第九十三話 (閑話)甘い香りは恋と菓子
「ただいまー」
「おかえりなさい、ポチさん!」
エルナを任務を引き受けて早3日が経った。順調に俺たちはウエストリアに近づいていく。
エルナと共に行動をするようになった訳が、意外とエルナは俺たちの生活に自然と馴染んでいった。バイクにも初めて乗せた時も驚きはしたものの、直ぐにその乗り心地にハマったのか喜んでいた。
昼飯の時間になり、そろそろ肉がつきかけていたので近くの茂みに俺は狩りに行き、家に帰って来るとエルナがいた。
「暇だったのでお掃除の方やっておきましたよ」
「サンキュー!すぐ昼飯の準備っすから待っててくれ」
俺がそういう頃には太陽は真上に上がっていた。俺は慌ててキッチンに駆けると、ある事を思い出す。
「あっ!やべぇ洗濯物洗うの忘れてたッ!!」
『しまった~!今日いい天気だから朝、洗濯物干そうと思ってたのにー』
すっかり肉の事を考えていたため、洗濯物の事がすっぽりと頭の中から抜け落ちていた。俺が手を頭に当て呻いていると……。
「洗濯物なら洗っておきましたよ」
「え?」
「今から丁度干しに行こうと思ってたんです」
エルナが指差す方には、洗われた衣服が積まれた洗濯篭の姿があった。
「おぉ!マジか助かったー!」
「いえいえ。これぐらいやっておくのは居候の身として当然の事ですので」
「いやいや!凄く助かったよ。ありがとうなエルナ」
エルナはすぐさま謙遜するが、俺が素直に助かったという気持ちを告げると嬉しそうに笑ってくれた。
「それじゃ、私は洗濯物を干してますね」
「え、エルナちゃん!」
ケンジはエルナを後ろから呼び止めた。
「なにぃ?ケンジ君」
「えっと……その……」
「?どうしたのー?」
振り返ったエルナはわざわざケンジの視線に合わせるよう膝を曲げる。その姿はまるで面倒見のよい優しいお姉さんかのようだった。
「僕もお風呂洗い終わったから、洗濯物運ぶの手伝うよ!」
「本当?ありがとうケンジ君」
「えへへ……!」
ケンジに向かって優しく頬笑むエルナ。ケンジはエルナが喜んでくれたことを嬉しそうに顔を赤らめた。
「ニヨニヨ……ほほぅ!」
『なんだなんだあのケンの反応は』
俺には見せないようなケンジの一面に、何かを察した俺は思わずニヤついてしまう。
きっと俺の顔は相当、意地の悪そうな笑みをしていることだろう。
一緒に洗濯篭を運ぶその二人の後ろ姿は、なんとも言えぬ初々しさを感じた。
「でも、実際やっぱり女の子が一人いるのといないとじゃ全然違うな~」
そこら辺でご飯の時間まで呑気に腹を出して寝ているクロは論外として、ケンジも気は利く方なのだがやはり女子は気づく視点が違って気遣いも半端ない。
エルナは働き屋さんで、仕事も丁寧。俺が何も言わずとも自主的に家事の事も率先して手伝ってくれる。おかけで俺の負担も大分減った。
そして何より、女の人がこの空間に居てくれるだけで些かむさ苦しさを感じる男だけの生活に潤いをもたらしてくれる。
「本当クロにエルナの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ……」
「クルピャ~……!」
俺は呆れた表情で、ポリポリとオヤジのように腹を掻いて気持ち良さそうに寝言を呟くクロを横目で見る。
「おっといけね、そんなことより昼飯昼飯……」
直ぐに昼飯のことを思い出した俺は、足早にキッチンにと向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さてと……」
昼御飯を済ませ、食器なども全て無事に洗い終わる。特に昼の後は直ぐにやることがないため、この後の時間は唯一俺が寛げる時間なのであったが俺はキッチンに立っていた。
「切っちゃうぞ~パウンドケーキ♪」
40過ぎたおっさんがウキウキとした様子でパウンドケーキに包丁を入れる姿は実に異様だと思うが、これには訳があった。
実はアイツらが喜ぶと思って昨日、皆が寝静まった夜にこっそりとパウンドケーキを作っておいたのである。
エルナの歓迎と手伝いを日頃頑張ってくれているご褒美にと作ったパウンドケーキは明日のおやつの時間に出そうと思い、俺は焼いたパウンドケーキに布を被せ、戸棚の中に隠しておいた。
焼きたても焼きたてで旨いが、粗熱の取れたパウンドケーキは焼きたてよりしっとりしてうまいため期待が高まる。
モーモータロスの牛乳とバターをふんだんに贅沢に使って作ったパウンドケーキからはバターの甘い匂いが漏れてくる。
『異世界に来てやっとちゃんとした菓子が食べれる~!』
そう。酒も日本食も大好きなだが、お菓子も同等なぐらい俺は甘いものが好きな甘党。それは自分自身でも自負していた。
俺の仕事場の机の上や引き出しには、いつもチョコや飴などが常備されていた為、あちらの世界では甘い物に飢えることはなかったが、こちらの世界に来てからというもの家建てたり、初めての子育てしたり、なんかボスキャラと闘ったりと(色々ありすぎて以下略)菓子をゆっくりと食べてる暇もありゃしなかった。
なので、久々のあちらの世界の甘味に食べられるとなると胸が踊ってしまう。
『それにもう、この体なら血糖値に悩まされる必要もないもんね!』
切ったパウンドケーキの断面が光輝く黄金に見えた。その輝きは何物にも代え難かった。
至福な香りに包まれながら、俺は均等にパウンドケーキを人数分切り分けていった。




