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am27 テニスボーイについて

 今週に入ってから突如訪れた大寒波。昨日の夜にはドカドカと雪が積もって今や屋根も道路も白色に染まっている。そんな朝だった。


 冬だから仕方ないでは済まされない寒さの到来に渡海雄と悠宇は、一層深くなった親の愛を具現化するコートに包まれた姿で落ち合った。


「いやあ寒い寒い。僕達よく生きていられるよね!」


「本当にね。見てよこの雪! いえ、見るだけなら美しいけど、踏み固められてシャーベット状になった道の滑りやすさよ。本来こんな日は外出すべきじゃないんだけど、こうなったからには命を大事にゆっくり歩くしかないわね」


「勘弁してほしいよね。というわけで脈絡なく始まるお話だけど、テニスボーイという漫画について」


「今回はいつも以上に強引な始め方よね」


「寒いしさっさと本題に入らないと凍死しかねないしね。というわけでこの漫画は週刊少年ジャンプで一九七九年から一九八二年にかけて連載されていた作品で、作者は原作が寺島優、作画が小谷憲一となる。全十四巻。テニスを題材にした少年漫画で長期連載を勝ち得た史上初の作品だそう」


「とは言ってもここまで固有名詞で分かるのはジャンプだけだけど」


「そうだろうね。まず寺島だけど、当時は東宝の社員として宣伝なんかを担当していたみたいだけどジャンプが新設した原作者のための賞でいい成績を残して本作が初の連載となる」


「へえ、調べてみれば父親がバンクーバー朝日に所属! 凄い人なのね」


「いや知らないけど。一方の小谷は手塚治虫や高橋よしひろのアシスタントを務めていた人物で、前年の七十八年に『渡り教師』という漫画で連載デビューを果たした。これの原作は高山芳紀」


「原作付きの漫画ばかりなのね」


「そのうち独り立ちするから大丈夫。なおこの高山、同時期に連載された『ホールインワン』というゴルフ漫画の原作者鏡丈二と同一人物らしいけど凄いよね。それで中身だけど、何かと暴力沙汰を起こす型破りな教師が毒をもって毒を制すとばかりに荒廃する学校を立て直す学園ドラマとなっている。ざっくり二部構成で、前編は女生徒が自殺した京都の中学校の闇を暴く、後編は北関東の高校を舞台にバラバラになった野球部を復活させるのが大まかな筋だけど、どちらも悪党集団相手に先生が無双するシーンがクライマックスというバイオレンスな作風が特徴」


「作画もいかにも当時の劇画って感じね」


「結局短期打ち切りとなったけど、新人ながらしっかりした絵を描いた小谷はすぐに次のチャンスを貰えたし、そのテニスボーイは彼の出世作となった」


「それは良かったわね」


「それでテニスボーイの中身だけど、まず時代背景として当時はボルグコナーズマッケンロー、女子だとナブラチロワらが活躍していたテニスブームの真っ最中だった。日本各地でテニスコートが整備されスクールが賑わう中でのスタートは最適なタイミングだったと言える」


「とは言えタイミングだけでは単なる便乗漫画。連載が続いたからにはそれだけにとどまらない面白さもあったんでしょう」


「そうだね。そしてそれはテニスという競技の激しさ過酷さを描きつつも漂う明るさ、爽やかさって事になろうかと思う。主人公の飛鷹翔は常に前向きな心でテニスの苦しさすらも楽しむマインドの持ち主で、その辺は従来のスポ根的な主人公から一歩先んじており後の『キャプテン翼』にも繋がる存在。低身長で顔も可愛らしいしね。設定的には避暑地として名高い軽井沢出身だけどターザンの如く蔓で木と木を飛び移りながら通学している野生児で、当初テニスは全くの未経験だったけど偶然ラケットを握ったところ高い身体能力だけで意外と通用したので、金持ち相手に勝負をけしかける賭けテニスに没頭するようになった」


