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九話 一章その二:五月病とは言わせないゾッ!中編

前回までの『おれ天』!!

ワトソン君とシャーロック・ホームズ。

 

「君、人間じゃあないんだかラ」


 ヴァリの一言に、俺の時間が止まる。


 バレたのか?

 じゃあなんで?

 近くに天使がいるわけじゃあないから、顔バレはまずない。

 力は使ってはいない。

 精々カナフとの戦闘が怪しいが、それでバレる程天界は敏感じゃあない。

 考えても埒が明かない。

 こういう時はバカのふりに限る。


「人……、間?」


 バカのふりったってバカにもほどがあんだろ!

 これじゃあ、不思議ちゃんを通り越して擬態した宇宙人じゃあねぇか。

 それも、すぐに正体がバレるしょうもない奴。

 もう「動揺してます」って言ってるようなもんだ。


「ははははハ。冗談に決まってんだロ。ニートには人権はなイ。人権がない=人間ではない、っていうわけサ」


 ケラケラとヴァリは笑った。

 俺も、彼女の笑いにつられるように笑ってみせたが、冷や汗が気持ち悪くてぎこちない。


「だから、この合宿は別に仕事をしようってわけじゃあないんダ。外に出かけてご機嫌取りでもしてきなヨ」


 そんな俺にヴァリは言った。


「ご機嫌取り? 誰の?」


「そりゃあ、決まっているだロ。ほラ。そろそろじゃあないのカ?」


 ドタドタドタドタドタドタ


 あぁ、何とはなしに察したぞ。


「テトッ! ここの近くにとてつもなく大きい市があるそうじゃあないかッ! 今すぐ行こうッ! 一日じゃあとても回りきれないッ!」


 入ってきたのはやはり、興奮したカナフだった。

 『ここの近くにあるとてつもなく大きい市』とは、つまりショッピングモールのことだろう。

 俺を連行しておきながら買い物に連れて行けって、面の皮が厚すぎないか?


「もちろん、連れて行ってあげるんだロ?」


 ヴァリがニコリと俺を見る。

 さっきの言葉が妙に引っかかる。


「…………、はい」


 俺がそう言う必要はないのに、何故か了承してしまった。




 *

 ニートはウルトラマンみたいなもんだ。

 (態度が)デカいし、外を出れる時間が極端に短いし、(妄想の中に限って)喧嘩に強い。

 突然どうしていろんな方向に喧嘩を売るようなことを言ったかというと。


「もうだめだぁ、おしまいだぁ」


 人混みに慣れていない俺はすっかりと疲れ果ててベンチに横になっているからだ。

 もしナットがここにいれば、「何を寝言言っている!」と一喝してくれるようなもんだが、相手はあのカナフ。この機を逃すまいとグフフと笑いながらその膝を枕に差し出している。


