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am26 炎の闘球女ドッジ弾子について

 街はすっかりクリスマスとそれに続く新年モードに切り替わって、いよいよこの二〇二二年も終わりを迎えようとしている。本作もこれが今年最後の更新となるだろう。


 それはいいとして寒すぎる。もはや最厚のコートにセーターやマフラー、耳まで隠すニット帽など完全防備でようやく立ち向かえるほどだ。来るべき新年に向けて髪を切った渡海雄も露出した耳が赤くなっていた。


「メリークリスマス! しかし今年も色々あったよね。ロシアがウクライナに侵攻したり安倍元首相が暗殺されたり、先日閉幕したワールドカップではアルゼンチンが三十六年ぶりの優勝を果たしたり」


「マラドーナの頃以来だから、まあ随分と時間がかかったものよね。メッシという最高のサッカー選手がまた一つ、最大級の栄誉を手にしたというシナリオはなかなかに綺麗な幕切れだったわ」


「ガウチートくんも喜んでるね。という事でそのワールドカップが開催されていた十一月の終わり頃、ウェブ上で一つの漫画がスタートした。しかもサッカーと同じ球技を題材にした作品が」


「へえ、それ何ての?」


「その名も『炎の闘球女ドッジ弾子』」


「けったいなタイトルね」


「元々『炎の闘球児 ドッジ弾平』という漫画が今からおよそ三十年ほど前にあって、その続編にあたる作品なんだ」


「前作が男主人公だから今度は女の子メインになったと」


「まあざっくり言うとそうなるね。というわけでまずはドッジ弾平の説明をせねばなるまい。さっきも言ったようにこの漫画は今から三十年ほど前である、一九八九年に月刊コロコロコミックで連載開始、瞬く間に人気を得てアニメ化ゲーム化など様々な展開をしながら一九九五年に連載終了した。なおアニメのEDは先日物故した水木一郎が歌唱していた」


「大体六年か。かなり続いてるのね」


「流行が移ろいやすく、しかも一度離れたら見向きもしない児童が対象の漫画でこれは驚異的な数字だよ。ただ一話を見ただけでも展開の早さとインパクトは抜群だから、人気を得たのも当然と納得出来る。連載中更に洗練されるとは言え最初の段階で迫力あるポーズやスピード感は既に抜群だし。作者はこしたてつひろ。元々は週刊少年サンデーのほうで活躍していたけど同じ小学館の中で少年誌から児童誌に移籍。そして八十九年、別冊では一足先に連載開始したラジコンとミニ四駆を題材にした『燃えろ!アバンテ兄弟』に続いて本誌でも連載開始となった」


「月刊とは言えいきなりタフな使われ方するわね」


「でも学年誌なんか人気な漫画家は同じ漫画を一年生から六年生まで六本同時に描きつつ、しかも複数の作品を掛け持ちなんて無茶苦茶な起用がまかり通ってたかなり過激な世界だからね。それでドッジ弾平だけど、まず主人公は一撃弾平。一撃なんて思い切った名字が素敵だよね。ルックスにおける最大の特徴としてはまさしく燃え盛る炎をそのまま形にしたような、赤い髪のインパクトは絶大。それまでのコロコロ主人公は言動こそ無茶苦茶でも髪の色は基本的に一般的な日本人の大抵がそうであろう黒一択だったからね。そこにいきなりくわわったこの鮮やかな赤。コロコロコミックの表紙って基本的に全作品の主人公が全員集合してるけど、やっぱり目立ってるよ」


「しかし歴代表紙を見ているとどの漫画がいつ頃勢いがあったかが一目瞭然ね。そういう作品はあからさまに大きい扱いだから」


「それで言うと弾平が始まった八十九年は、まずコロコロコミックが誕生した理由にして別格の存在であるドラえもんを除くと第一次ミニ四駆ブームを作った徳田ザウルス『ダッシュ四駆郎』、今なぜかインドで人気を博しているという小林よしのり『おぼっちゃまくん』がツートップだけど、翌年早々スリートップとなり、年末には明らかに一段回大きい顔になっている」


「見事なものよね。しかし確かに黒髪率高いわね。それに四駆郎はやたらと目がうるさいし」


「その辺の昭和的、異様なパワーと比較すると弾平は絵のタッチがかなり洗練されているとも分かるはず。玉のような汗や汚れなど泥臭い表現はまさにコロコロの系譜だけど、鳥山明っぽいタッチが導入されているのが新味となっている感じ。それでようやく内容に移るけど、実はこのドッジ弾平、ドッジボールが題材じゃないんだよ」


「ええ!?」


「いや、広く言うとドッジボールなんだけど、普通のドッジボールじゃなくてスーパードッジなるルールの異なるスタイルでやってるんだ。ざっくり言うと一チーム七人で、顔面に当たってもヒットとなる、複数人のヒットが認められるなどより攻撃的なルールと言える。だから漢字でも本来のドッジボールは逃球だけど闘球ってなってるでしょ」


