八十八話 自覚しました!
「先輩、どうしたの?」
「どうしたのって…なにが?」
仕事が終わり、店内の片付けをしてるとフォリスが急にそんなことを言いだしてきた。
「ほら、今日レーサさんと話してた時だよ。顔は赤かったしすぐに目を逸らすし…あんまりレーサさんの顔見てなかったよね?」
「そ、そうだったかな?」
なんてとぼけつつも、自覚はあった。
今日の僕は確かにおかしかった。レーサさんに見られてると思うと、なんだか恥ずかしくなる。顔を見て話そうとすると、緊張してすぐに伝票を見てしまう。
どうしてなんだろうと考えると妙にドキドキして、お店を出て行った時は何故か切なさすら覚えた。
…ただ、いきなりそんなことになったと正直言えばフォリスはどう思うのだろうか。
やっぱり変だと言われるのだろうか。お医者さんに診てもらえと心配されるのだろうか。
怖くて恥ずかしい。隠したい。
「レーサさんに何かしたとか、何かされたとかあったの?」
「何もしてないし、されてない…はずなんだけど。」
気まずく感じるようなことは何も無かったはずだ。ましてや、レーサさんならともかく僕が一方的になんて。
これが仮にレーサさんがそんな感じならまだ何か分からないけど何かしちゃってたということで納得できる…納得って言うのかなこれ。
けど、今回気まずくなっているのは何故か僕だ。理由が思い当らないだけに怖い。
「あー、もしかして意識しちゃってるとか?」
「意識?」
「レーサさんを、一人の女の子として。」
「!?」
レーサさんを…女の子として?
「なんちゃって………先輩?」
まさか、これが不治の病とも言われてる…恋なのかっ!?
初恋すら体験したことが無い僕でも、客観的に症状を見ればそう見えなくもない。
そっか…このドキドキは、悪い物じゃなくて良い物だったんだ…!
「…そうかも、しれない…」
ただ、そんな思いとは裏腹に声は小さく、かすれていて。
「…………えええええええええええええええええええええええええ!!!」
そんな声でも、すぐそこに居たフォリスには充分聞こえていて。
僕は耳を抑えて、突然芽生えた恋の不安と期待に心を寄せた。
「マノア、こんにちは。」
「セシカさん! いらっしゃいませ!」
「こんにちは、マノア様。」
「執事さんも! いらっしゃいませ!」
いつものように来たセシカさんと、そばに控えた執事さんの4人を迎える。
お父様とお母様の姿は無い。いつか来るとは言っていたが、恐らく忙しいのだろう。
「…なんだか機嫌が良いわね?」
「そうでしょうか?」
機嫌が良い自覚はあるし、理由も分かっている。ただ、セシカさん…というか、あまり他の人には知られたくないのでとぼけてみる。
「注文が決まったら呼んでくださいね!」
「ええ、分かったわ。」
僕が恋してると分かったその日から心が妙に軽い。まるでスキップしているみたいに。
ドキドキして、夜もなんだか眠れない。布団に入って目を閉じると、レーサさんの顔を思い出してしまう。
重症かもしれない。けど、この気分もまた楽しい。
「…フォリス。」
「まあ、呼びますよね。」
マノアが厨房に消えた後、セシカはすかさずフォリスを呼んだ。
「先輩、ここ最近ずっとああなんですよ。」
「そうなの? 何か良い事でもあった?」
「………」
フォリスは言い淀んだ。
彼女は知っているのだ。セシカもまた、マノアに好意を持っているのだと。
今のマノアがレーサを気になっているように、セシカもマノアの事が気になっているのだと。
フォリスは、そんな相手にマノアが他の人を好きになっただなんて残酷なことを伝えられなかった。
「い、いや、特に無かったはずなんだけど、なんでか急に機嫌が良くなっちゃって!」
「最近と言うことは昨日や今日だけではないということでしょう? それがずっとと言うのは何かおかしいわ。」
「あ、えーと……その、実はね、心当たりが無いわけじゃないんだ!」
「本当?」
嘘だ。実は核心を知っている。
ただ、そんな爆弾を投下する訳にもいかないので嘘をついてごまかそうと試みる。
「最近先輩の両親の話が増えたって言うかなんていうか! もしかしたら夢で死んだ両親に合ってるのかもしれない…ですね! ハハ、ハハハハハハ…」
「…フォリスもなんだかおかしいわ。」
そんな彼女に疑惑の目を向けるセシカ。当然だ、不自然さを全く隠せていない。
「よ、よう! マノア!」
「あ! いらっしゃいませレーサさん! 今日は美味しいお肉を仕入れたんですけど食べて行きませんか!?」
「!?」
セシカの、マノアへの疑念が確信に変わる。
そして彼の表情、変わり様を見て直感する。アレは自分と同じ目だと。
(つまりマノアは…!)
