第七章⑯
ネウは、肉体こそ吸血鬼だが、精神は人間のままだ。これは推測だが、もしかすると、心、つまり肉体のみならず精神までも吸血鬼になってしまえば、精神も老いることは無いのだろう。だが、精神は未だに人間であるネウは――
全てを切り裂かれて、全てを奪われて、総てに拒絶されたネウに、最後に残った尊厳。それが、千年の時を経て老いた、人間の心なのだろう。
そして、自分が海賊たちを喰らっているのをクラインに見られた、あの時。ネウの瞳から瞬時に狂気が消えた。それは、クラインがきっかけなのか、ライサを傷つけたことによる海賊への憎悪が引いたのか、原因は分からない。
ただ、ネウは自分がどんなことを口にしたのか、クラインを挑発するような発言をしたのか、気が気でならなくなり、ライサを殺したと決めつけたクラインの誤解を必死で解こうとした。
クラインがネウを犯人と決め付け、鉈を振り下ろそうとした瞬間、ネウは恐怖におののいていた。不死に近い吸血鬼であるのだから、いまさら何を恐れる必要があろうか、と思っていたが、今ようやくその理由が分かった。
ネウは、クラインに嫌われることを恐れている。
だからクラインが憤怒の形相で鉈を振り上げたとき、狼に襲われる直前の子兎のように身をちぢませたのだ。だが、もうひとつわからないことがある。それは「何故ネウはクラインに嫌われることを恐れているのか」という問題だ。
クラインはネウの様に不思議な力で相手をねじ伏せるようなこともできなければ、死神の様に他人に死をもたらすことができるわけでもない。ごく普通の、人間だ。何故、ネウは人間を恐れる。
「ああ、嫌いにはならないさ。何で、俺がお前を嫌う? また嘘をついていたのか? それとも財布から金貨をくすねたのか?」
「ち、違うわよ……。貴方は、嫌いになるかもしれない。こんな化物の、人間を食料として食らってきた吸血鬼の私を、これから、もっと多くの人間を殺すことになるかもしれない私を」
「嫌いになれるわけがないだろう?」
「えっ?」
ライサに話した時と少しも変わらず、クラインはネウに優しく語りかけた。なにをいまさら、ここで嘘をつく必要があろうか。
「確かに、お前は昔、人間の命なんか微塵も思わない無慈悲な奴だったんだろう。海賊たちを貪り食うのを見て、ウルバーノを倒すのを見て思ったよ。だが、俺はそんなことは知ったことじゃない。問題なのは、今、お前がどう思っているかだ」
「今……」
ネウはさも不思議気な顔でクラインの次の言葉を待つ。
「三年前の香辛料の相場を知ったところで意味が無いのと一緒だ。俺が欲しいのは、今現在だ。商人は今に執着しているからな。そうだろう? ライサ」
なんだかんだで良い方向へ




