第四十三話「限界になりました」
今俺達を半包囲するように立ち塞がっているインスペクターは六匹……。いくら俺の攻撃が効くとはいっても一匹一匹倒すのにそれなりに苦労している。一匹、二匹を相手にするくらいなら何とかなるけど六匹同時には無理だ。
じゃあ俺が二匹を受け持つから残りの四匹を他のメンバーで……、というのも無理な話だろう。マックスはともかくモブの三人はインベーダー相手にも苦戦している。ここまで生き延びてきていたんだからそれなりには戦えるのかと思ったけど甘かったようだ。これならまだディエゴの方が……。
…………いや、待て。何かおかしくないか?何だ?何だこの違和感は……?
俺は今自分が何に違和感を覚えているのかわからない。でもこの妙な感覚は一体何だというのか。いやいや。今はそんなことを考えている場合じゃない。まずはここを乗り越えなければ……。
「俺がインスペクターを四匹受け持つ!残り二匹を頼む!」
「――ッ!わかった!」
これが限界だ。さっきまでの戦闘の感触からして今の俺がギリギリ何とかなるのは四匹まで。それ以上を同時に相手にすることは出来ない。パーティーの五人で何とか二匹を食い止めるだけでもしてもらわなければ俺達はここで全滅だ。
「先手必勝!」
考えている暇はない。剣を振れ!一秒でも早く敵を倒して向こうに任せたインスペクターも狩るんだ!
「はぁっ!」
「ピギーーーッ!」
飛び掛った勢いのままに面を打つ。デロンと裂けたインスペクターが一匹ひっくり返る。着地と同時に体を捻りながら振り下ろした剣を斜めに切り上げる。
「ピギッ!」
下から逆袈裟に切り上げたインスペクターも倒れて動かなくなった。これで二匹。あと二匹は……。
「――ウッ!」
ドフッ!と重い音がする。木刀を盾にしてインスペクターの触腕を両手で受け止めたのに俺の体が浮き上がった。何て力だ……。受けた腕が痺れる。俺より腕力が優れるマックスでも敵わない力だ。そりゃそんな力で殴られたら俺なんて浮き上がるに決まっている。
「まずっ……」
フワリと浮かされている俺は今身動きが取れない。空中で動くなんて……。
ビュウンッ!
ともう一匹のインスペクターの触腕が迫ってくる。あぁ……、終わったか?…………いや、そうだ……。確かニコライとの特訓で……。
「くぅっ!」
空中で思いっきり体を捻る。浮き上がらされた反動をそのままに筋肉だけで残った体を引っ張った。
ブワッと俺の体や顔スレスレの所をインスペクターの触腕が通り過ぎる。その不気味な風切り音は、もし俺に直撃していたらただでは済まなかったことをはっきりと俺に感じさせた。
「――ッ!」
早く……、早く地面についてくれ……。次はかわせない。着地するまで……、攻撃してくるな……。頼む……。早く!
ゆっくりと……、スローモーションのように……、目の前のインスペクターが……、触腕を……。
「ついたっ!」
ヒュボッ!という音を残して俺の頭の傍を触腕が通り過ぎる。俺が着地する少し前に攻撃しようとしてきていたインスペクターだったけど結局間に合わず、地に足が付いて動けるようになった俺は即座に触腕の突きをかわしてその懐に入り込む。
「しねぇっ!」
「ピギーーーーーーッ!!!」
渾身の力を込めて木刀を突き込む。身長の低い俺が斜め下から傘に向けて突き込んだ木刀はインスペクターの傘の上まで突きぬけていた。突きは攻撃しやすい代わりに一度突き刺さってしまうと抜くということをしなければならない。
かの有名な新撰組は集団で囲んで片手平突きで相手を仕留めたと聞く。いや、知らないけどね。そんな当時生きていないから見たわけじゃないし、幕末に詳しいわけでもないから半ちくな知識だ。でも一つだけわかることがある。
この世界にきてニコライに特訓をつけてもらって、剣術を習って、俺も一つわかったことがある。それは確かに対人戦において突きはうまく使えば強力だということだ。避けは出来ても受けはしにくいとか、斬られてもよほど深く斬られない限りそうそう即死しないけど突きだと深いダメージを負いやすいとか色々とある。
でも……、それは人間相手の話だ。急所を突かなくても足や胴体を突かれただけでも人間にとっては重傷で勝敗は決したも同然だろう。だけどインスペクター相手ではそうとも言えない。突いてから相手が死ぬまでのタイムラグで、その間に攻撃されただけでもこちらも相討ちになりかねないような相手だ。
こいつら相手に突きは使うべきじゃない。それはわかっていた。わかっていたけど他にやりようがなかった。今はそれを後悔している場合じゃない。
「ふっ!」
