3話 濡れ女の本気
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「ほんっと、うんざりするほどしつこいわねぇ!」
「うんざり、と言うならこちらもそろそろあなたの顔面を叩き潰すのに辟易してきた所です」
ズパァン!! とサンダルを履いたしなやかなつま先が濡れ女の首から上を水しぶきに変える。
「だったらいい加減諦めたらどうかしらぁ」
「そういう訳には行きません、そちらの方を取り戻すまでは」
一体どうやって視界を確保しているのか見当もつかないが、頭部を失った水張の両腕が獲物を狙う蛇の様な動きで正確に璃亜の首へと伸びてくる。
明らかに腕の間接を無視した軌道で彼女の首筋に纏わりつこうとする濡れ女の細い腕。
それを右手でだけで捌ききり、残った左手で首も無く腕も不自然な曲がり方していても尚妖艶さを失わないその豊満な肉体を唐竹を割る様に真っ二つに引き裂いた。
「いやほんと、あれで全開の一〇〇分の一くらいの力しか出せてないっていうんだからつくづく吸血鬼って化け物よね」
「まだ陽も落ちていないし…………吸血鬼でもない、普通の人間と変わらない筈なのに…………」
相手が妖怪でなければ軽くスプラッタな光景なのだがそれを目の当たりにした二人の妖怪の反応は呑気なものだった。
氷柱と千里がそんな話をしている間にも辺りに飛び散った水しぶきが急速に人の形を形成していく。この光景も既に何度も繰り返されてきたものである。
「…………あなたとこうしてるのも中々刺激的で素敵な時間ではあるんだけれど、楽しい時間には終わりがつきものなのよねぇ」
突如、濡れ女の目の色が変わる。
「そっちの彼と大事な予定もあることだし、悪いけどあなたの相手はここまでにさせてもらおうかしらぁ」
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ! と水張の背後から新たに蜘蛛の脚の形状をした水の刃が現れる、だけには留まらず水浸しの地面からも同様の物が伸びており洞窟内を埋めつくす勢いでその数を増やしていく。
「おい! 濡れ女、俺に用なら後でゆっくり聞いてやる! だからここは一旦―――――」
言いかけた相一の口元にバレーボール程の水の塊が纏わりつく。
突然呼吸を遮断され相一の目に焦りが浮かぶ。
「所長――――ッ!?」
「別に命まではとるつもりないわよ。ただちょっと静かにしてもらおうと思ってねぇ」
夥しい数の蜘蛛の脚が一斉に蠢き、その先端を璃亜に向ける。
「これは流石に私一人では手に余りますね、氷柱さんフォローお願いします!」
返事は待たない。黒いポニーテールを揺らす少女は己に向けられた無数の刃の山へ迷い無く飛び込んでいく。
「はいはい、分かってるわよ!」
ギャリンと、まるで手品の様にいつの間にか氷柱の両手に三本づつ透明な氷剣が握られており、それを大きく振りかぶりながら璃亜を追いかける様に駆け出した。
「そ――――――れっ!!」
構えた氷剣を間髪入れず投擲する。
左右三本合計六本のそれは璃亜の頭上から迫る無数の水刃とぶつかり合い双方粉々になって砕け散る。
「そっちの元気なお嬢ちゃんの相手も中々楽しかったけど、それもまとめてここで終わりにさせてもらうわよぉ」
ぱしゃりと水張が大きく前に出る。そしてそれに追従する様に無数の蜘蛛の脚が動き出した。一本の脚に二本が巻き付き、さらに上から三本四本と次々にその質量を増していき気づけば大木の如き太さにまで成長した一本の水流が璃亜の頭上を通り越し青白ツインテールの少女目がけて飛び出していく。
「そんなもん、多少太くなったくらいで何も変わらないっつーの!! 一瞬で凍らせて――――ッ!?」
氷柱が目を見開く。
確かに、雪女の突き出した両手から吹きすさぶ冷気は膨大な質量を誇る水の柱を凍結させた。
だが、圧倒的な勢いで迫る水流の塊は表面が凍り付いた程度では止まる事なく標的を飲み込まんとする。
「あたしが凍らせる速度よりもあいつの操る水の方が勢いが勝ってるって事か!」
「氷柱ちゃんあぶない…………っ!!」
千里がその幼い手を伸ばした時には既に、雪女の眼前まで迫る濁流がその白く凹凸に乏しい身体を呑み込んだ。




