sw04 国立国会図書館について
秋深し、そして北風の足音が遠くから響いてきそうな季節となってきた。そんな日に渡海雄はまるで夏の太陽のように上気した表情でアスファルトを駆け抜けていた。ようやく手にした朗報を一刻も早く伝えたいがためである。
「やったよゆうちゃん! ついにかねてから申請していたあの件が認められたんだ!」
「ああ、例の話ね。まさか本当にどうにかなるとはごねてみるものよね」
「見て見て! このカードを! 本物だよ本物! はっはっは、やったね。これで死ぬ前にいっぱい楽しめる」
渡海雄の右手にはプラスチック製のカード二枚がしっかりと握られていた。しっかりとした厚さを持った、淡い水色のカード。これこそが国立国会図書館の登録利用者カードである。
「じゃあ早速行ってみようよ!」
「そうね」
国立国会図書館。英語で言うとNational Diet Library。日本には納本制度というものがあって、出版されたすべての本や雑誌などの出版物を納入する義務があるという。そして国立国会図書館は日本で唯一の納本図書館、つまり納入された本がここに集うのだ。要は色々な本を読める図書館だ。蔵書数は近所にある図書館なんかとはレベルが違う。
本館があるのはその名の通り東京都千代田区永田町。国会議事堂の北側にある。さすが東京という事で交通機関は豊富にあり、無数に張り巡らされた地下鉄のどれかに乗って永田町駅とか国会議事堂前駅ってのがあるのでそこで降りる。地上ではちょうど国会議事堂の正面は東向きなので、まずは国会議事堂を目印にして辿り着いたらそれから場所を類推すればいいだろう。
国会議事堂はやはり警備員も多く、特に何かがあるってわけでもないのにものものしい。ちょうど正面の門を横切っていると同じタイミングで通りがかったスーツ姿の男二人が首にかけていたカードを警備員に見せて、議事堂内部に侵入していた。一人はいかにも貧弱なオタクっぽい眼鏡で、もう一人は恰幅の良い腹部が印象的な中年だったが、あれでも日本を直接動かしている人間なのだろうか。
それはともかく、本来国立国会図書館は十八歳未満は利用不可能である。言うまでもなく渡海雄と悠宇もそれに該当するので本来は出入り不可能だった。そこで「日本のため、地球のために死ぬ覚悟は出来ています。でもだからこそ死ぬ前にもっと本を読みたいんです」「自衛隊が何もしない中、平凡な日本国民に無償で戦わせておいて権利は認められないの?」などと自分の境遇を盾にごねた結果、どうにか認められた次第である。
「この建物が新館。まずは右に曲がったらあるロッカールームで荷物を置いていくんだ。百円かかるけど金はちゃんと戻ってくるから安心。コピーや食事に金が必要なので財布などを透明のビニール袋に入れて怪しい物は持ち込んでませんとアピールしつつ自動改札にカードを入れると入れるんだ」
「だだっ広い空間がひたすら広がっているわね。そして大量のPCが並んでいる」
「普通の図書館みたいに棚に本が並べられてるって事は基本ないからね。必要な資料はこのPCで予約するんだ。だからあらかじめどんな本を狙おうかと計画を立ててからじゃないとほんとうの意味で楽しめはしないだろうね」
「その代わり狙った本は何でもあるって事ね」
「全部ってほどじゃなかったりするけど、まあ大抵はね」
図書館なので二人は小型のスマホみたいなものに文字を打ち込む事で会話の代わりとしている。図書館では静かにするのがマナーなのは全国変わらぬルールと言える。
「予約したら図書館の職員、専門用語で言うと司書の人が棚の中から資料を探しだして、なのかは自信ないけどとりあえず二十分ぐらいで到着するんだ。利用者はその資料が到着したカウンターに赴いてカードを見せ、お目当ての資料を手にするんだ。借りるとかは出来ないからね、館内で読み終えたら専用のカウンターで返却する」
「気の長いやり方ね。それにしても予約してから到着するまでの時間は暇じゃない?」
「大丈夫。デジタル資料ってのもあるからね。例えば『明星』とか『平凡』でも読んでたら時間なんてあっという間だから。グラビアページとか特集記事も大概笑えるけど読者のおたよりも結構気合入ったものがあったりしてね。それとMissオレンジ・ショックの正体が牧野忍というフリーライターで仕事でスタジオだかに行ったら声のイメージがぴったりだったので歌わせたとか意外な情報が剥き出しになってたりするのもスリリング。これも神保町じゃ目玉飛び出るような価格で売られてたからね。ヤンソンとか平凡ソングみたいな付録は見られないけど、これは欲しければ買えばいいって枠かな。ところどころページに抜けがあるのも気になる。戦後すぐとかでもないのに。それと話変わるけど産経新聞ってふざけてるよね。一応全国紙のくせに何で縮刷版がないわけ? マイクロフィルムくるくる回してると馬鹿みたいに思える時があるよ」