突き込んだ木刀を手放しながら後ろを見ることもなくバックステップをする。ビタンッ!と先ほどまで俺が立っていた場所に上からハンマーでも降ってきたのかと思うような衝撃が走る。残っていたもう一匹が俺の隙を突いてスレッジハンマーのように振り下ろしてきたからだ。
攻撃はかわしたけど木刀は突き殺したインスペクターに突き刺さったままになっている。しかも倒れたから抜くのも苦労しそうだ。いくら何でも武器がないのは厳しすぎる。
「八坂伊織!こっちを頼む!」
「――マックス!」
振り返ってみればパーティーメンバー達は二匹のインスペクターと無数のインベーダーに囲まれていた。やばい……。でも助けに行こうにも俺には武器が……。
「八坂伊織さん!これを使ってください!」
「ディエゴ!すまん!」
ディエゴが木刀を放ってきた。それを受け取る。…………あれ?ディエゴは槍を使っていたはずだ。この木刀は……?いや、だからそんなこと考えている場合じゃないだろ。まずはこの状況をどうにかするんだ。
空中で木刀をキャッチした俺はそのままマックス達の方へと駆け寄る。
「うおおおっ!」
一閃しただけでインベーダー達が面白いように潰れて飛んでいった。これなら……。
「うわぁっ!助けて!」
「はぁっ!」
モブに襲い掛かろうとしていたインスペクターを横から切りつける。返す刀でマックスと打ち合っていたインスペクターも切り伏せた。
「すまん!助かった!」
「いや、まだだ。たぁっ!」
最後に俺が受け持っていた四匹のうちの最後の一匹を切り裂くとこの辺りにはインスペクターはいなくなった。インベーダーだけなら皆でもある程度は何とかなるだろう。
「もうちょっとこの木刀借りとくぞ」
「ぁ……」
パーティーの周りにインスペクターがいなくなったことを確認した俺はさっき倒した一匹に近づく。途中で寄ってくるインベーダーを吹き飛ばしながら……。
「よし!」
俺の木刀を突き込んだままだったインスペクターから木刀を抜いて回収する。これで借りた木刀は返せる。
「木刀助かった。これは誰のだ?」
「…………」
少し下がって木刀を返そうとしたら……、変な空気が返ってきた。まさか……。
「それはもう八坂伊織が使え」
「マックス……、おい!まさか!」
誰か死んだのか?俺達のパーティーメンバーの誰かが……、俺を除いたこの五人以外の誰かが!
「って、待てよ!五人いるじゃん!六人パーティーで俺以外に五人いるんだから誰も死んでねぇじゃん!」
ちょっと頭がパニックになっている。少し落ち着け。俺以外に五人が目の前に立っているんだから誰も死んでいないはずだ。
「あぁ……、命はな……。でもこの腕じゃもう戦えない……」
そう言ってモブの一人が自分の腕を見せてきた。指先がぐちゃぐちゃで腕の途中もあり得ない方向に曲がっている。どうやら攻撃を受けて手を負傷したようだ。
「そうか……。すまん……」
「何でお前が謝るんだよ。お前がいなきゃ俺達とっくに死んでたぜ」
ついっと視線を逸らせて謝るとそう言われた。最初、出撃前はむかつく態度のモブだと思ったけど……、やっぱりこうして共に死線を潜り抜ければ友になるんだな……。
「ともかくその木刀は余りだ。八坂伊織が使ってくれ」
「いや……、俺は二刀流じゃないから……、予備でここに置いておこう。誰か武器が必要ならこれを使うってことで」
残りのパーティーメンバー達の近くに木刀を突き立てる。俺は非力だから二刀流には向かない。両手で渾身の一撃を放ってもインスペクターを両断出来ない程度だ。そんな腕力しかないのに二刀流なんてしても硬い敵に有効打を与えられなくなるだけだろう。
「今回は敵の数自体はそれほど多くない。それにインスペクターはこちらから無理に接近しなければあまり寄ってこないようだ。これ以上無理に前進せず……」
「いや……、そうもいかないようだぞ……」
「え……?」
俺が作戦を話しているとマックスが敵の方を指差した。そちらを見てみれば……。
「マジかよ…………」
残った敵が一斉に前進してきていた。インベーダーもインスペクターも一緒にだ……。
時間切れ……。あぁ……、あったな……。そう言えばそういう戦闘がある。ゲームの時はここじゃなかったはずだけど敵の攻勢を防ぐイベントで一定ターン経過後に敵が無限湧きになってひたすら戦い続けなければならないイベントがある。
全部倒す必要はなくクリア条件を満たせば良いだけであり時間切れになって一斉攻勢になったら実質ゲームオーバーだ。時間切れになる前にクリア条件を満たして敵の一斉攻勢を防がなければならない。
今はまさにそれじゃないか……。これがゲームの時の一斉攻勢か……。
「ここまで……、か……」
マックスの呟きが聞こえる。体からダラリと力が抜けていた。誰もがもう死を覚悟したんだろう。でもな……、俺はそんなに物分りが良くねぇんだよ!
