9 完結
「レミアン、お前は何をしているんだ!」
転がるように駆け寄って、侯爵が乱暴にレミアンの胸倉を掴む。
「ち、父上? ……ぼ、僕は酔っています……何がなんだか……ユゼフ、僕は何か言ったか?」
「侯爵! レミアンは酔うと、心にもないことを言ってしまうんです」
「ああ、そうだったな。お前の悪い癖だ。酒は今後禁止にする!」
――パン、パン!
お姉様が手を叩いて、三人の言い訳を断ち切った。
「ユゼフ殿の失礼も、お酒のせいだと?」
お姉様の冷え切った声に、ユゼフの顔が引きつる。
「い、いえ、私は……軽い冗談で」
「冗談では済ませません。あなた方には、これから一つずつ、きっちり返済を要求します」
「は? 返済ですと?」
侯爵の声が見事に裏返る。
「当然です。誓約書にも記されているはずですわ。『エレナを大切にしない場合、婚約は破棄される』と」
……お父様、女性関係最低で、頼りないのに。
この誓約書だけは、良い仕事をしてくれていたわ。
「エレナ! 冗談だって! 僕は君だけを愛してるよ!」
「一生ネリアを愛していればいいわ!」
……もっとも。
そのネリアがレミアンと、今まで通り仲良くできるか、かなり怪しい。
彼女は分かっていて、二人の男を手玉に取っていたに違いないから。
「お母様、帰りたいわ。頭が痛くて耐えられない」
「可哀想なエレナ、早く帰りましょう」
お母様に寄りかかって扉に向かう。
「待って! 話し合おうよ」
縋ろうとするレミアンの前をラーシュが塞ぐ。
「二度とお嬢様に触れるな。触れたところで、魅了は効かないけどな?」
「そんなはずは……僕を愛してたのに」
「勘違いだったのよ。貴方は逃げてばかり。私に愛される資格など無かったのよ」
私はレミアンを一瞥すると部屋を出た。
あの侮辱の言葉の数々!
思い出すたびに腹が立って、怒りは少しも収まらなかった。
すると隣にいたお母様が言った。
「もう忘れなさい。彼等はこれから地獄を見ることになるんだから」
「ほほほほほ」
お母様とお姉様は顔を見合わせ、不敵に笑った。
◇◆◇
それからのお姉様は恐ろしいほど仕事が早かった。
まず侯爵家への援助金を打ち切り。
我が家の資金で購入した贅沢品はすべて回収して売却。
あっという間に侯爵家は空っぽになった。
もちろん請求書を基に、ネリアとユゼフの持ち物も回収。
二人は多くの品を換金していた。
レミアンに送金してもらって、ちゃっかり家まで購入していた。──それも回収。
事の顛末にネリアが泣き叫んだとか……私の知ったことではないけど。
ただ、これまでの援助金については請求しなかった。
「私も反省する点が多々あるもの」
「それはそれは、さすが大富豪。余裕ですね」
ラーシュが呆れたように嫌味を言った。
「彼等を地獄に落とすのは簡単よ?
でも、腐っても侯爵家。どんな報復があるか分からないわ」
だから恩を売っておいた。
貧乏に戻って、後悔させるだけで十分だ。
──場所はお母様が経営する高級洋品店。
いつものようにラーシュが紅茶を差し出してくれる。
「大体、貴方が悪いのよ!
蜂騒ぎの時に知っていたら、逃げたレミアンなんてお断りしていたわ!」
ラーシュは私の顔を覗き込み、意地悪そうに笑う。
「じゃあ俺が真実を教えていたら、俺のこと好きになってくれた?」
不意打ちに心臓がドクンと跳ねた。けど、私は平然とした顔をキープする。
「さあ、どうかしら?」
ラーシュは肩をすくめた。
「それで、五千万のウェディングドレスはどうします?」
「デザインを変えて売りに出してちょうだい。当分、結婚なんてしないもの」
婚約破棄してから毎日のように縁談が届く。
でも今は、結婚する気になれなかった。
「そうはいかないでしょう。お嬢様は後継者なんですから」
「後継者はお姉様よ? 私は家で宝石を作ってお姉様を支えるの」
「きっと姉は断って、自立しますよ」
「ええ! そんなの困るわ~」
「いつまでも姉に頼らないで、相応しいお相手を見つけてください」
「そうねえ……」
私はくすっと笑った。
「とりあえず、あれを片付けてくれないかしら」
店の外を見る。
護衛達に止められながら、レミアンとネリア、ユゼフが騒いでいた。
「エレナ! 私たち友達でしょう⁉ 今まで通り仲良くしましょう!」
ネリアの大声が響く。
「エレナ! 誤解なんだ! 僕は君を愛しているんだよ!」
レミアンまで必死だ。
――今さら何を言っているのかしら。
「とんだ営業妨害だな。図々しい連中だ」
ラーシュは店の外へ出た。
三人に何か二、三言告げる。
すると。
さっきまであれほど騒いでいた三人が、慌てて逃げ出した。
「何を言ったの?」
「お嬢様にはお聞かせできません」
「気になるじゃない」
ラーシュは笑うだけだった。
それから、スッと私の隣の席に座った。
「早く次の婚約を決めないと、いつまでもレミアンに纏わりつかれますよ」
それは困る。
迷惑極まりない。
「私の結婚条件はね、信頼できる人。それから私を守ってくれる人なの」
「それだけですか?」
「あと、お母様とお姉様が認めてくれる人」
「それは、かなり難しいな」
そう言ってふいに、
ラーシュは長い指を、私の指に重ねた。
「認められるのは、きっと俺だけだと思うよ?」
耳元で囁かれ、私は言葉を失い……
熱くなった顔を背けた。
ああ……もう!
……本当にこの人は。
憎らしいんだから。
最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。




