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sw03 帰省記念 竹原市について

 九月十三日からの三連休を利用して渡海雄と悠宇は竹原合宿を敢行した。いや、正確に言うと悠宇はおばあちゃんが住んでいる竹原へ三連休を利用して戻る事になったのだが、それにかこつけて渡海雄も観光する事にしたのだ。


 まず竹原市に行くには、一番いいのは自家用車を使う事だと思う。高速道路だと本郷インターチェンジが一番近いだろうか。本郷には広島空港もある。広島市街地から遠い上に山の上にあるのでよく霧が発生して欠航する事から評判の悪い空港だが、出来てからまだ二十年そこらなので綺麗なのはまあいい事かも知れない。そして竹原市民にとってはそれなりに近い。まあだから何だって話ではあるが。


 新幹線を使う場合は三原駅で降りて呉線を使って行くのがいいだろう。ただ乗り継ぎが絶望的で、五十分ほど三原駅で待つ羽目になる事もあるので時間を決める際は慎重にしないと面倒だ。それにしても新尾道とかいう誰が使うのか不明な駅はいらないなあとあそこを通るたびに思うものだ。


「でもこれが真夏とかで暑くないだけましって思うしかないよねえ」


「今年は雨ばっかりだったからそれでもまだましだったかも知れないわね」


「だね。それで、後何分?」


「三十五分、かな」


 悠宇と渡海雄は時刻表の読み込みが甘かったので三原駅で待ちぼうけを食らわされていた。仕方ないので窓の向こうに映る景色でも語ろうと思ったが、ちらと視線を向けただけで悲しさがこみ上げてきた。


「駅前なのに、あんな空き地があるんだね……」


「うん。元々はね、天満屋って百貨店があったらしいんだけど、それが潰れたのも結構昔の話だし。ただビルとかマンションでもいいけど、何かを建てるにしてもタダでぽんと出来るものじゃなくてやっぱり先立つものは必要だから。本当は新しいビルが立つ予定だったけどそれも駄目になってご覧の有様よ。寂しい限りよね。でも三原って竹原より都会なのよ。イオンもあるし。ただ観光地として見た場合逆に田舎なほうが見所になったりするから。三原の観光名所とか思い浮かばないでしょ? 佛通寺とか知ってる?」


「ううん、ごめん、知らない」


「当然そうなるわよね。他には、みはらし温泉とか? やっさ祭りとか? タコが名物って知ってるはずないでしょ?」


「そもそも広島県って言うとまず広島市に尾道、呉あたりが来るからねえ。それと当然宮島も。あれは廿日市だっけ。三原はいくら新幹線が止まるって言ってもこれというものがないとなかなかねえ」


「やっぱり三原は帝人とか三菱とか、企業が強かったから。竹原はそういうのが弱いけど観光のほうでは多少注目を集めるようになったんだからありがたい話よね。率直な話、単なる田舎だと思っていたけど見る人が見るとそうじゃなかったりするもので。安芸幸崎-忠海間を呉線が走ってる光景とかよく写真に撮られてるけど、これなんかも『ああ、単なる地元じゃん』としか思えなくなるのは地元を知る人の癖よね」


「あの大久野島があるのが忠海だっけ」


「そう。島には東洋一の大鉄塔がそびえ立ってるから車窓から眺めてもすぐに分かるわ。実際に見えてきたら教えてあげる」


「うん。頼むよ。ああっ、そろそろ時間だね。長かった」


「まだ到着すらしてないんだけどね」


 かくして二人は呉線に入り込んだ。ワンマンの二両編成。三原で下手に後ろの車両に乗るといざ目的地となった時に閉まっていて混乱しかねないので前側の車両に乗り込んだ。三原や竹原は令制国で言う広島側の安芸と福山側の備後とのちょうど境目あたりに位置している。正確に言うと沼田川で分かれるようで三原駅があるあたりは備後だが、三原市西部は駅名でも安芸幸崎となっているように安芸に分類されるようである。


