2話 守りたい日常
「まったく、何度人の着替えシーンに出くわせば気が済むのよアンタは」
レタスと生ハムがメインのサラダを頬張りながら氷柱が口を尖らせる。その頬が心なしか赤いのは先の出来事を思い出してしまったせいだろうか。
「その節はどうも、申し訳ありませんでした」
へへー、と殿に使える武士の様に低頭する事務所の所長。その姿に所長としてに威厳はかけらも無い。
「そういえば詩織さんは一旦家に帰られるんですよね?」
「そうですねー、シャワーは昨日借りましたけど服とかそのまま着ちゃってるんで一度着替えとか諸々を。あ、ちゃんと夕方過ぎには帰ってくるんで大丈夫です!」
一足先に朝食を終えた詩織が席を断つ。
「ごちそうさまでした! じゃあ、私は一回家に戻りますね」
「おーう、また後でな詩織ちゃん」
「はーい、探偵さんまた後でー!」
バタバタと、元気の良い足音が事務所を後にする。
「まったく騒がしい子だなぁ」
「あれが彼女本来の性格なんでしょう」
「ああ、そうだな」
初めて彼女がウチの事務所に訪れた時からは想像もつかない姿だ。当時、彼女は親友の不審死に精神的に追い詰められ、かなり落ち込んでいた。相一が友人の死の謎を解き明かした事で妖怪という存在に触れ、自分と同じように怪異に苦しめられる人間を助けるたいと考えるようになった。最近は探偵助手を自称し、天柳探偵事務所に入り浸っている。
「ごちそうさん。さて、夕方まで何して過ごすか」
「所長さん……かき氷のシロップが……、切れかけてました……」
そういえばそうだった。屋台が予想以上に大盛況だったおかげで、当初用意しておいたシロップがほとんど尽きかけていた。
「じゃあ、今からの予定は買い出しで決まりだな。氷柱と千里も付いて来てくれるか」
「……はい、……所長さん」
「外暑いし、あたしはパス」
「そういえば、今日からサーティワンのアイスに新フレーバーが追加されてたような……」
「よし行くすぐ行くさあ行くわよ」
単純な奴め。こいつのアイスクリームに対する情熱はもっと他の事に向けられんのか。
「そういうことだから、ちょっと行って来るよ。留守番頼んだぞ璃亜」
台所で食事の後片付けをしている璃亜に声をかける。
「いってらっしゃいませ所長、……くれぐれも無駄遣いの無いよう」
「う……、最近はそんな事無いと思うけどな」
「ホラホラ何してんの、さっさと行くわよ」
「……じゃあ、……行ってきます」
事務所を一歩出ると、真夏の日差しが容赦無く肌に突き刺さる。
もう帰りたくなってきた。
「……うーあづぃー。ダメだ、これはダメだ。溶ける、あたし溶けちゃうー」
隣を見ると氷柱も同意見の様だ。普通の人間でこの有り様だ、雪女からすれば真昼の砂漠の放り込まれたようなものだろうか。
「氷柱やっぱお前も留守番でいいぞ、正直ここまで暑いとは思ってなかった」
「……いい。ついてく」
「そうか、でも無理はしないようにな。やばそうならすぐ言え、どっか涼しい所で休んでいくから」
「わーかってるわよ、やばそうならアンタに背負って貰うから」
「……私は、……肩車で」
いや、いくら女の子でも二人分の体重を支えるのは無理があると思うぞ。
他愛も無い会話を交わしながら歩を進める。こういう時間は良い物だと思う。人間と妖怪が一緒になって笑い、たまに泣いたり怒ったり。今でこそ、妖怪という存在が世間に認められ始め関わりを持つ人間も増えてきているが、ほんの一年程前はその存在を知る者はごく一部の人間に限られていた。
しかし、いや……やはりというべきか妖怪という異質な存在は全てが綺麗に受け入れられたわけではない。
未だに妖怪といのはお伽話の中だけで、実際にはいるわけないとその存在を否定する者や、その存在を認めた上で人間と大きくかけ離れたその力を自らのために利用せんとする者もいる。特にたちが悪いのが後者である。
現在、妖怪を対象とした法律は一つも無い、それはつまり妖怪を縛る法も守る法も無いということだ。
何をしても許される代わりに何があっても守ってもらえない、それが現代社会が定めた妖怪という異物との関わり方だった。そこに目つけた者達がいた。
妖怪とは、人間には到底不可能な事を軽々とやってのける存在であり、それを己の欲望のために利用し、使役し、支配しようとする人間が。全ての妖怪に人間を片手でひねり殺せるような力があるわけではない。中には、特殊な能力を持ちながら物理的な力は人間とそう変わらない妖怪だっている。
人間に妖怪は殺せない、殺せないが縛り付ける程度の事はできる。縛り付けられるなら使役することが出来ると、そう考える者達がいた。
彼らは自身の利益のために妖怪を利用する、中には自分から人間に力を貸す妖怪もいるがそれは稀な例だろう。そういう背景があるため、世間が妖怪に向ける視線は気持ちのいいモノではない。露骨に顔しかめる人間は少ないが、それでも自ら進んで関わりあいになりたいと考える者はそれ以上に少ないだろう。
まあ、身近に一人いるんだけどな。
妖怪によって友人の死という理不尽な出来事を突きつけられて尚、前向きに彼らと関わろうとする変わった女子高生が。
「ああいう子がもっと増えればいいのに、ってのは人間の傲慢なのかな」
「? ……何の話です、……所長さん?」
何でもないよと、そう応える。千里と氷柱は不思議そうな顔をしたが、すぐに楽しげな笑顔に戻った。
夢、というには大げさかも知れないがいつの日か全ての人間と妖怪がこんな風に笑いあえる日がくればいいと、そう思う。そこから、他愛のない会話しながら歩くこと数十分。ようやく目的地前に到着した。
「よーし、着いたぞ。まずは買う物買って、それからアイスだな」
「なんでもいー、冷房効いた所に入れるならなんでもいー」
「……氷柱ちゃんは、……自分で気温下げられるんじゃ?」
「元の気温が高いほど体力つかうのよー、ウチワで全力で仰いでもその分疲れるからあんまり意味ない、みたいな?」
「……雪女さんも、……大変なんですね」
「ホラホラお前ら話はとりあえず中に入ってからだ。コレ以上外にいたら、元々少ない氷柱の胸が溶けて更に小さくなってしまうかもしれん」
「うぁー、駄目だ。こいつを殴る元気すら出ないわ」
大型デパートに入るだけでも何かと騒がしい連中だった。




