夏合宿
入道雲の先端の白こそが白の中の白だと、抜けるような真夏の青空を眺めるたびに思う。今日は快晴、絶好の合宿日和だ。
と言うわけで、南郷宇宙研究所は八月の初めに長者高原で夏合宿を行った。乾いた風が吹き荒れる世知辛い街を忘れて涼風そよぐ高原への避暑旅行であり、そんな快適な環境に身を置くことによって心おきなく渡海雄と悠宇もトレーニング出来るだろうという考えにも基づく一挙両得的なリトルトリップである。
「ねえねえ、とみお君。これ、何の花?」
「ええっと、ちょっと待ってね。ああ、これは、多分ウスユキソウって奴だと思うよ」
「ウスユキソウかあ。名前の通りうっすらと白いのが綺麗ねえ」
「本当にねえ。ふうん、これの仲間でセイヨウウスユキソウってのがいわゆるエーデルワイスなんだってねえ」
「(エーデルワイスと言えば多くの人が思い浮かぶであろう例の歌を歌いだしたものの歌詞掲載はNGなので自主規制)って奴ね」
「そうそう。あれはもっとくっきりと白いけど日本には分布してないんだって。この日本にいっぱい分布してるウスユキソウは仲間の中でも白い綿毛がかなり薄いほうらしいよ。見た事ないけど」
「ふうん。いつかはスイスにでも行って生エーデルワイスも見たいものよね」
ハイキングは午前の日課として行われている。渡海雄は本を片手にあの花は何とか、その周りをひらひら舞う蝶々は何などと悠宇にレクチャーしながら坂道を登っている。とは言うものの渡海雄だって本がなければ何も分からないわけで、そう言う意味では二人とも高原を大いに楽しんでいる。
頂上に到達すると絶景が広がっていた。四方の山々の先端は夏の真ん中だと言うのにうっすらと白く彩られており、雄大な自然のエナジーが二人の肉体へビンビンと刺さってくるようであった。四方を山に囲まれた高原の緑が生み出す酸素こそ地球が地球であるための色を形作る源であり、この緑を絶やさぬために二人は戦い続けるのだ。
それが終わるとグラウンドで走ったり筋トレしたりと過酷な高地トレーニングが待っている。すでに秋の気配が漂う高原ならではの環境。しかしそれでも大変なものは大変だ。水分をこまめに補給しつつ、メニューを死に物狂いでこなす二人の表情はそれでも生気に満ち溢れていた。いくら過酷と言っても所詮はトレーニング、しっかりとこなせば終わりは来るからだ。戦い終わればおいしいそばが待っている。実は渡海雄はそれまでそばが苦手だったのだが、ここに来てあっという間に克服した。これもまた雄大なる自然の賜物である。
午後は勉強をして過ごす。宿題を終わらせるのも渡海雄と悠宇が健全な小学生である以上地球を守るのと同等に大事な義務である。いや、さすがに同等は言いすぎたかも知れないが、地球を守るからと言って宿題をほっぽり出すようでは人間としての信義に悖ると言うものである。
夜になれば満天の星空が輝く。宇宙研究所らしく望遠鏡でその星たちを観察するのだ。その姿はまさしく星をみるひと。やろうと思えばみなみとあいねだけでクリア出来るらしいが、しばのテレポートは便利なので使わない手はない。みさは、仲間にするのにやたらと手がかかるけど強いと言えば強い。ところどころ妙なセンスが炸裂しており、それがすべてうまくいってるわけではないが時々ちょっと面白い。
最終日にはキャンプファイヤーまで行い、楽しい上に宿題もほぼ終わらせる事が出来たのでまったくもって有意義な夏合宿であったと言える。そんな夏合宿であるが、研究所の職員全員が参加したわけではない。家庭の事情などで欠席した者も多い。その一人に、今年の四月から加わった得巴里夫という男がいた。