「ここまでは紹介と実態が全然違うみたいね」


「でも偶然それを見ていたスカウトの人に目をつけられて湘南にあるカリフォルニア学園なる、本編の言葉を借りると『世界に通用するプロのテニス・プレイヤーの養成を目的とした』施設に入学する事になった。全寮制私服通学、『ハァーイ』と挨拶する女の子、大会後のダンスパーティーなど日本人がイメージするアメリカ西海岸っぽい開放感に溢れたこの施設で翔の才能が開花していく、というのが大筋となる」


「しかし絵柄を一見しただけでも前作から洗練されてて、かなり進歩してるわね」


「とは言え初期はまだ劇画っぽい荒々しいタッチは随所に残ってるんだけどね。女性キャラの描き方にちょっと違和感があるというか、メインどころだと気の強い岡崎涼子と可愛らしい高杉梨絵の二人がいるけど、岡崎は髪の形それでいいのって感じだし、高杉は睫毛をバシバシと入れた少女漫画的な目がそれ以外のパーツと調和してなくて貼り付けたみたいに見える。これがこなれてくるのは、個人的な主観で述べると単行本だと六巻あたり」


「大雑把に見て一年ぐらいかかったのかな」


「ここで頑張ったお陰で小谷は美女を描く名手と呼べるまでに成長したからめでたいものだよ。で、内容だけど、まず一巻はカリフォルニア学園で練習を繰り返す姿が主に描かれるけど、コンピュータや大規模な装置を用いた科学的な雰囲気の練習が多いのは特徴になるかと思う。また『ドン・バッジも野球からの転向組だった』『ボルグのガットは80ポンド』などと実在選手のエピソードがちょくちょく挿入されるのは原作者がしっかり下調べした成果だろうね。初期に柴田の走力や山本浩二の握力などプロ野球選手のスペックが比較対象によく使われてたのは当時の一般的読者への配慮かな」


「今後この時代のプロ野球についても語るけど、やっぱり人気はガチよね」


「それで力を付けた翔がランキングマッチなる校内対抗戦に出場するけど、ここでまず描かれるのはシングルスではなく男女混合のミックスダブルス。そしてこのミックスダブルスの割合の多さこそが本作最大の特徴だよ。当初はパートナーと対立するも翔の純粋な姿に感化されてやがて心を開き強力コンビとなるのが黄金パターンだけど、ランキングマッチにおける翔と岡崎のコンビがその嚆矢」


「いわゆるラブコメ的な展開もそこそこ見られるのね」


「作者はもっとそっちを伸ばしたかったみたいだけど、ジャンプという戦いが戦いを呼ぶ雑誌の特質上試合を増やすのは必須だったみたい。そしてそんな試合内容だけど、必殺技が飛び交う決闘となるのは時代的にも当然だよね。それは女子選手とて例外ではない。というわけで初戦で戦った双子の森兄妹は早速ツイン・ビームというボールを二人が同じタイミングで打つ事で威力をアップさせる必殺技を披露する。これ自体はその試合のうちに対策を取られて破られたけど、見栄えがするしペアの一心同体ぶりと威力を連動させられる点でも便利だからか、翔達も使うようになってスピニングツインビーム、ダンクシュートツインビームといった派生技が誕生するなど作品を代表する必殺技となる」


「なんだかよく分からないけどとにかくさすがよね」


「作中の展開に戻るけど、翔と岡崎のペアは優勝するけどシングルスでは男子トップ、ボルグオマージュなルックスの伊集院に惜敗。でもハワイアンマッチなる世界大会に出場して、今度は世界各地の選手と戦うけどもはや当然とばかりに必殺技路線はますますエスカレートしていく。特にやばいのはインド代表のクリシュナという男で、インド=神秘的というイメージを強調しすぎた結果ヨガや仏教をごっちゃにしたオカルト技を多数繰り出す人間離れした存在となってしまった」


