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fh28 前回の大阪万博について

四月の清々しい風に吹かれて、野原に芽吹く若草のようにすくすくと日々を過ごす渡海雄と悠宇であった。雨が降ろうと急に寒くなろうと、春は素敵な季節だ。


「それにしてもいよいよ開幕してしまったわね、大阪万博」


「色々トラブルもあるみたいだけど、こういうのが今後どれだけ改善されるのか。中身自体はなかなかいいらしいから、イタリアなんか早くも良い評判が聞こえてくる。そういうポテンシャルを活かしきるためにも努力してほしいよね」


「大型イベントの肝は人間と人間の交流。そういう意味だと無観客で開催せざるを得なかった東京オリンピックは不幸だったけど、今度は堂々とやりきってほしいものよ」


「そうだね。ところで今回の万博が大阪においては二度目の開催となるのはもはや言うまでもない話だけど、実際前回の万博はすでに五十五年も昔の話だからね。昨日の事のように語れる人がまだまだ多いのはそれだけ存在感絶大なイベントだった証明だけど、さすがにもう昔話だからね。はっきりした記憶があるのは還暦以上となると」


「東京オリンピックだってそれぐらいのスパンだったわね」


「というわけで前回のものがどんなものだったのかをこの『日本万国博覧会公式ガイド』を読んで少しだけ味わってみようというのが今回の趣旨となる」


「よくそんなもの手に入れたわね」


「当時の超大型イベントだからこの本もいっぱい発行されてて、特に関西の古本屋ならかなり安価で手に入れられると評判だよ。うっかり何千円とするようなのに手を出す必要もない。定価は三百円とあるけど、物価指数的に今の価値で言うとその三倍ぐらいにはなろうかってところらしいからまあそれなりの値段だよね。ただ相応に内容はぎっしり詰まってるし、全編カラーで写真やイラストがふんだんに使用されている作りは相当気合入ってて、そう考えると安いくらいだとさえ思えるよ。そしてその中身を色々見ていくと一切知らなかった部分も少しは見えてくるはず」


「それは楽しみね」


「という事でまず開くと会場図がデーンと展示されている。そして概要を経て大会に携わった偉い人達の言葉が掲載されている。その一人目は名誉総裁として当時の皇太子から平成時代の天皇となった今の上皇陛下」


「うわあ本当に偉い人!」


「しかも存命という稀有な存在でもある。それから名誉会長として当時の総理大臣だった佐藤栄作、日本政府代表として外務省で駐フランス大使などを歴任した萩原徹、協会会長として経団連会長を長年務めた財界の大物石坂泰三と続く。この三人はいずれも七十年代のうちに亡くなられたみたい。石坂などこの時点ですでに八十歳を超える高齢だから仕方ないけど」


「そんな人をよく引っ張り出したものね」


「決まるまでの人選は難航したそうだから、日本人であれば誰でも大協力ってものでもなく当時も当時の苦労があったものだよね。それでガイドは大会テーマ、今回は『いのち輝く未来社会のデザイン』だそうだけど前回のものはもはや言わずと知れた『人類の進歩と調和』で、この説明が長々と書かれている。具体的には世界には色々な問題があると認めつつ、その上で『なお私たちは人類の未来の繁栄をひらきうる知恵の存在を信じる』、そして世界各地で生まれた知恵が交流する事で『そこに高次の知恵が生まれ異なる伝統のあいだの理解と寛容によって、全人類のよりよい生活に向かっての調和的発展をもたらすことができるであろう』と高らかに理想を掲げている」


「何とまあ美しい言葉か」


「なおこれはテーマのうちでも基本理念にあたるもので、他にも四つのサブテーマが掲げられている。曰く『より豊かな生命の充実を』『よりみのり多い自然の利用を』『より好ましい生活の設計を』『より深い相互の理解を』。そしてそれを具現化した存在として実際の展示の紹介に移る。まずは会場の中心となるシンボルゾーンのそのまた中心であるテーマ館、つまりは太陽の塔の説明に入る」


「出た太陽の塔! これぞ万博というまさに象徴よね。いやもはや大阪のシンボルか」


「地下、地上、空中の三回層に分かれてて、それぞれ過去現在未来を象徴する云々といった説明がなされてるけど、これに関しては千の言葉を連ねるより実物のインパクトが全てだよ。本来は終了後に取り壊す予定だったけど住民の声によって保存される事になったという流れも納得するしかない圧倒的存在感は今もなお健在。まさに時代を超えたエネルギーの塊。暇な時に千里丘陵に行ってみよう、ついでにガンバの試合でも観戦しましょうってところかな」


