第四十四話「健吾が変わっていました」
「何でこんな状態になるまで黙ってたんだ!?」
「マックスさんは……、八坂伊織さんが思いっきり戦えるように……、余計なことは言うなって……」
振り返った俺に向かってディエゴが苦しそうにそう応えた。
「俺はまだ生きてる……」
「マックス……」
ぎゅっと胸が苦しくなる。マックスの姿はあまりに痛々しい。まだ生きているのが不思議なほどだ……。
「八坂伊織……、敵が来たぞ……。そんなことをしてる場合か?」
「――ッ!…………もうちょっと耐えてくれ。もう……、これ以上後衛に敵は流さない。お前達に経験なんて積ませてやらないから覚えておけ……」
目の前がにじみそうになる。でも絶対心の汗は流さない。マックスはまだ生きてる。だからここは心の汗を流すところじゃない。全員で……、絶対に生きて帰るんだ……。絶対に!
「うおおおおっ!」
限界を超えてガクガクと笑う膝に活を入れて思い切り踏み込む。ブルブルと力が入らない腕を無理やり持ち上げる。
止まるな。動け!これ以上後ろに敵を通すな!全部……、全部俺が切り伏せてやる!
「あああぁぁぁぁっ!」
インベーダーを三匹纏めて吹き飛ばす。一匹一匹相手にしていたら間に合わない。一撃で何匹も切り伏せろ!吹き飛ばせ!
「ピギーーーッ!」
「邪魔だぁぁぁぁぁっ!」
立ち塞がるインスペクターを大上段から一刀両断で真っ二つにする。振り下ろした木刀をそのまま左上に切り上げる。隣にいたインスペクターも傘付近を斜めに両断されて断末魔を上げて倒れた。
「こい!全部俺が相手をしてやる!」
「ピギーーーッ!」
「ピギーーーッ!」
「ピギーーーッ!」
ああ、今のは何となくわかった。俺の近くにいたインスペクター達が俺に触腕を向けて何か鳴いている。恐らく周りの奴らに俺を先に集中して倒せと指示したんだろう。インスペクターの鳴き声の後に周りにいた奴らが一斉に俺に向かってきていた。
これだけで取り囲めば俺を倒せると思ったか?いいぜ。試してみろよ。これは俺にとっても好都合だ。いくらでもかかってきやがれ!
「これ以上は一匹たりとも通さない!」
俺に斬られたインベーダーがバラバラになりながらふっ飛んでいく。切り伏せられたインスペクターが崩れ落ちる。まだだ。まだまだ!全部俺が受け止めてやる!
「八坂伊織さん!こっちにも!」
「ぁ?――ッ!」
振り返ってみれば……、正面から迫る敵は全て俺が食い止めていたけど、右側から迫ってきているインベーダーの一団がいた。幸いにもインスペクターはいないようだけどインベーダーだけでもあれだけの数が相手じゃディエゴ達には厳しいだろう。
マックスなら耐えられると思う。だけどマックスはもう戦えない。それどころか早く医務室に連れて行かなければ手遅れになってしまう。
「くそっ!」
致命的に手が足りない。やっぱり健吾とマックスの二枚看板じゃないとこんなのどうしようもない……。
「…………一分」
「え?」
「ディエゴ!一分耐えろ!一分でこっちを片付ける!」
「はっ、はいっ!」
やるしかない。どれだけ無茶だろうがやるしかないんだ。出来なければ俺達が死ぬ。ただそれだけ。
もう腕が上がらない。足が動かない。でも泣き言を言っている暇もない。とにかく迫り来るインベーダー、インスペクターを切り伏せる。終わりなんてない。倒したはずなのに敵は一向に減った気配はなく無限湧きのように次々と湧いてくる。
どう倒すかを考えている暇もない。とにかくただ無心で木刀を振り回し敵をなぎ倒す。目の前に迫っていた正面の敵の最後の一匹を切り伏せた。よし!まだ一分も経っていないはずだ。
「ディエゴ!無事か!?」
「もう限界です!」
「今行く!」
止まる暇はない。とにかく右から迫っていたインベーダーの一団に突っ込み全て切り伏せる。
「うわぁ!こっちも助けてくれ!」
「待ってろ!」
今度は左……。やっぱり敵は多少知恵を使ってきているように思う。インベーダーだけだった時はただ闇雲に突っ込んで来ていただけだけど今回敵は組織だって動いている。それもこれもインスペクターがインベーダー達に指示を出しているからじゃないのか?やっぱりインスペクターは多少の知恵がありインベーダーを率いる者なんだろう。
でも今はそんなことを考えている暇はない。立ち止まる暇はないんだ。とにかく一匹でも多く倒して後衛に少しでも敵を流さないように…………。
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「ハァ……、ハァ……」
もう……、どれくらい時間が経っただろうか?三十分?一時間?あるいは十時間?
