48.不穏な予感
あれから三日後、香織の準備は着々と進んでいた。様々な薬と爆弾、道具、黒龍に効くかは分からないが、とにかく何でも作ってみていた。
神刀の増産もやってみようとしたのだが、神刀に進化したのは最初の一本だけで、他の刀は全部普通のものになってしまった。このことから、香織達は、神刀は一人につき一本しか作れないのではないかと結論づけた。
「でも、なんで焔も作れないんだろう?」
「私との違いはそこまでないわよね。香織との親密度が原因なんだとしたら、焔とも問題ないはずだものね」
「もしかして、私はマスターに信用されていないのでしょうか……」
「それは絶対無い! 私は焔の事が大好きだよ!」
誤解を与えてしまったと思い、香織は焔の事を抱きしめる。
「他の原因を探さないといけないわね」
「ね。咲と同じように作ったのに、何か違いがあるはずだよね」
香織達が頭を悩ませていると、店のカウンターがある場所で呼び鈴が鳴った。
「行ってきます」
焔が店舗側に向かっていった。しかし、すぐに戻ってきた。
「マスター、綾子様がお越しです」
「分かった。中にお通しして」
「はい」
焔に案内されて綾子がリビング内に来た。
「こんにちは、香織さん、咲さん」
「こんにちは、中根さん。今日来たのは、この前の黒龍についての情報?」
「はい。本部長は、今動くことが出来ないので私が情報を持ってきました」
三日前と同じようにリビングのテーブルについて、話を始める。
「富士山近郊を調べた結果、この前の地震の原因は黒龍にある事が分かりました。黒龍は現在富士山の頂上で身体を丸めている様子が窺えます。そして、黒龍の姿が少し変化しているという報告もあります」
「変化……」
香織は、思わず復唱してしまう。
「これがその写真です。インスタントカメラで撮影したものなので、少し見にくいかもしれませんが」
綾子は、香織達に複数のフィルムを渡す。
「本当だ。見た感じ大きくなってるし、少し禍々しくなってる気がする」
「完全に成長しているわね。強さも確実に上がってるはず……」
「黒龍の周りを調査しましたが、ダンジョンに変化しているということはありませんでした」
これは朗報だった。もし仮に、黒龍の周りがダンジョン化しているとしたら、かなり面倒くさいことになっていた。ダンジョンを攻略しなければ、黒龍に接近出来なくなるのだ。今回は、ダンジョン化していないので、そのまま黒龍退治に集中出来る。
「周りにはモンスターの姿が見えないという報告もあります。恐らく、黒龍の魔力か何かで近づいてこないものと思われます」
モンスターの数によっては、黒龍に割ける人数が減ってしまう。今いないからといって安心出来ないが、少しは期待してもいい報告だろう。
「そして、我々の作戦ですが、基本的に遠距離からの魔法攻撃で攻めていこうと思っています」
「魔法攻撃ですか……」
香織は、少しの不安を感じていた。
「魔法耐性の有無によっては、魔法攻撃が効かない可能性が高いですが」
「ええ、そのため、物理攻撃班も用意しているのですが」
「空を飛ばれると困りますよね」
赤龍もそうだったが、空を飛ばれてしまうと、冒険者の攻撃が届かない。
「じゃあ、私達が地上に叩き落とすっていう役目になるのかな?」
「それが一番よね」
香織達は、冒険者の動きに合わせて行動することにした。この決断が吉と出るか凶と出るか……
「予定では、来週の土曜日に黒龍討伐に向かう事になっています」
「結構早めだね。準備は間に合うんですか?」
「ギリギリというところですね。生産担当の人達が昼夜問わず働いてくれています。本当は、西日本の方達も招集しておきたいところですが、あちらは京都奪還に専念して貰わないといけないので、応援は呼べません」
冒険者の全戦力を集結させることが出来れば、黒龍を倒せる確率も上がると思われるのだが、京都の解放は、黒龍と同様に最優先事項なので、応援を頼む訳にもいかない。
