第三章②
「ハハハハ! ハッハ……!」
「ヒヒヒッ、ヒャヒャッ……」
ひとしきり笑い終えたところで、二人は瞬時に元のまじめな表情に戻った。
「この子を船に乗せたい」
「ええ、構いませんぜ。他の乗組員たちにも、秘密にしておきやしょう」
「そうしてくれると助かる」
流石船員長は困った時に頼りになる男だ。クライン自身もこういう気前の良い男になれればよかったのだろうが、今更引き返すこともできまい。
「ただ、艦長もなるべくばれないようにしておいてくださいよ」
「自分のことに関しては大丈夫だ。安心しろ」
「大丈夫かしら?」
ネウが、なんの前触れもなく、いきなり口火を切った。すると船員長はわずかな間を開け、口を少し歪ませたかと思うと、思いっきり唾を飛ばしながら大声で笑いだし、そして咳き込んだ。
それを見ていたライサは、小さく笑い、クラインの耳元でこうささやいた。
「主人様も子供に心配されるなんて、もう終わりですね」
「なに、これからだ」
クラインもネウの一言で一笑し、ちらりと視界の端にネウの姿をのぞかせた。
ネウには、ライサが着ていたもう小さくなってしまった衣服を着せ、処理に困っていた、薄手のコートを上から羽織らせている。その様子を見ると、ネウがコートを着ている、と言うよりかはコートがネウを着ていると表現できる。流石に、昨日の晩までネウが着ていた古代人の薄い、裸同然のような服装では目立つからだ。
元々、羽織らせているコートは植民地のポルトギア軍人が短い冬に着るような、薄手の短い肩章が付いているロングコートなのでぶかぶかなのだが、それなりに似合ってはいた。もしかすると、ネウはスタイルが良いから何の服でも似合うのではないだろうか。そんな無駄なクラインの推測をよそに、ネウとライサは船員長を見てまたくすりと笑った。
「本当に可愛い娘さん達ですね。まるで真珠のようにきれいな肌、清楚な顔立ち。艦長がますます羨ましくなってきましたよ」
「艦長になっても、必ず可愛い女が付くとは限らんぞ」
「ええ。それくらい知ってますよ」
船員長はハア、と小さくため息をつき、ネウの頭を撫でた。
「俺みたいなやつには、これで十分でさあ」
「じゃあ、後のことはさっき言った通りにしておいてくれ」
「へい、わかりやした」
船員長はまだネウの頭を撫でたりないのか、名残惜しげにクラインを見ていた目をもう一度ネウに移し、ライサを見つめた後、背を向けて船の方へ歩き出した。
「……」
「…………」
「ああ、やっと緊張がほぐれた。ばれないかとびくびくしながら奴と話した」
「なかなかの演技でしたよ。主人様」
「ご苦労様」
完全に船員長が視界から消えたのを確認すると、クラインは背伸びをして体をほぐした。ごきり、と首の骨が音を立て、体がほぐれていくのが感じ取れた。
ネウは、船員長に撫でられた頭をさっと払い、ふあ、とあどけない欠伸をして目じりを手の甲で拭った。何気に酷いことをするもんだ。
「どうしました? 朝なのに眠そうですね」
「昨日は寝てなかったからな」
「当たり前よぉ。ん……、貴方との契約が成立した時には太陽が昇っていたし、何より、寝れなかったんだもの。夜の方が活動しやすいけれど、眠いのは眠いわ。それより貴方達こそ、一睡もしていないのによく眠くならないわね」
「人は朝日とともに目覚める。例えそれが、寝ていなくてもだ。なあ、ライサ」
「はい」
森羅万象、日が昇るとともに目覚め、日が沈むとともに眠る。それが常識と言われている。さて、問題なのはそれが吸血鬼にも適用されているのかどうかだ。
「吸血鬼は夜行性よ。昼間に起きているだけでも眠たいっていうのに」
「あら、そうなのですか」
適用されないらしい。
だが、今クラインにとって重要なのはネウの睡眠ではなく、確実な儲けを懐に納めることだ。
「さて、これからサフランの売却に交易所に行かないとな。はぐれないようについて来いよ」
「ええ、勿論」
「はい」
着々と帆をはり始めた様々な形の船を背に、商人や市民、黒人奴隷や貴族でごった返しているセウタの港沿いの商店街へ三人は歩き出した。