わからない。時間の感覚なんてとっくにない。ただ鉛のように重いこの体のだるさだけは嫌というほど実感させられている。
喉が乾きすぎてくっついて呼吸するだけでも痛い。足がガクガクと震えて立っていられない。腕がビクビクと痙攣を繰り返して持ち上げられない。
いつまで……、いつまで戦えばいいんだ?あとどれだけ敵を倒せばいいんだ?
もうマックスが限界だ。明らかに朦朧とした意識でうわ言のようなことを言っている。ずっと前に寝かせて以来大人しくしているはずなのにどんどん症状が悪くなっている。そりゃそうだ。止血もいい加減。目玉を抉られ、腕をもがれ、足が折れて……、もしかしたらどこか他にも骨折しているかもしれない。
早く治療しなければ……、もうマックスが死んでしまう。頼む!もう終わってくれ!これ以上は……。
キュピピーーンッ!
「――ぁ」
おっ、終わった……のか……?
「やった!生き残ったぞ!」
「よかった!よかった!」
パーティーメンバー達が生き残った喜びで歓声を上げている。でもそれどころじゃない。
「マックス!終わったぞ!早くマックスを医務室へ!」
「…………」
「マックス…………?」
振り返ってみれば……、さっきまで何かうわ言を言っていたマックスは何も言わずにただ目を閉じていた。俺が声をかけても何も反応しない。
「マックス……?嘘だろ?……おい!マックス!」
「…………」
寝かされているマックスに駆け寄りその顔を覗きこむ。その顔はまるで眠っているようで……。
「ぐー……ぐー……」
本当に眠っていた……。
「こっ、この馬鹿野郎!まぎらわしい真似しやがって!ふざけんなよ!」
でもこれはやばいのかもしれない。眠っているというよりは意識を失っているという可能性もある。ただ眠っていただけなら笑い話かもしれないけど何か問題があって意識を失っているのだとすれば相当危険な兆候だ。とにかく生きているんだから早く医務室に運ばなければ……。
「おい!誰か手伝ってくれ!マックスを医務室まで運ぼう!」
俺がそう呼びかけているのに……、誰も反応しない。モブの三人はただ生き残ったと浮かれているだけで手伝ってくれそうになかった。
気付いていないんじゃない。一瞬チラリとこちらを見たのに知らん顔をしたんだ。何だこれは?お前ら誰のお陰で生き延びられたと思ってるんだ?お前らなんてマックスがいなきゃとっくに死んでたくせに!それなのにその助けてくれたマックスを助けようともしないなんて……。
「俺が手伝います!担架を作りましょう!」
「ディエゴ……」
ディエゴが手伝ってくれるらしい。とにかくそこらの物で担架を作ってマックスを乗せると急いで運び出す。
まるで異空間のような扉を潜って学園の中に入った俺達は急いで医務室を目指す。早くしないと今はまだ生きていても手遅れになるかもしれない。
マックスを担架に乗せて運んでいる最中にある場所が目に付いた。そこからゾロゾロと出てくるのは一組の者達だ。そして王子達攻略対象やアイリス……、最後に……。
「健吾……」
「…………」
俺達の目の前を通っても健吾はこちらに一瞥もくれない。ただ黙って通りすぎようとする。
「健吾!」
「……何だよ?」
大きな声で呼びかけたらようやくこちらを向いた。その顔は……、無表情で何を考えているのかわからない。
「マックスが大変なんだ!運ぶのを手伝ってくれ!」
ディエゴと二人で運んでいるけど小柄であまり力がない俺とディエゴの二人じゃ中々早く運べない。力がある健吾が手伝ってくれたらすぐに医務室に……。
「あ?何で俺が?大体……、ぷっ!マックスの奴、あんな雑魚どもにこんなにやられたのか?所詮体格だけの雑魚だな」
「…………は?」
こいつ……、今……、何て言った?
