八話 助けられました!
「へえ、庶民の店にしてはなかなか綺麗じゃないか。」
ある日のこと。
乱雑に開けられたドアから入ってきたのは華美な服を着た男だった。
恐らく貴族か、お金持ちの商人だろう。
ドレスコードなんて無いけど、庶民の店という場には相応しくない服装だ。他の貴族のお客さんもある程度は弁えるのに…身分を隠すためかもしれないけど。
「いらっしゃいませ!」
と、思っていても笑顔で接客。おもてなしの心は忘れてない。
「あ、いたいた。探したよ? 可愛い店員がたった一人で店をやってるって聞いてきたんだ。
僕の名前はクリストニー・ノル。ウチでメイドとして働かないかい?」
……ファミリーネーム、貴族、メイド、勧誘…ちょっと前に似たような状況になったね。
それにしても、また営業中にかぁ…他のお客さんが居るから後にしてほしいんだけど。
まあいいか。答えなんて決まってるし。
「…すみません、お断りします。」
「え? どうしてだい?」
「僕にはこの店がありますから。
店を辞めるなんて、考えられません。」
「いやいや、僕のところで働かないなんてそれこそあり得ないよ!
好待遇、高賃金、しっかり休みも取らせる! 福利厚生も充実!
ここからは遠いけど住み込みならその心配もいらない! 空き部屋ならちゃんとあるよ! もちろん、一人用の。」
……例えこの店が無くても、この人に付いて行くことは無いだろう。
どことなく漂うナルシスト臭とか、媚を売るように貼り付けられた笑みとか…どうも、この貴族は気に入らない。
それに、さっきからずっと変な目で…認めたくないけどいやらしい目で見てくるし…出来るだけ一緒に居たくない。
「結構です。
そもそも、僕は男です。メイドなんてできるわけ無いじゃないですか。」
「またまた、そんな見え透いた嘘を。」
「嘘じゃないんですけど…」
信じてくれない…
たまにあることとはいえやっぱり傷付く。
「とにかく、僕はこの店を辞める気はありません。貴方のメイドになる気もありません。
もうお引き取り下さい、お客さんが待ってますので。」
「じゃあ、どうすれば来てくれる?」
「行かないって言ってるじゃないですか。
どんな条件にしても、どんなことがあっても…それは変わりませんよ。」
譲歩も許さずにキッパリ断る。
僕はこの店を続けていく覚悟をしたから。
それに…ここまでしないとセシカ様にも悪い気がするから。
「…僕は貴族だぞ。」
「はい。」
「………君、いいのかい?
僕の権力があれば、君の人生なんてどうとでも出来るんだよ?
例えば、この店を潰すことだって…」
「……」
毅然とした態度で隠してはいるけど、少し足が震えてる。
それでも僕はこの店を守るために立ち向かうしかない。
こういう危険はこれからもきっとあるだろう。いや、これまでも――父さんと母さんが居た時も、あったかもしれない。
それを乗り越えられなくて、何が覚悟だ。
「おい、貴族サマ。それは止めた方が良いぞ。」
―――そう思っていると、助け舟が出された。
嬉しくて、安心して…でも、そんな不甲斐ない自分に腹が立って。
複雑な気持ちだった。ありがたいことをしてくれたはずなのに。
「ヒュースさん…!」
「…なんだ? 平民のくせに貴族に脅しか?」
「いや、そんなつもりは無い。親切だよ。
この店には貴族の常連も居る。お前がもしこの店を潰しでもしたら、そいつらに恨まれるかもしれないぞ。」
「それがなんだ!
どうせ資金が無い貧乏貴族か、底辺の貴族だろ!?」
「そこまでは知らんな。
皆お忍びみたいな恰好で来てたし、わざわざ名乗ってたわけじゃないからな。そいつらの素性なんて知らねーよ。
だが、服は控えめではあったとはいえかなり上物だった。案外高位の貴族かもしれないぞ? それこそ、お前の家なんて簡単につぶせるほどの、な。
…繰り返すが、これは脅迫じゃなくて親切だ。潰すのは止めとけ。」
…それを言ってるのが僕なら。
そう思っても、誰が言ったかなんて変わらない。自分の不甲斐なさも、変わらない。
「くっ……
…今の話、覚えておけよ店主。」
「………」
捨て台詞を残した貴族の男は、ドアを乱暴に開けて帰って行った。
「大丈夫か? 坊主。」
「……はい、ありがとうございます。」
「浮かない顔だな。ひょっとして、余計なことをしちまったか?」
…上手く表情が作れていなかったらしい。
「いえ、すごく助かりました。」
「その割には嬉しくなさそうだが…」
「…貴族の人を追い返した言葉が、僕の物だったらって。」
「ああ、なんだ。そういうことか。
良かった、本当はあの貴族サマに付いて行きたかったのかと思ったぞ。」
「そ、そんな訳無いじゃないですか!」
「ハハハ、そうだよな。
…でも、あんまり気にするなよ。
一人の人間が出来る事なんて、限られてるのさ。」
「……」
「そんな顔するな、諦めろって言ってるんじゃないぞ。
お前は強い。震えてるはずなのに引き下がらなかった。ならその内あのくらい言えるようになる。
だがまあ、今は頼っても良い。お前は一人で生きてきた訳じゃないし、今も違うだろ?」
「…それは、そうですけど。
ヒュースさんだって、お客さんじゃないですか。この店のことなのに…」
「良いって言ってんだよ、常連ならこの店に無関係なんかじゃないだろ。いっつもあてにされちゃどうかと思うがな。
それに…個人的な話だが、俺は坊主をほっとけないんだ。」
「ほっとけない…?」
「ああ。
俺が昔からこの店の常連だってことは知ってるだろ?」
「はい。」
ヒュースさんは両親が居た頃にも度々この店に通っていた。
僕がまだお手伝いだった頃からずっと居て、僕にとってヒュースさんは近所のおじさんのような存在だ。
天涯孤独の僕にしてみれば、一番距離感が近いと言っても過言ではないだろう。
「お前も知ってるとは思うが、俺は坊主をガキの頃からずっと見てきた。
そんなお前が、あんなに困ってたらほっとけなくもなるさ。」
「………ありがとう、ございます。」
今度は、自然と笑顔が出た。