このように渡海雄と悠宇が夏合宿をエンジョイしてるのと同じ頃、地球周辺のどこかに隠れているグラゲ辺境軍第三三四連隊の旗艦ブランウワイスの艦長であるサンジオ・ミュレビラドはある人物の帰還を今か今かと首を長くして待っていた。その人物はミュレビラドが数ヶ月前に派遣した斥候である。そしてその派遣先は南郷宇宙研究所であった。
「こちらエルパリオ。着艦を要求します」
「おお、ようやく戻ってきたか。五番ハッチを開く。早速だが頼んでいたものはしっかり入手出来たであろうな?」
「了解しました。ふふっ、もちろん予定の情報は集め終えました。直にそちらへ向かいます」
「楽しみにしておるぞ」
銀色に輝く流線型の宇宙飛行機が暗闇の中でくるりと旋回したかと思うとブランウワイスの左弦に開いたハッチへ一目散に飛び込んだ。機体が完全に動きを止めた次の瞬間にはコクピットが開き、中から薄い宇宙服を着込んだ男が降りてきた。「お勤めご苦労」とねぎらう整備士に会釈しつつ赤いヘルメットを外すと、そこには地球人類とよく似た肌と髪の色を持った顔が姿を現した。この男こそ南郷宇宙研究所職員の得巴里夫ことグラゲ軍特殊部隊のエルパリオである。
短めの黒髪の先を立てた痩身。肌の色がやや不健康な白色である事は、特にこの夏においては多少目立つ程度でどこからどう見ても生粋の日本人という出で立ちだが実は地球とはまったく異なるカレビリウニー星出身のスパイである。名前に関して、実際はエルパリオとエルファリオの中間の発音であるが、どちらかと言うとパに近いのでエルパリオと表記してはいるが、このカタカナ通りに読むとちょっと違うのが特徴である。
「待ちわびておったぞエルパリオ! よくぞ戻ってきた」
「私如きにはもったいないお言葉をありがとうございます。サンジオ・ミュレビラド」
「して、早速成果を」
「はっ、ここに」
司令室に入ったエルパリオは小脇に抱えていた鈍い銀色のケースから小さなチップを取り出してミュレビラドに提出した。ミュレビラドはそのチップを専用のコンピュータに差し込んだ。するとそこには変身した渡海雄と悠宇がグラゲ軍と戦っている立体映像が二人の目の前に出現した。
「これが逆臣ネイが惑星浄化の切り札として総力を挙げて完成させたというエメラルド・アイズか」
「その通りであります。そしてこのエメラルド・アイズ両名は間違いなく私の派遣された南郷宇宙研究所に関係する何者かが装着しているのです。ご覧の通り、かなり小さな種族が中には入っていると推察出来ますが、その正体に関しては彼らとしてもまさしくトップシークレットとなっており、今回の調査においても突き止める事が出来ませんでした」
「それは仕方なかろう。敵とて必死だ」
ミュレビラドの言葉通り、ネイたちは渡海雄と悠宇が変身してグラゲ軍を倒しているという事実を対外的には一切公表しておらず、しかも研究所内においてもそれを知るのは本当に一部の職員だけなのだ。
南郷宇宙研究所は地域に開かれた研究所なので、コンピュータルームなど一部施設は無料で利用出来る。だから毎日のように渡海雄と悠宇は通っているのだが、そういう子供たちは二人の他にも大勢いるのだ。それはこのエルパリオのような斥候を惑わす効果も計算に入れての事である。
「このエメラルド・アイズの力は強大です。雑兵クラスではものの数にも入らないと言わんばかりに破壊されるのです」
「ふうむ、確かに雑兵ではあまりに力不足か。攻撃がかすっただけでも破壊されている」
「そして有人の指揮官は巨大化しますが、それに対抗するように彼らもまた融合巨大化するのです。その際に『メガロボット』なる奇怪な掛け声を発しており、それがこの巨大化形態を指すものと思われます」
「なるほど。ただでさえ強力な兵士二人が一人に融合しているのか。それは強いはずだ」
