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ca29 MULTI MAXについて

 気候が激変しているせいなのか何なのかよくわからないが、近頃歯が痛くてろくな人間生活を送れず難儀している。ちょっと触れただけで涙が出るほどの痛みが襲いかかってくるのに、人間は食べずには生きていけないからそれを我慢しながら食事を口に運び続けねばならない。しかし味はろくにしない。車体にガソリンを注ぎ込む作業と同じようなものだ。生きている甲斐がない。本当に歯は大事だから気をつけよう。


「それにしても一気に冬服になったわね」


「もう息が白いもんね。今年の秋は短かった。それはそれとして今回はいささか唐突ではあるけどMULTI MAXについて語ろうかと思う」


「何それ」


「平たく言うとチャゲが組んでいたバンドだよ。結成は一九八九年。ちょうどこの頃本体たるチャゲアスが一時的に活動を休止して飛鳥はロンドンに渡って曲作りに勤しんだ。じゃあチャゲは何をしようかって時に、自分の音楽のルーツを追求したいと考えたらしい。それは彼の少年時代である六十年代後半や七十年代に流れていたビートルズを筆頭とする洋楽達で、プロとして十年やってきた自分が今改めてそれらの楽曲と改めて向き合い、どれだけ血肉として消化されているか確かめたいって欲求もあり、当時の勢い任せなバンドブームに対して飛鳥は『LOVE SONG』でチクチク刺してたけどチャゲとしても本物のロックを魅せてやるって野心もあり」


「そういう意味ではこの頃の二人は方法論こそ違えど見ている向きは同じだったのね」


「このバンド名も名付けたのは飛鳥だったみたいだからね。いわく楽屋なんかでチャゲの私物は丸にチャゲのチと書いていたところからまずマルチって部分が決まり、それに合ういい感じの単語がないかなって時に飛鳥がマックスって付けたんだとか。しかも飛鳥が作詞だけした曲なんかもあって面白い絡み方をしてるよ。それでメンバーについてだけど、普段は男性ボーカルと組んでいるからこそ今回は女性ボーカルと組んでみようという考えから浅井ひろみという人物が抜擢された」


「へえ、誰?」


「一見急に出てきたこの浅井、実はチャゲアスとは極めて長い付き合いがあって『黄昏の騎士』の『愛すべきばかちんたちへ』で早くもコーラスに参加、『熱い想い』の『MARGARITA』ではこの楽曲で歌われているいわば主役たるマルガリータ役として存在感を見せている。この頃は井関洋美という名義でデビューを狙ってデモテープを各社のディレクターに聴かせて回る日々だったみたいだけど、その後八十八年にソロデビューを果たしたばかりというキャリアの持ち主。そしてもう一人はかつてチャゲアスのバックバンドを務めたTHE ALPHAのギタリスト村上啓介」


「この人は何度も名前が出たから知っているわ」


「時期的にはTHE ALPHAはもう解散していたけどその音楽センスとギターの実力は誰もが認めるところで、チャゲとしてもバンドを組むからにはギタリストが必須だろうって考えがあったそうで、それでメンバーに加わった。いわばサウンドプロデューサー的存在として全曲の編曲を担当しているけど、村上だって歌えるし浅井だって曲を作れる。チャゲは言わずもがな。それぞれ単独でも十分すぎるほどに通用する、個性あるミュージシャン同士があえて徒党を組む事で更なるパワーを発揮するという方法論はチャゲアスと同等とも考えられるかと思う。それで八十九年の十月にはシングル『SOME DAY』が発売された」


「一応データ提示すると作詞澤地隆、作曲C、編曲村上啓介」


「当時チャゲに多くの歌詞を提供していた澤地とここでもタッグを組んでいるけど、そもそも元々『PRIDE』に収録される予定の楽曲だったそう。でもチャゲが曲の出来に満足したからこそ単なるアルバム曲ではなくあえてここまで取っておいたという経緯があるらしい。仮に収録されるとしたらどの辺に入っていたんだろう。『流れ星のゆくえ』あたり?」


「アルバムのトータルバランスを考えると悩ましいところよね」


「ともあれこの曲は静かなイントロから浅井が歌い出す場面の神聖味ある緊張感はチャゲアスでは出せまいという魅力に溢れている。最終的には異なる三つの声が合わさってかなり力強い歌唱が披露されるんだけど、出だしのインパクトから繊細なバラードという印象のほうがより強い。なお『太陽と埃の中で』のカップリングにこの曲のチャゲアス二人によるライブバージョンが収録されているけど、やっぱり女性ボーカルがより正解に近いかなって感じはある」