「そんな幻武小みたいな」


「でもあれと違うのは相手をいたぶるためのラフプレーを厭わないなど人間性が劣悪な点で、『おれからのプレゼントだ』と言って御霊前と書かれた封筒を差し出す挑発に対して伊集院がラケットを振り上げて封筒を真っ二つに切り裂くシーンは格好良いし笑えるし、七巻のこの辺は一つのクライマックスと言える。そういえばキン肉マンでインド代表超人と戦った際に顔が鼻以外岡崎さんになったというギャグがあったけど、クリシュナ周辺の流れはある種の返礼として試合展開に超人バトル的なものを組み込んだ結果だったりするのかな。七十九年にキン肉マンが始まって、その次に連載開始されたのがテニスボーイだからほぼ同期って縁もあるわけだし」


「うーん、多分考え過ぎだと思うけど」


「ともあれインド戦の次のアメリカ戦は普通の激闘に戻ったからアイデアが尽きて奇策に走ったわけじゃないのは確か。でもアメリカ戦で観客が披露したコレオグラフィは笑える。『クマ…ですか』とか言わせてる白々しさも含めてね」


「あえて下手に描いてるけどこれ多分ミッキー……」


「ともあれ試合では、やっぱり翔はミックスダブルスで実力発揮。アンソニー・ドナヒューとマチルダ・ソマーズという作中屈指の美形コンビに圧勝するなどしてチームとしては優勝を掴むも、シングルスではまたも決勝でアメリカ最強選手のオールマンに敗れた。この辺は男女ともに決勝戦以外を大胆にカットした展開に驚かされる。カナダ代表のランドックってプレースタイルも何も分からない相手をダイジェスト的に破ったところでねえ。これに限らず本作から漂うどこか淡白な面が当時一定以上の支持を得ながらもアニメ化には至らなかった要因かなとは感じる」


「必殺技は満載なのにね」


「その手の怪しい技が案外あっさり破られる感じとかね。ともあれハワイアンマッチの次は翔がアメリカ留学する。今までのキャラとは軒並み別れる野心的な展開だけどクールな新ヒロインのジュディー寺尾はなかなかよろしいかと。それでミックスダブルスの試合と並行して学園内の陰謀も展開されるけど、次第にグダグダな展開が増えてくる。特に寺尾が拉致され試合出場不能、岡崎をアメリカに呼ぶ、でも一試合もやらないうちに寺尾が脱走して復帰、そして突如生えてくる岡崎の家庭の事情って流れはモヤモヤしっぱなしだった。テロリスト乱入展開もちょっと……。寺尾が実は元ダンサーなのは『フェーム』見て思いついたのかなって感じ。後付けは週刊誌の常、でももう少しうまい見せ方はあったはず」


「いよいよ原作のアイデアが尽きてきたのかな」


「勢いでぶっちぎるタイプの作風じゃない分粗が目立つのは不運ではあるけど、この辺の不明瞭な展開に、舞台がアメリカ本国になった事で読者からすると遠くなったのもまずかったか本誌掲載順が落ちていく。そして翔は凱旋帰国し、馴染みの面々とともに新章としてゼニス学園との抗争編に突入するも、最終的にはカリフォルニア学園がサクッと大勝利という明らかに巻きの入った展開の末に翔がプロ選手になるって事で連載終了となった」


「あらまあ」


「作品を象徴するワード『エンジョイ・テニス』の合唱に包まれて、大団円ではあるんだけどね。その後文庫化されるなど往年の名作として一定の敬意は払われつつも、世代以外の知名度となるとやはり限界があるみたい。だからキン肉マンのギャグでも『岡崎さんって誰?』とか言われたりするんだよ。『よろしくメカドック』とか巻数的にはテニスボーイ未満でもアニメ化された作品はあるわけだし、そうなってれなまた変わってただろうに。ところでジャンプのテニス漫画というくくりでは後に『テニスの王子様』という強力な作品が出たのでその先輩と見る向きもあるけど、正直共通点はそこまで多くない。能力バトルの域に達した過剰なテニス描写や独特のギャグセンスなど、面白さの質はかなり違うからね」