グラゲ軍の指揮官が巨大化する際にスイッチを押すが、それを押した瞬間質量がブランウワイスから転送されるのだ。つまり、グラゲ軍のロボットはあらかじめ用意されたものを瞬間移動させているに過ぎない。それはそれで素晴らしい技術なのだが、メガロボットの合体巨大化はそれとはまた異なった理論によるものなのだ。
それはどういう事か。つまりエメラルドの瞳をした仮面の装着者である渡海雄と悠宇の心に感応して心のエナジーそのものが巨大化するのだ。もっと具体的に言うと、二人が同じ事を考えた時にそれは発動する。つまり「あの敵を倒したい」と強く誓った時、その誓いの強さこそがメガロボットの強さとなるのだ。同じ巨大化に見えてもグラゲ軍のロボットには心が通っておらず、それが敗北の一因となっているのだがそのような説明はエルパリオもミュレビラドも理解してはいない。
「そしてこのメガロボットは素早い機動力とタフな装甲、そして十大必殺技があるのです」
「十大必殺技?」
「はい。それは具体的にはこのようなものです。まず一つ目は、このように左腕が輝いたかと思うと剣のようなものが召喚されて、それを投げつけるか両手で持って切りつけるかして倒す。これを彼らはメガロソードと呼称しているようです」
「いかにも強力そうな剣だな」
メガロソードは赤いボタンを押すと現れる必殺技である。宇宙合金を鋭く錬成して作った剣なのであらゆる装甲を切り刻むパワーを秘めている、まさに宇宙のスーパーソードである。
「そして第二に、足の部分がドリル形態となって相手に突撃して破壊する技。これをドリルキックと称しているようです」
「そのまんまだな。しかし痛そうだ」
ドリルキックは青いボタンを押すと発動する必殺技である。メガロボットの両足にはドリルが仕込んであり、ボタンを押すとそれが表に出るのだ。まっすぐ突撃した瞬間、敵の装甲にはぽっかり穴が開くという運命から逃れられない。
「第三に、胸部から七つの波長が異なるビームを一斉に発射するという必殺技があります。これをレインボービームと称しているようです」
「一つ一つでも主砲クラスのパワーがあるのにそれが七つとなると、まさに強力だな」
レインボービームは白色のボタンを押すと発射される必殺技である。様々なタイプのビームがまとめられているので、ある波長のビームは効かないという装甲にも別の波長ならダメージがあるというもので強力な武器となっている。
「第四に、胸から腹部にかけて、左右の縦方向から破壊力のあるニードルを発射します。これをランサーニードルと称しているようです」
「威力は言うまでもないとして、素早く射出出来るのもやっかいだな」
ランサーニードルは黒いボタンを押すと射出される必殺技である。射程は長くないものの拡散するように射出されるのである程度まで接近された状態で放たれると確実の蜂の巣の一丁上がりとなる。ミュレビラドの指摘通り、ほぼノーリアクションで放てるので奇襲的にも使える。
「第五に、右手首から発射される、おそらく電気の玉も強力な攻撃です。これをサンダーボールと称しているようです」
「まっすぐではなくグネグネと曲がりながら接近してくるのがいやらしいな」
サンダーボールは黄色いボタンを押すと生み出される必殺技である。その名の通り、電気の玉が右手首から発生して、その玉に触れた機体はメカ内部全体が高圧電流によってショートするので破壊されるしかなくなる。玉が移動するスピードは速くないものの、計算外の軌道を描きながら近づいてくるので回避は難しい。
「第六に、両目から発射されるビームもまた必殺技となっております。これをエメラルドビームと称しているようです」
「またビームか」
エメラルドビームは緑色のボタンを押すと繰り出される必殺技である。レインボービームと違ってメガロボットのエネルギー源であるエナジックウェーブを直接浴びせかけるという構造になっている。射程はレインボービームより短いが威力は抜群。