「一応、資料は置いていきますね。こちらが、富士山周辺のモンスター分布、こちらが、黒龍の動きを記したものです。基本的には寝ていますが、時折身体を動かしているので、その時間とどのような動きかが書いてあります」
「ありがとうございます」
「では、失礼します」
綾子はそう言うと、ギルドに戻っていった。
「う~ん、動きっていっても首をあげて適当な方向を向くだけか……」
「これって何の方向を見てるのかしら?」
「えっ……」
香織は、咲の言葉を受けて、日にちと時間、方向を確認する。
「これは……」
「何か分かったの?」
「うん。多分だけど……」
香織は、リビングに仕舞っていた日本地図を取り出してテーブルに広げる。
「これって、リヴァイアサンの巡回ルート?」
「うん。リヴァイアサンは、このルートを定期的に回ってる。数時間から一日のずれはあっても、大体の位置は分かる。この前はここで見たから、それから回ってきて、この日にはここ。この日にはここ。そして、黒龍が見ていたのはこの方向……」
香織が鉛筆で線を引いていく。
「これは……黒龍の向いている方向がリヴァイアサンがいる予測の方向と一致してる?」
「うん。黒龍はリヴァイアサンを警戒していたんじゃないかな? 多分、リヴァイアサンが海上に姿を現したタイミングで見ているんだと思う」
香織の予想に、咲は眉を寄せていた。
「黒龍とリヴァイアサンは、敵対関係にあるということ?」
「敵対かどうかは分からないけど、確実に意識し合っていると思う」
恐らく、領海権を持っているリヴァイアサン。統治権を持っている黒龍ネロ・ベルニア。この二体が、喧嘩をする可能性が出てきた。
「ねぇ、黒龍がリヴァイアサンを倒したら、領海権はどうなると思う?」
「……普通に考えて黒龍に移るんじゃない? トドメを刺した人に移るようになっているみたいだし」
「黒龍が、この領海権を狙っている可能性はあると思う?」
「黒龍が海の権利を貰ってどうするのよ。元々、日本とアメリカの統治権を持っているはずでしょ。私の領空権に干渉出来るなら、領海権にも干渉出来るんじゃないの?」
これは、咲の言うとおりである。領空権に干渉出来るのなら、領海権にも干渉出来るはずである。なら、領海権を持つという理由で、リヴァイアサンを狙うのは違うのかもしれない。
「完全には干渉出来ないなら? そもそも干渉出来るなら、領空権と領海権がある意味がないじゃん? だから、完全に手中に収めるために、リヴァイアサンを狙っているならどう?」
「……なるほどね。その考えなら納得だわ。でも、それなら私も狙われるんじゃないの?」
「そう! それ!」
咲の疑問に香織が食いつく。
「日本の全てが欲しいなら、狙うのはリヴァイアサンと咲になるはず。でも、黒龍が気にしているのは、リヴァイアサンだけ。色々仮説を立てられるけど、私は、咲が持っていることを知らない、あるいは咲を取るに足らない雑魚だと考えているかのどっちかだと思うんだ!」
「さりげなく貶された気もするけど……。日本の全てじゃなくて、日本とアメリカの全てじゃないの?」
咲は、香織の話の中で少し引っかかった部分について訊く。
「う~ん、そこについては少し考え中。このリヴァイアサンの巡回ルートの予測だけど、基本的に日本の範囲から離れないんだよね。泳ぐ速さを考慮したし、この遠くにいるのも望遠レンズで確認が取れる分は取ったし、結構確かだと思うんだよね」
「じゃあ、リヴァイアサンが持っているのは、日本の領海権だけの可能性があるって事?」
「うん。必ずしも、日本とアメリカが繋がっているわけではないんだと思う。まだ、仮説に過ぎないんだけどね」
香織の仮説は、かなり説得力があった。香織達は、この世界が変化してからの二年間の内に、リヴァイアサンの巡回ルートを洗っていた。その結果、リヴァイアサンの巡回ルートは、かなり信用性が高くなっている。
「それだと、海路でアメリカに行くことは難しくなりそうね。行くとしたら空路になるかしら」
「まぁ、もし行くならだけどね。しばらくは日本をどうにかしないとだしね」
「そうね。それはともかく、このリヴァイアサンと黒龍の関係って、利用出来ないかしら?」
