五十一話 逃げました!
(マスターの魔力操作…断絶。マスターの緊急操作…拒絶。)
必死にもがき、あらゆる対抗策を試している間にも杖に黒い炎が近付いていく。
(テレパシーによるSOS…反応無し、説得は…聞いてくれそうもないですね…)
杖は冷静であろうと努めた。冷静に対策を練れば、抜け出せないはずが無いと。
だが、どう言う訳か今の彼から逃げることは出来そうになかった。契約の裏をついてまで抜け出そうとしても、それが出来なくなってしまっている。
この間一秒足らず。杖は自身の消滅を覚悟した。
「待ってくれ、マノア。」
意外にも、それを止めたのはレーサだった。
彼女の右手は彼の腕を掴み、炎を乗せた手を止めていた。
当然彼は振りほどこうとしているが、レーサの手からは逃れられなかった。
「お前にとってその杖がどれだけ嫌かは分かる。正直、オレもお前を止めるのはどうかと思ってるくらいだ。」
彼女の左手は彼の頭を撫でていた。
それでも、彼は振りほどこうとするのを辞めなかった。
「…辛かったよな。恥ずかしかったよな。
でもさ、その杖に助けられたヤツだっているんだ。オレも、ここにいる奴らも。
多分、ソイツはこれからももっと多くの“救われるべき人”を助けることが出来る。その中にお前も含まれるかもしれない。
もうこの杖と一緒に戦わなくても良いからさ…それ、残しておいてくれないか?
きっと、それが希望になる奴が居ると思う。オレにとっての先輩、お前にとっての…オレ達みたいにさ。」
「………」
黒い炎が小さくなっていく。
マノアの抵抗もいつしかなくなっていた。
『…マノアさん、今まで本当にごめんなさい。』
サクラライトも謝罪を始める。
『貴方の意志を無視して、こんなに傷つけるまで戦わせてしまっていました。
あまつさえ、そんな貴方を見た後も戦わせようとしていました。
私のしたことは到底許される者ではありません。
なので私は…私は、貴方との契約を破棄します。
勝手ながら、活動は続けさせていただきますが…それはあくまで他の方で、合意の上でという形を取らせて頂いてです。
もしかしたら、貴方を助ける事もあるかもしれませんが…その時以外はなるべく近付かないようにします。
ですから…私は許さなくてもいいですから、その活動だけは、続けることを許していただけませんか?』
「………」
2人の説得に折れたのか、黒い炎は完全に消滅した。
「……あれ? 終わり? てっきり1バトルあるかと思ったんだけど…」
「丸く収まるなら良いだろ、余計なこと言うなよ姉ちゃん。フラグが建つだろ?」
「ちょっと、今真面目な雰囲気なんだから黙っててよ。」
「……後ろの2人のせいで台無しね。」
と、三人の隣でボソボソと言いあっていると。
「…………あの、悪いんですけど…」
マノアが口を開いた。
「…どうした?」
声色から彼が正常であることが分かったレーサは彼の腕を放した。
それと同時に彼の手にあったサクラライトも解放される。
「………しばらく一人にさせてください!!」
マノアは逃げ出した。
黒い炎を出す前に感じていた羞恥心が戻ってきたのだ。
毛布を被っていても毛布の外から人の気配を感じて落ち着かない事を悟った彼は。
誰も部屋に入れず、数日間自室に引きこもった。
「もう大丈夫なんだな?」
「はい、その節は本当にご心配をお掛けしました…」
レストランシーサイドの数日間にわたる謎の臨時休業を終えてしばらく。レーサ、進矢、彩弓の3人が来店した。
彼らはシーサイド再開の知らせを聞いて急いで来たのだが、すでに夕刻。久々の再開と同日に来た常連も既に帰っており、三人の貸し切りのような状態になっている。
その為厨房を完全に空け、マノア、フォリスの2人も同席していた。
「レーサさんが今日中に来れるとは思わなかったな。もしかしてこの町にずっと残ってたのか?」
「いや、一回出て行った。そんで…コレ。」
彼女が差し出したのは薬だった。
「これ…前の疲労回復剤ですか?」
「精神的な疲労には効かないって言われたけど…気休めにはなるかなってさ。
…まあ、ソイツには嫌な思い出があるだろうからな。無理に飲まなくても良いぞ。」
その薬を服用した日、彼の店は荒らされてしまった。
薬の副作用のせいで騒動に気付けなくなってしまったことを、彼女は今でも気にしているらしい。
「いえ、頂きます。
今はフォリスも居ますし、いざと言う時には起こしてもらえば良いんですから。」
「…そうか。ありがとな。」
「…? お礼を言うのは僕の方ですよ?」
「あ、それもそうだな。」
ハハハ、と短く笑う2人。この間も他三人は何かを話している。
