エピローグ
「ラミア、わたしちゃんと大賢者としてお仕事をしようと思うの」
「ディアナ様、お気を確………………え?」
本日もいつも通りにディアナ様の私室へと訪問したところ、そんな意外なことを仰いました。
いつもは「わたしパン屋をやろうと思うの」とか「わたし猟師になろうと思うの」とか訳の分からないことばかりを仰るのがディアナ様だというのに、一体どういう風の吹きまわしなのでしょう。
私の耳が悪くなったわけではありませんよね。
確かにディアナ様が、大賢者としてしっかりお仕事をする、と――。
「どういうことですか?」
「うん、ちょっと気付いたのよね……わたし、ラミアのことを振り回してばかりだって」
「……まぁ、否定はできませんが」
ちなみに、海賊になりたいとかもう一度仰ったので、別の時代の別の海賊の仲間にもう一度なりました。
同じく劣悪な環境だったせいで、今度は二日で飽きられて戻りましたけど。私にしても、ハンスのように正義の海賊というわけではなく普通に悪い海賊の一味でしたので、特に何もせずに抜けただけでした。
あのときに、なんだか悩んでいる素振りがあったのですが。
そういうことだったのですか。
「それでね、ちゃんとお仕事をしようと思って。ちゃんとお仕事をした上で、自分のプライベートな時間だけちょっと冒険しよっかなって思ったのよ」
「一体、何があったのですか?」
「ええ……グラハムに言われたのよね。あんまりラミアを振り回してばかりだと、あの娘が疲れてしまいますよ、って」
余計なことを。
別に、私は今の日常に不満があるわけではありませんよ。
ディアナ様の気紛れに付き合うのなんていつものことですし、そのおかげで国王陛下から追加のお給金がいただけますし。
ディアナ様が気分屋になられてから、私の懐事情は非常に潤っているのですよ。今の家を引き払って、もうちょっといい家に住んでもいいかなとか最近検討していますし。
「だから、ラミアや国に迷惑をかけないように、ちゃんと心を入れ替えて大賢者として働くことにするわ」
「……」
困ります。
私の追加のお給金がいただけなくなります。欲しい服もありますし、『シュヴァリエ』のケーキ代もかさみますし、これから国王陛下に奏上する際に、私の希望をついでに言っておくこともできなくなるではありませんか。
そうなってしまっては、現状の私の生活が失われてしまいます。
私としては、ディアナ様には適度にわがままを言っていただいて、私がたしなめつつ割と優雅に日常を送ることこそが最善なのですよ。
それを、失うわけにはいかないのです。
ですが、ディアナ様は頑なです。
お優しいお方だということも分かっています。今までは無自覚に言っていたことを、グラハムという別の人間に言われたことで多少自覚したということでしょうか。
国王陛下も、ディアナ様を失うわけにはいかないので、強くは言いませんし。むしろ、わがままを仰ることを私から止めさせるために、追加のお金を払っているわけですから。
ううむ。
ここは、ちゃんと納得をしてもらった上でディアナ様にはこれからも貫いてもらわないと。
「ディアナ様」
「今までごめんね、ラミア。わたし、なるべくわがままは……」
「確かに、グラハムにはそう見えたのかもしれません。ディアナ様のわがままに、私が振り回されている、と」
「ええ……」
まぁ実際のところ正しいのですけど。
グラハムにしてみれば、私のことを気遣ってくれての発言だったのかもしれません。実際に、私がディアナ様のわがままに対処するという役割によって国王陛下から追加のお給金をいただいていることは、他の誰も知らないことですから。
ディアナ様は自由にわがままを仰ることができ、私はそれによりお金がいただける。これ以上ないほどウィンウィンな関係なのですよ。
「ですが、ディアナ様。私はディアナ様のそのようなお言葉に、常に感銘を受けております」
「え……?」
「ディアナ様は大賢者というお立場にありながら、他の様々な仕事に対してご興味をお持ちです。大賢者という一つの立場のみならず、様々な仕事、様々な業種から見聞を広めようとしていること、傍からはただのわがままに思えるかもしれません……ですが、そのようなディアナ様の深いお考え、このラミアは重々承知しております」
「……」
そんな深い気持ちは当然持っていないですよね。
ですが、こうして口先三寸でディアナ様を誘導すれば、「あれ、わたしすごくない?」と勘違いするのがディアナ様の良い点なのです。
さぁ。
私のこれからの満足ゆく生活のために、全力で褒めさせていただきますとも。
「パン屋という、庶民に親しまれる存在。海賊という、本来悪に回るべき存在……そのような、様々な視点から物事を捉え、見ることで新たな境地が存在することでしょう。そして、ディアナ様は大賢者というお立場に甘んじることなく、大賢者のみならぬ視点で全てを捉えることで、真の賢者……賢き者を目指そうとされているのでしょう」
「……あ、あー、うん、そうね」
「そのような深いお考えをお持ちのディアナ様がなされること、このラミアが迷惑に思いましょうか。いいえ、ございません。この侍従は、そのように素晴らしいお考えをお持ちのディアナ様のことを心からお支えしたいと感じております」
「う、うん、そうよね。わたしってすごいからね」
「勿論にございます、ディアナ様」
やったぜこの女ちょろい。
……。
こほん。
無事にご納得いただけたようです。うんうん、と頷きながらディアナ様が目をきらきらさせています。
とりあえず、私としても何をどう褒めたのかよく分かっていませんが、ひたすら褒めたら気分が良くなるのがディアナ様なのです。
これで私の優雅な日常は戻ってきてくれるはずですね。
「うん、そうよね。わたし、見聞を広めるためにやってるからね」
「その通りにございます。それを、一人のシェフに言われたからといってやめてしまうことは、稀代の才能を潰すようなものでございます」
「うんうん。そう、その通りよ。わたし大賢者だから。そのためにやってるのよね」
「はい、ディアナ様。私は重々承知しております」
「とりあえずグラハムはクビね」
「ディアナ様、お気を確かに」
さすがに止めます。
グラハムは当家専属のシェフです。そんなグラハムを解雇されてしまっては、ディアナ様のお食事がまともに出せません。
まだ若く、しかし腕のいいグラハムを一流料理店から引き抜くのは物凄く苦労したのですから。
「だって、よく考えればグラハムはそんな失礼なこと……」
「使用人の言葉にも、そのように耳を傾けてくださるディアナ様は素晴らしいお方です。ですが、そのように短慮を行うべきではないと思われます。グラハムは腕のいい料理人ですし、今後も当家で働いてくれる存在ですから。ここで気のままに解雇をしてしまっては、今後の食卓に影響が出ると思われます」
「そう……じゃあ、いいわ。ラミアがそこまで言うなら」
「ありがとうございます」
危ないところでした。
さぁ、これで問題ありませんね。全てが元通りです。
ディアナ様にも元気が戻られたみたいですし。あとは適度に大賢者としてのお仕事をされて、適度にわがままを申してくださればいいのですよ。
にこにこと、そうディアナ様を見て。
「じゃあ、じゃあさ、ちょっと提案があるのよ、ラミア」
「はい、ディアナ様」
おっと、また何かやりたいことが見つかったのですね。
まぁ、大したことでなければいいですよ。私もそれに付き合いますとも。
一日二日で終わるくらいならば助かりますし、三日ほどでもまぁ我慢します。
そんなディアナ様は、まるで近くに買い物に行くくらいの気安さで。
「ちょっとこの国の王になってみるわ。クーデターって楽しそうだと思わない?」
「ディアナ様、お気を確かに」
残念ですが。
さすがに、そんな無茶なご提案には従えません。