「そこは慣れの問題にもなりそうだけど」


「そしてカップリングには『MOON LIGHT BLUES』のB面という微妙な時期の微妙な立ち位置の楽曲である『Darlin'』のカバー。かねてから女性ボーカルでやりたいと思っていたそうで念願が叶った形だけど、これが案外もう一歩。外国人が無理やり日本語で歌ってるみたいな浅井独特の歌唱法や甘い歌声は楽曲のイメージによくハマってるはずなのに、何ともぬるい印象になってる。原曲のよく分からない疾走感もあれはあれで正解だったのかと思わされたよ。それにしても十月にチャゲアスのサブスク解禁されたから色々聴いてるけど、『標的』と『マリア』はシングルバージョンだとまた異なったミックスしてたんだね。知らなかったよ。ただでさえカオスな楽曲に金属的なシリシリした音まで加わっててもう無茶苦茶。そこからアルバムで音が削られて、『SUPER BEST BOX』では女性コーラスなんかも削られて、こんなんだから迷走期扱いされるんだなと改めて認識を強くしたよ」


「そういえば『SUPER BEST BOX』はサブスクに入ってないのね」


「特に初期のシングルは結構な別物になっているから収録必須かと思ってたけどね。まあそれを言い出すと『NOTHING BUT C & A』のやたらと音圧が強い『YAH YAH YAH』とかも別物かって話になってくるから程々にしておこうか。とにかく話を戻すと、動き出したMULTI MAXはシングルと同時にアルバム『HEAVEN』もリリース、十二月には武道館を皮切りにライブツアーも敢行された」


「かなり展開速いわね」


「それはもう、当初はこの一発だけで全部やりきって解散する予定だったみたいだからね。という事でチャゲの実験は一旦終わり、それから間もなく本体のチャゲアスが大ブレイクを迎えたわけだけど、その最中にMULTI MAXは復活を遂げる。アルバム単位で言うと九十一年『STILL』、九十二年『Human』、九十三年『RE-BIRTH』、九十四年『Well,Well,Well』」


「うわあ毎年じゃない。忙しいのによくやるわね」


「まあヒット曲やら大型タイアップを課せられて本当に大変なのは基本的に飛鳥のほうだったから。実際『RED HILL』とか明確に飛鳥優位のバランスだったでしょ。その間チャゲはアルバムのバリエーション担当をこなしつつこっちでやりたい事をやりたいようにやってたわけよ。とはいえさすがにシングルはちゃんと売れそうな曲を切ってる。特に九十一年の『WINDY ROAD』。これはチャゲアスが歌っても全く問題なさそうなガッシリとした力強さに満ちていて、実際そっちでシングルヒットさせてたほうが飛鳥のおまけと言わんばかりの不当な扱いもされずに済んだんじゃないかなって思ったり」


「あんまり関係ないけどソバージュのロングヘアをたなびかせる浅井のルックスがいかにもバブル女って感じで味わい深いわね」


「チャゲは御存知の通り帽子にサングラスだけど、普通にしてるとやや地味な村上は突如サングラスかけたりちょくちょく変化してるのも面白いところ。他にもオリコン順位最高かつSpotifyの再生数でも現在トップな『勇気の言葉』は前向きなメロディーやタイトルを具現化したような間奏のギターのフレーズが素敵だし、『遠い街から』のどこかオリエンタルなしなやかさも捨てがたいし、ラップが導入された『愛の空で』も驚いた。ただアルバム全体で言うと、その世界観を丸ごと全て肯定は出来かねるかなってのが正直なところだよ。と言うかそれぐらい好きでいられたらもっと早くに語っていたんだろうけど」


「ふーん。どの辺がきついってなったの?」


「平たく言うと変な曲が多いところ。子供みたいな事を言ってるけど、子供だから容赦して。元々『音楽で遊ぼう』ってコンセプトもあったみたいで実際自由に遊んでいるのは伝わってくるけど、それだけに分かりやすさはチャゲアスほどじゃないじゃない。遊んだ結果が全部正解かと言われるとさすがにそれはないわけで」


「そもそもチャゲアスにおけるチャゲ曲もそういうところあるのに、更に自由にやられるとついていけない部分が増えるのも必然か」


「プログレ的な発想で複数の小曲をまとめた『組曲WANDERING』とか面白い試みだし、ここでプログレやったのが例えば『Sea of Gray』に繋がったみたいな系譜も理解はするけど、だからと言って好んで聴くほどでもないなという。主に冒頭のインストを経ての二曲目に配置されているロック曲はいかにもライブで盛り上がりそうだけど、残念ながらそれを本当の意味で体験する事は今では出来ないのも無念な部分。スタジオ音源だけで味わうのはこのバンドの本分ではなさそうな気がする。それと村上や浅井のソロは別にそこまで興味あるわけでもないのも……。いやそこは大変申し訳ないけど」