「第七に、左膝の部分に仕込まれているミサイルがあります。これをスプリングミサイルと称しているようです」
「これも奇襲を意図した武装か」
スプリングミサイルは橙色のボタンを押すと作動する必殺技である。根元の部分にバネが仕込んであり、左膝が開くとバネの力で射出される。ミュレビラドの言う通り奇襲を旨とする武器なのでそれなりに接近していないと意味はないが威力は高い。
「第八に、背中から肩越しの部分から二枚の刃が飛び出し、それを組み合わせて投げつけるという攻撃があります。これをエンジェルブーメランと称しているようです」
「どうも刃を投げつけるのが彼らの趣味らしいな」
エンジェルブーメランは桃色のボタンを押すと起動する必殺技である。いわゆる諸刃の剣をV字状に組み合わせて投げつけるのだが、その形状が天使の羽根に似ているのでこのような名前が付けられたと言われている。
「第九に、両手の指先から出る高熱線レーザーで機体を切り刻むという事も出来ます。これをフィンガーレーザーカッターと称しているようです」
「有効範囲も広く、これはちょっと防ぐ手立てがなさそうだな」
フィンガーレーザーカッターは群青色のボタンを押すと発動する必殺技である。合計十本の高熱線レーザーをクロスさせるように振る事で敵の機体をバラバラにする。ぼやぼやしているとマシンの市松模様が出来上がる。
「そして第十に、右手が高熱によって赤く燃え上がった状態で殴りつけるという恐ろしい攻撃があります。これをメルティングフィストと称しているようです」
「あまりにも危険な攻撃だ。攻撃部隊の諸君はよく命を落とさず脱出してきたものだな」
メルティングフィストは朱色のボタンを押すと発生する必殺技である。プラズマ超高熱線によって赤く変色するほど熱くなった拳で殴る事によって敵機体の装甲となっている金属の融点を超えさせて溶かすという豪快な大技で、単純な威力で言うと必殺技の中でもトップクラスである。
「報告ご苦労。それにしても、これがまさしくメガロボット十大必殺技の全貌か。いずれも強力な攻撃ばかりだな」
「その通りです。そのパワーは並の融合服では太刀打ちしようのないレベルです。いかに熟練のパイロットと言えど、あまりにも強力すぎます」
エルパリオはその表情を険しくして報告を続けた。融合服とは普段グラゲ軍攻撃部隊の面々が着ている、地球上の動物をモチーフにした装備の事である。これを作成したのはあらかじめスパイとして地球に送り込まれたネイであったが、あらかた作り終えた段階でネイは地球へと寝返った。情報を得るため、任務として触れ合った地球を愛してしまったのだ。
ネイは地球に降下する際、廉価で大量生産できる融合服とは根本的に桁の違うスーツを持って行った。それが渡海雄と悠宇の装着している例のスーツである。これは予算度外視で作られているので性能は極めて高い。それがこんな結果になってしまって。しかしそのままにしておけば今頃地球はとっくに紫色の惑星となっていただろう事は、ミュレビラドも重々承知している。
「それは十分に承知している。しかしどんなマシンにも弱点はあるものだ」
「それをどうにか捜索してはいますがなかなか……」
「とにかく探るのだ。時間はどれだけかかっても構わん。メガロボットを倒さずして我らの目的は永遠に達成されないのだからな。とりあえず今日はここでゆっくり休むが良い。明日からはまた潜入してもらうのだからな」
「必ずや、朗報をお届けします。では、これで失礼いたします」
エルパリオは左手の人差し指と中指をおでこに添えて目を閉じるというグラゲ式敬礼をしてから自らの部屋へと戻った。敵もまた常に動いている。しかし渡海雄も悠宇もそんな事は気付いてはいない。




