超越者
別に僕は噂話を………アンドロイドに自我が芽生えてテロを起こしてるなんてそんな………馬鹿げたことを信じているわけではない。ただ僕は爆心地から離れたいだけなんだ。
僕は小走りで爆発音が聞こえた場所から遠ざかる。
ある日、同級生の家の近くで火事が起こり、状況を確認しようとその同級生が火災現場に向かうと大爆発が起こって破片が右目に刺さったってことがあった。それ以来僕は野次馬根性は身を滅ぼすということを学び、必ず騒ぎの元から距離を置くようにしている。騒ぎとは異常事態であり、想定外が起きやすい。どれだけ科学が進歩しても人間は進化してないのだ、想定外に陥ったら呆気なく死ぬ可能性がある。自分がかわいければさっさと危険から離れるべきだろう。
「…………なんかいつものラーメン屋さんに向かったら爆発が起きたんだけど」
「お?まさかアンドロイド?」
通話中の幼馴染に話しかけると、彼女は楽しそうに返事をしてきた。蚊帳の外だからって呑気にしやがって。
「それは分からないけれど、多分場所的にシリコン作ってる工場だと思う。ほら、よく遊んだ………」
「あーーキューちゃんが怖がって泣いてた工場?あそこボロっちいからしょうがないよね、怖くても」
「泣いてないし」「いや泣いてた」
「………僕は人生で3度しか泣かないって決めてるんだ。そんなことで泣くかよ」
「多分5億回は泣いてると思うよ…………」
「……………いや泣いてない」「頑なだなぁ」「それが僕のいいところだ」
昔は先進的な技術やアイデアで生き残ることができた中小企業だが、超越者の登場によりその先進性は消滅。今は製品を安定して出荷できる大企業が市場を独占している寡占市場だ。爆発が起きたであろう半導体工場もその時代の流れに飲み込まれて閉鎖を余儀なくされたらしい。閉鎖から25年。鯖と虫とカビで埋め尽くされ、塗装が剥がれたその廃工場の外観はとても不気味で、子供の頃にはよくおっかなびっくりそこで遊んだものだ。
「ひとまず僕の家の周辺で事故が起きたかどうかそっちで調べてくれない?僕は走るのに忙しいんだ」
「頭の中で検索できるのにその言い訳は通用しないと思わない?」
「走りながら検索なんてしたら火の粉が降りかかったときに払えないじゃないか。僕は今この状況に集中したいんだ」
「ふーーん?」
「好きなアイス買ってあげるから。」
「たしかにキューちゃんが言ってた場所で火元不明の出火が起きてるね。」
事故が起きてからまだそこまで経ってないから火元不明は当然として、あんな何もない場所で自然発火とは考えにくい。放火と考えるのが妥当だろう。…………よかった火元から離れてて、放火犯と出くわす災難が起きなくて済みそうだ。
「死傷者の数とかわかる?」
「周辺の人々に怪我はなかったみたい。廃工場の中はまだ鎮火してないから分からないけれど」
そこまで規模は大きくなかったのか?それにしては結構大きな爆発音だった気がするけれど…………
「とりあえず、無差別テロとかじゃあなさそうだね。ちょっと安心した」
「襲われる心配がなさそうだから?」
「当然。僕は安全に生きていきたいんだ。」
「面白くないよそんなの。こんなのっぺりとした時代だからこそスリル満点に生きなきゃ。」
「自らを危険に晒す人間の考えが知れないよ。この頭脳の全てを創作にあてた方が有意義だと思わない?」
「人の身体をうつのは心臓だし、心をうつのは感性だよ。スリルを知らないものが感動を作れるなんて私は思わないけれどね」
「感性を育てることはできるけれど、結局は当人の才能が全てさ。たとえスリル満点の出来事が身に降り掛かろうと、才能がなければなにも…………」
「……………どうしたの?」
「人が飛んでる」
「飛んでるって………別に普通じゃないそんなこと」
「なにもつけずに飛んでるんだ」
機械をつければ誰だって飛べる時代だ。人が空を飛んでいること自体はなんらおかしくはない。しかし、機械を使わずに空を飛ぶなんていうのは、翼も浮力も持たない人間には不可能なのだ。………一部例外を除いて。
「………超越者」
黒髪の小さな男の子がフワフワと空を飛び、その緑色の瞳で街を眺めている。初めて超越者を見た僕の感想は、あまりにも若すぎるということだった。てっきり勉強しまくったおじいちゃんがなるものだと思っていたから、あんな、10才にも満たないような子供だと違和感を覚える。それに年齢に反して彼はとても悟りきった表情をしている。ただの無表情。現実をただ現実として捉えている瞳。彼はまるで停止した世界の中を生きているようだった。
「…………君じゃない」
「…………はい?」
男の子が一言、ただそれだけを呟くと、闇が空を覆った。積乱雲のように分厚い雲が空の全てを覆い尽くしているこの状況を見て思ったのは[地獄]という言葉だった。ありきたりな一言だけれど、だってそれがピッタリなんだものしょうがないじゃないか。風が渦巻き、浮遊する灯りが互いに衝突し破壊されていく。そして彼は指を滑らかに動かすと、その指先を僕に向けた。
ドゴォォオオオンンン!!!!
男の子にロケットミサイルが直撃する!しかし彼は吹き飛ぶことなく、今度は右手を握るとその爆発ごとロケットを消し飛ばした。次元の狭間にでもおいやったのか分からないけれど、とにかく、直撃したはずのロケットミサイルは消滅して、彼は傷一つなく空を飛んでいる。これが超越者達の日常。人智の到達点、exmagicってやつなのか。
[緊急事態発生!緊急事態発生!]
街の至る所にある音響装置と、僕の体の中にある装置からけたましくアラートが鳴り響く!
[バイオテロが発生しました!住民の皆さんはすぐさま北西の方角に逃げてください!繰り返します!バイオテロが……………]
バイオテロ?毒ガスとかが撒かれたのか?……いや、そんなわけないか。ヘリコプター10機が超越者目掛けて高速で飛んでくる光景を見ながら僕は立ち止まった。バイオテロなんかよりもよっぽど危険な存在が今目の前にいるのに、彼らはそれを警告しない。揉み消そうとしているんだ超越者が暴れ回っていることを。それを理解した瞬間、僕は諦めてしまったのだ。たとえここを生き残れても、彼が暴れているのを見た僕は消されてしまうだろうから。
「人智の及ばない何かを死ぬ間際の僕に見せてくれ。それでもう満足だ」
10機のヘリが搭載している高性能ホーミング弾が一斉に発射された。しかし今度は彼に辿り着く前に、まるで怪力に握りつぶされたみたいにひしゃげ巨大な爆発を起こす。そして最後には10機のヘリが同時にひしゃげ爆発した。僕の頭上を覆い尽くす火炎と金属の雨がゆっくりと僕に降り注いでくる。まさかこんな形で死ぬとはなぁ…………死因はどうなるんだろう。隠蔽されるだろうから事故死扱いになりそう。ほらやっぱりスリルなんてろくなことじゃない。安全が1番だ。
「………君、変な人間だね」
しかし火炎は消滅し、金属は僕に辿り着く前に朽ち果て暴風にのって常闇へと消えていく。
「気に入った、私の家に来ることを許可してあげよう。」
「…………はい?」
「私はバーボッシュ=アーノルド。始まりの超越者だ」
そういうと彼は僕の肩を叩き、次に僕の目に映ったのは見たこともない場所だった。




