何故、こうなってしまったのだろう?
同盟を申し出てきたのは向こうなのに。
こんな意味のない、確かなものでない婚約を信じた私達は報われないではないか!
雅はじっと階下を見下ろす。
闇はどこまでも深くて、このまま落ちたら地獄へ行けそうに思えた。
「やっと話せるわね。涙は止まった?」
蝶がふわりと現れた。
「どうしてなかなか出てきてくれなかったの?」
不満げな雅に蝶は答えた。
「私は信頼する人間の前にしか現れないの。
精霊とはそういうものよ。
私が信頼しているのは昌だけ」
知らない人間がたくさんいる場所など、簡単には現れたくないのだという。
雅はため息をついた。
「説明するわ。私は王国の鍵。
私が認めたもののみが王となっていたの。
だから私がいれば、国を復活させることができるわ。
でも貴女ではダメよ。
私は貴女を認めないから」
冷たい蝶の言葉に心が冷える。
「でも、昌の願いだから傍にはいてあげるわ」
そう言うと蝶は消えた。
翌朝、良は廊下で藍と出会った。
「…なぁ、婚約者のことを聞いたか?」
良の言葉に藍は「ああ」とだけ答えた。
「捕まって、死んだのだろう?
それがどうした?」
藍の返答に良はため息をつく。
「俺、お前のそういうところが嫌いだよ。
何でも手に入るお坊ちゃん。
俺は一生お前を理解出来ない」
「…理解してもらおうとは思わない。
話はそれだけか?」
「いや、確認したいことがあったんだ。
お前は婚約者のことを何とも思ってなかった。
そうだな?」
「ああ、会ったこともない姫だ。
死のうが生きていようが関係ない」
藍の言葉に良はニヤリと笑う。
「相変わらずだ。
でもその言葉を待っていた。
もう、いいよ。話は終了だ」
良は片手を振って藍に背をそむけた。
元々、分かっていたことだった。
それでも確認したかったのだ。
あっという間に時は過ぎる。
悲しみは消えないし、疑問ばかりが増える。
何故?
どうして?
同じところをぐるぐると廻る。
良は変わらず優しい。
それがどういうことを意味しているのか理解出来ない。
夜中にバルコニーで想いに耽ることも習慣になった。
蝶がふわりと現れる。
「このまま此処で過ごすつもり?」
「…わからないわ」
蝶がため息をつく。
「もうあの国は無いの。
これからどうするか自分で決めなさい」
冷たい蝶の言葉に体が凍る。
「悲しいのは貴女だけじゃないのよ」
そう言うと蝶は消えた。
蝶の言葉は理解している。
でも心が言う事を聞かないのだ。
このまま此処にいてはいけないことも分かっている。
雅はそっとため息をついた。
「こんな夜中になにをしている?」
背後から抱きしめられて雅は驚いた。
「ほら、体が冷たくなっている」
良の言葉に何も答えず、雅はただ闇を見つめた。
「…ここにいるのは嫌?
逃げてしまいたい?
死んでしまいたい?
でもそれは許さないよ」
ぎゅっと良が力を入れた。
逃げてしまわないように、優しく、強く。
良の温もりに雅は戸惑った。