 ただ車のナンバーで言うと竹原市は福山ナンバーだし、それと竹原市を抜けて安芸津あたりになると海面にかきいかだが浮かぶようになるので竹原市民としては仁方の招待試合なんかで国道185号線を西に進んでいくうちにかきいかだを見かけると「ああ、西に来たんだなあ」と思ったものだ。


 そして呉線は発車された。三原から須波、安芸幸崎までが三原市に所属する。安芸幸崎はかつての幸陽船渠、今は今治造船に吸収合併された造船所の近くにあり、実際に赤と白の超巨大クレーンが海に突き刺さったような風景はダイナミックである。


 電車はなおも海の真横を進んでいった。線路と南の島影との間に小さく広がる穏やかな水面に釣り船からタンカーまで大小様々な船が行き交う光景こそ瀬戸内海の真髄であろう。海の真横を横切りながら竹原市の東側にある忠海に電車は近づいた。


「ほらっ、あれよあれ! 大久野島の鉄塔!」


「ああっ、本当に大きいねえ」


「それにしても大久野島ってのも相当波乱万丈な運命をたどった島よね。元々は芸予要塞って、日清戦争とか日露戦争の時代に日本が攻め込まれた時に備えて瀬戸内の島々に砲台とか作ってて、それが大久野島にも作られてたけどご存知の通りそんな事は起こらず、後に別の要塞が作られたから無用の長物と化してたのよね。それで何か軍隊関係の施設でもと誘致した結果作られたのが化学工場。一応農薬とかも作ってたらしいけど現在知られてるのは毒ガス作ってた事よね。イペリット、ルイサイト、その他色々。全盛期は軍事機密って事で地図から消されたり、この辺を電車を通る際に窓は閉じられて風景を見えなくしたとかだったらしいけど、一番のビューポイントだから今じゃ逆にゆっくり走ってるぐらい」


「やっぱり平和っていいもんだよね」


「そうね。そして大久野島も日本が第二次世界大戦で負けてからまたも運命流転。占領軍によって毒ガスは破棄、施設も火炎放射器で焼却されるなどして全部ちゃらになったわ。でも建物を全て破壊し尽くすのも大変だから放っておいてて、蔦に覆われた発電所跡とか元々芸予要塞として大砲が置かれてたけどやる事がなくなったので毒ガスを置いてた砲台跡とかは今でも残ってるのよね。その後、それまでの経緯とは関係なく近所の小学校で飼ってたウサギを島に放ったものが野生化して増殖、今ではウサギ島だなんて言われるくらい島中至るところにいるわ。しかも島全体が休暇村に指定されたから、基本無人島だけど一応宿もある。かくして廃墟マニアとウサギマニア垂涎の謎観光地が爆誕しましたと、まあそんな感じ」


「凄いねえ。呉線じゃなかったら途中下車したくなるくらい」


「ふっ、下手にそんな事したらいつ帰れるか分からなくなるわ。それとね、忠海駅と港の間あたりにあるのがジャムなんかで知られるアヲハタの本社。うちで食パンを食べる時につけるジャムは当然アヲハタ製品よ」


「ははっ、まるで関係者みたいだね。まさかステマ?」


「郷土愛みたいなものよ」


 関係ないけどアヲハタ創業者の廿日出要之進って名前はなかなか凄い。そんな忠海を過ぎて電発のそばにある安芸長浜、そして大乗を経て竹原駅へとたどり着いた。空の色はママレードからブルーベリーに変わりつつあったので、観光は明日にと決めて二人は泊まる家へと向かった。そこでカープ色濃厚なローカルのスポーツ番組を見てはしゃいだりした。