「普段チャゲアスのアルバムでチャゲ曲に興味ないのと同じようなものか」


「浅井メインの『島の娘』とか割と好きな曲もあるけどね。ともあれチャゲアスの売上全盛期である九十年代前半は過ぎ去り、そして現在までにおけるMULTI MAX最後のまとまった活動が九十六年のアルバム『Oki Doki!』。『Mr.LIVERPOOL』という曲が収録されているように全体的にブリティッシュな雰囲気かつ『MTVアンプラグド』出演の影響もありシンプルなアナログサウンドを基調にしつつ、チャゲがほとんどの楽曲を作詞した事で醸し出された温かみのある空気感がなかなか心地良くてアルバム単位だと実は一番好きかも」


「メンバーのルックスもかなり自然体になってるわね」


「時代の変化にも対応した結果であり更なる進化も期待出来そうだったけど、チャゲはこれ以降ソロ活動を活発化させる事もあって自然消滅というか、ソロアーティストがソロ活動するのは当然であってそれが今までたまたま五回ほど再結集したけど六回目は今のところ来ていませんみたいな状況にある。ただこのチャゲソロアルバムがまた出来が良くてね、そうやって今までの活動で得たものを本体たるチャゲアスでもフィードバックした結果が『two of us』『夢の飛礫』『光の羅針盤』といった名曲になるんだろうと思う」


「それは素晴らしい事よね。ところで今後MULTI MAX復活の可能性ってあるの?」


「どうだろうねえ。チャゲと村上はともかく浅井は病気なんかもあって第一線からは退いている様子だし。ともあれMULTI MAX、何度も言うようにその活動の全てが素晴らしいとは言わない。でも珠玉は確かに潜んでいるのでまずはシングルだけでも聴いてみるのもいいんじゃないかな、と気軽にお勧め出来るようになったんだからサブスク解禁ってありがたいよね。まあ中古CD漁っても大した額にはならないと思うけど」


「売上度外視みたいなプロジェクトに見えるけどそれなりに売れてはいたのね」


「それがブームというものだから」


 このような事を語っていると敵襲を告げる合図が光り輝いたので、二人は人目を忍んで流れを外れ、変身して敵が出現した地点へと走った。


挿絵(By みてみん)


「フハハハハハハ、私はグラゲ軍攻撃部隊のダイオウイカ男だ。この塵芥の如き惑星にもグラゲの光を当ててやろう」


 イカの中というだけでなく無脊椎動物という広いジャンルの中においても世界最大級のサイズを誇る、その生態は実はまだまだ謎に包まれている海洋生物の姿を模した侵略者が寒々しい浜辺に出現した。しかしこの巨体に飲み込まれてはなるものかという地球の意思を体現する二つのシルエットも間もなくこの場へ到着した。


「出たなグラゲ軍って、うおお! でかっ! すげー!!」


「まったく男の子なんだから。確かに凄い大きさだけど、それでもあなた達の思い通りはさせないからね」


「やはり出てきたな邪魔者どもめ。今日こそ死んでもらうぞ。行け、雑兵ども」


 見た目が違ってもやる事はいつもと同じで、次々と襲いかかってくる雑兵の群れを二人は勢いよく撃破していった。


「よしこれで雑兵は尽きた。後はお前だけだダイオウイカ男」


「どれだけ姿が素敵でも敵である限りは戦うしかないわね」


「貴様らこそ我らが軍門に下れば良いものを。愚かなものだ」


 そう言い放つとダイオウイカ男は懐から取り出したスイッチを押して更に巨大化した。ここまで来ると暴れるのではなく普通に移動しただけでも地球がボロボロになりかねない。危機感を持った二人はすぐさま合体してこれを止める力を得た。


「ヴィクター!!」

「エメラルディア!!」


 次第に温かい日中が少なくなりつつある空の彼方で、まさに今この星の運命が決まろうとしている。その運命を託された悠宇は持ち前の反射神経を駆使して敵の触手攻撃を回避すると、タイミングを見計らって接近してカウンターを浴びせた。


「よし今よとみお君!」


「分かったよゆうちゃん。可哀想だけど、ミラクルエクストリームで勝負だ!」


 一瞬だけ生まれた隙を逃さず、渡海雄はすかさず紫色のボタンを叩いた。全身に纏ったエメラルド色の炎をそのまま敵の巨体にぶつけて、どうにか撃破に成功した。


「ちいっやってくれる!」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によって、ダイオウイカ男は宇宙の彼方へと帰っていった。冬は近いからしっかり暖かくしないといけない。しかし渡海雄は男子小学生なので、平気な顔をして膝の見えるズボンを履き続けるのであった。

今回のまとめ

・肉体がボロボロなせいで精神もボロボロになるのは非常に良くない

・当たり外れの幅がチャゲアスより広いのがMULTI MAXのあり方

・でも自由にやれて楽しかっただろうなとは感じられる

・サブスク解禁で楽に聴けるようになったのはやはり大きなメリット

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