pr39 大型トレードが不発だった1977年について
先日の雨風はすっかり桜の花びらを散らしてしまったが、街路樹のツツジのつぼみは着実に膨らみを増していた。そんな季節の中、春休みを終えた渡海雄と悠宇は再び学校で出会った。
「統一地方選挙や新井監督の戦いぶりはもう少し後にまとめるとして、今回は一九七七年の昔話よ」
「前年のカープは連覇こそならなかったものの三位を確保してたね」
「それを受けての七十七年、カープは再び大型トレードを連発して一気に選手を入れ替えた。まず一番大きいものだと日本ハムから元新人王の新美敏と皆川康夫、日本ハムになってから初のドラフト一位鵜飼克雄、そして外野手の内田順三を加入させた。一方でエースの一人佐伯、飛び蹴りの宮本、そして久保を放出」
「初優勝に貢献したメンバーを一気に動かしたね。しかも佐伯なんて地元出身なのに」
「それでかなり抗議の声は上がったみたい。他にも古葉との確執が伝えられていた金城を南海へ放出して松原明夫と門田純良の両投手を加える。更に阪急とこれまた広島県民で初優勝の際ターニングポイントとなった連敗ストップで知られる永本で準レギュラークラスの正垣宏倫外野手を、ヤクルトと前年ぼちぼち登板した瀬戸で七十三年に規定到達した左腕の榎本直樹投手を獲得」
「投手陣を一気に入れ替えたんだね」
「前年のチーム防御率が四点台だったからね。それで背番号を見ると十二、十五、十七、十八、十九がトレード加入選手で埋まるというなかなかの非常事態となっている。またホプキンスとシェーンが退団し、ギャレットとライトルが加わった。タイプとしてはいかにも陽気なアメリカ人っぽいルックスのギャレットはホームラン期待のパワーヒッター、眼鏡と整った口ひげがインテリ風のライトルはアベレージタイプだけど守備下手で知られたシェーンと違って強肩にも定評がある」
「カタログスペック通りならプラスありそうだね」
「そしてドラフトだけど、選抜で優勝した地元の崇徳高校から俊足内野手の山崎隆造が一位、チームメイトの大型外野手小川達明も指名した。野球人気が高まる中での優勝だから今でも選抜史上最強と称された実力や監督のビッグマウスが語り草になるほど印象的なチームだったと言うわ。本当はエースの黒田真二を狙ってて本人もその気だったけど日本ハムが強行指名、結局黒田は指名拒否して日本鋼管福山に入社したけど体調を損ね、リッカーミシンへの移籍を経て八十年代にヤクルト入団したけど未勝利のまま引退となった」
「なかなかうまくいかないね」
「ともあれ多数の新戦力が加わったカープだけど、活躍したのは新外国人コンビと代打メインで三割突破の内田ぐらい。松原はリリーフ中心に奮闘したけど五点台、ローテーションに入った新美は六点台で、それ以外は出場すらままならない有様。新人だとドラフト二位の土居正史が三十七試合登板と健闘したけど、前年指名でようやく加入した山根は九試合のみ登板、ドラフト外入団の大野豊は実に防御率百三十五点という散々なデビューとなった」
「これじゃ全然強化になってないみたいだ」
「でも彼ら以上に既存選手こそ滅多打ちにされてて、前年最多勝の池谷はシーズン四十八被本塁打の未だに残る日本記録を樹立、二年間リリーフでフル回転だった渡辺も五点台、外木場に至っては肩を壊しわずか六試合登板とガタガタに。でも高橋里志が二十勝と大活躍を見せ、これで四年連続同一球団の別人が最多勝獲得という珍しい記録を樹立した。また二年目の北別府も規定到達と内容はともかく経験を積んだ。他にも望月や小林が一定の出番を得たけど、チーム防御率は前年から更に悪化して五点台近くにまで迫ってしまった」
「あらまあ」