「今回の事件、前の世界の記憶に無いの?」
「ううん、無いよ。けど、あの杖の手配書は見たことあるかな…
一度マノアさんに探そうって言ったんだけど、どうせ無駄だから止めておけって言われて止めたんだよね。
もしかしたら、ウチがシーサイドに来る前に今回みたいな流れで壊しちゃったのかも…あ、でも向こうのマノアさんはあの黒い炎は出さなかったかな…
前も言ったけど、どうもこっちの世界と前の世界って色々違うんだよね…
Web版と書籍版みたいな違いかと思ってたけど、原作とアニメ、しかもアニメのスタッフが暴走してる場合くらいの違いがあるかも…」
「フォリスちゃんからそんな説明聞きたくなかった!」
「日本のサブカルに染まりすぎだろ…実は日本からの転生者なんじゃないのか?」
「違うからね!?」
マノアとレーサの2人は3人の話を理解できそうにないとみて話を続ける。
「…ここだけの話なんだけどさ。
実はオレ、この町に拠点を作ろうと思ってるんだ。」
「そうなんですか?」
狩人は基本旅をしながら依頼を達成して路銀を稼ぐタイプと、一つの町に拠点を置いて依頼をこなしていくタイプに分かれる。
前者から歳を重ねて後者に切り替えることが多いが、そう言う意味では腰を据え置くには早い気がしないでもない。なのでマノアは疑問を感じていた。
「ああ、そうだ。
いつかは故郷に拠点を作ろうかなって考えてたんだけど、マノアの町にって言うのも悪くない気がしてな。
拠点なんて移そうと思えば移せなくも無いし、お試しみたいなもんだ。それくらいの軽い気持ちでな。」
「普通拠点なんて二転三転するようなものじゃないと思うんですけど…」
「オレ、自慢じゃないけどケッコー稼いでるんだぜ? 小さい家なら2、3軒は余裕で建てられるくらいの貯金はあるんだ。
しかも、最近は強い剣が手に入ったからな。どんな獲物でもバッタバッタ! これからの稼ぎにも期待できんだ!」
「最近…もしかして、この前魔物に襲われた時の?」
「ああ、飯食いに行った時に貰った奴だ。
すげーのなんのって、いくら切っても切れ味は落ちないし錆びもしない。未だに刃こぼれの一つもしてねーんだ。手入れ要らずなんだよな。
しかもよく切れる。試しに岩を切ってみたらマジで切れたんだからびっくりだぜ。」
「いいなぁ、僕もそんな包丁が欲しい…」
「そこで包丁って言うあたりおん…料理人だな。」
「…今女の子みたいとか言いかけませんでしたか?」
「いや? 気のせーじゃねーか?
とにかく、そういうことだからこの町に拠点作った時は挨拶に来るからな。お前が働きすぎてないかもになるしさ!」
と冗談を飛ばす最中、彼女はサクラライトが去り際に残していた言葉を思い出していた。
『助けて頂いたお礼、と言う訳ではありませんが、一つ忠告を。
彼の黒い炎…気を付けた方が良いですよ。
アレは文字通り全てを焼き尽すでしょう。可燃物も不燃物も、概念でも現象でも関係なく。
魔法にも能力にも近いようですが、そのどちらにも合致しません。私の分析を持ってしても謎の力と言わざるを得ないんです。
あと、あの力を発揮している間、彼自身の意識は無いみたいですね。次は知り合いだろうがなんだろうが構わず燃やされてしまうかもしれませんよ?』
「……」
「その辺りはもう心配しなくて良いですから…って、聞いてます?」
「あ、ああ。聞いてた聞いてた。
今のは冗談だからあんま本気にすんなよ。いざって時はフォリスが止めてくれるだろうしさ。
そん時は素直に休めよ?」
「はい。
あ、さっきの薬は今日使わせて頂きますね。久々の仕事で疲れが溜まっちゃったみたいで。」
「わざわざ言わなくても良いんだぞ?」
「そうですけど、なんとなく。」
話し込んでいる間にマノアとフォリスの2人も空腹を覚え、早めに店を閉めて三人と共に夕食をとった。
五人の時間は和やかに過ぎていった。
「…そろそろ寝ようかな。」
三人が帰った後、マノアはフォリスを先に寝かせて一人で片付けを行っていた。
それが全て片付いた頃には彼の眠気も限界となっていた。
(そうだ、レーサさんからもらった薬…)
寝る前に飲もうと一度自室に置いた薬がベッドに入る直前に目に入った。
彼は薬を口に放り、一息に飲み込む。
(……あれ…?)
疲労回復の薬の副作用で眠りが深くなる。
彼はその直前にある程度の眠気が出るのは覚えていたが、その記憶よりも強力な眠気に襲われることに違和感を感じた。
(………)
…彼はベッドに入る前に倒れ込む。
それは眠りではなく、気絶だと。もしその時の彼を見た者が居ればそう言うだろう。
しかし、そんな者はどこにもおらず。
彼は気絶を自覚せぬまま意識を手放した。




