5話「あなた方が使徒様なのですね」
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猫術の召喚はある意味失敗した。もう一度試す気にはなれない。アリシアの事もあるし、まずは町に向かうとしよう。町まではあと少しなので、アリシアも疲れないうちに到着できると思う。
アリシアは可愛いけれど、よくわからない子でもある。魔族というだけでもピンと来ないし、遠く離れた場所に突然召喚されてもあまり驚いていない。もっと彼女の事を知らないといけないのだけど…。
私、世間話とか苦手なんだよね。普通に話はできる事と、自分の望む話ができる事は別だ。いったい何を話そうかな…。
「アリシアは魔法が使える?」
「私、火が得意なんだよ!」
「私は水、萌絵は風が得意」
「そうなんだ」
優紀とアリシアが話している。口数の少ない優紀だけどアリシアから話しかけるので会話は弾んでいる。私も加わりたいのだけど、上手く口に出せない。だって仲良くしているところに割り込むなんて、さ…。
優紀が私を受け入れるのは間違いないし、アリシアもきっと歓迎してくれるだろう。でも、そうと分かっていても踏ん切りは付かないのだ。
何で異世界でもぼっちなのだろう。優紀がいるからと、油断していたよ。
「ねえ!モエ!見て見て!」
私が独りで落ち込んでいたら、アリシアから誘ってきた。……やっぱりいい子じゃないか!そう思って振り返ると、思いもよらぬ光景だった。
ドンッ!!
突然の轟音と共に、道の脇の岩が砕け散る。これは、炎の魔法?
そしてアリシアが猫の手みたいなグローブを嵌めて、岩にパンチを撃ったポーズをしていた。えっと、これはアリシアがしたの?
「見て見て、すごいでしょ」
「アリシア、やるね」
「な、何をしたの?」
「私の得意な火の魔法なんだよ。『アリシアフレイムナックル』ってパンチして火の玉を飛ばしたの」
「アリシアの魔法、見たかったから」
「……優紀、だからそこらの岩に試し撃ちさせたのか」
これ、私の風の弾くらいは強いよな。アリシアは全然平気そうだし、この子思ったより強いのかも。魔族は基本人間より強いけど、こんな小さな子でも見かけによらないのな…。
私が呆然としてると、アリシアが寄ってきて、上目遣いで私を見てくる。ちょっと不安そうにしているので、私は苦笑して、アリシアの頭に手を乗せた。
「強いね、アリシア」
「……うん!えへへ」
こんなに可愛い笑顔のアリシアには何も言えない。私は彼女を人間の子供くらいに思っていたけど、その考えは間違っていたようだ。でも、無邪気で可愛いし、良い子なのは間違いない。アリシアが満足するまで、私は頭を撫でていた。
「アリシア、危ないからむやみに魔法を撃ったらいけないよ」
「うん、分かってるよ。私そんなに乱暴じゃないもん」
「……うん、分かってくれたらいいんだ」
じゃれ合っているうちに、キラミドの門に着いた。キラミドはこの辺りでは大きい町だ。ビュレットの神殿が有名らしい。そういえばビュレットはここグランテッドでは風の神なのだ。風の神フリュームビュレット。
普通は略さないで呼ばれているので、私たちも気を付けて呼ぼう。
私たちは身分を証明するものが無いので、門で入場税を払う。お金は最初にビュレットが用意してくれたものがある。一応知識で知っているから、大丈夫だと思っていた。
「あ……お金です」
「お前たちは旅人か?何をしにキラミドに?」
「……」
門番に話しかけられて、答えに詰まる。旅人?冒険者を目指して?それとも?どれがいいのだろうと迷うし、見知らぬ人と話すのが緊張して、上手く言葉にできない。あ、あ、その、とか言葉にならない私を見て、門番も不審に思ったようだ。ちょっとこっちに来て、詳しく話を聞こうか、と言われる。
「私たち、フリュームビュレット様の参拝に来た。これは信徒のメダル、私と彼女の分。この子のものはここの神殿で発行してもらうから…」
優紀が代わりに門番の相手をしてくれた。私と違い優紀は初対面の相手に普通に話ができる。もっとも愛想は無いのだけど、丁寧に美少女が話しているので、門番は警戒心を緩めたようだ。