「一方で打撃陣の数字は良好。山本浩二水谷ライトルの三人が三割突破し、特に山本浩二は四十四ホームランで長距離砲としても本格化した。他にギャレットは三十五ホームラン、衣笠も相変わらず走れる大砲ぶりを見せた。キャッチャーは水沼が二割五分と堅調。ただ大下はやや復調したけど物足りないし、三村も数字を大きく落とした二遊間が弱かった。代役は俊足が武器の三年目高橋慶彦と、元ドラフト一位ながら打力不足で二軍暮らしが続いたけどようやく上でも人並みに打てるようになった木下富雄で、この辺に目処が立ったので苑田は引退した」
「突如内野コンバートされたり色々あったけどよくこなして、貴重な人材だったよね」
「引退後即スカウトに転身して今もやってるんだから、凄さが過去形ではなく現在進行系という偉さもあるわ。ともあれ当時のカープ、打撃好調とは言ってもリーグ全体で打高傾向だからこれでも相対的には普通ぐらいだったりするのよ。というわけでシーズンは開幕戦でいきなり七対十五という惨敗から六連敗スタート。六月頃から最下位に定着するも最後の最後、ちょっと連勝して辛うじて五位に滑り込んだ」
「まるで元に戻ったかのような成績だ」
「でも決して後退はしていないのよ。そもそも初優勝の根幹は根本監督時代に培われた戦力がベースだったのは論を俟たないところ。でも野手はすっかり三十代が増えて、投手陣も外木場の肩痛など維持は不可能になってきた。だったら新しく築くしかないでしょ。そのために例えば高橋に『お前が出てくるか俺がクビになるか』という覚悟で両打転向させたわけだし。この年からユニフォームの紺色が大きく後退して赤の印象がより強まったのも含めて、綺麗な言い方をすると産みの苦しみって一年よね」
「とは言えリアルタイムでこの成績やられたら頭が痛いだろうな」
「そして優勝は巨人。ちょうど王がハンク・アーロンの通算ホームラン記録を超えるなどとリーグの差もわきまえず大騒ぎされてた頃で、その重圧を力に変えて五十ホームランと見事な成績でMVPに輝いた。久々の盗塁王に輝いた柴田や打率二位の張本らベテランも健在で、加えて前年まで準レギュラークラスだった柳田真宏が巨人史上最強の五番打者と呼ばれるほどの狂い咲きを果たしたのも大きい。この強力打線に支えられて投手陣も小林新浦西本ら若手やヤクルトから移籍の浅野啓司らが躍動しリーグ唯一の防御率三点台と抜群の働きを見せた。元カープの小俣も三十試合登板でそこそこ頑張ったし。全体的には四月から首位を守る圧勝だった」
「二位と十五ゲーム差は見事だね」
「その二位は本格的に監督就任した広岡達朗がぬるま湯ムード一掃のため厳しい管理野球を敷いたヤクルト。前年不調のマニエルが四十二ホームラン、若松首位打者、大杉も良好で中軸は盤石。投手陣も安田らを中心にルーキー梶間が早速規定到達するなど層が厚くなった。三位は中日。新外国人としてメジャー通算二千五百安打突破という超大物のウィリー・デービスを獲得し、実際選手としては満塁ランニングホームランを記録するなど素晴らしい成績を残したけど人間性に問題があったらしく、負傷離脱してからかえって順位浮上した」
「どれだけ個人の裁量が多かろうとやっぱり野球ってチームスポーツなんだね」
「四位は阪神。田淵が離脱してなおリーグ最多ホームランの打撃陣は相変わらず強力だけど、投手陣は江本古沢にリリーフの山本といった中軸以外苦戦。それと佐野仙好外野手が川崎球場のフェンスに激突して死にかけたのもこの年。五位はカープで、最下位は別当監督が復帰した大洋。途中までは五割前後だったけど夏場に落とし、そして最後の七連敗でカープにも抜かれてしまった。その中でも五年目の田代富雄や高木嘉一が台頭した打撃陣はかなり良好だった。投手陣も齊藤明雄が新人王獲得したけどエース平松は十勝が精一杯で、他もちょっとね。チーム防御率がカープ以下じゃ苦しい」