信じられなかった。
信じたくなかった。
彼女は、自身が思い描いてきた自分と思い人がずっと一緒に居る光景を――粉々に砕かれたような気分にすらなった。
「……フォリス。」
「な、なんでしょうセシカさん。」
「私、負けるつもりはないから…!」
そんなセシカから湧き上がってきたのは諦観でも絶望でもなく、ただただ強い闘志。
もう安穏と過ごしていられないという危機感が持たらした、競争意欲。
彼女が速やかに導き出した『余裕が無い、だったら行動するしかない』というシンプルな結論は、より強い気持ちを顕現させたのだ。
「ま、負けるつもりはないって具体的にはどうするの?」
異様な物を感じ取ったフォリスは恐れながらも聞かずにはいられないといった様子で疑問を口にする。
「シーサイドの買収…いえ、マノアには一生我が家で働いてもらいましょう。フォリスも一緒に。もちろん相応の額は払うわ。けど、マノアは外に出したらあの女に会いに行くでしょうね…それなら屋敷から出せなくするしかない。監禁までしなくても目隠しして屋敷の奥にでも連れて行けば自ずと外へは出られなくなるはずだから……」
「怖い怖い怖い! セシカさん落ち着いて! 考え方がだんだん誘拐犯みたいになってきちゃってるから! っていうか最後のもう監禁だよ!」
「…ごめん、自分を見失ってた。」
あの異常なまでの強い念は焦燥感の裏返しなのだろう。
既に彼の気持ちでは勝てていない。後は彼女の―――レーサの気持ち次第だから。
彼女が彼の想いに応えてしまえば、全てが終わる。
それが分かっているからこそ強引な手段を使おうとしてしまったのだろう。強引すぎにも程があるが。
「それにしても、どうしてマノアは急に…」
「しかも、レーサさんも先輩の好意に気付いてるみたいだよね。
…色々調べなきゃいけないかも。」
「協力してくれるの? 私に。」
「……」
その問いの意味を、フォリスは理解していた。
このままいけばマノアとレーサがくっつくだろう。マノアはともかくレーサもまんざらではない様子だ。
それなのにセシカに協力するということは、つまり―――
「…多分、セシカさんが思ってる通りじゃないよ。
いきなり先輩が何の根拠も無しにレーサさんに惹かれたのはおかしいと思うし、そんな状態で間違いがあったら…どっちも悔やみきれないだろうからね。
…まあ、ここまで建前言っておいてどうかと思うけどセシカさんを応援したい気持ちももちろんあるよ。
色々乗り越えてきた仲だし、先輩もかなりお世話になったみたいだからね!」
「フォリス…ありがとう。」
セシカはフォリスに礼を言い、決心する。
マノアがおかしくなった原因を、必ず突き止めて見せると。
――だが、しかし。
同時に、その裏で不安を感じていた。
(…もし、マノアが……)
もし彼が異常でもなんでもなく、正常に、純粋にレーサを愛していた場合。
(私は――どうすればいいのかしら…)