「うん、確かに。遠くから参拝なんて熱心な信徒なんだな。あ~、そっちの彼女も、あまり怪しい態度はとらないようにな」
「萌絵は恥ずかしがりやだから」
「確かに真っ赤になっているな、いや、悪かった。脅かすつもりはなかったから。……じゃあ入っていいよ」
「ありがとう」
優紀のしっかりした態度に、アリシアもキラキラした目で見ている。くそ、私だけみっともないじゃないか。涙目になっているのをごまかすように、私は先頭に立って町に入っていく。
キラミド。この異世界で初めて来る町。冒険者に、商人。兵士に、農民。事前知識によるとキラミドはこの辺では大きい町みたいで、多くの人も集まってくる。私たちの事をじろじろ見る人も多い。優紀もアリシアも美少女だから、仕方が無い。といっても見られるのは不愉快だし、相手にしたくない。
特にアリシアは魔族とバレると面倒な事になるだろう。優紀が持っていたマントを着せているので、羽根は隠せている。獣人はこの大陸では普通にいるので、これでごまかせるはずだ。
あ、この大陸には人間の他にエルフ、ドワーフ、獣人がいるらしい。一番数が多いのは人間だが、他の種族も特に争う事は無く暮らしている。国によっては仲が悪いとか、差別があるとか、そんな知識もあるけどね…。
魔族はこの大陸と違う大陸に暮らしている。人間とは仲が悪く、過去には戦争も起きている。もし同じこの大陸に暮らしていたのなら、今も争っていたかもしれない。現状は違う大陸にいるから、大きな対立になっていない、とビュレットからもらった知識が教えてくれた。
「ねえモエ、ユキ。大きい町だねえ」
「うん、意外」
「まあ大きいと言っても、向こうの町程じゃないけど…」
「向こうってなに~?」
「えっと、前に住んでいたところ」
私が異世界人だと説明するのが面倒なので、今はごまかす事にした。さてこれからどうしようか。テンプレだと冒険者ギルドか宿屋なんだけど、ビュレットの神殿にまず行くべきなのかな。そこで詳しい話が聞けるかもしれないし。私も優紀も会話が苦手なので、少しでも話しやすい相手を選ばないといけない。神殿関係者なら事情を知っているだろうし。
「私、こんな町中を歩くの初めてよ。いろんな人がいるね~」
「私たちも、こことは違う国にいたから…」
「モエもユキもそうなんだ~。一緒だね」
「…うん、一緒」
か、可愛い。アリシアは魔族のお嬢様なんだろうな。無邪気に喜ぶ姿は本当に可愛い子供で、魔族なんて言われてもピンと来ない。優紀もアリシアが気に入ったのか、いつもより若干柔らかい表情だ。……それでも無愛想に見えるけど。
アリシアはそんな優紀も気にしないで懐いている。もちろん私にも懐いてくれる。さっきから町のいろんなものに興味津々で、いろいろと質問をしてくる。
「あの食べ物はなんなの?」
「ごめん、私も知らないの」
「あの建物はどんなお店?」
「……わからない」
子供の好奇心に答えてあげたいけど、私たちの町の知識もアリシアとあまり変わりがなかった。……ごめんね。
初めて見る異世界の人々と街並み。地球でも外国に行けば似たような感じかもしれない。私の知らない食材、見慣れぬ服装、建物は中世風。肌と髪の色は日本人とは違う、白人に近い。
日本では無い知らない町。私たちの事を誰も知らない町。見慣れぬ人々の中に、やたら綺麗な耳が尖った人や、ずんぐりむっくり髭もじゃの人、さらに獣みたいな耳と尻尾を持つ人までいる。地球にはいないそんな人たちの事を気にしなくても、私の暮らしていた町とは違うのは分かる。
見慣れたコンビニやファーストフードは無い。バスも電車も無くただ歩くしかない道。
ビュレットの神力に引かれる様に、その神殿への道が分かる。誰かに聞くのもハードルが高いのでありがたい。優紀にも同じ感覚があるのか、先に行く私の事を気にしないでついてきている。アリシアは町の様子が珍しいのかキョロキョロと見回しているが、特に行く先は疑問に思っていない。