「とは言え別当監督、相変わらず打者育成は得意だね」
「監督としての存在意義の全てみたいなものだからね。そしてパリーグだけど、優勝は阪急。中日に仕掛けた大型トレードで獲得した島谷金二がいきなり打率二位、稲葉が十七勝と大いに活躍。なお放出した森本は一割台、戸田は勝ち星半減、大石弥太郎も衰え顕著と明暗がくっきり分かれたトレードの代名詞となった。またルーキー佐藤義則は七勝で新人王獲得。無論既存の主力も抜群の働き。日本シリーズでは巨人を難なく下し、これで三連覇となった」
「元々強い上にドラフトやトレードでも成功されると手がつけられなくなるね」
「とは言えこの年はプレーオフ開催されたから肉薄したチームもあったのよ。後期優勝のロッテは有藤が首位打者、新外国人のレロン・リーがホームランと打点の二冠獲得。投手陣も村田と八木沢を中心に良好だった。そのロッテより通算成績が上だった南海は、カープから移籍の金城が十勝と無事復活、また先発三試合とほぼリリーフ転向した江夏が最多セーブと新境地を開いた。打撃陣は門田以外やや迫力不足。カープを退団しいよいよ医師の道に進むかと思ったらもう一年日本でプレーする事になったホプキンスも平凡な数字だし」
「それでも二位相応だからよくやってるよね」
「しかしついに破局は訪れた。野村監督の手腕を買っていた川勝オーナーもいよいよかばいきれなくなり『野球を取るか女を取るか』と迫られた時に敢然と女を選び、そしてシーズン終盤に解任された。その後野村は自派の面々とマンションに籠城したり退団会見で鶴岡の陰謀を主張したり、兼任監督としてやりたい放題だった過去をないものとして生涯一捕手などと標榜したり無軌道な振る舞いを連発。なお会見では愛人がチームに口出しした事実はないと主張していたけど、彼女の死後に介入はあったとようやく認めた。分かっててずっと嘘を付き続けてきたわけよね」
「そこまでさせる女なのか、野村沙知代」
「沙知代は病的な虚言癖の持ち主だけど、それも自分への愛ゆえと受け取った克也も沙知代絡みの話題では『前妻は家事もろくにしなかった上に先に浮気していた』『西岡はリードのお陰でどうにか勝ててたものを自分の実力と勘違いしてトレード志願した』などと平気で嘘をつける強さを手に入れた。常人には計り知れないほど深い愛の形よ」
「愛かあ……。本当に大変な言葉だよね」
「それで四位は近鉄。鈴木啓示が二十勝、太田幸司も二桁勝利で投手陣は悪くなかったけど打撃陣は平野光泰、島本講平らの台頭はあったものの主砲ジョーンズが一割台など全体的に低調。五位は日本ハム。キャッチャーの加藤俊夫がベストナインなど個々に光るものはあったけど総合力不足。投手陣はエース高橋直樹以外が佐伯、宮本、野村収、高橋一三、村上雅則と移籍選手中心ばかり目立ってるのがいささかアンバランスかな」
「そして最下位は太平洋か」
「いいえ。この年から冠スポンサーが百円ライター製造のクラウンガスライターになってチーム名もクラウンライターライオンズに変更されたから最下位はクラウンよ。内外野をこなす俊足の真弓明信やキャッチャーの若菜嘉晴といった若手も出てきたけど前年高打率の吉岡や鈴木は大きく成績を落としたら意味ないわね。怪我人も多いし」
「東尾がこの成績で二十敗はシビアだ」
「元カープの永射がこの年は先発も多くこなして二百イニング近く投げてるのも面白いところ。大洋から移籍のベテラン山下律夫も十二勝と復活したけど、やっぱり戦力が薄いから安定した戦いが出来ない。鬼頭監督留任してるし。でもこの頃のライオンズはとにかく貧乏で知られてて、しかも地元福岡は西鉄時代を懐かしむ事はあっても今いる太平洋やクラウンには冷たかったからどうにもならないわ。火中の栗を拾った中村オーナーも福岡人からすれば所詮は余所者って事で、平和台球場の使用料を跳ね上げられたりといった嫌がらせが平気でまかり通っていたり」