「何よりあっちは女子選手の存在感が薄いしね」


「ただ主人公の少年以上に女子選手が活躍が印象的なジャンプのスポーツ漫画って枠でもホールインワンって先駆者がいるわけだし。この世界に面白い作品はいくらでも溢れており、電子書籍の普及によって読もうと思えば往年の名作から最新の傑作まで読めるけど時間は有限。その中で選ばれるには何らかの突出した部分が必要となる。ではテニスボーイ特有のエポックはと考えると……。ただ八十年にはジャンプコミックスの中で二番目に売れたらしいし、八十年代の扉を開いた作品として当時の空気感みたいなのを感じるには最適かなとは思う」


 こんな事を語っていたところで敵襲を告げる合図が輝いたので、二人は素早く物陰に隠れて変身し、敵が出現したポイントへと急いだ。


挿絵(By みてみん)


「フハハハハ、俺はグラゲ軍攻撃部隊のユキヒョウ男だ。この腐敗した大地に正義を突き立ててやろう」


 中央アジア付近の山岳地帯に生息する白い体毛を持つ肉食獣の姿を模した侵略者が、真っ白な雪原に降り立った。そして覇道に向けて不埒な足跡を残さんとする姿を止めたのは別の足跡であった。


「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ!」


「こんな雪の日だから一時間目は自習とは言え、暴れすぎは感心しないわね」


「むう、出たなエメラルド・アイズ。今日が貴様らの命日だ。行け、雑兵ども!」


 今日の気温よりも冷たい指令にただ従う以外の思考を持たない漆黒の殺戮マシーンが白雪を汚し驀進してくる。渡海雄と悠宇は心の赤い炎を更に燃やして、それを迎え撃った。そして一人を除いて全滅させた。


「これで雑兵は尽きたな。後はお前だけだユキヒョウ男」


「せっかくの雪がもう無茶苦茶ね。後は溶けるようにこの星からあなたが去ってくれれば」


「仕事をこなさずして帰れるものかよ。俺の任務は貴様らの死だ」


 そう言うとユキヒョウ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。心が通じ合わない事ほど寒い事はない。でも今は戦うしかない。二人は覚悟を決めて合体した。


「ヴィクター!!」

「エメラルディア!!」


 そして戦場を空の彼方に移して、この熱気が大地に降り注げばたちまち雪は消えてしまうだろうという激闘は繰り広げられた。美しき野獣のしなやかかつ強烈な攻撃に悠宇は手を焼いたが、一瞬の隙を見計らってカウンターを決めた。


「よし今よとみお君!」


「分かったよゆうちゃん。今回の敵は強いね。だからミラクルエクストリームで行く!」


 与えられたわずかなタイミングを逃さず、渡海雄は新設された紫色のボタンを叩いた。全身から炎が吹き出し、火の玉となったまま体当たりを仕掛けた。


「ぐおおっ、やるな! この俺を退かせるとは!」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってユキヒョウ男は本来いるべき場所へと戻っていった。日差しが雪に反射して一層世界が輝いて見える。これぞ雪と氷のファンタジー。冷えた細い指先同士でも繋ぎあえば暖かなものが生まれる。それは決して物理的な話だけではない。


 願わくば世界中の、宇宙中の人とそれを分かち合えれば……。見上げた空からは六角形の結晶がハラハラとこぼれ落ちてまさしくクリスタル・ユニヴァース。でも正しい冬の過ごし方とはこたつの中でぬくぬくする事だろうと、さっさと別れて家に帰る二人であった。

今回のまとめ

・大寒波でガッツリ雪が積もって在宅の間にさっと仕上げてみた

・テニスボーイは八十年代の始まりを感じさせる名作

・インド戦のテンションを常に発揮してればアニメ化確実だったろう

・絵柄を作るにはやはり努力しかないな頑張ろう

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