都市アイゼン陥落
体育館は静粛で満ちていた。
音は服のこすれる音のみ。咳をすれば館内の端から端まで聞こえただろう。
「アリア・フォル・レイン」
「はっ」
アリアは席を立つと、カツカツと赤の絨毯を踏みしめ、壇上へ上がる。
壇上には学校長のエッカルト少佐が灰の制服で立ち、アリアを睨みつける。
左右には銃剣を付けた衛兵が立ち、エッカルトに箔をつける。
「皇帝陛下に忠義を尽くし、帝国の秩序と安寧を守ることを、ここに誓うか?」
「誓います。帝国に栄えあれ‼」
アリアは声を張り上げ、右手の人差し指を額に当て、肘を張る陸軍式の敬礼をする。
エッカルト校長が答礼し、入学証を与える。
「式典中失礼しますっ」
突然館の正面口が両開きに開かれ、軍馬に乗った兵が乱入する。
館内に整然と座った入学生は蜘蛛の子を散らしたように左右へ逃れ、アリアがさっき踏みしめたばかりの赤絨毯を、土で黒く染めた。
「何事か?」
「はっ。数千の浮浪者の群れが我が校に侵入を図っております。現在正門にて迎撃中。されど数衰える様子無し、指揮をお願いします」
「式中止。アイゼン守備隊、周辺の都市駐留部隊にも応援要請。全生徒は第一種兵装にて正門に集結。アリア」
「はっ」
「新入生は地下壕へ避難せよ。お前たち、案内してやれ」
「はっ」
エッカルトが衛兵を引き連れ、アリアの横をすり抜けていく。
「私にもお手伝いを」
「馬鹿を言うな。小銃も撃てぬ小僧は邪魔だ。適切に退避せよ」
入学式は中止された。
浮浪者の群れが校内へ侵入を図っている。
周囲にいた教官が誘導を始め、取り残された入学生は各々戸惑いつつ、地下壕への移動を始める。
「アリア」
ローズがアリアの元に駆け寄り、フォルカーもそれに続く。
「フォルカー殿。地下壕は危険であると思います」
「同感です。門が破られた場合、逃げ場所がありません」
「ではどこへ?」
「城門へ。門が破れれば乱戦となる。その隙に脱出する」
「しかし本校の門は巻き上げ式の鍛鉄製です。そう簡単には」
「敵は必ず門を突破する。でなければ、このような防備の固い学校を襲ったりはしない」
「守備隊の応援を待っては?」
「フォルカー殿。守備隊は来ません。聞こえませんか?」
三人は耳を澄ませる。
「何も聞こえませんが」
「汽車の音」
「先ほどから汽車の蒸気を吐く音が近くに来て、途絶えます。おそらくは兵員輸送。相手は統率が取れている。そんな相手が守りの固いここへ攻め寄せられる根拠は」
「守備隊を無力化しているか、守備隊が到着する前に制圧する自信があるか、ですね」
「ローズ。武器を貸して」
ローズは小さく息を吐いて服の隙間から両手に拳銃を持ち、アリアの手に一丁を渡す。
「私は両手持ちが好みなのですけど」
「リッテル閣下の仰る通りですね」
フォルカーもまた、フォルダーから将校護身用の拳銃を取り出し、三人は正門へ向け、駆けだした。