「本当に話変えてきたわね。それはともかく、食事はどうするの?」
「館内にいくつか食堂はあるから大丈夫。例えば本館の六階とかね。もういい時間になったし行ってみようか」
「そうね」
時は十二時四十分。本を読んでいるといつの間にかこれぐらいの時間は消えているものである。二人はエレベーターに乗って六階まで上がった。文房具などが買える売店には目もくれず右に曲がると食品サンプルと券売機が通路の両側に並んでいた。
「ふうむ、よりどりみどり」
「結構色々あるもんでしょ。しっかし、何にしようかなあ。お店のカレーって僕には大抵辛すぎるからなあ。うどんにしよう。山菜うどん」
「じゃあ私はランチセットAってので」
発券が済むとトレーを持っておばちゃんに手渡す。しばらく待っているとちゃちゃっと盛りつけて完成となる、のはいいがおばちゃんの仕事はあんまり的確ではなく、ちらりと見るとうどんに大きな油揚げを載せた後で何かに気付いた表情をしたかと思うとそれと取り上げ、代わりに緑色のものをパラパラと散らして「山菜うどんお待ちのお客様ー」とやっていた。渡海雄はそれを見なかったことにしてうどんをトレーに載せた。
しかし六階の食堂はとにかく景色がいい。日本の中枢を一望できるのだから愉快なものだ。店内の天井からぶら下がったテレビから流れていたのは当然NHKで朝ドラ「マッサン」、お昼の再放送が行われていた。
「まあ味はそこそこだしいいんじゃないの? 周辺に食べ物屋とかもなさそうだし」
「そうだね。これが関西館となるとまた様相が変わるんだけどね。けいはんな学研都市って、京都大阪奈良が重なりあう辺りに人工的な街があるんだ。一応自治体的には京都府精華町になるらしいけど、そこに関西館がある。最寄り駅はJR祝園駅と近鉄新祝園駅で、これは隣接しているんだ。そこからちょっと離れてるからバスを使うけど、その際は精華くるりんバスを使うのがいいよ。運賃は百円で、普通のバスの半分以下だから。一応歩いて行ったら、四十から五十分ぐらいでいけるけど基本上り坂だから結構大変。で、バスはとりあえずアピタ・コーナン前で降りる。アピタってのはショッピングモールで近くにファミレスもある。図書館の食堂なんかを使うよりそっちを利用したほうが安くてうまくて温かい食事にありつけるよ」
「逆に言うと食堂は高くてまずくてぬるいわけね。それにしても詳しいわね。まるで行った事があるみたい」
「伝聞だよ。それと上野の国際子ども図書館ってのもあるよ。上野駅の一番西から出て道路一本横断すると上野公園があるけど、図書館はこの上野公園の一番西側にあるんだ。だからある程度は歩く必要はあるけど、色々な景色を見られるからね。美術館とか動物園とか、何だか大きな銅像とか。そういうのを見ながらだと案外あっという間だよ。建物はいい感じに古くて風格があるのがいいよね。関西館は敷地が無駄に広いけど建物自体は最新鋭って感じでこれも人工的な都市と合わせてなかなか格好良い。でも周辺は何に使うでもない土地が結構ゴロゴロしてて、そんな寂寞感みたいなものがちょっと好きなんだ。それに比べて本館の建物はださいね。悪い意味で古臭い」
「そう言えば上野のほうはどうなの?」
「ここは一階は子供でも入れるんだ。でも二階には左右に二つの部屋があって、この中は大人じゃないと入れないんだ。部屋のそばにロッカーがあって、ここに荷物を入れる。そして扉から入ってすぐカウンターがあるから、そこの職員さんに番号の書かれたバッジみたいなのをつけてもらうんだ。ここも開架図書がいくらかあって、各社の教科書とか子供向けの本、『赤毛のアン』のモンゴメリやアンデルセンなど児童文学に関する研究所なんかがいくらか並んであるんだ。まあそれは日本国内やアジアの資料が集まる第一資料室の話で、第二資料室の難易度の高さはちょっと半端じゃないよ。英語ならまだまし。キリル文字とかで書かれてる読解不能な絵本とかがいっぱい並んでて、しかも室内が異様にどんより湿ってるから入って一分後には後悔するね。まあいくら開架図書が多少あるって言っても、やっぱりあらかじめ狙いをつけた状態じゃないとそのポテンシャルをまったく発揮できないのが国会図書館で、ここもそのご多分に漏れないって事だね」