「二体に争わせるって事?」
香織の確認に、咲が頷く。
「う~ん。私も有りだと思ったけど……」
「けど?」
「あの二体が争って、ただで済むと思う?」
「……」
咲は、黙って考え込んだ。どんなに考えても、ここら一帯が無事で済むはずがない。
「やめた方が良いわね。えっと、確か、黒龍討伐は来週の予定よね。その時のリヴァイアサンの居場所は……」
「ちょうど日本から離れ始める時だね」
「タイミング的には、ちょうどいい……わよね?」
「どうだろう? 黒龍からリヴァイアサンへの反応は確認出来ているけど、その逆はまだ分からないんだよね」
香織の言うとおり、リヴァイアサンから黒龍を意識しているような動きを確認することは出来ていない。
「坂本さん達に、知らせておくべきだよね」
「そうね。これから、ギルドに行ってみましょうか」
香織達は、今考えたことを玲二達に話すために準備する。と言っても、二人ともアイテムボックスを使える今、あまり準備をする事はない。テーブルの上の書類を仕舞うくらいのものだ。
「焔~! ちょっと、ギルドに話しに行ってくるから、店番をお願いね」
「分かりました。行ってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます」
香織と咲は、ギルド本部に向かった。
「あら、香織さん、咲さん。さっきぶりですね。どうしましたか?」
「貰った書類から、ちょっとした仮説を思いつきまして、坂本さんと話をしたいのだけど」
「分かりました。執務室にいらっしゃいますのでご案内します」
綾子が案内してくれたのは、この前、玲二達と話した部屋だった。
「香織と咲か、どうした?」
「黒龍についての話。少し突拍子もないかもしれないけど……」
香織は、家で咲とした話を玲二達にもする。
全てを話し終えると、玲二と綾子は強張った表情で固まった。
「これは……本当なのか?」
「いや、さっきも言ったとおり、仮説に過ぎないよ」
「……来週には、離れるルートには入るんだよな?」
「予測ではね」
玲二は顎に手を当てて考え込む。
「…………こっちで、リヴァイアサンの動きも追おう。綾子、人選を頼む」
「了解です。すぐに選定します」
綾子は、すぐに執務室を出て行った。
「リヴァイアサンの動きによっては、攻略を遅れさせるべきか」
「ううん、逆だよ。場合によっては早める必要が出てくる可能性がある」
玲二は、香織が伝えようとしていることが分からずに、首を傾げる。
「黒龍とリヴァイアサンがぶつかり合う事を、警戒するべきなんです。この二体がぶつかり合えば、どのような被害が出るか分かりません。最悪、周辺地域に住んでいる方々に犠牲が出る可能性もあります」
咲の補足で玲二はハッとした顔になった。
「そうか。あの二体の戦闘能力は香織達よりも上。ということは、出る被害は赤龍戦の比じゃない。二体同士の戦闘となれば、より酷くなるか……」
玲二は、頭を掻きながら少し考えている。
「坂本さん、寝てる?」
香織は、玲二の顔を見てそう言った。よく見てみると、目の下に隈が出来ている。それに、先程咲が補足した事も普段の玲二ならすぐに気がつけるはずだったのだ。
「ん? ああ、一昨日は一時間寝ているから、寝てるぞ」
若干言動も怪しい。
「…………これ使って。一応リラクゼーション効果はあるから」
香織は、一つの小瓶をテーブルに置く。
「蓋を開けて、置いておくだけで中の匂いが充満するから」
「あまり根を詰めすぎると、効率が悪くなってしまいますよ。休めるときに休んで下さい」
香織達はそう言ってから執務室を後にする。
「はぁ……、そんなに顔に出ていたか。心配を掛けたな……」
玲二は眉間を揉みながら、自己嫌悪してしまう。
「休むか……」
玲二は、香織に貰った小瓶を開けて、テーブルの上に置く。そして、ソファの上で横になった。十秒後、執務室内から寝息が聞こえ始める。
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