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pr40 最強級打線の割に平凡な順位だった1978年について

 ゴールデンウィーク真っ盛りな今日はみどりの日。今のところは天気も気温も非常に過ごしやすいのだが、土曜日あたりから雨が降るとはもっぱらの噂でそれはとても困る。とは言え先の事を考えすぎてもつまらないので、今日は今日の晴天を楽しもうと決めた渡海雄と悠宇であった。


「というわけで今日は昔話。今回は一九七八年よ」


「天気の良さと全然関係ないじゃない。ともあれ前年のカープはトレードがあんまり機能せずあわや最下位まで落ちてたね」


「すでに土台は出来ている以上何でもかんでも動かしまくるんじゃなくて、ピンポイントの強化じゃないとね。という事でこのオフの移籍選手はわずか一人だった。そしてその一人とは江夏豊」


「おお! 確か南海にいたよね」


「そこで野村の信奉者となったけどご存知の理由で野村は解任。江夏も移籍志願する中で南海は各球団にトレードの話を持ちかけたけど交換要員選定などで上手く行かず、結局カープが金銭トレードで獲得に成功という流れだったそう。無論、古葉監督もまた野村の薫陶を受けた指揮官でありその繋がりも重要だったのは言うまでもないけど。そして野村の右腕だったブレイザーもヘッドコーチとして招聘した」


「普通なら手放さない人材を運良く得られたわけか」


「そうね。そして二軍コーチとしてフレッド・シャーマンが就任したけど、彼は本来外国人投手として獲得したの。でも当時の外国人枠は二人で、すでにギャレットとライトルで埋まっていたから登録すら不可能だった」


「二人とも成績良かったし退団させる手はないよね。しかし外国人って昔は西鉄が三人獲得して優勝とかやってたのに、いつの間に二人になってたんだろう」


「具体的には六十六年からだけどカープは延々と外国人獲得してなかったから触れる機会がなかったのよね。ともあれシャーマン、場合によっては入れ替えるという前提でコーチに据えたけどその機会は来なかった。本来カープは先発出来る選手を狙っていたのにシャーマンはリリーフタイプだったのもあるけど、何よりギャレットとライトルが引き続き抜群の成績だったからね」


「取り越し苦労に終わったわけか。でも前年の投手陣はかなり酷かったよね。対策はまさか江夏だけ? 新人は?」


「ドラフトに関しては、まず一位は当初は地元出身で法政大学の金光興二内野手が最有力と見られていたけど蓋を開けてみれば盈進高校の大型左腕田辺繁文を指名。初めて指名選手全員入団を達成というトピックスはあるけど即戦力はなし、というわけで江夏補強だけでどうにかしようとしたけど、さすがに前年よりは改善されたわ」


「去年は悪すぎたし、さすがにか」


「軸となったのは移籍二年目の松原で十五勝、池谷も去年ほどはホームラン打たれず十三勝、高橋里志はかなり内容を悪化させつつ十勝して、北別府も初の二桁を達成。そしてリリーフ陣だけど、江夏は目論見通り後ろを固めた上に前年悲惨なデビューを飾った大野も同じ豊の名を持つ江夏に鍛えられて一気に飛躍した。それと三輪も四十試合以上に登板して、この三人が中心となった。後は、復活を期す渡辺もそこそこ登板したけど防御率五点台だし外木場もやはり駄目。望月小林山根ら若手は期待外れで新美皆川あたりもパッとせず」


「やっぱりシャーマンでも必要だったんじゃない?」


「とは言え左のリリーフは江夏大野で十分埋まったし微妙なところよね。そして打撃陣だけど、去年より更に凄まじさを増した。まず四月にはギャレットが当時のプロ野球記録に並ぶ月間十五ホームランと打ちまくり、通算でも四十本の大台に乗せた。そして山本浩二は四十四本と更に上回って、王田淵という有力スラッガーにも競り勝って初のホームラン王を獲得」


「盗塁数二桁突破で守備も相変わらず良好。あれ、これ完璧な選手じゃない?」


「ええその通りよ。またライトルと衣笠も三十本突破。水谷は球団記録となる三割四分八厘で首位打者獲得。ショートには高橋慶彦が台頭し打率三割。水沼も二割七分といつになく打ちまくって規定到達。未到達組では木下が二割八分とすっかり上でも通用するようになって、三村は低打率ながら二桁ホームラン。内田萩原正垣深沢といった脇役勢も少ない打数ながら三割突破している」


「何だかみんな打ってるね」


「だからチーム通算打率リーグトップ、ホームランに至ってはプロ野球初となる二百本突破という超強力打線が形成された。その割に序盤から順位は伸び悩んで夏頃まで借金生活の不甲斐なさ。八月頃から猛追して優勝争いに一瞬顔を出したけど、最終的には三位で終わった」


「打撃の割にまずいと見るか投手の割に健闘と見るか」


「難しいところだけど、やっぱりこの打線にしては……、ってほうが大きいかな。ブレイザーを招いて考える野球を推進したけどやけに盗塁失敗が多かったり、まだ血肉にはなってない感じ。そして優勝だけど、一時は巨人三連覇待ったなしの雰囲気もあったけどヤクルトが終盤に三試合連続サヨナラ勝ちなど勢いを見せて、ついに初優勝を成し遂げた!」