「ふうむ。まさに研究するための施設って感じなのね。そんな場所に私たちって場違いもいいところよね」
「気にしない気にしない。いかがわしい本とかジャンプ読むために来てる大人だっていくらでもいるんだから。ちなみに休館日は本館と関西館は日曜日で子ども図書館は月曜日、それにプラスして祝日とか第三水曜日も基本的に開いてないみたいだから『行ってみようかな』と思い立ってからは公式ホームページなどでその辺をしっかりと確認してからにしてね。特に関西館とか行ってみたものの閉館だったらショッピングモールやホームセンターでバスの時間まで暇つぶしなんて無様な事になるから」
「地図で見たところ近くに公園もあるらしいから大丈夫」
「それにしても東京っていいよねえ。いい図書館が他にもいっぱいあるから。東京ドーム内部にある野球殿堂博物館とか。しかし国立競技場の図書館は二〇一九年まで待たないといけないなんて」
「興味あるのはスポーツと芸能ばっかりなのね」
そんな事を話していると敵襲を告げる警報が輝いた。二人は普通に退館した後で人目につかない死角を探して変身した。
「ふはは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のザウテルシバンムシ男だ! この汚れた星を食い尽くしてやるわ」
ザウテルシバンムシとは本の天敵である。学校の図書館などで古い本をあさっているとページのところどころにぐねりとうねった穴が開いていたりするが、これを作り出すのがシバンムシという甲虫の一部で、ザウテルシバンムシはそのような害虫として知られている。人類にとってやっかいなのはグラゲもまた同様。渡海雄と悠宇は即座にこれを排除せねばならない。
「そうはいかないぞグラゲ軍め!」
「私達の地球を武力によって食い物にされてたまるものですか!」
「ふっ、現れたなエメラルド・アイズ。お前たちを殺すという指令を今こそ実行する時だ。かかれ雑兵ども!」
あらかじめトンネルでも掘っていたのだろうか、地面の中からわらわらと湧いてきた雑兵を渡海雄と悠宇はどうにか撃破した。
「雑兵は片付いたな。後はお前だけだザウテルシバンムシ男!」
「相変わらず侵略計画は穴だらけね。その心境はさしずめ穴があったら入りたいってところかしらね」
「馬鹿め。俺は食らいついてでも与えられた任務を遂行する男だ。まだ戦いは終わっていないのだよ!」
そう言うとザウテルシバンムシ男は懐に隠し持っていたスイッチを押して巨大化した。いつものグラゲ戦法に対抗して、渡海雄と悠宇も合体して巨大化した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
ザウテルシバンムシロボットは口に当たる部分に装着されている強力な酸を射出する牙を全面に押し出して攻撃してきた。当たったらさすがの宇宙合金もダメージは不可避かと思われるパワフルな攻めに防戦一方と思えたメガロボットだったが、悠宇は常にチャンスを狙っていた。そして一瞬の隙を逃さず間合いを詰めた。
「よし、このタイミングならいけるはずよ!」
「うん。行くよ! エメラルドビームで勝負だ!」
渡海雄は素早く緑色のボタンを押した。目の部分からその名の通りエメラルド色のビーム、と言うよりより正確にはメガロボットのエネルギーを直接放出しているのでビームという名称ではなく火炎放射のほうが近いかもしれない。ともかく、すさまじいエネルギーを装甲に直接受けたザウテルシバンムシロボットは活動停止を余儀なくされた。
「くっ、残念だがここまでのようだな。撤退する」
爆散する寸前に作動した脱出装置に載せられてザウテルシバンムシ男は宇宙へと去っていった。読書の秋と言うにはここ数日はいささか寒くてもう冬に近い雰囲気さえ漂いつつある。厚くなるコートと二人の友情は寒い冬の到来をも乗り越えてくれるだろうと信じられるものであった。
今回のまとめ
・読書ほど時間を忘れられるエンターテインメントもそうはあるまい
・東京の交通機関は便利だけど色々ありすぎて大変
・関西館のテクノロジーの無駄遣い感は非常にロマンがある
・子ども図書館の第二資料室は私には難易度高すぎた