「内部展示の写真も掲載されてるけど何ともサイケよね」


「それでこのシンボルゾーンには他にも大噴水や美術館、エキスポタワー等の施設が建てられた。このエキスポタワーなんかも当時の日本人若手建築家が推し進めていたメタボリズム、生物の細胞が新陳代謝するように建築物も常に新しく生まれ変わるようにしようという考えに基づいて作られたものだけど、古びたパーツを新しいものに入れ替える事で社会の変化に合わせて建物も有機的に成長するのが持ち味だったはずなのに結局古いまま老朽化して二十一世紀に入ってから取り壊されたのは無情を感じる」


「理論通りにはいかないものか」


「例えば太陽の塔が大阪万博の普遍性の象徴ならこれらメタボリズム建築は時代性の象徴と言えるのかも知れない。というわけで次は各国の展示館の説明に入る。最初は庭園などを含む日本館で、それからカナダ韓国アメリカ中華民国……、といった早々と参加を決めて設備を完成させたと思しき近くの国々がまず紹介されている。中華人民共和国は当時国交がなかったので不参加」


「そうか、まだそういう時代か」


「そういう絡みで言うとドイツは西ドイツだし、ベトナムも南ベトナムの参加となっている。後者なんて五年後には消滅する運命にあるんだから大変だよね。また単独国家みたいに書かれてるアブダビはドバイなど周辺の国とアラブ首長国連邦を設立しイギリスから独立する前だったり、他にも国名は概ね同じでも政体は別物になった国は多い。イランとエチオピアなんて当時まだ帝国だし、アフガニスタンも説明文によるとザヒール・シャー国王が来日した際に建設中の会場を視察して『よし、アフガニスタンも参加しよう』と即決したそうだけど、三年後に従兄弟が起こしたクーデターにより国外亡命を余儀なくされ王政は廃止された」


「あらまあ」


「でもその従兄弟も当初協力的だった共産主義勢力の弾圧に回ったのでクーデターにより処刑。それで社会主義国家になったけど反発する人達がイスラム聖戦士ムジャヒディンとして立ち上がり、親ソ政権を支援するためのソ連侵攻に対してアメリカがビンラディンら海外からの志願者も含む聖戦士のゲリラ活動を支援して泥沼の争いが続き、結局後者が勝ったけどその後の内紛の中から厳格なイスラム主義のタリバンが台頭して、ビンラディン率いるアルカイダが起こした同時多発テロに苛ついたアメリカらに攻められてタリバン政権が倒された時にまだ生きてたザヒール・シャー国王も帰国したけどその死後にタリバン復権……。未だにごたついてるし、多分僕達が死ぬまでに解決は見られないんだろうな」


「人類の進歩と調和って簡単じゃないわね」


「まさしくね。なお中南米のハイチとガイアナはガイドに掲載されながら下部に赤い文字で『残念ながら、この国は参加を取りやめました。』と一行注釈が入っている。でもこの二カ国、紹介文をよく見るとその国の説明に終始していてパビリオンの説明は皆無。一行目から昨年アポロ11号が持ち帰った月の石が展示品の目玉と明記されているアメリカを筆頭に準備が早いところは何が展示されています、こんなイベントが用意されてますって書かれてるけど後ろの方は歴史や産業しか書かれていない国も多くて、この辺はもしかしたら間に合わないかもって予感はあったのかも。今回もいくつか途中から不参加を表明した国があるけど、ここまでギリギリで止めた国はなかったと思えばなんてことはない」


「そもそもそういう国はインターナショナルスペースなる、まとめて展示されてるうちの一つって扱いみたいだしね」


「わざわざその国がパビリオン作るのは大変だけどそうやってまとめる事で参加国を増やしたナイスアイデアだからあんまり悪く言わないでね。なお国の他にもケベック州だのサンフランシスコ市だの単独で参加している強い自治体もある。次に様々な国内企業の展示だけど、これは各展示ごとに出展者、テーマ、プロデューサー、建築設計が書かれてて、建物は基本的に未来的なデザインが多いけど古河グループによるパビリオンはあえて奈良時代の塔を再現するなど各社様々な工夫を凝らしている。展示として有名なのは今は亡き三洋電機の人間洗濯機だけど、やはりこのガイドでもすでに『話題の』という形容詞付きで触れられている」


「今回の万博でもその進化版が展示されているらしいからね」


「次には催し物の紹介。日本各地世界各国の様々な歌や踊りが訪れたみたい。有名人だとフランスのシャンソン歌手ダリダやポール・マッカートニープロデュースでヒットしたメリー・ホプキン、名指揮者カラヤンと彼が率いるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、二十世紀を代表するソ連のピアニストリヒテルなどで、他に写真付きで取り上げられてるのはカナダのミュージカル『赤毛のアン』やトリニダード・トバゴのドラム缶バンドショーなど。アンはまさに今新作アニメやってる最中だし根強いよね。それと会場を移動して『たのしいムードづくりに一役買う』とされるウインピーなる道化師、写真が白黒なのもあって普通に不気味」