「えーと……、こういう時は『何がサ〇ヤ人の王子だ』って言えば良いのか?」

「あれ? カナフさん、ドラゴン〇ール知ってたの?」


「誰かさんが『人生の必修科目だ』と言っていたからな」


 なにそれ。

 キュンとしちゃうじゃない。

 俺は何とはなしに彼女を見ていると、


「て、テト。そんなに見つめても何も出ないぞッ!」


 顔を赤らめながら、急に立ち上がった。

 俺の頭は重力に任せて地面とキッス。


「いだぁ! なにすんだよ!」


「何でもないッ! の、喉が渇いたから飲み物買ってくるッ!」


 そう言って、カナフは走り去った。

 俺は、そんな彼女を見送るしかなかった。

 いくらチョロインとはいえ、チョロいの範疇じゃあないぞ。

 俺何もしてないじゃん。



 待つこと5分。

 カナフはまだ帰ってこない。

 自販機まではそう遠くはないと思うんだが。


「誰かッ! バックをひったくられましたッ!」


 響いたのは女性の叫び。

 彼女の指さす先にはひったくりの悪党。

 その方角は、気怠く立ち上がった俺のところだった。

 悪党は真っすぐ俺に向かって走ってくる。

 周囲の人々をタックルで突き飛ばしながら走ってくる。

 俺は何も考えずに、悪党に軽く肩を当てた。


「ぃッだぁ! 何だてめぇ! 退きやがれ!」


 細身とはいえ、俺は元神。人間程度のタックルでは突き飛ばされはしない。

 俺にぶつかった悪党はその反作用で盛大に転んだ。


「さぁ、バックを返せ」


 俺は悪党の罵倒を無視して一歩近づいた。

 これほどの騒動。止まってしまった悪党の周りには人だかりが包囲網を作っている。今から走り出しても、普通の人間も突き飛ばすこともできないだろう。


「っざけんな! とっとと退きやがれってんだ!」


 だが、そんな状況が余計悪党を混乱させた。

 悪党は腰から拳銃を取り出して、俺にその銃口を向ける。

 周囲は馴染みのない凶器に悲鳴を上げたが、俺には関係ない。

 たとえ弾丸でも、神である俺を傷つけることができなのだから。


「そんなもん出すなって。バックを置け。そうすれば逃がしてやる」


「う、うるせぇ!」


 バァァァン‼


 俺がまた近づいた拍子で、悪党は引き金を引いた。

 銃弾は当然俺の体を貫通することなく跳ね返される。

 普段ならそれで終わり、銃弾の利かない相手に悪党は恐れおののいて一件落着、のはずだった。

 俺の体を貫けなかった銃弾は跳ね返って別の方向へと飛んでいった。

 俺たちの周りにいた野次馬へと向かっていった。

 俺は元とはいえ神だ。

 弾丸は弾けるし。

 毎秒900メートルで進むその軌道をじっくりと見ることもできる。

 弾丸が向かう先の野次馬のところまで、音を超える速さで移動することもできる。

 だが、


『君、人間じゃあないんだかラ』


 ヴァリの言葉が、俺を強張らせる。

 弾かれた弾丸が野次馬に当たるまでの一瞬、止まった世界で俺は躊躇した。

 バレる、と思った。

 だが、そんな躊躇もすぐに引っ込んでいった。

 俺は弾丸を追い越して、不意の標的となった野次馬を庇うようにその腕を差し出す。

 また人に跳弾しないようにきちんと弾く方向を考えて庇った。


「所詮、俺の都合じゃあねぇか」


 驚愕が周囲に広まってゆく中で、俺は怒った。

 ひったくりをして、公共の場で銃をぶっ放した悪党にじゃあない。

 自堕落な生活を送るという手前勝手なその都合で他人を危険に晒し、一瞬でもそれを良しとしようとした自分の心に怒った。

 10メートルほど離れた悪党の距離を、俺は怒りに任せたまま一瞬にして詰める。

 強烈な風を食らって俺と肉薄した悪党は、たまらず下半身を小便で濡らしていたが、俺の怒りは収まらなかった。

 恐れるあまり下げられなかった拳銃の銃身を俺は軽々しく握りつぶし、それをひったくった。

 想定外の圧力で中に込められていた4発の弾丸は暴発したが、俺の手の中で虚しく潰れていった。

 怒りに任せてただの塊となった拳銃を味の亡くなったガムを吐き捨てるように投げ捨てたところで、悪党は失神した。


「やっば、ガチのスーパーマンじゃん」


 野次馬の誰かがそう言ったのを聞いて、一気に怒りが覚めて自分がしでかしたことに気がついた。

「やめてくれ」とは言えなかった。

 シャッターに目を隠し、慣れていない人混みにパニックになって声がうまく出てきれない。

 いや、その前に広まってしまうと思った。

 これが広まってしまえば引退もくそもない。すぐに天界にバレてしまう。

 その瞬間、火事が起きた。

 音もなく、だが盛大にショッピングモールに火の手が回った。


「テトッ!」


 突然の火事に慌てて野次馬が失せてゆく中、カナフの声が俺を救い出す。

 そうか、これは彼女の仕業か。

 カナフは何時ぞやの夜のように俺の腕を強くつかんでショッピングモールを後にする。

 どうしてか、軽口を吐く気分にはなれなかった。



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