「やったね!」


「マニエル大杉若松という中軸に、テスト入団のヒルトンが三割突破したり高卒から長い下積みを経た杉浦亨が台頭したりのプラスはあれどタイトル獲得者はなし。投手陣も松岡安田井原らが安定した活躍を見せたもののトータルではカープ並。そう考えると広岡監督はよくやったものよ。カープもそうだし、二位巨人も王が打点王、柴田が盗塁王、新浦が最優秀防御率、角三男が新人王と色々獲得してるわけだしね。ただリリーフ中心で活躍していた小川が長嶋采配の無茶苦茶さに嫌気が差したとして退団、水原茂も解説で長嶋の無能に言及するなど指揮官の手腕に対して疑惑の目が着実に広がっていた」


「それと土井正三が久々に規定到達と思ったらこの成績で引退とかどうなってるの?」


「本人もまだやれると思ってたけど球団にコーチ就任を要請されて結局巨人一筋を選んだ。それも生き方だけど現代においてあんまり共感はされないタイプの生き方ではあるわね。四位は大洋。この年から別当監督が復帰、また本拠地も川崎から当時完成したばかりの横浜スタジアムに移転してチーム名は横浜大洋ホエールズに変更、ユニフォームも紺色基調の締りあるデザインなった。しかし当時は横浜スタジアムが広すぎるって扱いだったのも隔世の感よね」


「今じゃむしろ狭いほうだもんね」


「で、成績だけどシーズン序盤は好調だったけど終盤の伸びが足りずBクラス。ただ勝率は五割を大きく超えていたから決して悪い成績じゃなかった。特に投手陣は野村収が最多勝、斉藤も成績を伸ばして新人王選出の正しさを証明。打撃陣は八人が規定到達と完全に固定された面子だったけど、シピンを巨人に引き抜かれた外国人はやや期待外れかな。ミヤーンはいくらアベレージタイプにしてもホームラン二本は少なすぎるし、ウォルトンは規定未到達。五位は中利夫が監督就任し、投手コーチとして稲尾を招聘した中日。序盤はそこそこだったけど高木谷沢大島など主力に怪我人続出して普通なら最下位でもおかしくない成績に終わった」


「でもそこから更に十ゲーム以上離されたのが最下位の阪神か」


「これが球団史上初の最下位となった。打撃は田淵掛布などは良かったけど外国人離脱が痛かった。投手陣は後藤監督が全員先発全員リリーフなどと当時からしてもいささか時代錯誤な事を言い出して、実際リリーフエースだった山本和行を本人の希望もあり先発として規定到達させた結果リリーフ不在に陥るなど混乱を招いた。優しすぎて野球観が古いだけで監督にならなければ無害な人だったろうにね」


「結局監督に向いてなかったわけか」


「まあそういう人もいるわ。そしてパリーグだけど優勝はまたも阪急。まあここはいつも通り福本盗塁王とか山田も三年連続MVPで盤石よね。前年の日本シリーズで好走塁を披露した簑田浩二が主力定着してダイヤモンドグラブ賞は九人中八人が占めるなどとにかく強かった。でも日本シリーズではヤクルトに敗れて、その第七戦で大杉のホームラン判定に一時間以上の抗議をした責任を取るとして上田監督が辞任。絶対的王座の立場はこれで終わった」


「それは良かったね」


「二位は近鉄。鈴木啓示が二十五勝に防御率もトップ、打者も佐々木恭介が首位打者獲得など優秀選手の力もあり阪急に追いすがったけど及ばず。三位は十一年ぶりのAクラスとなった日本ハム。野村派として南海を追い出された柏原純一やホームラン王のミッチェルなどを擁し、投手陣だと佐伯が十三勝と力を見せたけど結局負け越しての三位だから何とも」


「でも東映時代以来だからよくやったよね」


「四位は大洋移転で空いた川崎本拠地に落ち着いたロッテ。リーの弟であるレオンも高打率をマークするなど打撃陣はいい感じだけど投手は村田以外迫力不足。それと南海から野村が加わったけど、彼が標榜したような一捕手に戻るには選手としても監督としても実績を積みすぎているし、今の実力も厳しいという事で一年で退団となった。五位は根本陸夫が監督就任したクラウン。若手の若菜真弓が順調に伸びて、ベテランも土井が三割打ってベストナイン獲得、中日から放出の問題児デービスもまだ使えた。投手は東尾頼み」


「そして残ったのは、野村を追い出した南海か」


「前監督時代から戦力は怪しかった上に江夏柏原という主力も抜けたからね。主軸となるべき門田藤原新井らはことごとく二割五分前後の不振で、ずっと野村が盤石だったキャッチャーも当然代役なんていない。救いは三割をマークした新外国人のメイぐらい。投手陣は前年新人王の藤田に加えて森口益光、村上之宏らが台頭したものの5年連続二桁勝利の山内が三勝十六敗と大不振では苦しい。新監督となった広瀬は引退したばかり。アメリカに行って指導の勉強をする予定が潰されたみたいだし、全体的には準備不足が最悪を招いた感じ」


