六十七話 羨みました!
「ここからは弱火で煮込むだけです。」
「……」
「…マノア様?」
「えっ? どうしました?」
「私の手を見て呆けているように見えたので。何か気になることでもありましたか?」
滑らかに鍋へと具材を入れるウィラさんの手を眺めながらぼんやりと考えていた。
…何も言えなかった。
ウィラさんは男子禁制のこの島に入りこんでしまった男の人だ。だというのに…
理由は多分、恐がっているから。
もし今ここでそれを言えば襲い掛かってくるかもしれない。口封じに殺される可能性だってある。
なんにしても不用意な行動は危険だ。
「いえ、別に何も無いですよ。」
「そうでしたか。
お疲れなら何なりと言ってください。すぐに休憩をとりますから。」
「まだ大丈夫ですから、続けてください。」
でも、このままじゃ。
このままじゃずっと今は変わらない。
島に入り込んだ男は捕まらない。町に不安が広がったままだ。
しかもティーサさんの家に出入りしている。これではティーサさんや僕がグルなのではと疑われる可能性すらある。
そして僕まで男だとバレて、処罰を……
…そうなったら、レーサさんも道ずれになってしまうのだろうか。
それは………
「……ウィラさん。」
「どうしました? やっぱり、休憩を取りますか?」
信じたくない。
こんなに優しい人が侵入者だなんて。
「聞きましたか? この島で男の人が出たっていう話。」
けど。
僕の口は動き出していた。
「え!?
いえ、そんな話はさっぱり…そうなのですか?」
「はい、ティーサさんから聞きました。」
「そうでしたか…許せませんね。そんな不届き者が居るだなんて。」
どの口が、というのは僕も同じか。
胸の痛みを押し殺して続きを口にする。もう止まることも戻ることも出来ない。
「それで気になったんですけど…そのフード、取ってもらえませんか?」
「…え? フードを、ですか?」
微妙な硬直。確信はより強固になる。
「実は昨日、少しだけフードの中が見えたんですけど、もしかして…」
「………はぁ~…」
フードに手を掛け、深いため息を付く。
やがて彼は意を決したように勢いよくフードを取り払った。
「……そうですよね…この顔ならそう誤解されますよね…」
表情は至極残念…と言うか落ち込んでいるように見えた。
…って、ちょっと待って。
「誤解? どういうことですか?」
「この顔では信じてもらえないかもしれませんが…私、実は女性なんです。」
…………………………
「…どうしてマノア様が落ち込んでいるのですか?」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。」
本当に親切な人だったじゃん。なにが危険人物だ、危険なのむしろ僕じゃん。僕だけじゃん。
料理を教えてもらっておいて無実の人を疑ってたことに対する罪悪感が溢れ出した。もう本当に申し訳ない。
「良いんですか? 私、まだなんの証明もしてませんけど。」
「大丈夫です。分かります、分かってます。」
似たような苦労をしてきただけに彼女からにじみ出る雰囲気でなんとなく分かった。
そうか、この人は僕とは真逆なんだ。
僕とは真逆で、男にしか見えない女の子なんだ…
「ほ、本当に大丈夫ですか? 泣いているようですけど…」
「気にしないでください、さっきの野菜の汁が突然目に沁みただけですから。」
羨ましい。純粋に。泣く程。
「そうだったのですか、では早く目を洗いに行ってください。私は火を見ていますから。」
「お願いします。」
僕は消えない罪悪感を背にその場を後にした。
何かしらのお詫びは考えておかなきゃ…ああ、またこの島でやることが増えた。
その後に聞いた話によると、ウィラさんはこの町から少し離れた田舎町で生まれ、育ったらしい。もちろんこの島の。
最初に会った時、この辺に来たばっかりだと言っていたのはそういうことだったらしい。あの時は島の外から来たからそう言ってたのかと思ってたけど。
とにかく、ウィラさんは侵入者じゃなかった。
それは嬉しくもあったけど――
「ふーん、その顔で女の子なんだ…」
ティーサさんは既に帰宅している。
一度フードを取ってからというもの、ウィラさんが再度フードを被ることは無かった。というのも、少なくとも僕の前では顔を隠す必要が無くなったからだとか。
その後ティーサさんが帰宅し、フードを取ったウィラさんを見てびっくり仰天。通報しに行こうとする彼女を間一髪で引き留めて事情を説明したところだ。
「はい、故郷でも昔からよく勘違いされていまして。
この顔を晒しながら歩いていては無用な騒ぎを起こすのではと思い、村を出てからずっとフードを被っていたのです。」
――同時に、侵入者は他に居るということでもある。
ウィラさんはこの町に来てからフードを取っていないのだという。もちろん彼女のせいで男が出ただなんて騒がれもしていない。僕は少し身長が低かったからちょっと顔が見えたけど。
結局、侵入者探しは振り出しに戻ったと言う訳だ。そもそも探してるって言えるかどうかは微妙だけどね。
「その判断は正解ね。よりにもよって今男がいるなんて噂が立ってるんだもの。」
「ええ、もし素顔を晒しながら歩いていればどうなっていたか。親友のアドバイスが功を奏しましたね。」
「親友?」
「はい、村に居る私の親友です。
残念ながらこの町には来ていませんが、小学校に入る前から一緒に居る大切な友人です。」
「へぇ~、貴女の親友ねぇ…やっぱり、告白されたことあるの?」
「こくっ!?」
何言ってるのティーサさん!?
「あー…それに関しては秘密で…」
まんざらでもなさそう!?
この島の恋愛観どうなってるの本当に…あ、いや冗談か。
…ちょっとのっかってみようかな。
「そう言えば、僕のことナンパしてきてましたよね?」
「うっ、今それを言いますか…
というか、あれはそもそもナンパではありませんから。本当にただ良いお店を知りたかっただけです。」
まあそうだよね。
「あら、それは初耳ね。
もし私の許可無くマノアに手を出したら、ただじゃ済まないから。」
「誓って手は出しませんし出しませんから。安心してください。」
ティーサさん、いつの間にか僕の保護者になってる。
僕もれっきとした大人なんだけどな…なんならレストランの経営もしてるよ?
…でもお世話になってるわけだし、否定しきれないか。
「でも、マノア様から疑ったお詫びがしたいと言われておりまして…そっちは期待しても良いですかね?」
「はぁ…マノア、生真面目なのは良いけど変なコト要求して来たらちゃんと拒絶しなさい。」
「命令なんですね…あ、もちろんそんなことは言いませんよ。
というか、最初に良いお店を紹介して頂けましたので別に良いです。お料理に関してもこちらもいくらか教わっていますから。
それに…美しいお嬢様2人と仲良くなれました。これ以上の報酬がありますか?」
「2人?」
「……あのね。」
「あ、僕ですか!?
すみません、美しいだなんて言われたことなかったので。」
「可愛らしいなら幾度となく言われたでしょうけど。」
「そ、それは言わないでください…」
「…つまり、自分が可愛いと?」
「あっ!? いえ、違います! 確かに言われはしますけど自覚なんてするわけないじゃないですか!」
「嫌味?」
「違います! 僕だってそんなこと言われたくないんですよ!」
「どうして?」
「どうしてもなにも…
……ぼ、僕だって綺麗だとか美人だとか言われたいんですよ! 可愛いってなんか、その、子供みたいじゃないですか!」
「そういう所を気にするのも子供っぽくない?」
ぐうの音も出ない。




