七話 決まりました!
どのような結論を出すにしても、当面は店を続ける。
今日も今日とて“シーサイド”は営業中だ。そんなある日のこと。
「…マノア、ちょっと良いか?」
「はい?」
常連の一人のおじさんが厨房に戻ろうとしていた僕を呼び止める。
「お前、あのお嬢様のところで働け。」
「えっ…!?」
話をしていたのが店の入り口付近で、お客さんも何人かいたので聞かれてたことは予想できた。
けど、セシカ様のところに行くように言われることは想像すらしてなかった。
「それって、やっぱり僕が力不足だから…ですか?」
「そうじゃねぇ。
マノアの料理は美味いし、店も良く回ってると思う。それは良いんだ。
だが、商売ってのはいつ寂れるかわかんねぇ。突然穴が開いて潰れるなんて珍しい事じゃねえのさ。
その点、あのお嬢ちゃんのところは心配いらねえ。働きさえすれば一生養ってもらえるだろうよ。安定してる、良い職場さ。
…それに、おめぇはちょっと無茶しすぎだ。
今は大分良くなってるみてぇだが、無茶してぶっ倒れるおめぇなんか誰も見たくねえんだ。
俺達も心配なんだよ、あのお嬢様に負けねえくらい。流石に雇うことは出来ねえがな。」
「……」
「おーい! こっち注文頼む!」
「あ、はーい! すぐ行きます!」
「…引き止めちまって悪かったな。
でもさっきの話、考えとけ。メイド服ってのも意外と悪くねえかもしれねえぞ。」
………メイド服は着たくないんだけど。
でも、気遣いは受け取っておこう。メイド服だけは絶対嫌だけど。
「はい、お待たせしました!」
そこから数日間、お客さんの間でセシカ様の提案の内容が広まっていた。
メイド姿が見たいだの囃し立ててくるお客さんもいたけど、総じて僕の心配をしてくれているようだった。
気遣いはありがたい。けど、心の奥底ではこの店を続けたいと思っている。
僕はどうすれば良いのか、結論はまだ出ない。
「なあ、坊主。」
料理を運んでいると、一人の客に呼び止められる。
狼の獣人の人…確か、名前はヒュースさん。
父さんと母さんを見つけてくれた人で、常連さんの一人だ。
「なんですか?」
「例の話、聞いちまったんだが…」
「…そう、でしたか。」
この人も、店を止めろと言うのだろうか。
正直、その気遣いを聞くのは嫌になっていた。まるで店を続けていくことが間違いみたいだと思ってしまうから。
決して間違った意見じゃないのは分かってる。けど、僕の気持ちは“シーサイド”から離れられない。
揺らいでは戻り、揺らいでは戻りを繰り返し、フラフラと漂う僕の心は着地点を見失っていた。
「俺は、坊主の好きにすればいいと思うぞ。」
「……え?」
予想に反した言葉を聞いて目を見開く。
好きに、って。
出来る事ならこの店を続けていきたい。そうは思ってるけど…
せっかくできた選択肢。セシカ様がくれた気遣い。皆の意見。それを無下にするのは…
「坊主、お前が本当にやりたいと思うことはなんだ?」
「……」
もちろん、その答えは分かっている。
けど、口に出せない。喋ってしまったら本当に――
「…最近、お前が客に色々言われてるのは分かってる。
だが、一番大事なのは他人の意見じゃない、気遣いでもない。お前の意思だ。」
僕の、意思。
「もしあのお嬢サマに付いて行ってみろ。
お前、多分一月も持たねえで逃げ出すぞ。」
「逃げ出す訳…!」
「お前がこの店のことを忘れられると思うか?」
「………」
否定できなかった。
もし、仮にセシカ様に仕える道を選んで。
必死に仕事を覚えて。
必死に仕事をこなして。
執事さんやセシカ様と共に過ごして。
例え、何年経っても…いや、死ぬまでこの店のことを忘れられないだろう。
一週間たらずで泣きだして。一月で逃げ出してしまう自分の姿も全く想像できないわけではなかった。
だって。
だって、この店が…この店まで無くなったら。
僕にはもう、何も残らない。
家族皆で過ごした場所も、思い出も、絆も。
「………」
「まだ覚悟が決められねぇか? なら言ってやる。」
まだ声を発せない僕に、一呼吸おいて話を続ける。
「良いか坊主。お前はまだ若い。
だから、もしコケてもまた立ち上がって歩くことは出来る。若さがあるなら勢いが付けやすい。
もちろん、あの貴族様に仕えるのも一つの道だろうさ。それも良いと思う。だが、それは本当に今すぐじゃなきゃダメか?
この店がもし続かなくなったら、危うくなったなら。そこで乗り換えるって手もあるんじゃないか?
それに、坊主の料理は美味い。もっと自信を持って良い。坊主料理ならこの店じゃなくてもやってける。俺が保証してやるよ。
お前の料理、食えなくなるのは寂しいしな。
…まあ、なんだ。言いたいことはこれだけだ。聞く価値の無い俺の独り言ってことにしといても文句は言わねえ。
さ、他の客が待ってるぞ。接客してやんな。」
「…ありがとうございます。」
「礼はいらねえよ。」
「いえ、ただの独り言です。」
「…そうか。」
フッ、と笑うと匙を取って料理を口に運び始める。
ヒュースさんのおかげで、僕はやっと持つことが出来た。
この大きな分岐点の答えを、歩む勇気を。
「どう? 決まった?」
数日後。
宣言通り、セシカ様は再び来た。
既に今日の食事を終え、持参したハンカチで口元を拭っている。
前回の反省かな?
「はい。」
「そう…まあ、大体分かってはいるけど。
結論は?」
僕は大きく頭を下げて、言った。
「ごめんなさい。
僕は、セシカ様の下で働くことは出来ません。
これからもこの店を続けていきます。」
―――言ってしまった。
そう思ったのも一瞬だけ。無論後悔は無い。
僕はセシカ様の厚意に背く。例えこのまま首をはねられても、それだけは絶対に変えない。
「……そう。」
まだ頭を下げているから、表情は分からないけど。
少し、残念そうな声色だった。
でも、予想はしていたのだろう。ほとんどは無感情…というか、当たり前のことを言うような感じだった。
「分かりました。
では、今後ともレストラン“シーサイド”を御贔屓にします。よろしくね?」
「…はい! よろしくお願いします!」
…かくして、僕は道を選んだ。
選ばなかった道に未練は無い。前へ突き進む覚悟は出来ている。
例えどんなに大きな困難が待ち受けていても。
僕は、亡き家族の為、お客さんの為、そして、僕自身の為に戦い抜く。
その為の心を、持っているから。




