第八十三話 姉と弟
「二人共、怪我はしてないかい?」
「は、はい……」
「大丈夫です……」
ダルクスは大剣を背にある鞘に収めると草むらに尻もちを着き、ポカーンっとなんとも間抜けに口を開けた二人に声をかける。
目の前には真っ二つに切られた気持ち悪い爆食蛙の断面図が転がっているというのに突然のダルクスの登場にびっくりしてしまいケンジたちはそれ以上言葉が返せなかった。
ダルクスは腰が抜けてしまったケンジたちに両手を差し出して上げ、地面と立ち上がらす。俺は無心になってケンジに駆け寄り、黙って抱き締める。
「わぷっ……!」
急に俺に抱きしめられたケンジは変な声をあげるが、そんなこと今はどうでも良かった。
息も、鼓動も、温もりもちゃんとある。俺は一つ一つ不安を取り除くようにそこにある体温をゆっくりと確認する。
「く、苦しいよ……!ポチ」
「あっ……すまん」
ケンジが苦しそうにしている様子を見て俺はようやく我に返り、ケンジを解放する。
俺はケンジの肩に手を置き、片手でまだ嫌に高鳴る心臓の鼓動がする付近を手で抑え落ち着かせながらも、何故こんなところにいるはずのないダルクスさんがいるのか質問する。
「ダルクスさんはなんでここに?」
「いや~、ポチくんたちの身分証が出来たから早く知らせてあげなきゃって思ったんだけど……よく考えたら、ポチくんたちが何処の宿に泊まっているのか聞くの忘れてたのに気づいてね。仕方なく朝の散歩ついでに二人を探していたら、ケンジ君とリック君が慌てた様子でどっかに走っていくから気になって跡をつけてきたんだ」
そう笑顔で説明するダルクスさん。要するに偶然ケンジたちを見掛けて、様子がおかしかったから来てくれたのか。
相変わらずのマイペース過ぎるダルクスさんに少し呆れながらも今回ばかりはそれに感謝する。
ダルクスさんの気まぐれな散歩のおかげで助かった……!あの数十秒、本当に息をするのさえも忘れ、心臓が止まってしまったかのように生きた心地がしなかった。俺がそう、ホッと胸を撫で下ろしていると……。
パシンッ――!!っと何かを叩くような聞き慣れない音がした。『何の音だ?』っと思い、俺はふっと顔を上げて辺りを見渡すとなんとそれは、リンダさんがリックの頬を叩いた音がであった。
「なんで……なんでこんな危ないところに来たの!!」
リンダさん顔を歪め、約束を守らず家から出てきたリックを問い詰めるようにして雷のような叱責を飛ばす。
「普段からあれほど城壁の外にはモンスターが彷徨いているから子供だけでは出てはいけないと言っているのにッ!室長が来てくれなかったら今頃どうなってたか分かっているの!?」
「ご、ごめんなさいッ……!」
リックはお姉さんにぶたれたことが余程ショックだったのか叩かれた右の頬を抑え、怯えたように小さな瞳に涙を溜める。し、少々やり過ぎでは?と思ったがリンダさんの本気に怒りに満ちた声を傍らで聞いていた俺とケンジはすっかり萎縮してしまい、何も言えなくなって黙り込んでしまう。
「でも、僕これがなきゃリンダお姉ちゃんが困ると思って……」
リックは赤い袋をリンダさんの前に差し出す。
「!それは替えの実弾の……」
「僕にはお母さんとお父さんの記憶はもうないけど、ずっと傍にリンダお姉ちゃんがいてくれた……」
自分とそっくりな瞳の色をした姉の目をまだ強張った表情をしながらも見上げるリック。
「もう僕の家族はリンダお姉ちゃんしかいないから、リンダお姉ちゃんに死んで欲しくなかったから……!」
「!!」
「いつも守ってくれるリンダお姉ちゃんを今度は僕が守ってあげなきゃって、僕……ッ!!」
遂に耐えきれなかったのかリックの瞳から涙は零れ、頬を伝って地に生えている草むらに滑り落ちる。リンダはリックから出た言葉に衝撃を受けていた。いつも自分が守らなければならないと思っていた存在がそんなことを考えていてくれたなんて知らなかった。
リンダはリックのことどれだけちゃんと見ていてあげてなかったのか、いや見ていたつもりになっていたのか思い知らされた。
「ごめん、ごめんねリック……ッ!!無事でほんとによかった……!」
「ウゥッ……!!」
リンダさんはうっすら涙を浮かべ消えそうな声でそう呟くとリックを引き寄せ、強く抱き締めてあげる。リックもリンダさんの体に顔を埋め、掴んだ服をぎゅっと握りしめては離さない。リンダさんの肩の辺りにはリックの涙の跡が付く。
俺たちはそんな姉弟の姿を優しく見守る。
うぅ……!おじさん、歳のせいか涙腺が脆くなっていたからいけねぇや。俺は熱くなる目頭をそっと抑える。
「取り合えず一端、ギルドに戻ろう。ポチくんとケンジくんに身分証を渡さないといけないしね」
ダルクスさんにそう促され、俺達は出来たという身分証を受け取るために冒険家ギルドまで戻ることにした。