「あれ、闘球ってラグビーの事じゃなかった?」


「ドッジ弾平の作中には出て来ないから問題なし。それで第一話、主人公の一撃弾平君は明日から小学生になるという年齢にして、やたらとでかい父の墓にドッジボールを投げ込むという形で練習を重ねてきたので上級生相手にもいきなり大立ち回りをかますほどの実力を有している」


「やたらとでかいって言われて身構えた上で、予想を遥かに上回るデカさにびびったわ」


「ドッジ弾平は読んだ事なくても父の墓が大きいのは知っているという層も存在するほどだし『コロコロだから』で済ませられない過剰さだよ。というわけで本作の球技描写は当然ながら荒唐無稽な展開が連発する。前述の通り顔面ヒットもありだからね、特に弾平の仲間で眼鏡のキャラは大体敵エースの実力を披露するため早い段階で顔面直撃を受けて無惨な退場を余儀なくされる」


「眼鏡が割れて吹っ飛ぶ事でダメージが分かりやすいもんね。なんだか悲しい宿命よね」


「弾平の同級生で一番の親友である珍念ら仲間が次々と倒れ、最後に残った弾平も敵エースの必殺技に痛めつけられながらも耐えて勝利ってのが基本的な展開となる。弾平も一応必殺技は会得しているけど最後はカウンターからの名もなき一撃でヒットする事のほうが多い」


「意外とストイックな作りなのね」


「派手な必殺技に持ち込めば勝ちってカタルシスは捨てがたいけど、逆に言うとそういう展開じゃなくても面白く迫力ある試合を描けるのは作者の技量の証明だよ。ライバルも御堂嵐や陸王冬馬など一見厳しそうだけどストイックかつ信念あるナイスガイが多くて、女性ファン人気が意外と高いって話もうなずけるものがある。玄武小の賢木豹まで行くと能力も髪型も意味不明な領域に突入しちゃってるけど」


「最終的にオカルト路線に行き着くのもある種の宿命かな」


「それとコロコロ人気作のパターンとして、別冊や学年誌などにも掲載されてて、そっちでは基本一話かもう少しの単発回なので大体ドッジ対他競技の異種格闘技戦が展開される。最初の頃はサッカーやバスケなど球技の中で争ってたけど、次第に若貴ブーム到来で相撲部と戦ったり、弾平ならぬ段平がモデルなのかなという親父が終始支離滅裂な言動を繰り返すボクシング編などシュールさを増していく。それとこの手の展開だと本編では出て来ないような可愛らしい女の子の登場率が高まるのも特徴。バスケ部とか剣道部とか、今でも隠れファンが多いみたい」


「本編じゃ男ばっかりだもんね」


「コロコロに限らずスポーツ漫画は大体そうなるよね。ただ弾平の母親がスイミングスクールのコーチって事で基本的に水着姿な上にやたらと体つきの良い美人なので、その辺でヒロインを描きたい欲を発散していたんだろうね。同学年に藤堂みさとってかわいらしい子もいるけど、よく見ると出番の多くは別冊側で案外出番少ない。マネージャーなのももったいない。小学生ならまだ性別による体力差なんて少ないしもっと試合出れば良かったのに、とは思いつつも時代的にも仕方ないか。それとやっぱりコロコロなので、かなり下品な下ネタも続出する」


「あらまあ」


「最初は小学一年生だし多少の粗相は……、とか言ってたら作中で成長して最後は五年生まで上がるけど、やっぱり下ネタは盛んなままだったりする。という事でラストの展開は、弾平が一回戦で父親がプロドッジ選手というキャラ王島ってぽっと出の相手に敗退。それで改めて父親の存在をフォーカスしたところで、いつも通り墓石にボールをぶつけてたら実は生きてた父親が出てきて終了。本誌掲載時には煽りに三回『感動』の文字が書かれてたけど、唐突すぎるので感動は申し訳ないけど無理かな。意外と爽やかではあるんだけど」


「やっぱり最後は打ち切りなのかな」


「とは言え最後一年ほどはコロコロに別の連載と並行してやってたからね。で、そのもう一つの連載が『爆走兄弟レッツ&ゴー』。これがまた第二次ミニ四駆ブームを牽引して、アニメは三年続いて映画化もしたという弾平以上の社会現象を巻き起こした超絶人気作だからね。九十四年当時はまだまだ人気健在だったので両立を目指したけど一年経って、明確に上り調子なミニ四駆に本腰入れようかって判断があったとしても不思議ではなさそう。ミニ四駆のデザインなんかも基本的にこした先生がやってたみたいだしね」


「超人的な仕事量ね」


「だからこそ九十年代を代表する児童漫画家となったんだ。でもそんな大御所も新世紀以降は不遇だった。何が悪いというより時代が過ぎてなんか昔の人と分類された感じなのかな。その時期に『ドッジファイター一撃』という弾平の息子と思しき人物が主人公の漫画を描いてたみたいだけど未見なのでコメントはなし。それもわずか三ヶ月で終わった」


