九十四話 不安的中!?
時と場所を移し、夜の宿屋。
いつものようにオータク姉弟の部屋で、これまたいつものメンバーとなりつつあるメンバーで作戦会議を行う。
オータク姉弟とウチ、そしてセシカさんだ。
「…前も思ったんだけど、セシカさんこの時間帯に屋敷から出て大丈夫なの?」
「問題無いわ。貴族を狙えば指名手配になるってどんな悪人でも知ってるし、よっぽどの事情が無ければ手に掛けようとしないから。」
「でもこの前よっぽどの事、あったよね? しかも2回も。」
「………あれは本当に珍しい例だから。」
図星を差されて目を逸らすセシカさん。彼女は既に町でマノアと共に誘拐され、シーサイドの前で悪漢の襲撃を受けている。
貴族だからとて絶対安全と言う訳ではないことは百も承知だった。それでも彼女がここに居るのはマノアに関することだからだろう。
セシカさんの頭は彼には一時の“魅了”で後悔する羽目になってほしくない、もしくは個人的に一線を越えてほしくないという思いでいっぱいなのだろう。一刻も早くこの事態をなんとかせねば、きっと彼女に安寧は訪れない。
だからこそこうして何かしなければ気が済まないという状態になってる。はた目からすれば危険極まりないけど、咎めてどうにかなる問題でもないので全員その先を言わず話を進める。
「…セシカさんへの報告も兼ねて、昼の事からまとめようか。
まず、今日私と進矢とフォリスちゃんの3人でシーサイドに張り込んで淫魔の情報を集めたんだ。」
「結果は?」
「しっかり犯人の特徴を集められたよ。その後すぐに本人が来たんだ。」
「…え? 来てたの?」
これに関してはセシカさんにとっても意外な展開だっただろう。本来は探りを入れるだけにして、数日待つことも視野に入れていたくらいだから。
「ああ、俺達も驚いたけど…本当に来たんだ。マノアにリベンジもしようとしてたし間違いない。」
「……それに付いては色々言いたいことがあるし、直接会って見たかったけど…どうなったの?」
「何とか説得してマノアへのリベンジを中断。ついでに禍根を絶って“魅了”の解除方法を聞き出せた。」
「思ってたより素晴らしい成果だったわ…それで、その解除方法って?」
「そこから先はウチもシンヤもまだ聞いてないよ。アユミ、お願い。」
前置きのようなセシカさんへの報告が終わり、ここからが今回の作戦会議の本題。
一言一句聞き逃すまいと真剣な眼差しを向けるセシカさんと一緒に、アユミに目を向ける。
「りょーかい。
淫魔の魅了の解除なんだけど、基本的には魅了を掛けた淫魔が自分の意思で解除するそうなんだよね。」
「他人が干渉して解除するのは出来ないってこと?」
「慌てない慌てない、そこからがミソなんだ。
結論から言うと、解除は出来る。」
「本当!?」
「それで、方法は?」
興奮するセシカさんと対照的に、冷静に訊くシンヤ。
ウチは黙ってアユミの言葉を待つ。
「より強い魅了、だって。」
「より強い…」
「魅了?」
シンヤとセシカさんが復唱する。
より強い“魅了”…それってつまり――
「…同じ淫魔でしか解除できないって事?」
――ウチ達じゃどうしようもないということ。
2人は目を見開き、鋭く息を吸ってアユミを見る。
「いや、淫魔じゃなくても良いんだ。」
「けど淫魔以外に魅了を掛けられる人なんているのか? もしくは魔物か?」
「マノアが魔物好きになられても困るわ…」
「魅了を掛けられた人にとって、魅力的だと強く思わせられればいいんだよ。それが人だろうと動物だろうとね。
他の淫魔のより強い魅了の術だったら上書きされるだけなんだけど、術による魅了じゃなかったら解除されるんだって。」
「なるほど……具体的にはどうすればいいんだ?」
理屈は分からないでもないけど、実際にどう行動すればいいのかは分からない。
シンヤが訊くと、アユミが嫌な感じの笑みを浮かべる。
「セシカさん、覚悟はある?」
「覚悟って、なんの?」
「マノア君を魅了する覚悟だよ。」
「………!? わ、私が!?」
少しの間を置いて理解したセシカさんが、顔を赤くし始める。
そんな彼女に彩弓は畳みかけていく。
「だってセシカさん、他の誰かにマノア君を取られちゃっても良いの? 私はそんな気無いけど、フォリスちゃんなんてどうなかな? 一緒に住んでるくらいだし、実はそれなりに仲良くなってるんじゃないの? ぶっちゃけはっちゃけ狙ってるんじゃないの?」
「せ、先輩にそんな感情は持ってないよ!?」
「ほら焦った! 怪しくない!?」
本当にそういうのじゃないんだけどねぇ!?
