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シーサイドへようこそ!  作者: じりゅー
第一章『シーサイドとお客さんたち!』
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六話 勧誘されました!

 

「……………………」


「…どうしたの?」


 一向に返事をしない僕をいぶかしんでか、声を掛けてくるお客さん。

 でも僕はそれどころじゃなかった。

 様々な疑問が重なり、頭の中がパンクしそうだった。

 メイド? 雇う? なんで僕? なんでメイド?


「あの…そんなに簡単に答えが出る事じゃないから、返事をくれるまで待つつもりだから…

 でも、もし来てくれるなら衣食住全てを保障するわ。」


「……あ、はい。」


 選択の猶予があることに安堵する。

 こういう状況でも余裕は大切なものだ。自覚するだけで狭まった視界が一気に開ける。


「えっと…いくつか質問して良いでしょうか。」


「ええ。」


 決断の前に、まずは疑問の解消だ。

 ほとんど決まってるようなものだけど、一つ一つ確実に解消していって最適な答えを出そう。


「まず、貴女のお名前を伺っても?」


「そう言えば、言い忘れてたわ。

 私はセシカ。セシカ・ノースランダーと言います。セシカ、って名前で呼んで。」


 ファミリーネームは貴族の証。最初に睨んだ通り、やはり貴族だった。


「ノースランダー…」


 心なしか、どこかで聞いたことはあるような気はするけど…

 ……平民の僕にとって貴族は遠い存在だ。当然貴族のファミリーネームなんて疎い。


「貴女のことは調べさせてもらったわ…名前はマノア、で合ってるわよね?」


「はい。」


 調べられていた、と聞いてあまりいい気はしないけど…雇おうとするくらいならそれくらいするか。素性が分からない使用人なんて恐ろしすぎる。


「セシカ様。何故、僕なんですか?」


「可愛いから。」


 …冗談ですよね?


