第八章③
「ドラガーナ、ただ今戻りました」
「ご馳走様あ」
ネウは本当に満足そうな表情をたたえて、クラインを見つけるなり、ライサから離れて、ふらふらとおぼつかない足取りで歩き、クラインに倒れこむような形で抱きついてきた。
「随分と遅かったな……ネウッ! お前まさか、もう酒を飲んだのか?」
「そうよお。貴方が、「この金で好きな分だけ食うと良い」って言ってくれたもの。飲まない手は無いわあ」
ネウの口から、けぷっ、という間抜けな音とともに、酒臭い臭いがクラインの鼻をつついた。ネウの顔を見れば、はっきりと紅色に染まっている。古今東西、ここまで赤く染まった頬は、酔ったという事実以外を表す以外に、示す現象は無い。
「俺は「食え」といったんだ。「飲め」とは一言も言っていないぞ」
「いいのよ、いいのよ。減るもんじゃないしい」
ネウはこの上ない幸福感に包まれた顔で、かみ合わない会話を展開している。いったい、何が減らないと言うのか。クラインの頭の中には減った物しか思いつかない。
「あは。久々に飲んだわ」
「上機嫌だな」
「もっと飲ませてくれればもっと上機嫌になってみせるわ」
トロンと蕩けた瞳、見るもの全てを無気力にさせてしまうような、酒のせいで少し眠たそうに見える顔。この表情で何か頼みごとをされれば、どんな屈強な傭兵だろうがたちまちのうちにその頑強な顔を崩して従ってしまうだろう。
「此処のお酒は美味しいわね。鳥料理によく合うわあ」
「料理と酒、どちらが多かったんだろうな」
「圧倒的にお酒が多かったですね」
酔いつぶれたネウに代わり、ライサが歩み寄って、ネウに皮で出来た水筒の水を飲ませた。二日酔いにならないためには、水を多く飲ませるのが有効的だ。
「で、いくら残った?」
「え、残金、ですか?」
ライサは、クラインの質問に、唖然とした。まるで、そんなことなど今まで聞いてもいなかったかのように。
「そうだが……どうした?」
「すみません、つい、全部使ってしまってもいいものかと……」
そう謝罪の言葉を述べながら、ライサはクラインの財布を開けた。
渡す前までは金貨と銀貨が数枚あったはずだが、今では銅貨が一枚も残っていない。ライサから財布を受け取って手ではたくと、塵とも埃とも見分けのつかないごみがぱらぱらと落ちた。
「ふうん……あまりに長くネウといすぎて、性格が移ったか? 性格は移るのか。恐ろしいことだ」
「いえ、そんな、すみません!」
クラインが冗談半分に言ったことに対して、ライサはクラインが本気で怒っていると勘違いしたらしく、深々とお辞儀をして謝った。勿論、本気で怒っているわけでは無いので、クラインは笑いながら返す。
「いや、違う、冗談だ。どうせ、財布一つだけの出費だ。これから手に入れる儲けに比べれば」
「本当に大したことのない出費ですね。銀貨が数枚減るだけですから。むしろ、ネウさんのお腹が葡萄酒を詰め過ぎた樽の様に破裂してしまうまで飲み食いさせても有り余るほどの儲けを手にできたのですから、儲けた、という事になるのでしょうか」
アルメンダリスが、こほんと咳払いして言葉をクラインに続けた。出費が儲けとは大した皮肉の様にも聞こえる。
投稿には大分間隔がありますが、ちゃんとしっかり完結します。




