2話 少女の身に迫るのは
「あちゃー、ちょっとゆっくりしすぎたなぁー」
夕日に赤く照らされた街をとある少女がサイドテールを揺らしながら駆けている。日も落ちかけ、昼間に比べ気温も下がったがそれでも少女の額を伝う汗は少なくない。現在時刻は午後4時。夏祭りの開始は午後5時からだが、一度事務所に立寄ることを考えるとギリギリな時間だ。
(この道、暗いし人通りも少ないからいつもならはあんまり通りたくないんだけど)
普段なら人目の少ない道は避けるようにはしているが、時間的猶予が余り無いことを考え、いつもとは違う道を選択する。不幸な事というのは得てしてそういう時に出会うものである。時間を確認するために携帯の画面に視線を落としていたことも災いした。
「あっ」
と、思った時には既に遅い。曲がり角から現れた少年の集団に頭から突っ込んでしまう。
「きゃぁッ!?」
「うっおォ――ッ!?」
そのまま少女は集団の中の一人とぶつかり思い切りつんのめった挙句硬い地面に倒れこむ。一方ぶつかられた少年は軽く尻もちをついた程度だが、手にしていた缶ジュースの中身を頭から浴び、少年のシャツにデカデカとプリントされた目つきの悪い猫がオレンジ色の涙を流していた。
「ぎゃッははははははは!!」
「女にぶつかられて尻もちとかダサすぎんだろぉー」
耳ざわりの悪い声が品の無い笑いを上げる。
「うるっせぇよ!! ――――おい、テメェ」
全身から甘い匂いを漂わせる少年は立ち上がり少女を睨みつける。
「あ、あの……え、と――ご、ごめんなさい! 私急いでて、それで、あの、前方不注意だったといいますか……」
「ごめんで済んだら警察いらねェーだろうが! つーか、コレ、この服、どーしてくれんの? 安いもんじゃあ無いんだけど」
自分より一回りも大きい男の怒りに萎縮してしまう少女。
怒る少年の後ろでは、
「お前その台詞言ってみたかっただろ」
「てゆか、その服、この前ユニクロで買ったやつじゃん」
という会話がなされていたが、目の前の状況で一杯一杯な少女の耳には届かない。
「え、と……私、べ、弁償します! その服の値段言ってもらえれば……」
「あー、そうだなぁ。コイツは超のつくレア物だからなぁ、軽く十万はくだらねぇなぁ」
少年の言葉に少女は顔を青くする。少年が告げた金額はそんじょそこらの女子高生を絶望させるには十分な額だった。
「そ、そんな――――。そんな、ユニクロで売ってそうな服が十万円だなんて!」
後ろでは少年の仲間が爆笑しているが、テンパりまくっている少女は、自分が笑わているのだと思い込みより一層慌てふためく。
笑われているのが自分だと理解している少年は声を荒らげて、
「とにかく! 十万は十万だ、もし払えないって言うんだったら…………まあ、分かるよな?」
下卑た笑みを浮かべる少年に気圧され思わず後ずさる少女。だが三歩も下がらない間に背中が壁に触れる。
「結局ヤリたいだけなんじゃねーか」
「そういえば俺の服にもちょびっと飛沫がかかってたわ」
「あー俺も俺も」
少女が小さく悲鳴を上げる。逃げ場を無くした少女に不愉快な笑顔を貼り付けた少年達が詰め寄る。柑橘系の爽やかな香りにはとても似つかわしくない、ねっとりとした欲望にまみれた腕が少女の身体に迫っていた。