「結局みんなが不幸になってるね」


「でもカープにとっては益するところ大だったから何とも言えないわ。そしてオフに突入するけど、ここで巨人が暴走した。ドラフト前日に前年クラウンの指名を『九州は遠すぎる』と拒否してカリフォルニアに逃げていた大物投手江川卓と契約を結んだの。これがいわゆる空白の一日」


「あの悪名高いスキャンダルか。でもどういう根拠でそんな暴挙を?」


「当時の野球協約において指名した選手と交渉権があるのは次のドラフトの前々日までと決まっていた。前日は今年のドラフトのために開けておこうって考えよね。それを巨人は『じゃあドラフト前日なら交渉してもいいんだな』と解釈した。つまりルールの穴を突いたわけで、そういう意味では違反ではないって言い分も一理はあるのよ。他の九理はないけどね。遵法精神とはただ法の文面に従えば良いのではなくそれを支える道徳を尊ぶべきもの。この手の良心なき法匪を、まっとうな倫理観ある人間は認めないものよ」


「でも巨人はそういう事するよね。ずっとドラフト廃止を訴えてきたし、コンプライアンスはゼロだし」


「それで非難の声が高まる中、勝手にドラフトをボイコットしておいて『十二球団が参加してないから無効』と口走るなど恥知らずな言動はとどまるところを知らず、職業選択の自由や基本的人権を振りかざし『選手のため球界の未来のためにあえて一石を投じた』と自己弁護記事を連発する読売グループの見苦しさも最高潮に達した。『ドラフトのせいで球界はここ十年退歩してきた』とか、読んでて頭おかしくなりそうになったわ」


「それはまたお疲れ様でした」


「要は無能な長嶋監督でも優勝出来るほどの戦力を整えるための利己的な欲望にまみれた悪辣な一手なのは明白なのによくもまあほざけたものよ。そこから当然厳罰が下されるべきところを巨人ファンだったコミッショナーが日和ったとか途中経過は色々略すけど、最終的にはドラフトで江川の交渉権を得た阪神に入団した上で即トレードで巨人加入という形で収まった。つまり結局ゴネ得を許したわけで、まさしく球界の汚点よね」


 このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いた。休日でも出勤しなければならない社畜の宿命をこの年齢にして背負うのもいかにも哀しいものだが、それでも守るべきもののために二人は変身し、現場へと向かった。


挿絵(By みてみん)


「フハハハハハ、私はグラゲ軍攻撃部隊のウォンバット女だ。この惑星に正義の光を与えてやろう」


 オーストラリアに生息するずんぐりした体型が可愛らしい有袋類の姿を模した侵略者が新緑の輝く林に出現した。一般的には人懐っこいとされているが見た目だけ似ているこの者はその反対の性質を持つ。だから暴れられては困るので、地球はすぐに返事をよこした。それがこの二つの影であった。


「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」


「せっかくの休日なのにまったく。でもこれ以上の破壊は許さないわ」


「出たな逆臣ネイの操り人形ども。今安寧の彼方に送ってやろう。行け、雑兵ども」


 指揮官の冷たい命令にただ従う機械を、情熱に燃える二人は次々と撃破していった。そして残る敵は一人だけとなった。


「よし、これで雑兵は尽きた。後はお前だけだウォンバット女」


「この光をこの風を、何も感じないような人が一体何を得ようとするの?」


「私はグラゲ皇帝に従う身であるがゆえにそこは重視しない。ともあれ貴様らには死んでもらう」


 ウォンバット女はそう言うと懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかなさそうだ。二人は覚悟を決めると合体して暴力に立ち向かう力を得た。


「ヴィクター!!」

「エメラルディア!!」


 五月の清々しい空の彼方で血みどろの決戦が繰り広げられているなどと、休日に安らぐ日本人のどれだけが知っているだろうか。しかしそんなものは知られないほうが良い。というわけで悠宇は持ち前の反射神経を駆使して相手の攻撃を回避すると、隙を見てカウンターを決めた。


「よし今よとみお君!」


「わかったよゆうちゃん。ここは一気に決める。ミラクルエクストリームだ!」


 わずかに生じたタイミングを逃さず、渡海雄は紫色のボタンを叩いた。全身をエメラルド色の炎で包み込むと、そのまま突進して相手を貫いた。


「ぐああああ!! さすがのパワーだ」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってウォンバット女は宇宙へと帰っていった。そして取り戻された安らかな休日。そろそろコロナも五類移行となる。この世界、絶望と隣合わせの希望はそこかしこに転がっているから、そういう美しいものをもっと多く見出していこうと瞳を重ね合わせる二人であった。

今回のまとめ

・打線最強投手改善したのにこの序盤のもたつきは何だ

・でもここまで打ちまくるチームなら見ていても楽しかっただろう

・強すぎるチームが敗れるのはいつの時代でも素晴らしいものだ

・江川事件はとにかくコンプライアンスがなさすぎる

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