「それにしても今年は横浜には終始優勢に戦えたね」


「今までより苦戦したイメージもあるけど、総じて言うとそうなるのね。三連戦で三連勝はないけど負け越しもなし、安定して二勝一敗を続けた印象。それにしても、結局巨人優勝になりそうね。まあ九月最初の直接対決で三連敗した時点で見えてたようなものだけど、この間の三連戦も大田に決勝ホームラン打たれるとか絶望的にも程があるわ」


「こうなったら二位すら危ういんじゃない?」


「阪神とのゲーム差も少ないけど残り試合数もわずかだから、逃げ切れるか。まあいずれにせよ、連続Aクラスは確保出来たも同然だからそこは良かったわ。しかし中日四位でカープが三位に落ちたら去年と同じ順位ってなるのね」


「大山鳴動して鼠一匹。スコットランド独立投票もそんな感じだったね。ちょっとワクワクしたけど、蓋を開けてみればまあそんなもんだよねって結果に終わるという」


「そう言えば十六球団構想ってのも唐突に出てきたけどあれもねえ、私たち素人が戯れに言ってみたのと同程度だったわね」


 それ以降も野球談義は続いた。本来月末は野球に関しての文章を投稿するのが慣例となっているが、今は時期が中途半端だ。十月上旬にレギュラーシーズンが終了したら改めて野球ネタで一章作り、ドラフトでも一章作る事になるだろう。と言うかドラフトまでもう一ヶ月になっているのに驚く。今年は十月二十三日に開催されるとの事である。


 この日は疲れもあったので八時には寝た。翌日、朝食を取った後に二人は町並み保存地区へと繰り出した。竹原は江戸時代、塩田で栄えていたらしい。その後衰退して一山いくらの田舎と化した今でもかすかに残る栄光の痕跡こそがこの景観である。現在の竹原の中心地は当時塩田だったあたりで、この地区は今となっては割と内陸の微妙な位置にある。それがかえって再開発の波から逃れて、当時の面影を色濃く残す要因となったのであろうか。


 車で来る場合は付近に道の駅があり、そこの駐車場を利用するのがいいだろう。それと竹原港付近には海の駅なるものも今年の八月一日に出来たという。渡海雄と悠宇は別に車で来たわけではないが、パンフレットでも入手しようという事でとりあえず道の駅に入り、その二階で二次元キャラのお出迎えを受けた。


「おおっ、こ、これは……!?」


「そんな大袈裟な。ただのパネルじゃない。『たまゆら』ってアニメがあって、それの舞台が竹原なのよ。内容はね、なんかほのぼのしてたりちょっといい話とかあったりで、大きな事件が起こったり血で血を洗うバトル展開になったりは絶対にしない水か空気みたいなものだったわ。この『たまゆら』に登場するももねこ様って、ピンク色のふわふわした丸い猫の像が出来てたりペイントしたタクシーやフェリーが走ってたり、竹原市もよく協力してるのよ」


「ふうん。そう言えば今度のNHK朝ドラ『マッサン』も竹原が絡むんだっけ。新聞の切り抜きが一杯貼られてる」


「そうね。国産ウイスキー造りに情熱を傾けた男、竹原出身の竹鶴政孝がスコットランドで出会い結婚した女性をモデルにした人物が主人公となっているわ。塩だけでなく酒造りも盛んだった往年の竹原の風土が生んだ偉人ってところかしらね」


 竹原市三大偉人と言えば池田・竹鶴・ハマショーであるが(頼家の人々は何となく別枠というイメージがあるもので。異論は認めます)、竹鶴と池田は旧制忠海中学、今で言う忠海高校の先輩後輩でもあったそうだ。そう言えば忠海東小学校と西小学校、それと今の忠海中学校が来年度から統合すると聞いた。とうとう来るべき時が来たと言うべきであろう。特に東小は児童の数がかなり減少していたとの話だったので、遅かれ早かれだったろう。校舎は中学の場所を使うようだが低学年の子にあの坂道はきついと思うが、大丈夫なのか。