「…っていうのもあるけど。」


 このお嬢様結構茶目っ気あるね…


「理由はいくらかあるわ。

 一つは料理がおいしかったから。是非とも、ウチのコックたちと毎日作ってほしいくらい。」


「それは…ありがとうございます。」


 素直に嬉しい。


「二つ目は…貴女に同情したから。」


「同情、ですか。」


「貴女、両親がいなくなってこのお店を一人で切り盛りしてるそうね。」


「…はい。」


「かなり無理してるんじゃない? 少し前までやつれてたって話も聞いたし…」


「……」


 確かに、ちょっと前にレーサさんからはやつれていたと言われた。

 最近の自分を見て、僕自身もそのことに気付いている。無理もしていた。

 でも。


「…あと、両親が居なくなった寂しさっていうのは…ちょっとだけ分かるわ。

 私も、しばらく前に生まれた頃から世話をしてくれていた執事が亡くなって…とても悲しくて、寂しかった。

 貴女の悲しみを全部理解してるわけじゃないけど…私よりもずっと悲しかったのだけは分かる。

 そんなことがあった後なのに、無理してまでお店の経営をやって…私、貴女の事凄いと思ってる。

 でも、無理しすぎて欲しくない。私、貴女が心配なんだと思う。

 …ほぼ初対面の相手なのに、おかしいわよね。」


「いえ…人の感情に正しいことなんてありません。」


 ぽつり、と浮かんだ言葉が口から出ていた。


「え?」


「人が抱く感情に、正しいもおかしいも無いって、僕の父が言ってました。

 だって、それは理屈じゃないから。その人がそう思ったなら、だれが何を言っても、少なくともその人にとってはそうなんだって。」


 母さんから子供の頃は可愛くてもいいんだよと言われて。

 それでも可愛いと言われることに不快感を感じて、割り切れないことに疑問を感じていた頃。

 その気持ちを両親…というか母さんに打ち明けた時、隣で聞いていた父さんから言われた言葉だ。


「…良い父親ね。」


「ええ、父も母も…とても、良い人でした。」


「……ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって。」


「いえ、大丈夫です。」


 それに、辛いのは家族との思い出じゃない。

 家族が居なくなったことを思い出してしまうことだ。


「そう。

 理由に関しては以上だけど、他に質問は?」


 …質問はまだ残ってる。

 それも、特大の奴が。


「…何故メイドなんでしょうか?」


 料理の腕を見込んで、というならコックになるはず。

 なのに、何故メイドなのか。性別に関しては間違えられたってことで納得がいくけど…納得したくないけど。

 って言うか、調べたなら僕が男ってことくらい知ってるよね。性別を間違えるなんてことないよね?


「……メイド服を着せたくなったから?」


「そんな理由で!?」


 言葉遣いも何も忘れた心からの叫びだった。


「あと、色々話がしたいっていうか…」


「そっちが主ですよね!? 絶対そっちが本命ですよね!?」


「……多分。」


「もっと自信を持って言ってください!」


「多分!」


「そっちじゃないですよ!」


 分かってやってないよねこの人!

 結構天然なのかな…


「…質問は以上です、ありがとうございました。」


「そう。じゃあ、返事待ってるから。

 とりあえず、次来た時に訊くけど…別にそれまでに考えてなくてもいいわ。とても大切な決断だから、じっくり考えて。」


「いえ、待つ必要はありません。結論は出てるんです。

 僕は」

「待って。」


 僕の決意は揺るがない。

 けど、それを口にしようとした時…セシカ様から止められてしまった。


「言ったでしょう? 大切な決断だって。今この場で決めて良い事じゃない。

 もっとじっくり考えて。貴女に、もう一つの選択肢が出来たんだから。

 …生きていくための、もう一つの選択肢が。」


「……」


 生きていく、ための?

 でも、僕はこの店を――

 ――そうだ。

 確かに、最初から両親の遺したものを守っていきたいという気持ちはあった。

 でも、それと同時に選択肢が無かった。

 この店をやっていかないと生きていけない。何もしなければ明日のご飯も無くなる。そんな焦燥に駆られて一人で、死に物狂いで準備して、今まで頑張ってきた。

 しかし、今は違う。

 こうして別の、生きていく道が提示された。

 セシカ様の下に行けば、生活は保障される。無理をしなくても、生きて行ける…


「…お言葉ですが、私からも是非、御一考をお願いいたします。」


「貴方…」


 セシカ様の隣に居る執事さんからも声が上がった。


「私も、お嬢様と同じで貴女様が心配です。

 貴女様とご両親には大変美味な料理を頂きました。

 大きな恩がある訳ではありません。人生が大きく変わったわけでもありません。

 ですが、気に入った料理屋の一人娘の行く末が全く気にならないわけでもないのです。

 もしよければ、我々と共に働いて頂きたい。決して楽ではないかもしれませんが、今ほど無茶をされることも無いかと思うのです。ですから…」


「……はい。

 よく、考えさせていただきます。」


「じゃあ、またね。」


 2人は店を出て行った。


「………」


 僕は今、人生の大きな分岐点に立っている。

 今はまだうまくいっている。でも、ずっとうまくいくなんて保証はどこにもない。

 万が一、この店を続けることを選んで、後でつぶれてしまったら…

 …僕は、もう生きて行けなくなってしまうだろう。

 でも、この人に付いて行けばそう言った心配はない。合理的に考えるならセシカ様の家に仕える方が良い。

 合理的に考えるか、気持ちを優先するか。

 僕は、しっかり、じっくり考えなければならない。

 2人の心配と、気遣いに応えるために。


「…………」


「いらっしゃいま…せ?」


 思考の海に沈みかけていると、新しいお客さんがきた。

 慌てて挨拶しようと思ったら、セシカ様と執事さんだった。何か言い忘れてたのかな?


「…注文、いい?」


 ……あ、今日は食べに来てたんだ。

 てっきり話だけかと思ってた。


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