「たったそれだけで終わるとかシビアね。まるでジャンプの十週打ち切りみたい」


「過剰なまでの闘争心という意味ではジャンプイズムとコロコロイズムは似てる部分あるしね。途中で転校してきて去っていった逆巻関連のライブ感溢れる展開も古いジャンプ漫画みたいだし。ともあれそんな逆風にあっても、それまで磨いた漫画力は本物だからね、イナズマイレブンのコミカライズなど着実に仕事をこなしていた。それで今年のドッジ弾子に繋がるわけだけど、本作の特徴としてはまず女の子がかわいい!!!!」


「随分強調するわね」


「本当の事を言うとストーリー自体は現在四話程度で、メンバー集めの最中だからまだ何とも言えないのもある。現時点でも無茶な特訓用具など前作オマージュ要素であったり、弾平世代が無茶苦茶やったので危険すぎるとして廃部というごもっともな流れだったり当時を懐かしめる人向きの要素が多いものの、ちょうど今弾平が無料掲載されてるから、今からでも乗ろうと思えば乗れる」


「元の作品もパワーあるし、それで久々に読んでびっくりした層もいそうね」


「その上でネット世論を沸かせているのは躍動感など当時の絵柄を確かに継承しつつもより新しいかわいらしさも兼ね備えた女の子の姿にある。弾子はスポーティでありながら私服は女の子らしかったりね、表情がコロコロ変わるのとか、自分が暗い人間だからこそそういうのは素敵だと思うな。最新話に登場したハッカーの子も登場時はクールだったのにあっという間にボロが出る感じとか、大層よろしいかと」


「先輩との過剰な身長差も健在なのね」


「前作以上に巨大化した弾平の墓石もね。そして往年のファンの誰もが『どうせ生きてる』と信じている。それとあっけにとられたのはネーミングセンス。弾平の娘だから弾子、そして珍念の娘は……、と言われたら最初に思い浮かぶけどまさかそうはすまいというあの名前を堂々と付けるおおらかさも凄まじいところ。今後の展開は分からないけど、本筋となるであろうバトルに関しては定評あるし大丈夫なはず。しかし御年五十七にて進化を続ける画力、人間かくありたいものだよね」


 このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いた。クリスマスなのに出動かとため息をつきそうになったが、昨日も今日も頑張って働いてる人は山ほどいると改めて心に刻むと、自分達も覚悟を決めて戦場へと赴いた。


挿絵(By みてみん)


「フハハハハ、私はグラゲ軍攻撃部隊のウマノオバチ女だ。この汚らわしい惑星を正義の光で照らしてやろう」


カミキリなどに幼虫を寄生させて最終的には宿主を食い破り成長完了とする寄生バチの一種で、そのためメスにはやたらと長い産卵管を持っている蜂の姿を模した侵略者が冬の静かな山中に出現した。寄生虫や托卵も動物の生態ならどうにか許せるが、人間同士にやる事ではないのでそれを止めようとする力はすぐに送られた。


「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」


「よりによってまあ今日みたいな日に出てきたものね」


「貴様ら最期の日にはふさわしくなかったかな? だがそれも宿命だ。行け、雑兵ども!」


 指揮官の冷徹な指令にただ従うだけの黒い殺戮兵器を、血の通った二人が次々と撃破していき残る敵は一人だけとなった。


「これで雑兵は尽きたな。後はお前だけだウマノオバチ女!」


「祈るべき日に戦わずにいられないなんて悲しいものよ。やめられるものなら即刻やめるべきだわ」


「わざわざこんな辺境惑星まで赴いて何も得ず帰るなど出来るはずがなかろう。貴様らの首を捧げずにはな!」


 そう言うとウマノオバチ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦う以外に道はないようだ。今は。そう覚悟を決めると二人は合体して、眼前の暴力に抗う力を手にした。


「ヴィクター!!」

「エメラルディア!!」


 凍りつきそうなほどの寒空にそびえ立つ巨神にも等しいその勇士が、この星の未来をかけて激戦を繰り広げている。ウマノオバチロボットの柔軟かつ不規則な突き技にうまく対応しつつ、悠宇はタイミングを見計らってカウンターを食らわせた。


「よし今よとみお君!」


「分かったよゆうちゃん。ここはフィンガーレーザーカッターで勝負だ!」


 わずかな隙を逃さず、渡海雄は水色のボタンを叩いた。威力も射程もパワーアップした指先から放たれる高熱線レーザーが敵を切り裂く。


「ええい忌々しい奴らめ。いつまでも無駄なあがきをするが良いわ!」


 そんな負け惜しみを吐きつつ、機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってウマノオバチ女は宇宙へと帰っていった。そして二人は改めてメリークリスマスとジュースの入ったグラスを合わせた。そして今年の更新はこれが最後なので今のうちに良いお年をとも言っておこう。次は元日に。

今回のまとめ

・クリスマスの取り柄はおいしいお肉を食べる事ぐらいだ

・弾平じゃ直撃世代じゃないけどヒット作らしいパワーに満ちている

・弾子はなんだかんだで主人公が今のところ一番好みかな

・珍子はねえだろってところを堂々お出しする胆力こそ漫画力か

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