しばらく歩いていると、他とは違う感覚がする建物が見えた。白く美しい外装で、入り口や周りが清められている。人の出入りもけっこう多いな。目的のビュレットの神殿に着いた。
「ごめんください」
「あら、参拝に来られました方?」
中に入るとシスターが何人かいたのでその一人に声をかける。私たちを信徒だと思っているのだろう。……声をかけて、事情を説明しようと考えて固まった。なんて言えばいい?まさかお宅の神様に頼まれて届け物をした、なんて言えない。そんな事を信じてもらえるか分からない。
「どうされました?」
シスターは次の言葉を待っているが、私は次の言葉が言えない。後ろの二人に振り返ってみる。アリシアは事情が分からないしこんな子供に頼るのもダメだろう。ならばと優紀を見ると、私の意図が伝わったのかかすかに頷いた。そして私の代わりにシスターに話しかける。
「私たちは奥の御神体に祈りを捧げに来た」
「え?それは……」
シスターは意外な事を言われた様子で固まった。私たちと年が同じくらいのおっとりした感じの子だ。赤毛に緑の瞳でなかなか可愛い。
「あの、失礼ですけど、あなた達はどちら様なのでしょうか?」
気を取り直したシスターがおそるおそる話しかけてきた。初対面という以上に警戒した感じだ。何か言ってはいけない事を言ったのだろうか。ビュレットから、神力の受け渡しには御神体に祈りを捧げるしかないと言われたのだけど。
「奥の御神体は一般の信徒の方の目に触れさせてはいけない決まりなのです。祈りを捧げるならここの祭壇があるので、そこでお願いします」
優しそうな笑顔で丁寧に説明してくれる。確かに普通の信徒にわざわざ御神体なんて拝ませないよな。神殿の奥に秘められた大事な宝なんだし。今いる場所は広間で奥に祭壇と神像がある。ビュレットの神像は神具を身にまとった美しい少女の像だ。ちなみに本人とは似ていない。
何人もの信徒が祈りを捧げては、お供え物もしている。うーん、あんな猫好きな変わった神さまなのに、普通に崇められているな。意外に思いながらも考えをまとめる。これは失礼な事は言えない…。
「それはダメ」
「えっと、どうしてでしょか?他の方と同じように祈りを捧げてもらえればいいのですよ」
「ダメだから。フリュームビュレット様に言われた事は守らないと」
「は?」
ダメだ、優紀に任せても話が進まない。……何かなかったっけ?ビュレットに言われた事を思い出してみる。あった!これならいいかも。
「あ、あの……これを見て欲しいのですけど」
私は神の間で預かったものをシスターに見せてみた。ビュレットには、「これは貴重な物だから大切に使うのよ」
と渡されたお守り。信徒のメダルの様にビュレットの紋章が刻まれているけど、ずっと豪華で貴重なものらしい。うかつな相手には見せられないし、私たちを文字通り守ってくれる魔術具だけど、ビュレットの神官なら何か感じ取ってくれないかな。
「はい?……!!」
シスターは最初は分かっていないみたいだけど、お守りに秘められた力を感じたみたいで真剣な顔になる。神官長を呼んできますと、急いで奥に向かっていった。
「モエ、すごいね。あのお姉さん、態度が変わったよ」
「萌絵、そんなもの貰っていたんだ」
いや、優紀も貰っているだろう。なんで忘れているのかな。優紀は外面はいいのだけど、本当は面倒くさがりで大ざっぱなのを忘れていた。私と違い初対面の人と話せる代わりに、繊細な交渉とか気配りが苦手なんだよね…。
私が呆れていると、すぐにシスターが男性を連れてきた。中年の優しそうな人だけどお偉いさんという感じ。この人が神官長かな。
「失礼しました。貴重な神具をお持ちとかで。……もう一度拝見してもよろしいでしょうか?」
了解してまたお守りを見せる。神官長は何やら手をかざしたりして調べていたけど、すぐに返してくれた。そしてシスターと二人で私たちに跪く。丁寧な態度で語り掛けてきた。
「お目に掛かれて光栄にございます。あなた方が使徒様なのですね」
投稿の間が空いてすみませんでした。別の作品(二次)を書くので次回は3週間くらい後になってしまいます。