3話 新たな訪問者
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「いやー遊んだ遊んだ! 夏休みだからって一週間に2回も海に来れるなんて、探偵さんについてきてよかったー!」
「ちょっと…………はしゃぎすぎ…………かな…………」
「ちょっとどころじゃねーよ。2時間ぶっ続けでおじさんにビーチバレーなんかやらせやがって…………」
わざとらしく腰をさする相一に詩織が怪訝な目を向ける。
「…………探偵さん、さっき自分の事のお兄さんって言ってたくせに」
「本当の大人ってのはな詩織ちゃん、都合のいい時だけ大人面するのが上手い奴の事を言うんだぜ」
「キメ顔してるところ悪いですけど全然かっこよくないですからねそれ」
時刻は夕方6時頃。凶悪なまでの夏の日差しがようやく収まり始めた頃、天柳探偵事務所まで歩いて10分の最寄駅からの帰り道。
駅で買ったアイスクリームの入ったビニール袋を揺らす相一と詩織、千里の三人は他愛もない会話を交わしながら帰路についていた。
「氷柱ちゃんも来ればよかったのになー」
「まあ時期が時期だからな。夏場のビーチなんてあいつにとっちゃいるだけで我慢大会みたいなもんじゃねえのかな」
「前来た時は…………結構無理…………してたのかな…………?」
首からかけたゴツめのヘッドホンを揺ら千里が心配そうに言葉を紡ぐ。
「まだ明るい時間だったからな…………。荒事になった時に純粋な妖怪が相手だと俺と璃亜だけじゃどうしても手に余る。情けない話だけどさ」
自身の力不足に思う所があるのか決して明るくは無い表情で手の中のスマホをくるりと翻す。
「でも! この前来た時は本当に楽しそうに遊んでましたよ! 無理して、とかじゃなくて皆で遊びたかったのはきっと本心だと思います!」
「本人に言っても…………多分、ううん絶対認めないと…………思うけど…………」
「はは、そうだな」
事務所に向かう道のり、その最後の曲がり角を曲がった頃に詩織がふと思い出したかのように手を叩く。
「そういえば探偵さんと氷柱ちゃんの出会いってどんなんだったんですかー?」
「それは確かに…………少し気になります…………」
「あれ、千里ちゃんは知らないの?」
「わたしが…………事務所に来たのは…………氷柱ちゃんより…………後だったから…………」
「あー千里ちゃんの話も気になるけど――――、先に氷柱ちゃんの話が聞きたいなー! 本人がいるとこだと絶対させてくれなさそうだしね」
「そんな大した話じゃねえぞ? 丁度一年前くらいか、今日みたいに依頼の帰りだったんだけどさ。クソ暑い中、駅から事務所まで歩いて帰って来たらなんか倒れてたんだよ…………人が」
相一の話を聞いていた二人の少女がぽかんと口を開け、反応に困った様な表情を浮かべ足を止めた。
「おいおい、そりゃ確かに俺も驚いたけどそんな大げさに反応する話でもなかったと思うけど」
「あの…………所長さん…………それ…………」
遠慮がちに千里が指差すのは相一の足元。すでに天柳探偵事務所の玄関前まで来ていた相一が一体何だという風に己の足元に視線を落とした。
真っ先に感じた印象は青白く光る水溜まりの様な物。
そしてその中心には一人の少女。灼熱のアスファルトに四肢を投げ出すような形でぐったりと、身動き一つせず横たわっていた。
水溜まりの様に見えたのは汚れ一つない青白い髪、少女の腰ほどまである艶めく長髪が無造作に広がっていたためだった。
「そうそうまさにこんな感じで――――――って、おい氷柱!?」
一拍遅れで目の前の光景を理解した相一が慌ててしゃがみこみ足元の少女へと手を伸ばした。彼の指先が少女の方に触れる、その直前に。
「…………っ!? 所長さん、それ、氷柱ちゃんじゃな――――」
ガバッ! と、地に伏せていた少女は獲物に襲い掛かる猛獣の様な動きで腕を振り上げ相一に飛び掛かる。だが、どんな力を秘めたるか予測もつかないその腕が彼を捉える事は無かった。
ビィンと、張りつめた鎖が軋む。相一の手に握られたスマホの画面から伸びる一本の鎖、道端の電柱を引っかけるような形で少女の手首に巻き付いていた。
「いきなりと、――――――随分なご挨拶じゃねえか」
スマホを握る手に力が籠る。自分の背後には戦闘力を持たない妖怪一人と普通の女子高生が一人。もし相手が明確な敵意を持って襲い掛かってくるのであれば最優先は後ろの二人の身を守る事。
「二人共、下がってろ」
正確な時間は不明だが陽の降り具合から見て完全な日没まではもうしばらく猶予がある。
(まだ璃亜は起きてない! 頼りの氷柱は事務所の中――――)
目の前の事務所までおよそ10メートル、距離の上ではさほどでもないとはいえ背後の少女達を守りながら辿り着くには決して短い距離とは言い難い。
張りつめる様な緊張感の中、迅速に状況を整理していく相一。
そこで、目の前の少女が動きを見せた。
ギリィッ、と己の手首を縛る鎖を軋ませながら相一に迫ろうする謎の少女。相一のスマホを握る手にも力が籠る。
「――――――ッ!?」
この少女の正体は分からないが相一の鎖で動きを制限出来ている所を見ると物理的な膂力は人間と大差ないらしい。
その少女の口からぽつりと、漏れた一言が相一の動きをぴたりと止めた。
「………………あいす」
「――――――へ?」
「…………………何でも良いので…………何か、冷たい物を…………うぐぅ」
呆気にとられる相一、彼の力が緩んだ拍子に謎の少女が覆いかぶさるように倒れ込んできた。ふわり、と甘い香りが相一の鼻をくすぐる、と同時にひんやりとした冷気が彼を包み込んだ。
「お、おい――――ちょっとあんた!?」
突然の行動に相一の声が裏返る。謎の少女に突然抱き着かれた、だけに留まらずそのか細い手が彼の身体をまさぐる様に全身を這いまわる。
「冷たいっ! つーかくすぐったいって! ちょ、おい、やめ――――あひゃひゃひゃ!」
「…………あった」
少女の両手が掴んだのはさっき買った物が入ったビニール袋。相一が止める間もなく、ビニール袋の口に頭からずぼりと突っ込んだ。
「千里ちゃん、なにこの状況」
「…………さあ?」
「あのーお二人さん? 呑気に話してないでこれをなんとかしてくれねえかな」
「なんにしろこの光景を氷柱ちゃんが見たらまた大変な事に――――あっ」
されるがままの相一が背後の二人に助け求めるような視線を送るが、当の二人は逆に相一の背後に目を向けていた。
「………………えー、と」
二人の視線の先に何が待っているのか、なんとなく想像がついてしまった相一が恐る恐る振り返る。
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