「まだだ!俺達はまだ生きてる!生きてるんだよ!足掻け!生きろ!諦めるのは死んだ後でいい!まだ生きているなら、心臓が止まる瞬間まで足掻け!」
「八坂伊織……」
「俺は死んでなんてやらない!こんな所で死んでたまるか!」
木刀を構える。一歩、二歩、三歩……、パーティーメンバーの前に出てインベーダー・インスペクターの大群と向かい合う。
「…………すまん。俺がどうかしてたぜ」
「マックス……、お前がどうかしてるのはいつものことだぜ?」
「何だと!」
「「HAHAHAHA!」」
二人で笑いあう。諦めてたまるか。敵の数で言えば前のインベーダー山盛りの方がやばかった。いくらインスペクターより弱いインベーダーとはいっても数は暴力だ。捌ける許容量を超えた攻撃。休む暇もない攻撃の嵐。あれの方がよほど絶望的だった。
「俺も戦います!」
「ディエゴ……、後ろは任せるぞ」
「はいっ!」
よし……。やることは決まっている。後はやりきるだけだ!
~~~~~~~
「ハァ……、ハァ……、ハァ……」
息が苦しい……。血の味がする。長距離走ったりすると何故か血の味がする……。俺も相当体力がついたはずなのにそれでもこれだけ動き回れば体力は尽きるし動きも鈍くなってくる。
一体どれくらい時間が経過しただろうか?辺り一面はインベーダーとインスペクターの死体で溢れかえっている。足を動かしたらどちらかの死体を踏むというようなほどだ。動き難くて仕方がない。
「マックス……、ディエゴ……、生きてるか?」
「あぁ……、こっちは五人とも生きてるぜ……」
「そうか……」
後ろを振り返っている余裕はない。このやり取りももう何度目になるだろうか。とにかく目の前の敵を片っ端から片付けながら少しずつ移動していく。ずっと同じ場所にいたら死体が山積みになって動けなくなる。
「マックス……、皆無事か?」
「あぁ……、誰も死んでない……」
「そうか……」
もうどれほど戦ったんだろう……。時間の感覚もなくなって、ただひたすら向かってくる敵を切り倒す。いつまでこうしてたらいい?もう足がガクガクで動けない。腕がプルプル震えて剣が振れない。
『もう駄目だ』、その一言を言ってしまいそうになる。
だけど言わない。生きている限りその言葉は言わない。絶対に……、生きて舞のもとへ……。
「マックス……、誰も怪我をしていないか?」
「あぁ……、怪我くらいはするさ。でも生きてる……」
「…………マックス?」
俺は今まで後衛に語りかけてきた。でも……、マックスの声は妙に弱弱しい。ふと気になって振り返ってみれば……。
「マックスっ!おっ、お前……」
「あぁ……、生きてるよ……」
片目は潰され、左腕はもがれ、足があらぬ方向に曲がっている。それなのにその足に余った木刀をくくりつけてマックスは立っていた。目は虚ろで顔色は悪く右腕一本で木刀を構えているけどフラフラと足元がおぼつかない。
「うっ……、うわぁぁぁぁっ!マックスっ!」
それは……、『生きて』はいても『死んでいない』だけの状態だった。




