49.黒龍討伐へ
あれから一週間が経った。香織と咲の黒龍戦の準備は着々と進んでいる。あれから、黒龍に大きな動きは見せなかった。ただ、リヴァイアサンの動きが変わった。いつもなら、日本から離れるはずが、今も日本の近くを泳いでいる。
ただ、黒龍とリヴァイアサンにそれ以上の動きがないので、黒龍討伐は予定通りに進める事になった。
そして、もう一つ、重要な変化があった。厳密に言えば、日本の変化ではなく、世界の変化だった。
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それは、空からの声は知らせてくれた。
『青龍を倒したことで領空権が委譲します。ヨーロッパの領空権がアズーロ・ベルズーリからアウローラ・リッチに委譲。青龍討伐の功労者である、アウローラ・リッチに報酬として進化の権利と武具を授与します。
支配者の討伐を確認しましたので、一部の情報を解禁します。権利保有モンスターの多くは互いに敵対関係にあります。基本的には、互いに不干渉を心得ていますが、何かの拍子に己の縄張りを侵されると、争いを始めます。現在開示できる情報は以上となります』
この空からの言葉を、香織、咲、焔、万里、恵里は、香織達の自宅で聞いていた。
「香織さん達の他にも、あんな怪物を倒す人が……」
「まぁ、そりゃ、いるよね」
万里や恵里が驚愕しているのに対して、香織と咲の反応はかなりドライだった。
「驚かないんですか!?」
「私達だけが特別だとは思っていなかったわ。この家のように、宝箱が現れるような家がある可能性があると思っていたからね」
香織の家だけが特別とは限らない。家は世界中に多く存在する。その中にほんの何件か香織の家を同じ何かしらの条件を突破している可能性があるはずだ。香織と咲は、そう考えていたので、香織達と違う人が権利保有モンスターを倒しても、あまり驚きはない。
「それよりも、私と咲の仮説は正しかったね」
「そうね。これは、かなり重要な情報だわ。黒龍が海に行くか、リヴァイアサンが陸地……でいいのかしら? まぁ、黒龍の縄張りに入らなければ、争いは起きないということですもの」
「同時に、咲を見向きしない理由も分かったね。咲は、私の家から離れていないから、富士山の近くに行っていない。富士山の近くに行っているリヴァイアサンは、黒龍から敵視されるってわけだ。このことから、黒龍の縄張りは、富士山近辺って事が分かるね」
香織と咲の話に、万里と恵里は唖然としている。
「この情報が解禁されたことによって、権利保有モンスター同士を争わせる人も出てくるのでは?」
焔の懸念は正しい。
「そうだね……。どちらも消耗させて、漁夫の利を得ようとする人が出てくるだろうね」
「その方が危ないと思う」
万里の言うとおり、権利保有モンスターの力は普通のモンスターと比べものにならない。そんなモンスター同士の争いの中に飛び込むなど正気の沙汰ではない。巻き添え、とばっちりを食らって、死ぬのが関の山だ。
「考えの及ばない人は存在するんだよ。恐らくだけど、これからそう言った動きをする人は出てくるよ」
香織と咲は、こんな世界で変わってしまった人を見ている。欲望に正直になった者、傲慢になった者、他者を思いやる気持ちを失った者、そして……人殺しを厭わなくなった者。
「こんな世界だからね。手段を選ばない人も出てくるよ。そんなことをされる前に、黒龍を討伐しないとね」
これが、今日までに起こった重要な変化の一つだ。
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今日は、その黒龍討伐の当日だ。メンバーは冒険者ギルドから選りすぐられた者達だ。その中に、香織、咲、焔を入れる。万里と恵里は留守番だ。実は、この話はかなり揉めた。
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「何で!? 私達も戦力になるよ!」
万里は、そう言って身を乗り出す。