「この件でマノア君がフォリスちゃんに魅力を感じちゃったらどうなると思う? 私達のあずかり知らぬところで行くとこまで行っちゃうかもよ!?」
「フォリス…!」
「そんなに睨まないで!? 先輩とは本当に何も無いから! 向こうの世界でもただただ店主と従業員ってだけだったし!」
確かに先輩に恩は感じてるけど、それが恋愛感情に繋がっている物なのかと言われるとそうでもない。
だけど…感情と言うのは不定形で目に見えない。ウチが知らないところでそういう形をとっているというのならともかく…なんだかアユミに言われ過ぎたせいか、分からなくなってきた。
「とにかく、今頼れるのはセシカさんしかいないんだよ!」
「わ、分かったわ! とりあえず何をすればいいの!?」
「マノア君の前で脱いで!」
脱いで!?
「ええぇえ!? ハードル高くないか!?」
「…わ、分かった…マノアを元に戻すためなら…!」
「待て待て待て! 何も脱がなくて良いんじゃないか!? っていうか平民の前で貴族が脱いだら結構な大事なんじゃないか!?」
「服を脱ぐだけなら着替えの手伝いとかで使用人の前でするわよ?」
「マノアは使用人じゃないしどうせその使用人同性だろ!?」
「そういう趣味の貴族は異性の使用人に脱がせることもあるらしいけど。」
「聞きたくなかった! っていうか聞かなくてよかった!」
「セシカさん、違うよ!
セシカさんが脱ぐのはマノア君を魅了から解放する為じゃない、マノア君のハートを射止める為…!」
「そ、そうね!」
「そうねじゃない! いったん冷静に慣れ! そしてなるべく穏便に済むように軌道を修正しろ!
フォリス、協力してくれ! お前には一生分の経験と10代の柔らかい頭脳がある! お前ならいけるはずだ!」
「う、うん!」
なにかわからないけど頼られてるみたいなので必死に頭を回して解決策を模索する。
「アユミ、あくまで先輩にとってセシカさんが魅力的に見られれば良いんだよね!?」
「ちぇー、気付かれたか。そうですよー、別に脱がなくても可愛い服を着て見せるとかふとしためっちゃ可愛い自然な笑顔とかでも充分に戻れますよーだ。」
「案が具体的過ぎる! さては姉ちゃん、最初からそれ提案する気だったけど面白そうだから過激な案を言いやがったな!?」
「ああそうだよ! 身分が何だ、セシカさんと私は友達なんだ! いじって何が悪い!」
図星を差されたアユミは開き直って普通の案を出した。ついでに白状した。
「不敬罪で牢屋に叩き込むわ。」
「ごめんなさい本当にごめんなさい! 申し訳ございません! つい魔が差してしまっただけなんですどうかこの迷える哀れな子羊にお慈悲を!」
そこにセシカさんの冷たく重い鉄槌が落ちる。やや職権乱用気味な気もするけどアユミの自業自得なのでツッコまないでおく。
「…冗談よ。友人なのだからこれくらいのイジりは良いでしょう?」
「めっちゃ強いカウンターですね、目がマジだったから本気だったかと思いましたよ。」
「…結論として、セシカさんとマノアでデートするってことで良いのか?」
「ただデートするだけならいつも通りね。そこで確実に魅了出来る自信はないわ…」
「私にいい考えがある。お姉さんに任せなさい!」
不安だ。
「さっきの言動見て安心して任せられるとは口が裂けても言えねえんだよな…」
「……けど、それで希望が見えるなら。聞かせて。」
「イエッサー! その考えって言うのはだね―――」
アユミから出された良い考え。
一抹の不安は的中したものの、他に良案がある訳でもなく…
…最終的にアユミの作戦が執行されることになった。
「…………」
複雑そうなセシカさんの顔が、すごく記憶に残った。