 話を元に戻すと、道の駅から少し北上すると路上がアスファルトではなく石や黒いレンガで舗装されるようになり、壁もまるで時代劇のような白塗りとなる。いかにも古い町並みという感じだ。一帯はそれほど大きくないが、見所はそれなりにある。


「これが松阪邸。大きなもんでしょ。お金を払えば中も見られるけど、どうせ経費で落ちるし入っちゃいましょうよ」


「そうだね。ふうむ、ちょっと暗いなあ」


「ギンギンに明るくても風情がないってものよ。庭とか破風とか凄く凝ってるらしいけど説明されてもよく分からないわ。でも確かにいい感じの雰囲気よね」


「ああ、蓄音機とかもあるんだ。江戸時代の後もしばらくは裕福な暮らしだったんだなあ」


「こらこら、触っちゃ駄目よ! 写真までで止めておきましょうね」


 確か二百円とかそこらだったと思う。この一帯には観光客も多いが普通に生活している人たちもそれなりに行き来している。両者はやはり雰囲気で何となく区別がつくものである。前者にあたる少年と少女は道をもう少し北上した。


「そしてこの石段! 登りきった先には京都の清水寺をイメージしたと言われる西方寺の普明閣があるの」


「しっかし、骨だねえ。随分長い石段だなあ。体力付けるには丁度いいと考えるかな」


 ひいひい言いながらも二人は石段を登りきると、また石段があったのでそれも登った。普明閣から見える竹原の街並みは寂れた田舎そのもので、言い知れぬ郷愁に胸を締め付けられる感覚が二人を襲った。長い煙突の向こうには瀬戸内海が優しく揺らめいている。


「これが竹原市歴史民俗資料館。洋風建築で、竹原でどんな暮らしをしていたかなんかの資料が展示されてるのよ」


「うわあ、これは凄いなあ! パネルのフォントがとてつもなく古い! ビンビン来る圧倒的昭和感!」


「ううん、確かに昭和中期って感じね。塩田の廃止が昭和三十五年って書かれてるから、本当にその頃の空気までまるごとパッケージして平成の世まで届けてきたみたい」


 他には竹原出身の三村剛昴という物理学者についてのちょっとした展示もあった。調べると戦後に原子力の平和利用という流れに反対した人であるらしい。今で言う広島大学の教授で、原爆の被害も直接体験した。推進派の「原子力を利用しないと日本は文明に乗り遅れる」という主張に対して「乗り遅れてもいい」とまで言い切った信念はそれゆえのものであろう。


 結局日本は文明を選んだ。しかし原子力、容易く扱えるものではないのはあの人災からも明白。「次はミスをしない」と言ってもどうせその時その時の突発的な事態に対応できずまた過ちを犯すのは目に見えている。人間が人間である限りミスはなくならない。だからすっぱりやめるのも一つの良識と言えるが、結局どっちの道も簡単ではない。


 時計は十一時を回っていた。高く昇った太陽と石畳の間を通り抜ける風は夏の断末魔を載せて二人に降り注いだ。渡海雄は長袖の黄色いシャツを脱いで左腕にかけた。


「そろそろ帰る時間だね」


「そう。また、いつか来れるといいわね」


「うん。きっとね」


 かくして今回の竹原合宿は終了した。いにしえの風情を大いに残す街で二人は人間である事の素晴らしさと、それを生み出した営みの舞台である地球の美しさを改めて認識した。そして明日からはまた始まる戦いの日々を生き抜く英気を養った。透明な夏の海はすでに過ぎ去り、深い色を湛えた瀬戸内海は別れを惜しむかのようにキラキラと光り輝いていた。

今回のまとめ

・もうちょっと交通の便が良ければいくらでも訪れるんだけど

・三原は都会だけど確かに離れてみると対外的な売りが少ないかなと思う

・町並み保存地区は程々にコンパクトなのが逆に心地良い

・寂れていても故郷は故郷

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