「ダメなものはダメ。さっきも言ったとおり、二人は留守番だよ。今回の戦いは、東京攻略とは比べものにならない程危険な戦いなの。私と咲がいても、勝てるかどうかは分からない」
香織は、万里と恵里にそう言って説得する。香織の話は全て本当の事だ。自分達の身も危ういというのに、万里と恵里を庇いながらでは、確実に勝てるわけがない。
「私達は足手まといですか?」
恵里が少し悲しそうな顔をしながら、香織と咲を見る。
「ええ、そうよ。万里と恵里は、今回の戦いでは足手まといだわ。庇う必要が無いとしている冒険者の方々と万里と恵里では違うもの」
「私達も庇わなくて良いよ! だから……!」
「それはダメ。万里ちゃんと恵里ちゃんを連れて行かないのは、足手まといの他にも理由があるんだよ」
香織は、真剣な眼で二人を見る。
「理由?」
「うん。二人には、もしもの時に、この地域の人達の避難誘導をして貰いたいんだ。この避難指示は中根さんの主導で行われるから、彼女の指示下に入ってね」
「避難誘導……」
香織の言っている事は、またも事実だ。黒龍との戦いで何が起こるかは分からない。もしかしたら、ここら一帯のモンスターが活発化する可能性もある。モンスターの活発化がないにしても、地殻変動などの天変地異の可能性も捨てがたい。
香織は、万里と恵里に一切の嘘をつかない。事実を言い、納得して貰うことが一番だと考えているからだ。
「それが私達の役目……」
「そうよ。万里と恵里の戦闘能力は、ここら一帯のモンスター相手なら申し分ないわ。余程のことがなければ、住人の皆を庇いながらでも戦えるはずよ」
万里達がいる街には、自分達の自宅で生産業をしている人達が多い。その人達は、基本的に戦闘能力を持たない。なので、誰かが守ら無ければならない。香織と咲は、万里と恵里にこの人達の保護を頼んでいるのだ。
「……分かりました」
「ありがとう。二人がいてくれるなら私達も安心して戦えるよ」
最終的に、二人は香織と咲の説得に応じてくれた。
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家で準備を終えた香織、咲、焔の三人は、玲二達との合流地であるギルド本部に向かう。
「結局、神刀の増産は出来なかったわね」
「まぁ、こればかりは、試行錯誤が必要だしね。もう少し長い時間が欲しいよ」
香織達が、ギルドに着くと、東京攻略以上の冒険者達が集まっていた。あの時、外に出ていた人達も集まっているのだろう。
「人数が多いわね」
「少人数では、討伐が厳しくなるのでは?」
「大人数でも勝てるかどうかは分からないわ。東京攻略を経た人達は、強くなっているけど、その他の人達は少し頼りないかもしれないわ」
「なるほど。ですが、ここにいるということは……」
「ええ、基準は超えているということね。一応、戦える人だとは思うわ」
咲と焔がそんな風に話していると、全員が集まったようだ。
「全員集まったな! これより、黒龍討伐を開始する。正直、あまり言いたくないが、全員死を覚悟してくれ! 俺達が戦うのは、香織や咲でも、勝てるか分からない程の強者だ! 俺達では、あまり加勢出来ないかもしれないが、出来る手は一つでも多く打っておきたい! ここにいる皆は、これに賛同してくれたものだけだ! 作戦は、先に宣告しておいたとおり、基本的には遠距離からの魔法攻撃を行う。これが通用しない場合、接近戦に移る。近距離戦闘職の皆には、この他に魔法職に群がってくる他のモンスターの排除もしてもらう。以上が作戦の概要だ。それでは、進行開始!」
『『おおおおおおおお!!!!』』
冒険者達が富士山に向けて歩き始める。その中には、里中の姿も見えた。生産職でも戦える人は、参戦しているのだろう。
「これからが始まりね……」
「緊張してる?」
「そうかもしれないわね。でも、そんな事は言ってられないわ」
「うん。倒そう、黒龍を……」
「ええ」
香織達も移動を始める。香織達のこの戦いは後に、『日本解放決戦』と呼ばれることになる。
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