「そういえばマスコットキャラはいないのね。まあ日本ではほとんど根付いてなかったし、世界的にもオリンピックやワールドカップのマスコットの経歴を見るにまだ定着しきる前だったから仕方ないけど」


「今回はミャクミャクを筆頭に各国から色々大集合してるもんね。かわいいのもいる、意味不明なのもいる。相互理解って大変だけど面白いものだとよく分かるよ。そしてガイドはサービス食事買物について載せられている。中で働く人達の派手な制服よ。また食べ物案内リストとして各飲食店のリストが掲載されてるけど、写真の一つもなく選ぶのは大変そう。価格が書かれているもので安いのは七十円や八十円のホットドッグなどで、高いものだと美々卯のうどんすき八百円など。ただ実際はもっと高いものもいっぱいあったと読み取れる」


「そこはイベント価格としてある程度割り切るべきなのは今も昔も同じかな」


「また遊園地エキスポランドの紹介もあるけど、十数年前に死者を出す事故を起こして廃業という残念な末路を迎えた。そろそろ本書も終わりに近づき、万博博と日本として万博の歴史や会場である大阪とその周辺の紹介が書かれている。越前海岸はさすがに遠すぎないって思うけど、世界各国と比べるとまあ周辺か。そして最後に主要言語の挨拶一覧や用語集、今回関わった偉い人や協力企業一覧が書かれて終わりとなる。途中随所に挟まれてる広告も広告索引としてまとめられているから『あれペプシの広告どこだっけ?』『孔官堂が載ってたのは何ページかな』となった時も安心」


「いやそんな人いないでしょ」


「いるよ、ここに。ともあれ今回の万博。終わってから何が残り何が廃れるのか、現段階ではまだ分からないけど、とにかく何も残らないって事はないものだからね。なぜか単独で出てきてる中央アジアの独裁国家トルクメニスタンのパビリオンとか、今じゃないと触れ合う機会もないような異世界との出会いがきっと待っているよ。だから行けるなら行こうぜ万博。たとえ跡地がカジノに変わるとしても」


 このような事を語っていると敵襲を告げる合図が光り輝いたので、二人はすかさず戦闘モードへと切り替えて戦場へと飛び出した。


挿絵(By みてみん)


「フハハハハハハ、私はグラゲ軍攻撃部隊のエールワイフ女だ。この汚れた星を正してやろう」


 北米に生息するニシンの仲間で、川で生まれ海で育つも産卵の際はまた川へ戻る性質はサケのようだがあっちと違って産卵後も生きる魚の姿を模した侵略者が、タンポポとシロツメクサが咲き乱れる川沿いの堤防に出現した。そして間もなくその暴力を止める力も現れた。


「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」


「せっかくの春を血染めの景色で汚したくはないものよね」


「むう、これが噂に名高い反抗者どもか。今日こそ死んでもらうぞ。行け、雑兵ども!」


 足元で踏みにじられた花にも気付かない冷酷な指揮官の指示にただ従うだけの殺戮マシーンの群れを、二人は情熱込めて撃破していった。


「よしこれで雑兵は尽きた。後はお前だけだエールワイフ女」


「お互い人間らしくありましょう。せっかくの春なんだから」


「愚民が人間を気取るな!」


 エールワイフ女はそう言い放つと、懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないようだ。二人は覚悟を決めると合体して、大いなる力を手にした。


「ヴィクター!!」

「エメラルディア!!」


 暖かいというかもはや暑ささえ感じられる空気を超えた高く遠い場所で、この星の運命を決めるバトルが繰り広げられているとは一体誰が気付くだろうか。しかしそれは確かに今、ここに存在する事実なのだ。そして悠宇は持ち前の反射神経を駆使して間合いを詰めると、カウンターを決めて敵の動きを僅かに止めた。


「よし今よとみお君!」


「分かったよゆうちゃん。ここはライトニングボールで勝負だ!」


 一瞬だけ生じた隙を逃さず、渡海雄は黄色いボタンを叩いた。両手首から放たれた電気のボールが敵を取り巻くと、一気に炸裂した。


「うぐおぉ! やってくれる!」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によって、エールワイフ女は宇宙へと戻っていった。春はまだまだこれから光り輝く。そしていのち輝く万博の本番もこれからだ。

今回のまとめ

・花咲く春の美しさを堪能するには短期間で暑くなりすぎかも

・何だかんだで盛り上がるのが大型イベントなので楽しまねば

・太陽の塔のインパクトは今も色褪せない素晴らしいレガシーだ

・万博もカジノもやるからには全力でやれ妥協はするな

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