「何だよその顔。意味がわからなかったか?じゃあ何度でも言ってやるぜ。あんな程度の敵に苦戦して、それどころかこんなに大怪我を負うなんて所詮本人が雑魚だから悪いんだろ。その程度の実力しかないんならここでくたばった方が良いんじゃねぇか?」
「こっ……、このっ!ふざけ……、あ?ぐっ!」
あまりの言葉に健吾を殴ろうとしたら……、すっと避けられた上にその腕を掴まれて捻り上げられた。駄目だ……。振り解けない。足にも腕にも力が入らない。それに左手一本でマックスの担架を持ってるけどバランスが取れない。このままじゃマックスを落としてしまう。
「へっ……。何だよこの女の腐ったみたいなパンチは?こんなのじゃインベーダーの一匹も倒せないぜ。あっちを見てみな。あれが今日の俺の活躍の成果だ」
そう言って健吾が顎をしゃくったからそちらを見てみれば……、一組専用の出入り口の先に何匹かのインベーダーが倒れていた。
「わかったか?もう俺はお前やマックスとじゃ実力からして違うんだ。気安く話しかけてくるな」
「ぁ……」
パッと腕を離されてバランスを崩す。辛うじて倒れずに踏ん張ったお陰でマックスも落とさずに済んだけど……。何だ?……健吾、一体どうしてしまったというんだ?
健吾とマックスは確かに一見いがみ合っているような感じだったけど、それでも二人はお互いにもっと親しくしていたはずだ。あんな……、これだけボロボロになっているマックスをゴミを見るような目で見る奴じゃなかったはずなのに……、健吾は一体どうしてしまったんだ……。
「八坂伊織さん!早くマックスさんを医務室へ連れて行きましょう!」
「あっ、ああ……。悪い。行こう……」
何とか気を持ち直した俺は改めてマックスの担架を持って医務室へと急いだのだった。
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寮の部屋に帰って風呂に入りながら今日のことを思い出す。今日は色々なことがあって頭がぐちゃぐちゃだ。
まずマックスは医務室に運ばれたからおそらく大丈夫だろう。基本的に医務室は助からない者は受け入れない。つまり逆に言えば医務室に受け入れられるということは助かるということを意味する。
この世界の治療とか医務室はあまり信用出来ないというか個人的には気味が悪いとすら思っているけどそういう点だけは信用出来る。その観点から言えばマックスは助かったはずだ。
それから健吾……。戦闘が終わってから出会った健吾は明らかに以前と様子が変わっていた。あれもアイリスの影響なのか?それともただ単に健吾が変わってしまっただけなのか?
わからない……。アイリスの影響だとすればもっと攻略対象達のように無表情でぼーっとしてる感じになるんじゃないだろうか?健吾のあれは他の攻略対象達とは明らかに様子が違った。
他にも……、戦闘中に何か違和感があった。まず一つはっきりわかっていることは木刀の強度だ。インベーダーの一撃を食らっただけでもプロテクターはひしゃげるのに、インベーダーより明らかに力が強いインスペクターの攻撃を受けても木刀は折れなかった。その強度は異常の一言に尽きる。
恐らくだけど……、ゲームの時は武器は破壊不可だ。耐久度とかが設定されていないイケ学において武器は捨てる以外に処分する方法はない。ゲーム中で破壊不可の物はこの世界でも破壊不可なんじゃないのか?だからあんなただの木刀でどれだけ敵を殴っても折れることがない。そして今日のように盾にしても折れなかった。
もしかしたらプロテクターを使うより木刀を盾にした方がよほど防御力が高いんじゃないかという気がしないでもない。ただプロテクターはある程度わざとひしゃげやすく作っている可能性もある。プロテクター自身が潰れることで衝撃を吸収して着用者に伝わる衝撃を和らげる構造なのかもしれない。
それから……、他にも戦闘中に何だか妙な感覚というか違和感というか……、うまく説明出来ないけど……、理由はわからないけど何か感じた。あれが一体何だったのか……。その答えがわからないまま俺は悶々とした夜を過ごしたのだった。




