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吸血秘書と探偵事務所   作者: かみこっぷ
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28/90

2話 迫る猟犬


『そこの角を左です』


「はぁッはぁッ。左っ!? ここからなら大通りを突っ切ったが近いんじゃ?」


『夏祭りの影響で交通規制が敷かれています。多少、遠回りでも裏道を通った方が早いです』


「さすが、頼りになるナビゲーターね」


「まったくだ」


事務所を飛び出してからおよそ20分、暗くなり始めているとはいえ時期が時期である。千里のナビに従い街を駆ける二人の額に汗を滲ませるには十分な時間だ。


『次の十字路はまっすぐ、…………っ!? 二人共気をつけて! 何かが凄い勢いで二人を追いかけてきてる!』


「ッ!? 氷柱! 一旦、どこかに隠れ――――」


「残念、もう遅いみたいよ」


身を隠す暇も無く、追跡者が姿を現した。それは大型の――――――


「犬、いや狼か。それも6、7、8、…………何匹だ?」


眼前には唸り声を上げる十数匹程の獣の群れ。その群れを率いるのは、一際大きな体を持つ傷だらけの個体だ。傷だらけの大狼が短く吠える。それを合図に、狼の群れが相一と氷柱を取り囲もうと大きく散開していく。


「野生の、って訳じゃ無いわよね。ちびっ子、あたし達を追いかけてたのはこれで全部なの?」


スピーカーモードに設定されている相一のスマホから千里の声が届く。


『はい、辺りに怪しい影もありませんからそこにいるのが全てだと思います』


「そ」


氷柱の対応は迅速だった。


今にも獲物に飛びかかろうと身を低く構えた狼達と相一との間に割り込むように、するりと一歩踏み出した。と、同時に――――――


バキバキバキバキパキンッ!!


高さ五メートル、厚さ一メートル程度の氷壁が、狼の群れと氷柱を覆うように現れた。


「氷柱!」


氷壁の外側から相一が声を上げる。


「相手が狼じゃあ走って逃げても追いつかれるでしょ。ここはあたしが引き受けるから、あんたはさっさと行きなさい」


相一が氷壁の向こうへ視線を向ける。その目にあるのは動揺でも、心配でもない。


「…………わかった、ここは任せる。だから璃亜の事は俺に任せてくれ」


相一は再び目的地を目指して走りだす。氷柱は彼の背をちらりと一瞥すると、狼の群れに向き直った。

その時、群れの中では若いと見える二匹がその牙と爪を雪女の柔らかな肌に突き立てんと飛びかかった。

妖怪と言えども肉体的な耐久度は人間の少女とそう変わらない雪女である。狼の持つ鋭い牙と爪であれば、触れるだけで軽くその身を引き裂くことになるだろう。


――――――ただし、それが彼女の体に届けばの話だが。


ゴゴンッ! と、背後にそびえる分厚い氷壁から撃ちだされた氷塊が、飛びかかって来た二匹の若い狼を直撃する。


ぎゃいんッ、という呻き声を発しながら地面に叩き落とされる二匹の狼。


「悪いけどあたし、猫派だから。優しく手加減なんてしてあげないわよ」


傷だらけの体を持つ群れのリーダーが、傷ついた二匹を庇う様に前へ出た。その眼光は鋭く、低い唸り声と共に目の前の獲物を見据えている。


「ま。あたしも鬼じゃないし、アイツを追わないってんならこっちから何をしようってわけでも…………へ?」


どこか違和感を覚える。先ほどより、目の前の獣との距離が詰まっているように感じる。

自分は一歩も動いていない。もちろん正面の敵から注意を逸らしたりもしていないので、傷だらけの狼がその場から動いていないことも分かっている。


という事は。


(こいつ――――! さっきよりデカくなってない!? アハ体験じゃないっつーの!)


そう気づいた時には既に、傷だらけの体格は大型バイクと変わらないほどに膨れ上がっていた。その分厚い毛皮の下には強靭でしなやかさも併せ持つ筋肉がギッチリと詰まっているのだろう。


「まぁ、でも、大型犬がちょっと大きな大型犬になった所で何が変わるわけでも…………ッ!?」


その時、傷だらけの巨大化に気を取られた隙に一体の狼が氷柱の死角から飛び出してきた。


「くっ、――――この!」


上半身を思い切り捻るようにして迫り来る爪を躱す。その肌には届かなかったが、刃物の様な爪の切っ先が彼女の胸元を掠め、着ていたシャツが切り裂かれる。普段コンプレックスでしか無い慎ましやかなバストにこの時だけは感謝するが、無理な避け方をしたせいで、大きく体勢を崩す事になった。そして氷柱の体勢が崩れたタイミングで、反対側から接近する個体が一匹。


一瞬で手元に氷剣を生み出し、その鼻先に突き立てる事で突進を止める。


そこに。


エンジン音と聞き間違えてもおかしくない程の低い唸り声を上げながら、傷だらけの巨体が突っ込んでくる。


「ちょっとアンタら、チームワーク良すぎんでしょ!?」


氷柱の眼前に、車のタイヤすら丸呑みに出来そうな程の大口が迫る。



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