「せっかく改名したのに末期的だな。地元贔屓はカープも大概だけど、福岡はなまじ栄光がまばゆかったからこそ今の体たらくを一層不甲斐なく思えたんだろうね」
「弱くても見捨てない。口で言うほど簡単じゃないものよね。それでカープだけど、あわや最下位に低迷したものの古葉を信じて早々と続投を決めた。その結果がどうなったかはまた来年以降の話だけど、光ある話は語りたくなるものよね」
このような事を語っていると敵襲を告げる合図が光り輝いた。こうなったら仕方ないので二人は人目を避けてから変身し、敵が出現したポイントへと走った。
「フハハハハ、俺はグラゲ軍攻撃部隊のタイセイヨウニシン男だ。この星の劣等生物どもを叩き潰してくれるわ!」
英語で言うとヘリング。中世ハンザ同盟や近世オランダにおいて経済の基礎となるほど重要な交易品だった魚の姿を模した侵略者が浜辺に出現した。なお日本を含む太平洋にいるニシンとは一応別物という事になっているが正直な話あんまり変わりはしないそうだが、今ここにいるのは見た目だけは似ていても地球にとって危険な存在だ。その悪意を止めようと派遣された力はすぐに到着した。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」
「今はかなり過ごしやすい季節なのにそういう邪悪な振る舞いは良くないわね」
「毒素の中を過ごしやすいとほざく救いようのない生物ども。やはり絶滅させてやらねばな。行け、雑兵ども!」
心の底から地球とそこに暮らす生物を見下しきった指揮官の冷徹な指令をただ実行するだけの機械を、二人は次々と撃破していった。
「よしこれで雑兵はいなくなった。後はお前だけだタイセイヨウニシン男」
「魚の足が速いのと同じように花の命も短いもの。今を生きる邪魔をしてほしくないのよ」
「何をほざくか汚らわしい生物どもめ。死ぬがよい!」
タイセイヨウニシン男はそう言い放つと懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないようだ。覚悟を決めた二人は合体して力を得た。
「ヴィクター!!」
「エメラルディア!!」
麗かな春の日差しを全身に浴びながら屹立する巨体同士の激戦が空の彼方で繰り広げられた。悠宇は持ち前の反射神経を駆使して終始先手を取り、そしてカウンターを駆使して相手の動きを一瞬だけ止めた。
「よし今よとみお君!」
「分かったよゆうちゃん! ここはウェービングシザーズで勝負だ!」
わずかに生じた隙を逃さず、渡海雄は灰色のボタンを叩いた。背中に取り付けられた大型のハサミが敵の装甲を砕き、切り裂いた。
「おのれ! このパワーは過剰すぎる!」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置に乗せられて、タイセイヨウニシン男は宇宙へと帰っていった。いきなり四連敗スタートだったカープが意外とすんなり借金返済したので空の色も一層清々しく見えた。
ただ巨人の繰り出したセカンド松田はどうなんだという話にもなった。基本サード一筋だった来月四十歳になる大ベテランを、四月上旬に三点ビハインドの五回からそういう起用して何があるのか。でも珍しい光景ではあった。
今回のまとめ
・こんなに動かしたのに使えたのは松原新美程度ではさすがに寂しい
・山本浩二本格的スラッガー化や高橋慶彦の台頭は明るいニュース
・この時代の文化的な部分には興味があるのでもっと調べたい
・愛という極めて深淵な感情に正解の枠を当てはめるのは無理かも